2015年03月13日

悪魔がささやく不安

末井昭さんが著書『自殺』のなかで、
悪魔がささやくについてかいている。
「お金があれば神のようになれるぞ」とあなたの(僕の)耳元でささやくのが悪魔です。(中略)悪魔は不安を人に植えつけます。人の不安を煽ることは商売の基本です。病気になったらどうしようという不安を煽り、保険やサプリメントや健康グッズが売れ、病院も儲かります。老いて醜くなるという不安があるから、美容整形や化粧品やアンチエイジング関連が繁盛します。負け組になりたくないという不安があるから、学習塾や教育関係の商売が成り立ちます。
 あらゆる不安から逃れたいがために、みんなお金に執着します。しかし、悪魔の支配下でのことですから、いくらお金を貯めても、不安はどんどん増幅されるようになっています。(『自殺』p135)

このまえベトナムとラオスへでかけたとき、
わたしはせっかく旅行にきていながら、
かたい気もちがなかなかほぐれなかった。
ほかの旅行者がいくようなところばかりに目がむいて、自由な発想でうごけない。
のりものの予約をしても、むかえがちゃんとゲストハウスにくるかどうかなんてことまで心配になる。
悪魔がでてくるまでもなく、自分ひとりで旅行をまずしくし、ずっこけていた。

心配しなくてもなんとかなることに、あとになって気づく。
むかえがこなくてもたいしたことではないし、
そのときに対応をかんがえたらいい。
なんであんなに心配ばかりしていたのだろう。
心配すると発想がまずしくなり、フットワークがにぶる。
もしうまくいかなくても、どうってことなくて、
そのことをずっと気にするほうがよっぽどもったいない。
心配していいことなんて、なにもなかったし、
心配しなくても問題はおこらなかった。
わかいころのほうが自由にうごけたのは、
こわいものがなく、さきの心配なんて、おもいもしなかったからだ。

にたようなことで、
堀江謙一さんが「想像力がいちばんこわい」
というようなことをいっていた。
ちいさなヨットで海にのりだすときに、
もし嵐がおそってきたら、とか
もしトラブルで水がなくなったら、とか
そんな想像が頭をかすめると、海にでるのがこわくなってしまう。
想像しなければ、なにもおこらない。
かんがえないほうがうまくいく、というのもおなじで、
ああだこうだかんがえてしまうと、
不安や心配な気もちになって、足がまえにすすまなくなる。
かんがえずにおれないのが、人間のこまったところなのだけど。

そんなこといっても、と悪魔がまたささやく。
なにかにそなえるのはもっともなことだし、
みじめな老後をむかえてもいいのか。
それでもわたしは、心配しない生き方をえらびたい。
断言するほとつよくないので、えらびたいとおもう。
心配の追放がわたしのねがいだ。
うまくいかなかったら、そのときにかんがえる。
自分が心配してもどうしようもないことがおおいし、
心配してどうにかなるものは、まえもって心配する必要がない。
わたしはいったいなにを心配しているのだろう。

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posted by カルピス at 11:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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