プロローグは、主人公の女性(梨花)がチェンマイで逃亡生活をおくっている場面。
つとめていた銀行から、1億円を横領したという。
そのお金をどうつかったのか、いまもまだもっているのかはあかされていない。
この本は、事件がおきたところからスタートし、そこからさかのぼって、
ありふれた日常生活が、なぜこんな事件に発展してしまったかの経緯がかたられる。
といっても、1億円という大金は、
銀行強盗や なにかの大作戦で手にいれたわけではなく、
ささいなつみかさねの結果であり、
はじまりは ほんのわずかな金額にすぎない。
なにかのきっかけにより、ひとはどんな状況にもおちいってしまうのだと、
よんでいるうちに おそろしくなってくる小説だ。
たまたまであった若者(光太)との関係が、ふとしたことからふかまっていく。
服をかい エステを予約し たかい料理をたべ よいワインをえらび ゴージャスな部屋をかりる。
むこうからたのまれてではなく、ぜんぶ梨花が自分からやったことだ。
はじめはただの若者にすぎなかった光太なのに、
いつのまにか自分をひとりの女とみとめてくれる
かけがえのない存在となり、
たのまれてもいないのに、光太の借金をかたがわりし、
旅行費用をたてかえ、部屋までかしあたえる。
どうにもぬけだせないワナにかかったように、
梨花の金づかいはどんどんエスカレートしていく。
たまたまもっているお金がたりなかったとき、
たまたまお客から現金をあつかる依頼があり、
そのお金をほんの一時的にかりたのがはじまりだった。
そうしたいろいろな要素が偶然にかさなり、
気づいたときには お金に依存した生活からぬけだせなくなっていた。
なにが原因でそんなことになったのか。
もともとの性格か、夫との生活への不満か。
誠実に仕事をこなし、お客からも信頼をえて、
なんも問題なく くらしていたのに。
きっかけはいろいろあるものの、
そのどれもが直接の原因とはおもえない。
いっけんありえそうにないのに、
じつはだれにでもおこりうることだと
リアリティをもたせるのが角田さんはとてもうまい。
いったいお金をいくらつかったのかが
だんだんわからなくなっていくこわさを、
まるで自分の身におきているようにかんじながらページをめくる。
お金とは、こんなふうにかんたんになくなっていくものなのだ。
事件などと 関係あるはずがないとおもっている わたしの生活も、
じっさいは どっちにころぶかわからない、きわめてふたしかなものにすぎない。
わたしは1億円を横領しての逃亡生活ということから、
そしてチェンマイの町をさまようプロローグから、
お金を武器に当局とわたりあい、へろへろになりながら
東南アジアの国々を移動しつづけるはなしかと期待していた。
角田さんは、こういうにげまわる設定がすきみたいだし、
しょぼい逃亡はもういくつも本にしてきたので、
今回は1億円にものをいわせてエンタテインメントにしあげるのかと。
残念ながらわたしのねがいはかなわなかったけれど、
いつかはゆたかな旅行経験をいかして
あっとおどろく逃亡小説にしあげてくれるのを期待したい。
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