2017年04月11日

『とにかく散歩いたしましょう』小川洋子さんによる壮大なよみちがえ

『とにかく散歩いたしましょう』(小川洋子・文春文庫)

小川洋子さんのエッセイ集で、愛犬のラブとのくらしや、
本についての話題がおおい。
「本の模様替え」では、いぜんよんだ本をよみかえすと、
まるでちがった印象をもっていたのにおどろくとかいてある。
『走れメロス』は「気の毒なお話」として記憶していたのに、
ところが三十年振りに読み返してみれば、なんと『走れメロス』はハッピーエンドではないか。メロスは死んでなどいなかった。ちゃんと約束の時間に間に合って、親友と二人抱き合ってうれし泣きをしている。それを見た暴君までが改心し、群衆からは「王様万歳」の歓声が上がる。気の毒な気配などどこにも見当たらない。

『異邦人』も、ムルソーがころしたのは、
アラブ人ではなく、恋人のマリイだったと
小川さんは かってによみかえている。
たぶん高校生の私には、殺す必要のない人間を手に掛け、動機を太陽になすりつけるような展開がどうしても腑に落ちず(中略)、分かりやすいストーリーを、自分なりにこしらえたのだろう。

というのが小川さんの分析である。

3冊目に紹介してあるのが『おなかのすくさんぽ』で、
著者はかいていないけれど、これは片山健さんの絵本だ。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/443855365.html
最近よんだ本が こんなところでとりあげられて わたしはうれしくなる。
小川さんの記憶によると、『おなかのすくさんぽ』は、
下記のように ものすごい本らしい。
小さな男の子がクマとライオンに出会って、仲良く一緒に散歩をします。そのうちお腹の空いてきた男の子が、とうとう我慢しきれずに、クマとライオンを食べちゃうんです。すごい絵本です。一度読んだら忘れられません。

よみかえしてみると、
ところが1ページめから早くも雲行きが怪しくなった。クマの姿はあるが、ライオンはいない。代わりにイノシシ、山猫、ネズミ、モグラ、コウモリ、蛙、蛇、と案外大勢登場する。(中略)私はそっと最後のページをめくった。
「おなかが なくから かーえろ」
動物たちは森に、男の子はお家に、彼らはさよならも言わずにお別れしていた。
それでおしまいだった。

べつの章では、
夏目漱石の『こころ』が話題に上がった時、一世代下の若い友人が、「ああ、あの散歩ばかりしている小説ね」と見事に一言で言い切った。

というのがおかしかった。
たしかに漱石の小説は、散歩ばかりしている印象がある。
ここから小川さんは
「もし散歩文学というジャンルがあるなら」
と、ほかの小説にでてくる散歩の場面におもいをはせる。
「散歩小説」の発見である。
貧乏小説や結核小説があるように、
散歩がものがたりの中核をなす小説もある。
それらの本を、これからは「散歩小説」として
あたらしいジャンルにいれてあげよう。
『ノルウェイの森』で主人公と直子さんが体を寄せ合って散歩する、ただそれだけのデートを繰り返す場面も忘れがたい。

斎藤美奈子さんは、妊娠小説として
『ノルウェイの森』をとりあげていた。
『ノルウェイの森』はまた、散歩小説でもあったのだ。
本をよむよろこびのひとつは、このように
だれかと話題を共有し、ふかく共感したり、
おもいがけないよみかたを おしえられるときではないか。
小川さんによる壮大なよみちがえのおかげで、
かえってその本の特徴がうきぼりにされる。
わたしまで まつがったあらすじのまま おぼえてしまいそうだ。

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posted by カルピス at 21:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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