2013年08月22日

「プロメテウスの罠」でとりあげられているサファリパークのような土地

朝日新聞に連載されている「プロメテウスの罠」に
福島第一原発ちかくのたちいり禁止区域で
イノシシなどの野生動物がふえているとつたえている。
ひとがはいらないので、無人の地域が
「野生の王国」となってしまい、
ふえたイノシシが耕作地へもあらわれるようになったのだそうだ。

ひとがはいりこまなくなると
たった2年でそんなにも動物たちの生態がかわるものなのか。
ひとのこわさをしらない動物は
ひとがちかよってもにげないので、
まるでサファリパークみたいだともかいてある。
人間さえいなければ、動物たちにとって地球は楽園なのだ。

まえに宮崎駿さんが
ひとつの山を1000年間たちいり禁止にして、
どんな森ができていくかをみてみたい、
というふうなことをかいておられた。
ひとが手をいれないと、森はさびれていく、と
よくいわれているけど、
そんな人間の都合にたった自然観ではなく、
もし1000年というながい期間
人間の影響を排除すれば、極相林となって
原始時代の自然がよみがえるのではないか、という期待からだ。

それをよんだときには木のことばかりかんがえていたけれど、
その森でくらす動物たちについてしりたくなった。
1000年ひとがはいらなければ、
その地域の動物たちはどんな生態系をとるのだろう。
「プロメテウスの罠」の記事をよんで、
放射能というおもいがけないかたちながら
まったく人間の影響をうけない環境が生まれたことをしった。
このたちいり禁止区域は、このさきどうなっていくのか。

人間がめちゃくちゃにした環境で、
たかい放射線をあびながら動植物は生きている。
こういうときには「けなげ」ということばしかおもいつかない。
放射線の影響がでないことをねがいながら、
人間がはいりこまなければ
どんな環境ができあがるかをしりたくなった。

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posted by カルピス at 20:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
不思議です。
読んだ本とか、感想が自分とそっくりで。(サッカーと小説以外)
たぶんこれから読まれるのも、僕が読みたいと思ってたりするものではないかと勝手に妄想しています。
僕を取り巻く世間(職場の人、テレビなど)の話を聞いていると、強く孤独を感じています。
だけど、あなたの文章を読んでいると、世界にも『仲間』が居たんだと素直に嬉しくて、まだこれからも生きようって思ってしまいます。
あなたとは年齢も状況も違うようですが、勝手に親近感を感じています。
だからなんだ、と言われてしまうと返す言葉はないのですが、ただ勝手な親近感を感じている人間が、ここにいることを知っていただければ幸いだと思い、書き込みました。
Posted by sirai at 2013年08月23日 08:08
sirai さま。

わたしに親近感をもっていただいたそうで、
とてもうれしくおもいます。
わたしもわかいころは
「わたしはずれているのではないか」と
なんとなくかんじていました。
でも、あんがいなんとかなるものですね。
わたしもぜひ「仲間」にいれていただけたらとおもいます。
ありがとうございました。
Posted by しまねの吉田 at 2013年08月23日 22:54
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