「オトナになった女子たちへ」(伊藤理沙)がだいすきだ。
こんかいは、伊藤さんの配偶者である「ヨシダサン」が、
家での食事をぜんぶつくってくれる、というはなし。
伊藤さんの昼ごはんや、むすめさんのお弁当も、
ぜんぶヨシダサンがつくる。伊藤さんはなにもしなくていい。
らくちんでたすかるのだけど、これがもしかして
ヨシダサンの罠だったら、と伊藤さんはひそかにおそれている。
年齢がうえのヨシダサンが、伊藤さんよりさきにいってしまうと、
のこされた伊藤さんは料理ができない残念な老人でしかなく、
ひとりさみしくたれじぬのではないか、という予感。
そして、心配しながらも、あえて「罠」にはまってゆく伊藤さん。
奥さん死んだらたいへんなめにあう夫」は、わたしだ。
3月でわたしの配偶者が退職し、家にいる日がおおくなった。
これまでは、夕ごはんの2/3をわたしがつくってきたけど、
4月から週にいちどくらいにへってしまった。
トレーニングがはかどるし、楽でいいのだけど、
料理をしないと、こんなにもカンがにぶるのかとおどろいている。
かいものにいっても こんだてをおもいつかないし、
料理をはじめても、スムーズなながれができない。
いちど身についたスキルは、一生ものだ、とおもっていたけど、
料理については、かんたんに、そして急速にサビつくのがわかった。
わすれないていど、日常的に料理にかかわるほうが自分のためだ。
本日の弁当は「鶏そぼろ弁当」だ。そぼろ弁当の日は、そぼろが余るということで、わたしの分の弁当を作ってくれる。なんつー甘い罠だ。それを我慢できずに朝、食べちゃったわたし。昼、どーするんだ。家庭内早弁だ。子供か。低年齢化もすすんでいる。うまかった。このようにやさしく日々能力を奪われている。
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