マーク=オーエンズ&ディーリア=オーエンズ
小野さやか・伊藤紀子:訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
野生動物の研究家であるオーエンズ夫妻は、
まだ人間と接触したことのない動物をもとめ、
ボツワナ共和国のカラハリ砂漠にたどりついた。
これまでに人間をみたことがない動物たちは、
ひとをおそれる遺伝子をもっていない。
動物たちのくらしをすぐちかくで観察できるし、
たとえライオンでも、ひとをおそってくることはない。
オーエンズ夫妻は、不用意に干渉しないよう
注意ぶかく観察をつづけ、
これまでしられなかったライオンやハイエナの生態を
いくつもあきらかにしていく。
この本は、1974年から7年をかけておこなわれた
彼らの観察の記録である。
この記事のタイトルを「人間は、どしがたい」としたのは、
ひとがいかにすくいがたい存在かを、おもいしらされるからだ。
オーエンズ夫妻と、とくにしたしい関係にあった
オスライオンのボーンズを、
アメリカ人のハンターがうちころしてしまう場面がある。
まえの日に、夫妻からボーンズの生態をきき、
目になみだをうかべて感激していたハンターは、
あろうことかそのボーンズをうちころしてしまった。
ひとをおそれないボーンズしとめるのは、
どんなにたやすいことだったろう。
ボーンズ、そしてオーエンズ夫妻の無念をおもうと、
人間はどしがたい、としかいいようがない。
また、カラハリ砂漠の自然保護区では
何万頭ものヌーの大移動が観察されている。
水をもとめ、ながい旅をつづけるヌーは
もうすこしで水場にたどりつく、というところで、
針金をはられた柵にぶちあたる。
人間が家畜として世話をしている動物に、
野生動物の病気がうつらないよう隔離する柵だ。
この柵が、たしかに有効という事実はないのに、
柵のためにおおくのヌーがちからつき、たおれていく。
柵の犠牲になったヌーの死期はごくゆっくりとやってくる。まだ前足で砂をかく力の残っている、横たわった彼らからカラスやハゲワシは容赦なく目をくりぬいていき、屍肉食者たちはまた、耳や尾や睾丸などを髪切っていく。こうして2、3000頭のヌーが柵ぞいで死んでいった。
まったく、人間はどしがたい。
この地球から、人間などいなくなったほうがいいと、
どれだけおもったことか。
この本の、とくに後半は、どしがたい人間の記録ともいえ、
わたしは胸がふさがれるおもいでよみすすすめた。
ながい時間をかけ、カラハリ砂漠の過酷な自然に適応してきた
動物たちの生態は、おどろくことばかりだ。
カラハリ砂漠は砂漠なので、もともと雨はすくないが、
ときには何年も雨がふらないときもある。
そんな環境でも、一滴の水ものまないで
動物たちは生きぬくちからを身につけてきた。
必死に生き、子どもをそだてるライオンや
カッショクハイエナは、どこまでもけなげだ。
ふかい愛情と、正確な記録でこの本をかきあげた
オーエンズ夫妻にふかく感謝したい。
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