2015年09月13日

魚柄仁之助さんのいう「浅ましい食べ方」にエリをただす

魚柄仁之助さんの『台所に敗戦はなかった』(青弓社)が
朝日新聞の「著者に会いたい」にとりあげられていた。
絶対にしたくないのは、浅ましい食べ方。だから、どんな粗末な食材でもきちんとおいしく料理して食べるんです

という魚柄さんのことばが紹介されている。
「浅ましい食べ方」とは、どんなたべ方をいうのだろう。
テレビをみながらうわのそらでたべたり、
せっかくひととテーブルをかこんでいるのに
おしゃべりもせず、かたい雰囲気のなか
たべることではないかとおもった。
気もちが料理にむかっていないのは
食材にも、つくってくれたひとにも失礼だから。

10年以上まえに、つくった料理を鍋のまま新聞紙にくるむ
保温調理術で魚柄さんをしる。
食材をむだにせず、お金や手間をかけないで
おいしい料理をつくるのが魚柄さんの料理法だ。
トリの手羽をむしてから酒と醤油でからめたり、
トマトを湯むきにせず、おろし金ですりおろしたり、
魚柄流の調理法をためしてみることで、
わたしの料理はひと皮むけたようにおもう。

魚柄さん原作のマンガ『おかわり飯蔵』に、
つめたくなったコンビニ弁当を
おいしくする方法がのっている。
おかずをこまかくきざみ、
酢をふってから電子レンジにかければ
たべやすい ちらし寿司になる。
おいしくないと文句をいいながらたべるのが「浅ましい食べ方」で、
すこし手をかけておいしくし、
つくってくれたひとへの感謝をわすれないのが魚柄流だ。

そうやって、せっかくおいしい料理をつくっても、
「浅ましい食べ方」をしては そのよさがだいなしになる。
だから魚柄さんは「絶対にしたくない」といましめているのではないか。
ひとりでたべるときでも 料理と正面からむきあい、
ひとがいればおしゃべりをたのしみながら、
魚柄さんは食事を大切にあつかう。
気をぬいたわたしのだらしない食生活に、
「浅ましい食べ方」は耳のいたいことばだ。

佐野元春さんの『ガラスのジェネレーション』にある
「つまらない大人には なりたくない」も気になっている。
具体的な説明はないのだから、
ひとそれぞれに「つまらない大人」はちがってくる。
こころのかたすみに、このことばをだいて生きているかどうか。
浅ましい食べ方をする つまらない大人だとしたら、
ぜんぜんダメじゃん。

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posted by カルピス at 11:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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