2023年11月23日

さかあがりができてひと安心

すこしまえのほぼ日「今日のダーリン」で、
糸井重里さんがさかあがりについてかいていた。
子どものころ、かんたんにできた記憶がのこっているだけで、
じっさいにさかあがりをやってみると、できないのだそうだ。
年をとると、わかいころできたことができなくなる。
ただ、あえてさかあがりをやる機会などなかなかないので、
できなくなっていることに気づかずにいる。
自転車などは、いちどのれるようになれば、
かなり年をとっても のる技術はのこっている。
しかし、さかあがりのような筋力やバランス力にたよるうごきは、
年をとるにつれ、いつのまにかできなくなっているらしい。

いかにもありそうなことだ。わたしはどうだろうか。
心配になってちかくの小学校へゆき、校庭の鉄棒でためしてみる。
さかあがりって、これでいいの?とうくらいかんたんにできた。
ジョギングコースにある松の木をつかい、ときどき懸垂しているので、
さかあがりに必要な筋力を維持しているのだろう。
懸垂のほかにも、すこしまえにはやった「みんなで筋肉体操」の
うでたてふせとスクワットを、ほぼ毎日つづけており、
筋力についてはまだふけこんでないとおもっている。

ただ、年をとるにつれ、うごきがわるくなっているのはまちがいない。
得意だった水泳も、およぎはじめは毎回あまりにもくるしく、
500メートルをすぎるくらいから、ようやく「水泳」になってくる。
ジョギングは、ずいぶんまえから左腕がふりにくくなり、
まえはあたりまえだった8キロが、このごろは6キロがせいぜいだ。
うでたてふせの回数だって、すこしずつへっている。
いまはあたりまえにできているあれやこれやの運動が、
年をとるにつれ、いつまでもつづかないのはあきらかだ。
70歳になったとき、さかあがりがまだふつうにできるだろうか。
1500メートルをつづけておよぎ、うでててふせが50回できるだろうか。
70歳ではできるかもしれないけど、いつかはできなくなる。
きょうはさかあがりがすんなりできて安心したものの、
できなくなってくる現実をうけいれるのは かなりつらそうだ。

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2023年10月21日

アマゾンの返品システムがあざやかだった

「ほぼ日手帳」を注文する。「ほぼ日」でたのむと、
送料に700円もとられるので、アマゾンにした。
昨年は、まちがえて「オリジナル」を注文してしまい、
ことしの1月からいままで、ちいさな手帳にかきこんできた。
A5サイズの「カズン」だと、みっちりかけるけど、
A6サイズの「オリジナル」だとちいさな文字になってしまう。
そんなことはわかったことなので、こまかくかく用に、
「オリジナル」とはべつに、ぶあついノートをかったのだけど、
2つを併用するのがめんどくさくて、
けっきょくほぼ日手帳だけにかきこんできた。

ことしはまちがえないようにと、慎重に「カズン」をえらんだのに、
こんどは2023年、つまり、ことしのほぼ日手帳を注文してしまった。
またあらたに2024年のものを注文すれば5000円弱かかってしまう。
手帳ひとつも満足に注文できない自分にがっかりする。
きょねんはおもいつかなかった、返品の手つづきをとることにした。

返品する手帳を宅配所にもってゆき、あてなをかいてと、
めんどくさいながれを想像して 気がおもたかったのに、
アマゾンの返品システムはものすごくかんたんだった。
返品をもうしでると、メールにQRコードがおくられてくるので、
そのスマホと、梱包したほぼ日手帳をもって
クロネコヤマトにもっていくだけでいい。
むこうの機械がQRコードをよみとって、
宛名がきの用紙まで印刷してくれる。
送料として500円かかったけど、
あらたに注文しなおすことをおもえばやすいものだ。
アマゾンのスムーズなシステムにすっかり感心してしまった。
あらためてアマゾンでカズンを注文すると、
つぎの日にはもうおくられてきた。
それにしても、このごろは曜日や時間のかんちがいがおおく、
頭のおとろえをかんじてしまう。
ほぼ日手帳の活用で、なんとか凡ミスをふせぎたい。

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2023年08月27日

女性のうで問題

スーパーでかいものをしてたとき、ふとレジに目をやると、
機会にうちこみをしている女性の腕がふるえていた。
二の腕に脂肪がついて、プルプルふるえるのならわかるけど、
その女性は前腕部なのに肉がゆるんで付随運動をしている。
うでの筋肉って、そんなにゆるんでしまうものなのか。
女性のうでは、いったいどういうことになっているのだろう。

