津村記久子さんの『ディス・イズ・ザ・デイ』第3話がよかった。
これまでとおなじように、Jリーグの、
ただし2部や3部にぞくするするチームのはなしだ。
バイトさきがいっしょだけど、
ほとんどはなしをしたことがない学生の松下と、
貴志はスタジアムでたまたまいっしょになる。
松下は、出身地のチームである
ネプタドーレ弘前を応援しにきていた。
サッカーのサポーターというと、
あついおもいを自分のチームにかたむけるとともに、
サッカーについてもルールや戦術にくわしそうだ。
でも、松下は おどろくほどなにもしらなかった。
「アディショナルタイム」や「PK」がわかってないし、
自分が応援するチームの順位さえしらない。
「三鷹は17位だよ。強くないよ」
「へー。もっと上かと思ってた」
こいつ順位表見てないのか、という驚きと、それでも弘前のアウェイの試合の行けるところには行っている、という事実の落差に、貴志は、自分はなんだか窮屈なところにいたのではないか、という疑いが胸を衝くのを感じた。
「降格?やばかったってこと?」
「そうだよ。よそのチームの結果にもよるけど、負けたら21位で入れ替え戦に回るか、22位で自動降格のどっちかだった」
そんなことも知らないでこいつは試合を見ていたのか、と貴志は少し呆れるのだが、それ以上に驚く。そんなことを知らなくても、好きなチームの応援はできるのだということに。
席を外していた松下は、熱燗を買ってきて、おでんをあてに呑んでいた。その様子があまりにも幸せそうで、外でめし食うのはうまいよな、とつい貴志が言うと、松下は、うんうんと何回も大きくうなずいて、おれ大根好きじゃないから食うか?と訊いてきた。
わたしもサッカーがすきで、Jリーグや代表戦をよくみるし、
本棚には何段もサッカー関係の本がならんでいる。
だれにいわれたわけではなく、
すきだから試合をみるし、サッカーについてしりたくて
有名なチームや戦術についての本をもとめた。
サッカーファンならあたりまえだとおもったし、
オフサイドのルールや、リーグ戦のとりきめを理解していなければ
サッカーをしらないひとときめつけていた。
「しらないこと」と「サッカーをたのしむこと」は、
まったく関係ないと 松下におしえられる。
わたしも貴志とおなじで「窮屈なところにい」るのではないか。
サッカーをみはじめたころのわたしは、
松下みたいに なにもしらなかったけど、
サッカーのおもしろさに胸をおどらせていた。
なにもしらなかったわたしのようなファンでも、
おおきなよろこびにひたらせる魅力がサッカーにはある。
試合がおわり、貴志は松下といっしょにスタジアムをでて駅へむかう。
松下の話にうなずきながら、自分は何かを自分自身から取り返したのだということを貴志は知った。(中略)次の春が待ち遠しかった。
貴志がなにかをとりかえせたのは 松下のおかげだ。
なにもしらないにひとしい松下が、
サッカーをこころからたのしんでいるのをみて
(だから松下は「あまりにも幸せそう」におでんをたべる)、
地元チームの三鷹ロドリゲスに素直な気もちでむきあえるようになる。
いいやつだなー、松下。
それに気づいた貴志もなかなかだ。
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