2017年08月11日

ひとり上手で あまえ上手

ほぼ日の「今日のダーリン」に、
あまえ上手なネコが紹介されている。
深谷かほるさんの『夜廻り猫』のなかに、
老夫婦に飼われている猫が、
なにかとわがままを言って甘えるという回があった。
ところが、それは、おじいさんとおばあさんへの、
サービスとして猫がやっていることだったのだった。
あれしてくれ、これはいやだ‥‥というわがままに、
懸命に応えようとしている老夫婦のほうに、
うれしそうな微笑みがもたらされているのだ。

あまえているようで、じつは あまえさせてくれている、という
ちょっとひねった関係だ。
わたしはまだ、「うれしそうな微笑み」
をうかべられるほど できた人間ではないけど、
あまえるのはネコからのサービス、というのはよくわかる。
理不尽な時間にわたしをおこし、食事の世話をさせるのは、
ピピから同居人たちへのごほうびだ。
すべてを自分ひとりで しゅくしゅくとすすめられては、
家族としていっしょにすごすよろこびがない。
ネコはひとり上手でもあり、あまえ上手でもある。
いちにちのほとんどを、まるまってすごしているのに、
自分がなにかをもとめるときには
根気よくつきまとって世話をやかせる。

ピピの得意技は、わたしのからだによじのぼってきて、
じっと目をみつめながら胸にだかれること。
ネコがこんなふうにしてくれる経験をもつひとは、
そうはいないぞ、と そのたびに自慢したくなる。
赤ちゃんだっこも、あんがい難易度がたかい。
お腹がまるだしになるこのポーズは、
あつい信頼関係がきずかれてないと成立しない。
ピピは、わたしに全体重をあずけ、
ニャゴニャゴはなしかけたり、目をしょぼしょぼさせて
リラックスしているとつたえてくれる。
わたしに全幅の信頼をおき、安心しきってねむりこけているピピ。
そうおもわせてくれるピピ。

中島みゆきの「ひとり上手」は、
みかけほど ひとり上手なわけではない、とうたっているけど、
ピピはひとり上手とあまえ上手を、苦もなく両立させている。
口内炎をわずらってから3年がたち、
生きているのが不思議におもえるのに、
ますますわたしたちにサービスの機会をあたえてくれる。
ときどきまわりをこまらせながら じょうずにあまえるので、
「ひくく安定」の状態を ながくつづけられるのだろう。

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posted by カルピス at 13:35 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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