夏になるとノースリーブの服をきる女性がふえ、
わたしの目をたのしませてくれるのだけど、
残念ながらすべてのうでがうつくしいわけではなく、
ただうでがむきだしになっているだけ、というほうがおおい。
わかいころは、ほっそりときれいな曲線をえがいていても、
年をとるにつれ、ただ脂肪がついているだけ、のうでになりがちだ。
ほそいだけではだめで、肩からひじにかけてうつくしい強弱があり、
そのいきおいのまま 手首まですっとのびるラインがわたしはすきだ。
わたしのとぼしい経験からいっても、
女性の二の腕(上腕三頭筋)はわかい女性でさえ
つまんでみるとどこまでが筋肉で、どこが脂肪なのかわかりにくい
やわらかい肉のひとがおおい。
完璧なうでをみかけるのは、夏でさえそうかんたんではない。
せっかくノースリーブをきているのだから、
もうすこしうでの状態に気をくばればいいのに。
腹筋をしておなかをぺったんこにするよりも、
うでの筋肉をきたえるのはずっとかんたんそうなのに。
女性のうで問題に気づいたわたしは、成瀬あかり風にいえば
「わたしはこの夏を女性のうでに捧げようと思」った。

わたしのジョギングコースには、散歩ちゅうのひとや、
観光客たちをよくみかける。
観光ちゅうなので、それなりにきめた服装であり、
うつくしい姿はくるしいジョギングでのささやかなよろこびだ。
この夏は、とくに女性のうでに着目してはしることにした。
ノースリーブの女性もちらほらみかけるけど、
よく観察すると、完璧なうでにであうのは、
数日にいちど、というひくい確率にすぎず、
うつくしいうでをたもつむつかしさがわかる。
うつくしさがいちばん目をひくのは、
ノースリーブの場合もちろんうでなわけだから、
もうすこし気をくばるわけにはいかないのか。
なんならわたしのうでの曲線が、まだましなぐらいだ。
そんな状況なので、まれにうつくしいうでを目にすると、
その収穫をしっかりと記憶にやきつけ、しあわせなひとコマとなる。
うでのラインの大切さが、もうすこしおおくの女性に共有されることを
わたしはひそかにのぞんでいる。余計なお世話だけど。

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2023年07月30日

日本の夏はどこへいったのか

あつい日がつづき、そとをはしる気にならない。
自転車もあついとたのしくない。海でおよぐことにする。
島根のよさで、30分ドライブすれば海につく。
ついた海岸には、車が数台とまっているだけで、
海水浴をたのしむひとの姿はない。
30分でついて、海をほとんどひとりじめできるのが島根だ。

およぐ、といっても、水泳の練習としてではなく、
シュノーケリングでプカプカうかぶやつだ。
いつもは足ひれをつかうけど、足ひれもあんがいつかれるので、
きょうはプール用のゴーグルをシュノーケルにかえただけ。
海岸から岩場まで200メートルおよぎ、
魚たちを観察できれば、とおもっていたのに、
残念なことに ほとんど魚の姿をみかけない。
魚にもいまの気候はあつすぎるのだろうか。
海にうかんでいても、なにもみえなければつまらない。
30分ほどでスタート地点にもどった。
ポリタンクに水をいれてもってきているので、
洗面器に水をうつしシャワーとする。
駐車場できがえができるほどひとがいないのが島根だ。

先週プールでおよいだとき、外にある子ども用プールをみると、
おとなたちのおおくが、ながそで・ながズボンなのに気づいた。
日やけしたくないのはわかるけど、
プールは水着を披露するところ、という概念は、
いまではつうじなくなっているようだ。
余計なお世話とはいえ、ながそで・ながズボンの女性には
色気、いや、情緒をまったくかんじない。
日本の夏は、いったいどういうことになっているんだ。

posted by カルピス at 19:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月30日

「了解しました」でなにがわるいのか

ラインでのやりとりのとき、
「了解しました」をつかうことがおおい。
日常ではふつういわないことばだけど、
相手のいったことにたいする返答として、
「了解しました」はとても便利だ。

とおもっていたら、ラジオをきいていると、
「了解しました」はおかしくないか。
ここは「承知しました」のほうがただしい、
というようなことをいっていた。

たしかに「承知しました」のほうが適切かもしれない。
でも、そういったひとがなんだか上から目線の
ネチネチしたいいかただったので、嫌悪感をおぼえた。
自分の知識をひけえらかし、よわいものいじめをするおやじ。
「承知しました」といえば、
ことばづかいに気をくばっているかのようなゴーマンな態度。
その発言をきいて、「了解しました」は
いまではおくれたいいまわしかもしれないけど、
おれはこれからもつかいつづけようとおもった。

トランシーバーなどで「オーバー!」といえば
自分の発言はここでおわり、つぎはあなたの番ですよ、
というひとつの約束ごとにすぎない。
ラインの「了解しました」もにたようなもので、
了解が承知であってもたいしたかわりはない。
「わかりました」のほうがやわらかくてすきだけど、
アンチ「承知しました」の意思表示として、
わたしはこれからも「了解しました」でいこう。

posted by カルピス at 20:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする