2021年08月05日

高野秀行さんがコロナ体験を公開

辺境作家の高野秀行さんが、ご自身のコロナ体験を公開している。
「その1」には、体調異変からPCR検査、陽性確認・自宅療養まで
がまとめられている。
https://note.com/henkyochannel/n/n8d03fbf5d344
新型コロナウイルスに感染すると、
まわりにしられないよう、かくしたくなりそうだけど、
高野さんは「お役に立てば幸い」とあえて公開にふみきった。
コロナ感染を公表するとあちこちから連絡が来て対応がしんどいと思うかもしれないが、私のところへはいくらもなかった。お見舞いメールやメッセージをくれた人も「返信はいりません」と書いていてくれた。多くの人は常識的なのである。
 あらためて「感染公開(情報共有)は感染者と家族を助ける」と思う。

これだけ感染がひろがったのだから、
どういうふうに対応すればいいか、
マニュアルができていそうなものなのに、あいかわらず
その場にならなければ、ひとはうごきをとれないようだ。
自分が陽性にならないかぎり、いつまでもひとごとであり、
なかなか具体的なうごきにつながらない。
それだけに、高野さんが7月21日に発症してから、
自宅療養を体験し、回復までこぎつけたながれを
こまかく記録したこのレポートは、貴重なデーターとなる。

せんじつ日本政府は軽症や中程度の症状の感染者は、
自宅療養を基本とする、と発表した。
安全・安心の五輪、なんていいながら、
感染者がふえると、入院できません、だなんて、
まったくひどいはなしだ。
あれだけ五輪をひらく状況ではない、といわれながら、
のらりくらりと時間かせぎをして、
既成事実のようにひらいたわけだから、
その責任を、政府・東京都はおわなくてはならない。
東京はいちにちに5000人をこえる感染者をだしており、
入院できないひとがおおくなりそうなので、
高野さんの体験は、タイムリーなマニュアルとなる。

「教訓と感想」には、
感染がふえている時期はリスクがよりたかくなる、とかかれている。
 保健所と保健福祉局の対応はひじょうにきちんとしている。連携もよくとれている。ただし、前にも述べたように、感染者が激増すると対応が追いつかなくなる可能性が大。つまり、感染拡大期に感染するのは、非拡大期に感染するより二倍、三倍のリスクがあるということだ。

いまの首都圏がまさにそれで、病院にうけいれる余力はすでになく、
政府としては、自宅で療養させたい。
しかし、自宅療養では重症化したときに対応がとりにくく、
家で安心してゆっくりやすむ、とのんきにかまえてはおれない。
国民の命より、五輪を優先したあげくが、
自宅療養へのきりかえであり、責任の放棄でしかない。
わたしのむすこ、そして姉一家が東京でくらしており、
いちにちに5000人をこえる感染者ときくと胸がいたむ。
これまでの累計が700人台の島根県とちがい、
感染のリスクがあまりにもたかい。
無責任な政府の対応すべてにいかりがわいてくる。

posted by カルピス at 22:09 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月03日

マスクをつけてないひとがすき

クッキー班でつくったプリンをもって、近所の会社をたずねたら、
職員の方がマスクをつけてなくて いいかんじだった。
その会社は、消毒などをあつかっており、
本来なら、会社をあげて感染予防につとめそうなところなのに。
対応にあらわれた2人の職員とも マスクをしておらず、
わたしたちをみて、あ、そういえば、
というかんじで マスクをつけようとして、
でも、やっぱりやめとこ、と マスクをまたしまわれた。
マスクをしたところで どうにかなるわけでもない、
と達観しているような現実路線に好感をもった。

ほかにも、マスクをつけずに事務仕事をしていて、
わたしたちのような外部の人間がおとずれたときだけ、
あわててマスクをつける会社がポツリポツリとある。
マスクがきらいなひとがトップをつとめているのだろうか。
右へならへ、と、ただほかの会社をまねしているのではなく、
たいして効果がないのなら、うちはやめておこうか、という
健全な精神をかんじる。自分のあたまでかんがえられる会社だ。

