2013年06月04日

公安のとりしらべがおかしい『西南シルクロードは密林に消える』(高野秀行)

NHK特集でミャンマーにおけるカチン独立運動について
「潜入・カチン戦闘地域」をやっていた。
番組じたいはあまりよく整理されていない内容で、
たいしておもしろくない。
ただ、カチンつながりで、高野秀行さんがこの地域について
本をだしていたことをおもいだした。

中国からカチンをとおってインド領までぬける
『西南シルクロードは密林に消える』(高野秀行・講談社)だ。
ビルマ北部では少数民族のゲリラと政府軍による
紛争がながくつづいていた。
高野さんはゲリラのしりあいをつてに
カチン独立軍を紹介してもらい、
このルートを陸路で走破するための協力をとりつける。

高野さんは日本人カメラマンとともに、
カチン軍兵士2人と運転手という編成で出発する。
ふたりの日本人とも、もちろんカチン人になりすましての密行だ。

それなのに、しばらくいくと、
あっけなく中国の公安につかまってしまう。
カメラマンの荷物にあった大量のカメラ機材と
高野さんがもっていた手紙に「日本の友人へ」
とかかれた手紙がみつかり、

「こいつらはカチン人じゃないぞ」
「日本から来たみたいだ」

と身元がばれて、高野さんははやばやと観念する。

しかし、ばれなかった。
カチン軍兵士は徹底的にしらばっくれる。

「『彼とは話ができません。カチン語をしらないんです』
『は?カチン人がカチン語を知らない?そんなわけないだろう』
ここの時点でおとぼけも限界だと私は思った。
公安の連中もそう思ったはずだ。
しかし、カチン人のゲリラはしぶとい。
「いや、長いこと日本に行ってたんで忘れちゃったんですよ』
と中尉がとんでもないことを言い出した。
『旅行じゃないのか?』
『留学してたんです』運転手が答えた。
『留学?何年間?』
『5年か6年』
『何を習ってたんだ?』
『写真の撮影です』
『それで、カチン語を忘れたって?5年か6年でか?』
『いや、子どものときに行ったんですよ』と急に中尉が口をはさんだ。
『子どもって、何歳くらいのときだ?』
『う〜ん、10歳くらいかな』
『今、彼らは何歳なんだ?』
『30歳です』
『てことは20年間、日本へ行ってたのか?』
『そう、そう。20年も行ってればふつう忘れますよね』(中略)

『彼らはカチン軍が幼少のときに日本へ送り込んだ人間です。
大学を卒業し、一人前のカメラマンになった今、
祖国の独立のため、撮影兵士として帰還したんです!』
私を含め、全員が呆気にとられているなか、
中尉と運転手の合作アドリブはどんどんエスカレートしていった」

らちがあかないので、そのあと高野さんたちは
おおきな町にある警察署へつれていかれる。
こんどはさらにきびしい尋問にあうのだが、
それさえもウソをならべてのらりくらりとはぐらかす。

「『おまえたちはあいつらと何語で話してるんだ?
まさか言葉が通じないで一緒に行動しているわけもないだろう』
これまで公安側の誰も気づかなかった盲点である。
カチン人たちはまたヒソヒソと相談している。
きっとろくな相談じゃない。
『英語ですよ、英語』と中尉が当たり前のような顔をして言った」

けっきょく証拠不十分ということで、
高野さんたちはおとがめなしで釈放される。
中尉がメチャクチャをいってねばったのは、
中国はまがりなにりも「民主国家」だから、
決定的な証拠がなければ処罰されない、という確信をもっていたからだ。
中国を「民主国家」と評価するカチン人もすごいが、
ほんとうにそのとおりになったのだから、
国と国(カチン国としてみとめられていないが)のちから関係やバランスは
国境の最前線にいる彼らのようなひとが
いちばんよくしっているのかもしれない。

高野さんたちの一行は、その後もインドをめざしての密航をつづけ、
とうとうゴールであるインド領の町にたどりつく。
高野さんのルポものでは、
わたしはこの『西南シルクロードは密林に消える』と、
アヘン栽培をじっさいに体験し、
自分もアヘン中毒になってしまうという
『アヘン王国潜入記』(高野秀行・集英社文庫)
がわたしはすきだ。
だれもいかないところへいき、
だれもやらないことをするという、
高野さんのよさがよくいかされている。
そして高野さんの語学力も。
『西南シルクロードは密林に消える』には、
高野さんがビルマ語をはなしてきりぬける場面がある。
たしかにビルマ語ではあるけれど、
ぜんぜん関係のないことを高野さんがいうと、
例の中尉がしっかり中国語に翻訳してくれる。
とはいえ、それでもビルマ語っぽくはなせるなんてすごい。
「そう、そう。20年も行ってればふつう忘れますよね」という
調子のいい中尉のいいわけとともに、
なんどよんでもわらわせられる。

高野さんのブログをよんでいたら、
「高野本の未知なる領域」として、
あたらしい「間違う力」のつかい方がかかれていた。
精神をやみ、会社をやすんでいるひと10人に
高野さんの著書『間違う力』をおくったら、
8人のひとが仕事にもどれたという。
「オンリーワンの10ヶ条」のなかの
「長期スパンで物事を考えない」が
いちばんうけいれられたそうだ。
高野さんの本の魅力はまだまだ奥がふかそうだ。

スポンサードリンク



posted by カルピス at 13:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野秀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック