いちねんになんどか、養護学校から生徒たちがきて、
実習のかたちで活動を体験する。
保護者や学校の先生もつきそってこられ、
身ぢかにある介護資源のなかから、
適切な事業所をさがす機会となる。
卒業後の進路さがし、いわゆる就活だ。
わたしがぞくするクッキー工房にも、
3日間、高校2年生の男子生徒がやってきた。
これまでに体験したことがないほど、味のある人物だったので、
ぜひ記録にのこしておきたい。
養護学校からは、発達障害のおとなしい生徒、と
事前のうちあわせできいていた。
じっさいにせっしてみると、
たしかにおとなしいけど、
こころくばりや場面ごとの配慮など、
じつにこまやかなうごきをみせる。
たとえば、ドアのあけしめでは、
ほかのひとが部屋をでるまで、戸をおさえていたし、
お客さんからお金をうけとるときは、
ためらわずに、さっと両手をだせた。
なんてできる実習生だ、と、
かかわった職員は、みな彼のうごきをたかく評価する。
しずかで、おちついた たたずまいが、
将棋の藤井聡太さんをおもわせるので、
「にてるといわれたことがありますか?」
とたずねると、
お母さんも、そういっているという。
そのあと、わたしがうっかり
本名ではなく、「藤井さん」と、
まちがってよびかけると、
ちいさく「ガクッ」とずっこけてくれた。
その日の実習日誌には、
仕事の感想のあとに、
「あしたは藤井でいきますか?」
とかいてある。
「藤井とよばれてこまった」でも、
「藤井とよんでもいいよ」でもなく、
「藤井でいきますか?」の
「?」が藤井七段らしい しびれる妙手だ。
きょうは、配達にでかけるまで、しばらく空白の時間があった。
「出発まであと15分間、なにもしないのは、たいくつですね」
とわたしがはなしかけると、
しばらくして、「あっ」と声をあげ、
「となりの部屋にラジカセがありましたね。
あれをきくというのはどうでしょうか」
と提案してくれた。
彼は、10代のわかさなのに、
すきなものが70年代のアイドルだったり、
ふるい自動車だったりと、すこしかわっている。
ラジオもよくきくそうで、クッキー工房においてある、
ふるいラジカセが気になっていたようだ。
いいアイデアなので、ラジカセをもってくると、
さっそく彼はすきなAM局に周波数をあわせた。
その日の日誌には、
「レトロなラジオを見させてもらいました」
とかかれていた。
CDはついておらず、カセットとラジオだけの機械なので、
「レトロなラジオ」はただしい表現かもしれない。
もっとも、彼はカセットテープを家できいているそうで、
高校生とはなしているというより、
近所にすむおちついたおにーさん、みたいなかんじだ。
彼のまえでは、わたしのあさはかな言動がすべてみすかされ、
そのうえで、じょうずにつきあってくれているような気がする。
わたしは、この業界ではたらきだしてから、
経験だけは25年とながい。
これまでにさまざまな実習生とせっしてきたけど、
彼のようなしずかでおちついた人物は はじめてだ。
存在だけで、その場におだやかな雰囲気を もたらしてくれる。
3日間の実習がきょうでおわり、
あすから彼は学校の生徒にもどる。
もう彼がこなくなるのをさみしくおもった。
彼のような人物が、卒後の進路先で、
自分のちからをじゅうぶん発揮し、
自信をもって これからの人生をすすんでいくよう ねがっている。
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