幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた。パパとかお父さんとかのかわりにヒデヨシ、漢字に書けば秀吉という父親の名前を呼び捨てにしたのである。
わたしのむすこは、わたしのことを「おとう」とよぶ。
母親は「おかあ」で、おじいさんは「おじい」。
保育園でほかの子どもたちが 親をどうよんでいるのか
そんなに注意してきいていたわけではないけど、
「おとう」「おかあ」はめずらしいのではないか。
「お父さん・お母さん」、あるいは
「パパ・ママ」がおおかったようにおもう。
これは、わたしがむすこに『未来少年コナン』をみせた影響だ。
コナンはおじいさんのことを「おじい」とよぶ。
コナンは ものごころがついたとき すでに両親がいなかったので、
「おとう」「おかあ」とくちにする場面はなかったけど、
おじいさんが「おじい」なら、そのながれで
お父さんは「おとう」、お母さんは「おかあ」になるだろう。
だれかがおしえたわけではないけど、おさなかったむすこは
コナンにならって わたしを「おとう」とよぶようになった。
親のよびかたは、いちどはじめると
あとからかえにくいもので、
二十歳になったむすこは いまでも「おとう」という。
「おとう」は わるくないよび方だ。
保育園児から大学生まで、はばひろくつかえるし、
第三者がいても、「おとう」と口にするのは はずかしくない。
保育園のときに「パパ」とかいってた子は、
おおきくなってから むりに「おやじ」なんて
なれないいいかたに かえなければならず、
苦労するのではないか。
親をどうよんだかが、その子の人生に、
どんな影響をあたえるのか しりたいところだ。
うまくいってる家族には、
よび方に 一定の法則があるのかもしれない。
ものすごく むりやりなはなしだけど、
ひごろの観察により、病院の名前は
「しみず」がいちばん ふさわしいという結論にいたった。
もちろん漢字で清水とかいてもいい。
小児科でも脳外科でも、動物病院でも産婦人科でも、
あらゆる病院に「しみず」はすんなりおさまる。
これが「よしだ」ではぜんぜんだめで、
ひらがなで3文字、漢字で2文字なのはおなじなのに、
耳できいたとき、目でとらえたときの説得力に おおきな差がある。
わたしがむかし「しみず医院」にお世話になったわけではないのに、
なぜこういうちがいがうまれるのか なぞにつつまれている。
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