2015年09月25日

『カツ丼わしづかみ食いの法則』(椎名誠)カツ丼だけがもつ魔法のちから

『カツ丼わしづかみ食いの法則』(椎名誠・毎日新聞社)

サンデー毎日に連載されているエッセイ「ナマコのからえばり」シリーズの9冊目。
わたしは椎名さんのファンだけど、
1冊の本としてみると、そうおもしろいできではない。
そのなかで、ひとつだけよませるのが、
タイトルにもとりいれられている
「カツ丼がしがし親父の説得力」だ。
そのときのおっさんの食い方が素晴らしかった。カツ丼を左手でがっちり掴み、割り箸を右手に力強く「がしがし」と食った。絶妙の力配分で、がっちり掴んだカツ丼と箸の動きが躍動している。おっさんはいっときもカツ丼をテーブルの上にはおかず、ずっとがっしり左手で掴んだまま「がしがし」と食っている。ほりぼれするような箸と丼との連続技だ。ときどきオシンコをつまみ、味噌汁は箸を置いて右手で椀を掴んで飲む。カツ丼を持つ左手はあくまでもドンブリを掴んだままだ。

カツ丼が、いちばん実力のある日本食だとわたしはおもう。
目にうったえるちからも、お腹にはいったときの満足感も、
ほかの料理を圧倒している。
そして、カツ丼の実力をひきだすには、
ちまちました三角たべなんかふさわしくない。
親父さんのようにハシをおかず、連続技で
いっきにかきこむぐらいの熱意でむかわなければ、
カツ丼をくったとはいえないのではないか。

わかいころならまだしも、
いまのわたしには この親父さんみたいな
ただしいカツ丼のたべ方はできない。
つよい胃袋と、健全な食欲をかねそなえていなければ、
カツ丼の魅力をひきだせない。
もちろんカツ丼それじたいが、
それだけ夢中でかきこめるほどの
完璧なできでなければならない。
椎名さんが目にした「カツ丼わしづかみ食い」の現場は、
そのすべての条件をみたした
しあわせなであいだったのだろう。

椎名さんは親父さんのたべ方に感動したあとで、
世界の食い物のなかであのように食うべきものを片手でがっしり最後まで握ってそのまんま食っていく、という食い方はどれほどあるだろうか。
とつづけている。

おわんをしっかりにぎってたべるのは、
日本と中国だけといってよく、
ほかの国はどこも、お皿やおわんは
テーブルにおいたままたべるのが基本的な作法となっている。
お皿にのったカツ丼に、ナイフとフォークでむかったら、
これはもう カツ丼といえないだろう。
カツ丼は、おわんをかかえ ワシワシかきこむ日本で
生まれるべくして生まれたといえる。

それにしても、この親父さんは
みそ汁をすうときさえカツ丼をはなさなかった。
完全にマナー違反だけど、
迫力のあるたべ方のまえには
すべてがゆるされる特殊なケースだ。
『キッチン』(吉本ばなな)であきらかなように、
よくできたカツ丼には、状況をかえる魔力がある。
たとえば「カツ丼をおごるよ」といわれたら
だれでもたいていのことをひきうけるはずだ。
ラーメンやカレーといえども、この魔力はない。
すぐれたカツ丼だけがもつこのちからは、
たしかに「法則」といっていいのかもしれない。

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posted by カルピス at 14:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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