おおくのひとがマスクをつけるなか、
交差点で信号がかわるのをまってる女性が
マスクをしてないのに気づいた。
つけるのをわすれたのではなく、
確信的につけないひとなのだろう。
マスクをしていないと、3割がた美人にみえる。

宍道湖岸をはしっていたら、
こっちをみてなにやらブツブツいってるひとがいる。
「え?なんですか?」とちかづいてはなしをきこうとすると、
わーマスクもしないで
こっちにくるんじゃないよ、このアホが、
みたいなことをいわれた。
いってる本人は、納豆をたべているためか、
マスクをしていない。
納豆は、免疫力をあげるためだろうか。
こういうひとが、ついにあらわれたか、
といやなかんじをもつ。

ちいさな子どもはマスクをしていないからすきだ。
中高生も、マスクがうっとおしいのだろう、
アゴにマスクをひっかけてるだけのひとがおおい。
いまや、マスクをしないのは、子どもか、
10代のわかものくらいだ。

日本人は、もともとマスクがすきなうえに、
新型コロナウイルスの感染予防という大義名分があるためか、
そとをあるくときも、おおくのひとがマスクをつけている。
散歩のときくらい、ましてや夏は息がくるしいから、
マスクなしであるけばいいのに、おとなたちはマスクがすきだ。
親がマスクをすれば、子どもだってマスクをつけたがる。
このままでは、マスクが完全なデフォルトになりそうで心配だ。

posted by カルピス at 21:38 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月28日

ゴンチチの会話は「そーですねー」とまずはうけるのが基本形

ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」(NHK-FM)は、
ながされる曲だけでなく、おふたりのとぼけたやりとりに
妙な魅力がある番組だ。
いろいろな曲をかけ、それについて、
まずはおたがいに感想をのべるのだけど、
たいていの場合、いっぽうが演奏や歌声をべたぼめし、
あいかたは、それについて「そーですねー」と
こころからの同意ではない いいかたでかえす。
「そーですねー」が絶妙な「うけ」であることに、さいきん気づいた。
けして、まっこうからあいての意見を否定することはなく、
なにか歯にいちまいありそうな「そーですねー」だけど、
「そーですねー」といいながら、
あいての感想のうえに、自分のイメージをのせていく。
ほんとうは、おたがいに ちがうおもいでいるようなのに、
「そーですねー」とまずはうけいれることで、
なんとなく会話が成立し、「おもしろかったですね」
「よかったです」と いいところにおさまっていく。

おふたりの会話をきいていると、いかにも日本人的なやりとりで、
相手の発言を否定せずに、自分の感想をちゃんとつたえている。
ほんとうはビミョーにかんがえがずれていても、対立することはなく、
なんだかんだで、はなしがまるくおさまっていく。
達人どおしの会話だからうまくいく、というのもあるけど、
日本人のやりとりって、こんなかんじで、あいてをたてながら
着陸地点をさぐりあうのが むいているのでは、とおもった。
欧米人がやるディベートのように、
あいてを論破するのが目的のやりとりではなく、
おたがいにカドがたたない関係をたもちつつ、
ちゃんと自分のつたえたいことは くちにしている。
「そーですねー」と、まずはいったんうけとめること。
そのうえで自分の感想とすりあわせ、おとしどころをみつける。

ひとはとかく「わたしが、わたしが」と、
自分を中心にかんがえやすいのに、
おふたりのやりとりは、感想をのべつつも、
自分の意見ばかりを主張したりしない。
そこからうまれる余裕のあるやりとりが
この番組の魅力となっているのだろう。
おおくのひとが、「わたし」中心の発想につかれているのだ。
きのうの記事にかいた、スケボーの西矢さんも、
わかくしてこの境地にたっしているひとなのではないか。
西矢さんだけでなく、トップレベルのスケボーの選手たちは、
みな あらそう空気がない、というから、
そういう価値観を共有する世代が そだちつつあるのかもしれない。
自分中心からはなれたコミュニケーションが、
これからの主流になっていくとうれしい。

posted by カルピス at 21:35 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月24日

