2015年05月01日

「村上さんのところ」がおわってしまった

「村上さんのところ」がおわってしまった。
きのうの夜、およそ100日つづいた最後の「訪問」をおえる。
けさ、村上さんによる「当主の最後の挨拶」に気づき、
目をとおしてからエバーノートにクリップする。
もちろんあたらしい回答はアップされていない。
「読者村上春樹」のボタンをクリックしても、
ゆうべよんだのとおなじ画面のままだ。
画面のしずけさから、ほんとうにこの企画がおわったことを実感する。

サイトがはじまったころは、「これは!」とおもう記事をエバーノートにクリップし、
やがてそれが膨大な数になってきたので、
そのなかでも「ベスト」をよりわけ、なんてしてたら
どれが重要なのかわからなくなってきた。
「最後の挨拶」をふくめると、クリップした記事は2014にのぼる。
なんだか西暦みたいな数字だ。
キリストが生まれた年から2014年までのながい歴史をおもうと、
この2014という数がどれだけたいへんか、
そして、メールでよせられた3万7500という質問数が いかにものすごいかがわかる。
村上さんも回答のなかでたとえていたように、
満員の神宮球場のお客さんをまえに、ひとりひとりと握手するように
村上さんはメールをよんできたのだ。
本人ではなく、ほかのスタッフやアルバイトがかいてるにちがいない、
なんてうたがうひともいるようだけど、
わたしと村上さんとの信頼関係からはありえない発想だ。
村上さんがかいているにきまっている。

それにしても、村上さんのラストスパートはすごかった。
それまでいちにちに20くらいの回答だったのに、
サイトの終了間際には50をうわまわることがおおく、
4月29日には58もアップされた。
これだけあると、よむだけでも2時間かかる。

村上さんの回答のおおくが、生きるうえでのコツをおしえてくれる。
そんなふうにかんがえたらいいんだ、と
気がらくになったり、反対に姿勢をただされたり。
たとえば、74歳という高齢にもかかわらず、
ハーフマラソンを完走されている男性に、
村上さんが「持続こそが達成です」とかかれている。
練習にむかうのがおっくうなとき、
わたしはこのことばをとなえるようになった。
きょういちにちはしらなかったからといって、
なにがどうなるわけではないけど、
それでもとにかくはしる。自分をごまかさない。
なにしろ「持続こそが達成」なのだ。
つみあげた成果をもちよって 大会にのぞむのが目的ではない。
ただつづける。それだけで たいしたことなのだとおもうと とりかかりやすい。

もうすこしはやくしっていれば、という回答もあるけれど、
おそすぎたとなげくのではなく、
生活にとりいれるチャンスを得られたことを よろこぼう。
村上さんとスタッフ、そして関係者のみなさま、おつかれさまでした。
また、よくもわるくも さまざまな質問をなげかけて、
村上さんから味のある回答をひきだした 質問者の方々に感謝している。

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posted by カルピス at 20:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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