32歳になる蒔田百合は、とくにやりたいことがあるわけでもなく、
なんとなく会社での仕事についていた。
ある日、女性の上司からミスをとがめられた百合は、
これまでたまっていたモヤモヤがふきだして、
コピーをとっているときになきだしてしまう。
「疲れてるのね。」となぐさめられても、
そのひとことで決定的にうちのめされる。
そのまま会社をやめ、家にこもってぐずぐずすごす。
私はだめだ。何も出来ない。親の金でマンションに住んで会社にも行けなくなって、疲れていて、でも、何に疲れているのか、分からない。
このままずっと自分の部屋にいたいけど、
そんなことをつづけられないのはわかっている。
なんとかたちなおろうと、百合は旅行にいくことをおもいつく。
瀬戸内海の島に最近できたリゾートホテルをえらび、
5日の滞在ときめた。どうせ親の金なのだ。
飛行機にのって島へ移動しながら、
高校生のころ、百合がいじめる側にたっていたこと、
自分には薬をのんでいる姉がいると すこしずつおいたちをかたる。
百合の気もちがおちつかないのは、
これまでにためこんできたいろいろなものに、
むきあう時期がきたからかもしれない。
ホテルは、おもっていた以上にすばらしかった。
うれしくなった百合は、旅行をたのしめそうにおもえてきたけど、
彼女のこころはそうかんたんにおちつかない。
港にでてうどんをたべ、ホテルにかえるころは、
もう不安定な気もちになり、なきだしそうになる。
百合がかかえている「重さ」は、なかなかにやっかいだ。
百合は、ホテルのなかにあるバーでたびたびビールをのむ。
カウンターにすわり、40代のさえないバーテンとはなす。
坂崎というこのバーテンは、
いつまでたってもカクテルのつくり方をおぼえられないので、
本格的な営業がはじまるまでの準備だけにたずさわっている。
記憶に障害があるのか、なんどつくり方をきいても
すぐにぬけていってしまうそうだ。
百合との会話も、あまりうまくかみあわない。
7時までの仕事がおわると、坂崎はまいばん図書室へいって本をよむ。
本をよむと、それまでによんだすべての本をあわせ、
ひとつのストーリーとして記憶するのが坂崎の読書だ。
はやい時間のバーには、もうひとり、
24歳のドイツ人男性、マティアスがよく顔をみせる。
彼は日本語を勉強しており、じょうずに日本語をあやつる。
でも、お金がたくさんありながら、
自分がなにをしたいのか、彼にはわからない。
ずっと母親のいいなりに生きてきたマティアスは、
人格的には問題がないけれど、「ふつう」がはわからない。
いまもまだ母親の影が彼につきまとっている。
マティアスが、百合を自分の部屋にさそったことがあった。
マティアスは、百合とむきあいながら、
セックスしたいということが、どういうことかわからない。
したくないのなら、しなくてもいいの、
と百合はマティアスにおしえる。
この夜をきっかけに、百合は自分をとりもどしはじめる。
百合たち3人は、坂崎が図書室でみたという写真をさがす。
本のあいだにはさんであった写真で、
どの本だったか、坂崎はおぼえていない。
マティアスはなぜかその写真にこだわって、
図書室の本を一冊ずつとりだして写真をさがす。
百合と坂崎もいっしょになって本をめるくけど、
けっきょく写真はみつからない。
写真がもしみつかっても、それでどうなるわけではない。
無意味な時間をすごすことが、百合には必要だった。
5日の滞在で、百合はたちなおった。
坂崎とマティアスにであい、3人ですごした時間がよかったのだろう。
ふたりは、いっしょにすごしていても、
百合にとくべつ気をつかうわけではない。
ホテルの従業員と客という関係で、5日たてばわかれるとわかっている。
浮世ばなれした3人は おたがいの存在がそれぞれにピッタリだった。
百合は、3人でいると気もちがらくになり、
自分のいいたいことを、そのままことばにだせる。
百合はビールをのんでよっぱらってばかりいたのに、
3人ですごしているうちに、いつのまにか自分の気もちをとりもどす。
百合はマティアスにも、いまのままでいいと、おしえてあげる。
かえりのフェリーで、これまできらってきた姉に百合は電話をかける。
5日というみじかい日数での、みごとな再生のものがたりだ。
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