「お母さんどげだった?」(中略)
「元気そうだったわ。手間天神社に興味持ったりしちょったよ」
「そげならよかったわ。7時間もかかるところを呼びつけるから心配だったがね」
「まあ、とにかく来てくれたけん」
津村記久子さんが朝日新聞に連載している
「ディス・イズ・ザ・デイ」の第9話は、
わたしがすんでいる松江が舞台だ。
小説のなかで、出雲弁が堂々とはなされている。
たしかに、わたしたちはこんなふうに出雲弁をはなしている。
よほどしっかりした助言者に、
出雲弁をチェックしてもらっているのだろう。
この会話を、ほかの地方のひとがよんで、
理解できるのか、ちょっと心配になった。
それほどネイティブな出雲弁だ。
「ディス・イズ・ザ・デイ」は短篇集であり、
J2やJ3に所属する、有名ではないチームがとりあげているので、
試合をみにいくと、どうしてもその土地の方言がからんでくる。
ほかの町が舞台のときでも、なにをはなしているか
ぜんぜんわからない、ということはないので、
出雲弁がでてくる第9話にしても、
きっとほかの地方の読者も、ストーリーについていけてるのだろう。
関西弁や博多弁ほど、出雲弁は確固たる地位をきずいていないので、
ほかの地方のひととはなすとき、
共通語というか、丁寧語によってかくしてしまいがちだ。
出雲人の遠慮がちな県民性とも関係するのかもしれない。
宍道湖岸をジョギングしていると、
そんなにひろい道ではないので、
むこうからくるランナーとすれちがうことになる。
わたしと、むこう。どちらがコースをゆずるのか。
島根では、たいていかなりはやい段階で、
正面からくるひとがコースをかえくれる。
あなたがそれほどつよ気のランナーでなくても、
そのままはしっていれば 島根ではたいてい大丈夫だ。
わたしはとくにいかつい男ではないし、
すごくとばしてはしっているわけではない。
それでもたいていむこうがゆずるのは、
島根のランナーがどれほど内気かをあらわしている。
出雲弁も、これとよくにている。
だれかほかの地方のひととはなすとき、
島根のひとは、共通語にきりかえて 出雲弁をかくそうとする。
自分からさきに出雲弁をひきさげるのが出雲人の特徴だ。
第9話は、「松江04」という架空のクラブがでてきて、
2部リーグに所属している、という設定になっている。
小説のなかでは、Jリーグの試合をするスタジアムがでてくるけど、
じっさいにはそんなに立派なスタジアムは存在しない。
JFLいりをめざしているクラブはあるので、
この小説は、松江にありえたかもしれないクラブと、
それにまつわるサポーターのはなしだ。
出雲人らしく、応援にしかたも、どこか遠慮がちにえがかれている。
ストーリーも、ほかの回にくらべておとなしめだ。
正確で、むきだしの出雲弁が堂々とかたられる小説はめずらしく、
松江らしい ものがたりのしずかな展開に好感がもてた。
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