2020年02月13日

『その雪と血を』最高にうつくしくてかなしい ノルウェーのハードボイルド

『その雪と血を』(ジョー=ネスボ・ハヤカワ文庫)

『おすすめ文庫王国2020』の4位にランクいりしていた。
パルプなノワールに見せかけておいて幻想譚みたいな感じになっていく。血と暴力であふれかえっているのに、ものすごくきれいなんですよ。

というのが「編A」氏による推薦の弁だ。
「ダメな殺し屋の話」ともある。
よみおえると、まさにそのとおりなのだけど、
はじめはうつくしさよりも、
「ダメな殺し屋」にひかれてよみはじめる。
(以下、ネタバレあり)

本書はノルウェーのオスロを舞台にしたハードボイルドで、
本文はみじかく、200ページにみたない。
ジョークでかためた軽ハードボイルドなでだしだけど、
すぐに主人公のオーラヴに好感をもつ。
オーラヴは計算ができず(文字どおりの意味で)、
女にほれっぽくて、でも、さいごまで責任をはたす「始末屋」だ。
自分が「始末」した男の奥さんに、
子どもの養育費をおくりつづけたりする。

訳がこなれていてよみやすい。わたしごのみのかたりだ。
国境は双方によって厳重に警備されている。だがスピッツベルゲンなら、警備をしているのは北極熊とマイナス四十度という気温だけだから、なんの問題もなかった。
そんなわけで、ダニエル・ホフマンがスピッツベルゲンの商売を再開してみると、競争相手が登場していた。ホフマンはそれがまったく気にいらなかった。

オーラヴは、ボスの奥さんであるコリナを始末するよう
ボス本人から指示される。
仕事をうまくすすめようと、コリナをみはっているうちに、
オーラヴは彼女がすきになってしまい、
彼女のもとにおとずれ、乱暴する男を始末する。
ボスに男を始末したとつたえると、その男はボスのむすこだった。
オーラヴは、ボスからおわれる身となり、
コリナといっしょにオスロの町でかくれてすごす。
コリナをまっすぐに愛するオーラヴなのに、
コリナはうらでオーラヴの敵方とつうじており・・・。
「金と力を手に入れるためなら、裏切る必要のある相手は平気で裏切る女ってわけか?」
コリナはぷいとたちあがって窓辺へ行った。通りを見おろし、煙草に火をつけた。
「平気というところをのぞけば、だいたい合ってるかな」

まるで峰不二子みたいな女だ。

本書には、もうひとりキーをにぎる女性が登場する。
オーラヴがむかしたすけた女性マリアで、
彼女がジャンキーのボーイフレンドの借金を
からだでかえそうとしていたのを
オーラヴがすくいだしている。
それ以来、オーラヴはときどきマリアのようすをみにいって、
なんとかくらしているかどうか たしかめている。
マリアに彼の存在がしられないよう、
はなれたところから しずかにみまもるだけだ。
仕事のためには、ためらいなく相手を「始末」するオーラヴなのに、
女性にたいしてはとてもプラトニックにせっしている。
ラストでは、敵方にうたれ重症をおうオーラヴだけど、
いたみにたえて車にもたれかかっていると、
マリアが偶然とおりかかり、オーラヴのキズを手あてし、
しりあいの医者へつれていく。
おれはもう死んでもいいよ、母さん。そう思った。もう物語をこしらえる必要はないんだ。この物語はもうこれ以上すばらしくできない。

よかったよかったと、よみすすめると、
次の章では、車にもたれ、雪をかぶっている男にマリアが気づく。
オーラヴだ。まえの章で、マリアにすくわれたとおもったのは、
オーラヴがつくりあげた物語だった。
オーラヴだけでなく、彼のお母さんも物語をつくっていたし、
おおかれすくなかれ、だれもが自分でつくる物語に生きている。
わたしもまた、気づいていないだけで、
きっと自分の物語に生きているのだろう。
不器用に、誠実に生きるオーラヴ。
ストーリーのうつくしさと、雪におちる血のうつくしさ。
あまりに白く、あまりに赤く、不思議なほどに美しかった。

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posted by カルピス at 22:28 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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