『チャイルド44』(トム=ロブ=スミス・新潮文庫)は、
1933年の冬、ロシアの寒村を舞台に絶望的な描写からはじまっている。
この年、村は極限状態におちいっていた。
ひとびとは徹底的に腹をへらし、
村のすべての動物はくいつくされている。
家畜やペットはおろか、
野ねずみさえみんなたべられてひさしい。
「もう革のブーツも細長く切って、
イラクサとビートの種と一緒に煮てしまっていた。
ミミズも掘り尽くしていた。
樹液も吸い尽くしていた。
今朝は熱にうかされ、歯茎にとげが刺さるまで、
台所の椅子の脚を噛りつづけた」
そんななか、10歳の少年が
森ににげこむ1匹のネコを目にとめる。
「たいていの者がもはや食べものを探すことさえあきらめていた。
そのような状況下で猫を見かけるというのは、
奇跡としかほかに言いようがなかった。(中略)
バーヴェルは眼を閉じ、最後に肉を食べたのがいつだったか
思い出そうとした。
眼を開けると、唾が口の中に溜まっていた。
それは涎となって顎を伝った」
少年はいそいで母親にネコのことを報告する。
母親は、こおった池の底にかくしておいたネズミの骨とりだして、
それをエサにネコをつかまえてくるよう少年をおくりだす。
ながながと引用したのは、
もし1933年当時のこの村で、
わたしの家のチャコ(8歳のオスネコ)が発見されたら
人々はどのように反応するだろうと、
彼のおなかをなでるたびにおもうからだ。
以前からふとっていたチャコは、
この半年でさらに脂肪をたくわえ、
いまや7.5キロの体重となった。
これがどれくらいのおもさかというと、
ひとことでいえば野生のタヌキとおなじ体重であり、
ふとったネコとよぶ域をはるかにこえている。
おでかけからかえってきたとき、
外の塀からジャンプして着地すると
ネコとはとてもおもえないおおきな音がする。
足の骨がおれてしまわないかと心配だし、
そもそも極度の肥満がからだにいいわけがない。
お腹だけでなく、いまや背中にもあつく肉がつき、
あの寒村でなくても「食用なのでは」という気がしてくる。
わたしはチャコの脂肪をまさぐりながらはなしかける。
このかたまりはなんとかしたほうがいいんじゃない?
ここがあの、1933年のロシアの村でなくて
あんたほんとによかったね。
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