2017年08月07日

悪口にもいろいろありそう

わたしがはたらく事業所で、ひとりの利用者さんから、
「吉田さんの顔は はずかしいね〜」と、ときどきいわれる。
とくにふかい意味はなく、きっとまえにウケた体験がわすれられず、
いつのまにかきまり文句になったのではないか。
だって、ニコニコしながら そういってくるのだから。
面とむかって「はずかしいね〜」といわれると
ばかにされて頭にくるというよりも、
ヒザ裏カックンをされたかんじになる。
はずかしくなんかないよ、とつっぱねるのもへんだし、
あんがいわたしの顔のどこかに
はずかしい部分がほんとうにあるのかもしれないし。

「吉田さんはウンコだね〜」も おなじひとから よくいわれる。
いまウンコにいっている、という意味ではなく、
あのひとはウンコでできている、または、
あのひとの存在はウンコのようなものだ、にきこえる。
「はずかし〜ね〜」とおなじで、
ふかい意味はなく、 ついついいってしまうのではないかと想像する。

ふつう、たとえ冗談でも、ひとにむかって
これだけストレートにわるぐちはいわないので、
いい体験をさせてもらってる、とうけとめたい。
いわれたわたしは ショックをうけるより、
「そうか、おれの顔ははずかしいのか」と
じっくりかんがえる機会となる。というのはウソで、
面とむかって「はずかし〜ね〜」といわれても
じっさいはなにもかんじない。
腹がたつよりも、ただおもしろい表現だとおもう。
いってる側に、わるぐちという意識はなく、
あくまでもウケねらいの冗談だからだ。

冗談と差別のちがいって、どこらへんにあるのか。
差別かどうかは、うけた側がきめる。
いったほうが、冗談だとおもっていても、
いわれた側が差別だとうけとれば、それは差別だ。
このケースの場合、いっているひとが
悪意をもっているとはおもわないので
ただの冗談とうけとめられる。
顔がはずかしいも、ウンコだね〜も、
どちらともかなりの表現だけど、悪意はこもっていない。
ウンコとまで、面とむかっていわれたひとは すくないのではないか。
そんなことをいっても、なにごともおこらないのだから、
いうひとの人徳なのかもしれない。
いくら悪意がないからといって、悪口にきこえないのは、
かなりめずらしいケースではないか。

サッカーでは、差別表現がなかなかなくならないので、
試合まえに「差別なしのフェアプレーをします」みたいな
宣言をよみあげることがある。
あえてそこまでしないと、人種差別をといただせない。
そんな宣言をしたからといって、差別はなくならないけれど、
サッカー界全体の方針として、
差別へのきっぱりとした態度が必要となっている。
すこしまえまでは、日本と関係ないはなしかとおもっていたのに、
国内での試合・外国のチームとの試合の両方で、
いまでは人種差別がおおきな問題となってしまった。
「顔がはずかしい」「ウンコ」を、
冗談としてききながせる世界は平和だ。

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posted by カルピス at 06:47 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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