2013年10月22日

『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお)ぬかづけのキュウリはもとにもどらない

『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお・イースト・プレス)

前作の『失踪日記』の後半1/3くらいに
「アル中病棟」というはなしが何話かのっている。
アル中になり、入院して1ヶ月、というところで
そのはなしはおわっており、
なんとなく気になっていた「その後」について
この本はこまかくつたえている。

『失踪日記』は「ぜんぶ実話です(笑)」という体験記だったし、
この『アル中病棟』はルポものといえる。
アル中病院での体験を、
ほかのひとに正確につたわるようにこまかく紹介している。
基本的に「みなさんもいつ入院するかわからないので、
参考のために」というのが作者のたち位置だ。
断酒会やAAという自助グループについても説明がこまかく、
ほんとうに「いつ入院しても」、
すくなくとも気もちのうえでの準備は
こまらないようになっているのでご安心ください。

「アル中病棟」というと、いったん入院すれば、
もう本人の意思ではでられないような病院をかんがえていたけど、
緊急時の数週間をすぎれば、
あとは契約によって治療をうける身となり、
いつでも退院する権利がある。
自由なようだけど、そこがアル中治療のむつかしいところでもある。
本人に酒をやめるつもりがなければ、
まわりがどうかかわってもまたもとにもどってしまう。
外出や外泊をしたときでも、酒をのまないようでないと、
退院してからの断酒がつづくわけがない。
病院や関係機関がずっと監視するわけにいかないので、
酒をやめるかどうかをきめるには、
最終的にはあなたですよ、という姿勢は、
かんがえてみれば当然なのだ。
いったんアル中の症状がでると、あとは酒をやめるしかない。

酒によわいわたしでも、ついついのみすぎてしまうことがある。
酒はさみしがりやで、すこしのむと
さらにまたほしくなってくるので、
ふつかよいでくるしむことがわかっていながら、
なんどでもおなじことをくりかえし後悔する。
アル中になるほど酒がすきな患者たちが、
これからの人生を酒なしですごすことが
どれだけむつかしいことか。

「ぬかづけのキュウリが生のキュウリにもどることはない」
というこわいたとえがでてくる。
アル中にしても糖尿病にしても、
ある一線をこえてしまうと、ひとのからだはもう
逆方向に回復することはなく、
あとはその病気といっしょうつきあっていくしかない。
こわいなー、とおもいながら寝酒をすする。
大丈夫なんだろうな、おれの脳みそと肝臓は。

この本のすくいは看護婦さんがみんな美人にえがかれていることで、
クセのつよい患者たちにかこまれていても、
こんな看護婦さんにお世話してもらえるなら
入院もそんなにわるくないかも、とおもえてくる。
よんでいるとわかるように、
病棟には病棟の社会があり、
そこなりのルールで日常生活がいとなまれている。
いったんその社会にくみこまれれば、
それなりに自分をまもり、回復にみちびいてくれる組織だ。
たいへんなのは、やはり退院してからだろう。
この本でも、退院がきまった吾妻さんによろこびの表情はない。
家へむかうバスからおり、あたりをみわたす吾妻さんは
「不安だなー 大丈夫なのか? 俺・・・」
と途方にくれている。

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posted by カルピス at 09:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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