2018年05月03日

『不死身の特攻兵』(鴻上尚史)志願をよそおった強制にくっしない

『不死身の特攻兵』(鴻上尚史・講談社現代新書)

太平洋戦争の末期に、
くるしまぎれの「作戦」としてとりいれられた特攻は、
爆弾をつんだ飛行機で、敵艦にたいあたりするものだった。
たいあたりなので、ふつうは生きてかえれない。
この本にとりあげられた佐々木友次さんは、
9回も出撃したのに、生きて日本にもどっている。
本書では、佐々木さんへのインタビューをまじえ、
なぜそんなことができたのかを、
鴻上尚史さんがあきらかにしていく。

特攻は、「志願」のふりをした「強制」であり、
ほとんどの隊員は、祖国や母のために
よろこんで死んでいったのではなく、
死に直面してはげしくなやみながら出撃している。
特攻というと、自分が爆弾の目となって つっこんでいくので、
爆弾をおとすよりも簡単だとおもわれやすいけど、
じっさいは、米軍の迎撃をかいくぐって
敵艦にたいあたりするのは、ある水準以上の技術が必要だった。
そもそも、海のうえにちらばる数千もの艦隊をめがけ、
そのうちの1隻にぶちあたったところで
とても命とひきかえになるような戦果はあげられない。
特攻は、しだいに死を消化しつづけるのが目的となっていく。

佐々木さんは、なぜ9回も出撃しながら生きつづけられたのか。
どうかんがえても、かぎりある命を
いちどのたいあたりにつかうより、
くりかえし爆弾をおとしたほうが戦果を期待できるからだ。
戦果をあげるための特攻であり、
なんどでも出撃するほうがより「お国のため」である。
しかし、なんども生きてもどってくる佐々木さんに、
上層部の視線はきびしくなり、
戦果よりもとにかく死んでこいと、
しだいに処刑飛行のようそうをおびてくる。
命令にそむく問題のパイロットとして
佐々木さんは上官からうとまれる存在となっていく。

志願をよそおった強制は、日本社会でよくみかける風景であり、
それにはむかうのはおおきなエネルギーが必要となる。
わたしだったら、圧力にまけて 死んでいこうとするだろう。
しかし佐々木さんは生きてもどろうとしつづける。
死ななくてもいいと思います。死ぬまで何度でも行って、爆弾を命中させます

そうやって、抵抗しつづけていれば、
圧力をかける側に、もともと論理的な根拠はないのだから、
そのうちぐじゅぐじゅとわけのわからない状況になる。
社会からの圧力にしたがわなくても、
抵抗しつづけていればなんとかなる、
というのが この本をよんでの感想だ。
日本社会は、死をうつくしくとらえがちであり、
そこにつけこんだ「作戦」が特攻である。
情緒でしかないのだから、論理のまえには歯がたたない。
特攻をすすめる軍の指導者には、
作戦の責任をとろうとするものはいなかった。
「決して諸君ばかりをしなせはしない。いずれこの冨永も後から行く」
といっていた佐々木さんの上官は、
日本の情勢が不利になると、フィリピンから台湾へにげだしている。

沖縄特攻では、旧型機や古い機体、さらに羽布張りの、つまり翼が布張りの練習機まで特攻に使われました。
 そんな飛行機で出撃する特攻隊員を、司令部は勇壮果敢と表現しましたが、整備員は泣くのです。(中略)どう考えても、どんなに精神力があろうと、どんなに祖国を愛していようが、戦果を期待できないから泣くのです。(p235)

特攻を拒否した美濃部少佐の発言が紹介されている。
連合艦隊司令部による作戦会議で、
「劣速の練習機まで狩り出しても、十重二十重のグラマンの防御陣を突破することは不可能です。特攻のかけ声ばかりでは勝てるとは思えません」(中略)
全軍特攻化の説明をした参謀は、意外な反論に色をなして怒鳴りつけました。
「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!」(中略)
それに対して、美濃部少佐はなんと答えたか。
「私は箱根の上空で(零戦)一機で待っています。ここにおられる方のうち、50人が赤トンボに乗って来て下さい。私が一人で全部たたき落として見せましょう」
 同席した生田寿少尉が、「誰も何も言わなかった。美濃部の言うとおりだったから」と報告しています。

極限までに死への圧力がたかまっていた特攻において、
9回も出撃しながら生還した佐々木さんの存在を、
おおくのひとにしってもらいたい。
日本社会において、特攻的な精神をもとめる圧力は
けしてむかしの戦争だけのものではない。
現代社会においても、理不尽な圧力をはねかえすちからが必要だ。
わけのわからない命令は、無視しても問題ない。
そのうち圧力が本来の目的をうしない、わけがわからなくなるから。

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posted by カルピス at 10:54 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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