2013年08月03日

『バースデイ・ガール』(村上春樹)二十歳のとき、ひとはなにをねがうか

村上春樹の短篇集『めくらやなぎと眠る女』におさめられている
『バースデイ・ガール』について。

二十歳の誕生日をむかえる女性が、
アルバイトさきのイタリア料理店で
誕生日の日にも仕事にでることになる。
もうひとりのアルバイトの女の子が
カゼをこじらせたと連絡してきたためだ。
誕生日の夜をいっしょにすごすはずだったボーイフレンドと、
数日まえにケンカしたこともあり、
それほどがっかりするしらせではなかった。

「彼女が働いていたのはそこそこに名のしれた
六本木のイタリア料理店だった。
60年代半ばからやっている店で、
出てくる料理には先端的な鋭さはなかったが、
味自体はしごくまっとうなもので、
食べ飽きがしなかった。
店の雰囲気にもおしつけがましいところがなく、
穏やかな落ちつきがった」

店には、ウェイトレスとして、
彼女ともうひとりのアルバイトの女の子、
フロア・マネージャーがひとり、
レジに痩せた中年の女性。
本文にはかかれていないが、
もちろん料理を担当するスタッフもいるだろう。
サービス業としてお客さんにきてもらう仕事は、
どれもにたような役割分担になるみたいで、
わたしの職場であるデイサービスも、
このレストランとおなじようなものだ。
ウェイトレスは、日がわりでローテーションをくんでいる非常勤の職員で、
フロア・マネージャーは現場の責任者としての主任指導員だ。
わたしが担当してるのは、レジみたいなものだろうか。
重要なのはフロア・マネージャーで、実質的なサービスのよしあしは、
このポジションが機能しているかどうかできまる。
レジはまあおまけみたいなもので、
雰囲気をこわさないよう、ひっそりとすわっていればいい。
そしてもうひとり。この店には不思議なオーナーがいる。
レジよりも、こんなオーナーになりたいとおもった。

オーナーは店のあるビルの6階に自分の部屋をもっており、
そこに毎晩夕食をとどけさせている。
お店には絶対に顔をださず、
オーナーにあえるのはフロア・マネージャーだけなので、
ほかの従業員はオーナーの顔をみたことがなかった。
彼女の誕生日であるこの夜、
フロア・マネージャーがきゅうに体調をくずし、
彼女がオーナーの部屋へ食事をとどけることになる。

「八時になってオーナーの食事が整うと、
彼女はワゴンを押してエレベーターに乗り込み、
六階に上がった。コルク栓が抜かれた赤ワインの小瓶、
コーヒーポット、チキン料理(オーナーはいつもチキンをたべた)、
温野菜の付け合わせ、バターを添えたパン」

このオーナーのいっぷうかわった存在感にわたしはひかれた。
現場にはでないけれど、毎晩料理をとどけさせることで
ある程度チェック機能をはたせるだろうし、
そのときにフロア・マネージャーからはなしもきける。
いるかいないかわからないようなひっそりとした存在なので、
めだたずひとからも無視されやすいわたしにぴったりではないか。

彼女がオーナーの部屋をおとずれ、
フロア・マネージャーが体調をくずしたので
自分がかわりに夕食をとどけにきたことを説明する。
彼女とのみじかい会話から、
オーナーは今夜が彼女の二十歳の誕生日であることをしる。

「私としては、お嬢さん、
君に何か誕生日のプレゼントをあげたいと思う。
二十歳の誕生日みたいなとくべつな日には、
とくべつな記念品が必要なんだよ、なんといっても」(中略)
「つまり、私としては君の願いをかなえてあげたいんだよ、
かわいい妖精のお嬢さん。
君の望むことをかなえてあげたい。
なんでもいい。どんな望みでもかまわない。
もちろんもし君に願いごとがあるならということだけれど」
「願いごと?」と彼女は乾いた声で言った。
「こうなればいいという願いだよ。お嬢さん、君の望むことだ。
もし願いごとがあれば、ひとつだけかなえてあげよう。
それが私のあげられるお誕生日のプレゼントだ。
しかしたったひとつだから、
よくよく考えた方がいいよ」
老人は空中に指を一本あげた。
「ひとつだけ。あとになって思い直してひっこめることはできないからね」

そして彼女は自分のねがいをオーナーにつたえ、
ほんとうにそれでいいのかと確認されたのちに、
オーナーは魔法をかけるみたいな手のうごきをして
彼女のねがいをかなえた。

何年かたって、「僕」は彼女からこのときの誕生日についてはなしをきく。
彼女がどんなねがいを希望したのかはあかされていない。

「君はそれを願いごととして選んだことを後悔していないか?」(中略)
「私は今、三歳年上の公認会計士と結婚していて、
子どもが二人いる」と彼女は言う。
「男の子と女の子。アイリッシュ・セッターが一匹。
アウディに乗って、週に2回女友だちとテニスをしている。
それが今の私の人生」
「それほど悪くなさそうだけど」と僕は言う。
「アウディのバンパーにふたつばかりへこみがあっても?」
「だってバンパーはへこむためについているんだよ」
「そういうステッカーがあるといいわね」と彼女は言う。
「『バンパーはへこむためにある』」
僕は彼女の口もとを見ている。
「私が言いたいのは」と彼女は静かに言う。
そして耳たぶを掻く。きれいなかたちをした耳たぶだ。
「人間というのは、何をのぞんだところで、どこまでいったところで、
自分以外にはなれないものなのねっていうこと。ただそれだけ」

彼女は「僕」に
「もしあなたが私の立場にいたら、
どんなことを願ったと思う?」
とたずねる。
「何も思いつかないよ」という「僕」に、
「あなたはきっともう願ってしまったのよ」と彼女は言う。

二十歳のときのねがい、というのが特別な意味をもっている。
二十歳のとき、ひとはどんなことをねがうのだろう。
彼女がねがいをオーナーにつたえたとき、
「君のような年頃の女の子にしては、
一風変わった願いのように思える」という感想を口にしている。
彼女のねがいは
「もっと美人になりたいとか、賢くなりたいとか、
お金持ちになりたいとか」そいうたぐいのものではなかった。

オーナーの雰囲気にひかれながらも、
彼女のねがいがなんだったのか気になるところだ。
わたしだったらなにをねがっただろう。
もう30年以上もまえのわたしは、
ずいぶんおろかだったけれど、
ピュアでもあったかもしれない。
二十歳という限定的な条件のとき、
ひとはなにをねがうのだろう。
『バースデイ・ガール』は、
村上春樹の短編らしいリアリティのある世界での、
不思議なものがたりだ。

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posted by カルピス at 15:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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