(ウーリー=オルレブ・母袋夏生:訳・岩波書店)
ワルシャワのゲットー(ユダヤ人居住区)からにげだした少年が、
森と農村を放浪しながら生きのびるはなし。
家族はどこにいるのかわからなくなり、
仲間ができたかとおもうと、ドイツ兵がきてバラバラにされ、
親切な農家で仕事ができるようになったかとおもうと、
ユダヤ人であることが村のひとにしれ、
家をでなければならなくなったり。
これでもかと過酷な試練がうちよせるけど、
少年はまえむきな気もちをたもちつづけ、
生きのびることだけをかんがえる。
日にちは数えなかった。瞬間瞬間を、一時間一時間を生きていた。朝から夜までを生きた。
うでを脱穀機にまきこまれ、
すぐに手術すればたすかるのに、
医者はユダヤ人を治療するのをことわる。
ほかの医者がきてくれたときには
壊疽がすすみ、うでをきりおとさなければならなかった。
片腕になっても、少年はけしていじけない。
どうしたら まえとおなじように仕事ができるかと、
工夫と練習をかさねて、なんでもひとりでこなせるようになる。
めちゃくちゃかわいそうなはなしだけど、
「かわいそう」と少年にむかっていえば、
きっと彼は、そんなあわれみはいらないというだろう。
ほかのひととおなじ仕事ができること、
ひとりでも生きていけるちからを身につけたことに
少年はほこりをもっている。
たびたび困難がおしよせても、
少年は自分で方針をきめ、自分でうごく。
少年はどうしたら生きのびられか 知恵をしぼる。
生まれもったあかるい笑顔でにっこりほほえむと、
親切なひとが食事や仕事をあたえてくれるときもある。
「イエスさまにみさかえあれ」と、
宗教にのっとって きちんとあいさつすると、
相手はそれなりの態度で少年にせっしてくれた。
少年は戦争をいきのび、
やがて学校にかよい、大学まですすむ。
彼のつよさは、けして自分をあわれむのをゆるさない。
しりあいとはなしていたら、
岩ガキをどうやってたべるか、というはなしになった。
岩ガキをこじあけるのは、あんがいむつかしいらしい。
苦労してくちをひらいても、
しりあいはあまりカキがすきではないそうだ。
「かわいそうでしょー」といわれる。
そうか。たしかにかわいそうかも。
ナチにおわれて放浪しながら生きる少年は、
自分をかわいそうとおもっておらず、
カキをまえによろこべないしりあいは、
みずから「かわいそうでしょー」という。
「かわいそう」にはいろいろあるなー。
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