介護休暇をとっていっしょにくらしている。
まえからいっしょにくらしていたし、うごきにくい、といっても
ひとりでトイレにいけるし、食事もできる。
わたしの役割は、食事の用意とかたづけなど、
ほんのちょっとした手つだいがほとんどだ。
それでも、母をひとりで家にのこすのは心配なので、
介護休暇をとることにした。
ずっと母につきそう必要はないので、
わたしはジョギングにでかけるし、プールへもいく。
夏やすみというか、退職後の生活をさきどりしてるみたいだ。
朝は母にあわせ、6時半におきる。
酒をのむ量もまえとかわらない。
母の用事を手つだう以外はわたしの自由時間なので、
ねっころがって本をよむことがおおい。
カリン=スローターのぶあつい(ときには700ページ)本や、
ずっとおきっぱなしだったヘディンの『さまよえる湖』、
なんとなく敷居のたかかった『鉄の暴風(沖縄戦記)』をよめたし、
つんどくだった『熱風』のバックナンバーにも目をとおしている。
一般教養だろうと、これまで手をのばしたことのなかった
クリスティーの『そして誰もいなくなった』をいまよんでいる。
たいした作品とはおもえないむかしふうの文章、
なによりも文字のちいささに手をやいており(1993年のふるい本)、
時間がたっぷりなかったら、すぐになげだしていただろう。
これこそ、わたしがねがっていた生活ではないか。
とくになにかの目標があるわけではなく、
ただ時間を消費してるだけの老後の生活。
とはいえ、このままではただ死ぬのをまつみたいで、
これでいいのか、というささやきも頭をかすめる。
やすみだして1ヶ月半がすぎ、まったりした毎日に、
これがずっとつづくのかと、あせる気もちもすこしある。
母の健康に変化がないかぎり、わたしはうごきをとれない。
状況がうごくのを、まつしかない生活が、しばらくつづきそうだ。
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