2020年10月26日

『キリン解剖記』(郡司芽久)

『キリン解剖記』(郡司芽久・ナツメ社)

キリンの研究をこころざしたわかものが、
キリンの解剖をとおして 研究者としてそだってゆく記録。
わかものならではの、情熱にみちた探究心が
よんでいてとてもすがすがしい。

そういえば、キリンって、不思議な動物だ。
なぜあんなに首がながくなったのだろう。
それでいて、首の骨の数は、哺乳類の原則どおり、
7つ(ほかの哺乳類とおなじ)だという。
その不思議をときあかそうと、著者は解剖をつづけ、
とうとう8つ目の頚椎とでもいうべき 胸椎のはたらきを発見する。

著者は、学部生だったころにはじめての解剖を経験し、
その後、国内で死亡したおおくのキリンを手がけている。
10年の研究生活で、30体のキリンを解剖してきたという。
亡くなるキリンが毎年のようにでるので、
日本にはずいぶんたくさんのキリンがいるものだと おどろいた。
本書によると、日本にはおよそ150頭のキリンがかわれており、
アメリカについで、世界で2番めのキリン大国らしい。

キリンの解剖なんて、ふつうのひとにとって、
ものすごくとおい世界のできごとだけど、
著者にとってはごくあたりまえな日常(研究生活)だ。
著者は、自分がよくわかっている世界を淡々とかく。
キリン、とくにキリンの解剖について、
なにもしらないわたしたちは、著者が日常おこなっている
そうした非日常的な研究のようすがとても興味ぶかい。

著者のユーモアなんだろうけど、この本は、
だれもがキリンの研究者になる可能性がある、
という前提でかかれている。
ピンセットにもいろいろな種類があるが、初心者ならば、先端がかぎ状になっていて筋肉がつかみやすい「有鈎(ゆうこう)ピンセット」がおすすめだ。

 骨格標本にはいくつかの作り方がある。一般的な家庭でもできる方法だと、地面に埋める、水に漬ける、鍋で煮るなど。虫に食べさせる、という作り方もある。

もしもキリンについて講演する機会があなたに訪れたなら、翌日の筋肉痛を避けるために、迷わずメスの頭骨をもって講演会場へ向かうべきだ。

いいであい、そしてよいタイミングでの検体にめぐまれ、
なによりも、「キリンがすき」をそのまま自分の仕事とし、
著者は世界一しあわせな研究者におもえる。
もちろんこれらは、著者がきずきあげてきた人間関係と、
やる気にみちた研究心によるたまものだ。
解剖に協力してくれる、さまざまな関係者に
著者は感謝の気もちをわすれない。
そして、解剖させてくれたキリンたちにも、
つねに敬意をはらい、尊厳をもってむきあっている。

この本には、著者の誠実さがずいしょにあらわれている。
「遺体損壊」でしかなかったニーナの”解剖”の記憶は、私にとって気持ちが暗くなるような苦しい思い出だ。筋肉の名前の特定もできず、知識の向上に至れなかったからこそ、せめて経験だけは活かしたい。(中略)
 これは、シロがニーナのパートナーだったことも強く影響している。ニーナの経験を活かせなかったら、彼女だけでなく、目の前のシロにも申し訳が立たない。

ねばりづよくとりくんできた研究が実をむすび、
著者は キリンの第一胸骨が うごくしくみをつきとめる。
これこそが、第8番目の頚椎とでもいうべき、
第1胸骨のやくわりであり、胸骨をうごかすことで、
キリンの首は可動域が50センチふえ、
「高いところにも低いところにも頭が届く」
からだを手にいれた。

著者のまっすぐな姿勢がとても気もちいい。
キリンにあいたくなってきた。

スポンサードリンク



posted by カルピス at 21:53 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: