(熊澤尚人:監督・2005年・日本)
この作品も『桐島、部活やめるってよ』のなかで
名前があがっていた。
『ジョゼと虎と魚たち』
『チルソクの夏』
『きょうのできごと』
そしてこの『ニライカナイからの手紙』と、
『桐島、〜』にはずいぶんお世話になった。
どれもそれぞれわたしの胸にひびく
すばらしい作品だった。
オープニングでは、お母さんと女の子が
浜辺でふざけあっている。
みるからになかのよさそうな親子だ。
あんなにたのしそうにわが子とあそんでいたお母さんが、
4歳のむすめをおいて島をでていくという。
理由をよくしらされないまま、
お母さんはなかなか島にかえってこない。
ときどきとどく手紙には、
「お母さんはもうすこし東京にのこることになりました」
とかかれている。
どんな理由があろうとも、
なんであんなちいさな子をおいて
東京になんかいくんだと、
わたしは母親をせめる。
風希(ふうき)が20歳になったときにすべてをはなすと
お母さんからの手紙にはあった。
風希は毎年うけとる手紙にはげまされ、
島のひとたちからもかわいがられて
素直な子にそだっていく。
高校を卒業すると、風希は島をでて東京にむかい、
写真の仕事につく。
20歳になった日に、まちあわせの場所に風希がむかうと、
そこには島にいるはずのおじいさんがまっていた。
(以下ネタバレ)
毎年かならず誕生日にとどく母親からの手紙は、
彼女が死ぬまえに かきためておいたものだった。
彼女がまだ自分のむすめぐらいおさなかったころ、
母親が死んでしまい、とてもさみしいおもいをした。
成長していくむすめに、自分もまた
なにもしてやれないけれど、
自分が母親にいってほしかったことを
わが子には ぜんぶつたえたたいとおもった。
「わたしはどうしても風希のなかだけでは
生きていたかった」と彼女は自分のおもいを手紙にのこす。
わが子がおとなになるまで、
生きて応援するのが たったひとつの夢だったから。
沖縄地方には、海のはるかむこうに「ニライカナイ」とよばれ、
神さまのすむ理想の世界があるという世界観が
うけつがれているという。
風希への手紙は、そのニライカナイからとどけられた。
ふつうなら、死ぬ直前まで
できるだけたくさんの時間をわが子とすごし、
ふたりですごしたおもいでをつくろうとするだろう。
でも、風希のお母さんのおもいはちがっていた。
こんなやり方をしてでも、
なんとかむすめをはげましつづけようとした彼女のおもいを
風希はうけとめる。
これまでにうけとってきた お母さんからの手紙をよみかえし、
風希はおおつぶのなみだをボロボロこぼす。
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