別ずりで12ページあり、通常版のうえに「be」がよめるのは
おとくな気がするので、なんとなくたのしみにしている。
とはいえ、「be」がどれだけよみごたえのある紙面かというと、
それほどたかい点はつけられない。
もちろんこのみの問題でしかないけれど、
お気にいりの連載もあれば、けしてよまないページもある。
わたしがすきなのは、相談コーナーの「悩みのるつぼ」で、
読者からよせられた質問にたいし、
何人かの回答者が自分のかんがえをのべている。
ただ、わたしがよむのは、
回答者が上野千鶴子さんのときにかぎられ、
あとのひとが回答にまわるときは、ほとんどスルーしている。
「be between」という連載では、
「どちらが好き?」みたいなかたちで、
読者に質問をなげかけて、おくられてきた回答から、
どんな傾向があるかをよみといている。
以前には、
「村上春樹の作品を読んだことがありますか?」
という回があった。
どんな作品がすき、あるいはきらいか、の回答がよせられ、
村上さんファンのわたしはおもしろくよんだ。
ただ このごろは、
「しゃぶしゃぶとすきやき、どちらがすき」
みたいに、どうでもいいような質問がおおい。
「奇数と偶数、どちらが好き?」
「人生相談を読みますか?」
「方言が好きですか?」
いったい、そんなことをきいて、どうしようというのだろう。
なにがおもしろいのか理解にくるしむ。
たずねるほうも、こたえるほうも、
わたしの価値観をはげしくゆさぶってくる。
こんな質問にも、関心をしめすひとがいるのだ。
そしてとうとう、前回の「be between」は
「博多と札幌、どちらが好き?」を読者にたずねてしまった。
質問も、ここまでどうでもいいと、すごみをかんじる。
徹底的に役だたないコーナーであろうという姿勢が
あたらしい次元に突入した瞬間だ。
「そばとうどん」「犬とネコ」「すきな季節は」。
いずれも過去の「be between」にとりあげられた質問で、
それぞれおなじくらいどうでもいいけど、
「博多と札幌、どちらが好き?」は
そのなかでも頭ひとつぬきんでている。
くだらないからやめろ、といっているのではない。
わたしにはうかがいしれぬ世界があるのを
じっさいにおしえてくれる人間観察の貴重な場所だ。
「be between」をネットで検索すると、
「月と太陽、どちらが好きですか?」
「朝ごはんをたべていますか?」
なんてのも今年にはいって質問されていた。
そりゃ、月と太陽のうち、どちらがすきか、
あるいは、朝ごはんをたべているかについて、
だれだってなにがしかのこたえをもっているので、
紙面はうまるかもしれないけど、ただそれだけ。
気のきいたこたえは、よい質問からしかうまれない、
みたいなのをきいたことがあるけど、
「博多と札幌、どちらが好き?」
の質問からは、どう分析しても、
たいした成果はえられそうにない。
それでも愚問をだしつづけるところが
「be between」ならではのすばらしさだ。
「博多と札幌」についてモニターがよせた回答は、
27%が博多で、73%が札幌だった。
だからどうしたというしかない。
そこに「be between」の意味があるというのが、
「be between」のややこしさをかたちづくる。
とことん無意味なのことには意味がある、
とわたしは日ごろおもっているけど、
「博多と札幌、どちらが好き?」には、
ついイラっとしてしまった。
わたしは、まだほんとうの意味で
「無意味」さを理解していないとしらされる。
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