2013年04月12日

10年目となる本屋大賞と、これからの方向性

今年の本屋大賞が発表された。
本屋大賞は、書店員がお客さんにすすめたいとおもう本を投票する、
というやり方でえらばれており、
数人の選考委員がはなしあいできめるほかの賞とは
そのえらび方からしてまったくちがう。
プロの書店員が熱心にすすめる本だからと、
いまでは直木賞よりもうれる賞になっているのだそうだ。

今年の受賞作には、百田尚樹さんの
『海賊とよばれた男(上下)』(講談社)がえらばれた。
今年で10回目となる本屋大賞は
だんだんと世間の話題をあつめるようになり、
今年は朝日新聞でもおおきくとりあげられた。
本屋大賞の仕掛け人のひとりである
「本の雑誌社」の杉江さんは、
朝日新聞の記事について

「あれだけ時間を取り、一生懸命伝えたにも関わらず、
『サイゾー』と変わらないレベルにがっかりする。
ただでさえ、本屋大賞を作ったばかりに
ゲラやらなにやらで
書店員さんの仕事を増やしてしまったことに
申し訳ない気持ちでいっぱいのところに、
このような誤解と偏見に満ちた記事を全国紙に掲載されてしまい、
書店員さんに迷惑をかけてしまったこと、
どう謝っていいのかわからない」

ブログにかいている。
そんなにひどい記事だったかと、
よみかえしてみると、
すでにうれている本がえらばれる傾向がでてきたと、
本屋大賞がかかえる問題点を指摘してあった。

杉江さんががっかりしたのは
「我々の賞も直木賞への不満から始まった。
不満がある人がまた新しい賞を作って
出版業界全体が盛り上がればいい」
といかにも新聞がやりそうな
むりやりな要約で杉江さんの発言が紹介されている点だろう。
そもそも「本屋大賞10年の貫禄」という
記事の表題が直江さんにとってはおもしろくないのだろう。
権威をもたないよさを杉江さんは大切にしているのに、
社会現象になるにつれて以前のような
自由さがうしなわれてきている。

本屋大賞とわたしの相性はあまりよくない。
第1回目の受賞作『博士の愛した数式』(小川洋子)以外は
どれもすべっている。
『夜のピクニック』(第2回)
『東京タワー』(第3回)
『天地明察』(第7回)
はよみだしたものの
とちゅうであきらめたし、
『謎解きはディナーのあとで』は
本屋さんでめくってみて、
わたしにはたのしめない「わらい」だとおもった。
それ以来、本屋大賞を受賞した本は
わたしにあわないときめて、手をださなくなった。

小川洋子さんの『博士の愛した数式』は、
本屋大賞が創設されたときの受賞で、
この賞を受賞しなければあまり注目をあつめなかったはずで、
このすばらしい本がひとの目にふれなかったらとおおうと、
本屋大賞ならではのタイムリーな受賞とたかく評価したい。

去年の受賞作は三浦しをんさんの『舟を編む』で、
これならまちがいなくおもしろいだろうけど、
なにも本屋大賞を受賞しなくても
いずれは手にとる本だとおもってまだよんでいない。
この点については朝日新聞の記事が指摘しているとおりで、
本屋大賞でつよくおさなければ
うもれてしまうような本が受賞すればまだしも、
三浦さんのようにすでに直木賞をとっているひとへ
本屋大賞をおくるのはもったいないとわたしもおもう。

それについては杉江さんたち
賞の関係者もじゅうぶん認識しているはずだ。
とはいえ本屋大賞もひとつの賞であるにすぎないので、
これひとつで出版業界の救世主になれるはずはないし、
回数をかさねるうちに
必然的にいろいろくっついてくるものがあるだろう。
うもれた本の発掘に焦点をしぼるなら、
◯万部以上うれた本は対象外、という規定をつくればいいけど、
書店側からすれば受賞作があまりうれないのでは
商売としてうまみがないわけで、
できるだけリスクをおかしたくない気もちもあるだろう。

世間の注目をあつめ、
いまや一大イベントとよべるまでに成長したのだから、
「書店員がうりたいとおもう本」という
本屋大賞のコンセプトをおさえながら
いろいろ問題をふくみながらもつづけていくしかない。
おもいがけずおおきなイベントになったのだから、
これはこれでおまつりとしてたのしめばいいとおもう。
受賞作について、なにがどうよかったかは
「本の雑誌」増刊の『本屋大賞』でくわしく紹介される。

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posted by カルピス at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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