2008年の12月にかかれた日記に
「それはそうと、編集後記に本の雑誌経営危機なんて書いてあって、驚いた」
とある。
そうだ。そんなことがあった。
あのときは、実質的な編集長をしりぞいていた椎名誠さんが、
「もう少し這いつくばってでも出していこう、
というスタッフみんなの決意」をつたえ、
『本の雑誌』の購読をうったえる記事をかいていた。
それからも 『本の雑誌』はとぎれることなく発行されているので、
経営危機はおそらくさけられたのだろう。
うれる本をつくったり(「本の雑誌社」は出版社でもある)、
経費削減をされたのだとおもう。
具体的にどんな点にちからをいれたとか、
それまでの方針とかえたこと、などは、
そのごの紙面にのることはなかった。
それは、まあ当然だ。
つぶれるかどうかの心配を、毎回 読者にさせるわけにはいかない。
宮田さんはつづけて
「『本の雑誌』がもし廃刊になったら、
それまで知らなかった面白い本に出会うチャンスがますます減って、
出版界は加速度的に白色矮星化するだろう」
とかいている。
わたしもこの雑誌がなくなってはこまるので、
それからはかかさず毎月かうようになった。
その経営危機のことはわすれてしまったけど、
その記憶がまだあたまにのこっているので、
同社がだす本をできるだけかう習慣が いまもつづいている。
わたしにできる協力は、本をかうことしかない
(あまりにもつまらなかった号のとき、いちどだけ苦情のメールをだした)。
どれだけのひとが、わたしとおなじように、
「この雑誌がなくなったら、こまる」とおもったのだろう。
社員のみなさんが、会社がつぶれてしまわないように
がんばったのはもちろんだろうけど、
なくなってほしくない、なくなってはこまる、と
おおくのひとがおもうような雑誌をつくってきたことが、
経営危機をすくう おおきなちからになったのはまちがいない。
会社ではたらくひとにとって、職場をうしなうのはこまるだろうが、
それとはまたべつのはなしとして、
おおくのひとにとって、なくなってはこまる雑誌にそだっていた。
本と読書がすきなひとにとって、
この記事はおもいもよらぬしらせであり、
『本の雑誌』の危機をしったひとたちから、
『本の雑誌』のファンです、と声をかけられたり、
書店や執筆者のかたから「なにか協力できることは?」と
もうしでがあったりして、とてもありがたかった、
と、のちの号で紹介されている。
会社がこまっている状態であることは、
声にださなければ まわりにはなかなかわからない。
『本の雑誌』がそうやって声をあげると、
いつもお世話になっているひとが「そんな状態だとはおもわなかった」
と、おどろいて なんとかちからになろうとした。
こうしてみると、会社をつぶさない要点が3つあげられる。
・つぶれてはこまると、たくさんのひとにおもってもらえるような
いい仕事をすること。
でもまあ、そんなことおもいながらは はたらけないので、
けっきょく手をぬかず、自分がなっとくできる仕事をすること。
・会社があぶなくなったときは、だまってないで たすけをもとめること。
・社員の熱意
たすけをもとめるのは、なんだか気がひけるけど、
いってもらわないとわからないし、
つぶれないのは、みんなのためでもあるので、
いざとなったらためらわずに 声をあげたほうがいい。
まっとうな会社であればまわりがほっておかないし、
まわりがそうおもわないような会社なら
なくなってもしょうがないのかもしれない。
そして、さいごには社員の熱意がものをいう。
(記事を確認するために『本の雑誌』のふるい号をよむと すごくおもしろかった。
なにがかいてあったかなんて、もうすっかりわすれているので、
あたらしい号をよむようなものだ。
ふるい新聞もいいけど、ふるい雑誌も2どめをたのしめる。
たとえば「男前の女」なんて、
最近つかわれるようになったことばかとおもっていたら、
2008年にすでに『本の雑誌』にでてくる)
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