アレとソレとコレにふりまわされないで「いい映画、いい音楽、いい本」というご提案

わたしがすきなブログをよむと、いまアレとソレとコレで
ツイッターがひどいことになっているそうだ。
https://globalhead.hatenadiary.com/entry/2021/07/23/172755
世間はそんなひどいことになっているのか。
ちゃっかりサッカーだけ、なんてぬけがけして
たのしんでる場合じゃないのかも。
「アレ」とはもちろん このまえからはじまったアレのことで、
「ソレ」はきょねんからつづいている例のやつだ。
コレは梅雨あけからのぐったりするあつさだろうか。
Twitterを読むこと自体が肉体と精神に変調をきたす原因になりそうなほどなのである。

というから、かなりひどい状況だ。
そんなとき、つぎのツイートがいちばんこころにひびいたという。
今日からはいい映画、いい音楽、いい本で日々をお過ごしください

くちにするのもはばかられるような、
うすぎたないアレでぐったりするよりも、
しばらくはいい映画・いい音楽・いい本をたのしめばいい。

世間は4連休かもしれないけど、金・土がやすみのわたしは、
やすみがたった1日ふえただけでしかなく、やさぐれているところだ。
8月のカレンダーをみると、お盆やすみも
わたしにはぜんぜんありがたくない曜日にあたっており、
ますますやさぐれて 大声をあげそうになる。
こんなときこそ、「いい映画、いい音楽、いい本」だ。

このところ映画からとおざかっており、いちばん最近が、
仕事がらみでみた『アナと雪の女王』というのはさみしい。
「いい音楽」は、もっぱらききのがし配信にたよっている。
とくに土曜部は 朝はやくから夜おそくまで
すきな番組がならび、ききのがし配信でないと対応できない。
・ウィークエンドシャッフル
・世界の快適音楽セレクション
・ラジオマンジャック
・ジャズ・トゥナイト
「アレ」や「コレ」がはいってくるすきまはないのだ。

「いい本」は、ベックストレームものの
『見習い警官殺し』(レイフ=GW=ペーション)でぴったりだ。
『平凡すぎる犠牲者』よりもベックストレームのアクがつよくなく、
いっけんちょっとかわってる警部におもえるけど、
事件がすすむにつれ、ベックストレームらしさがでてきた。
ミステリーにでてくる警部にはめずらしく、
「アレ」や「コレ」なみにひどいひとなのだ。
まだ上巻のとちゅうなのがたのもしい。

村上春樹さんが、ウンコなげ競争の勝者はウンコをなげなかったひと、
みたいなことをどこかにかいていた。
アレやソレやコレはすんなりスルーして、
「いい映画、いい音楽、いい本」とともに しばらくすごしたい。

posted by カルピス at 16:43 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月20日

飛行機にのらず、ヨットで大西洋をわたるグレタさん

スェーデンの環境活動家、グレタさんがでていた番組をみる。
チリのサンチアゴでおこなわれる
世界環境会議に出席しようとしていたら、
チリについたとき、きゅうに会場がスペインへとかわった。
ふつうなら、飛行機にのってスペインへいくのだろうけど、
炭素ガスを大量にだす飛行機にはのれないと、グレタさんは
ツイッターで支援をもとめ、ヨットで大西洋をわたっている。
いくつものおおきな嵐にくるしみながら、
ヨットはようやくポルトガルのリスボンにつく。
カナダへわたるときはどうやっていったのかききもらしたけど、
飛行機が環境におよぼす負担をかんがえると、
海をわたる交通手段は船くらいしかおもいつかない。

パリ協定では、気候変動をふせぐために、
温度の上昇を1.5℃におさえることを、159カ国が同意した。
しかし、炭素ガス排出をへらす具体的なとりくみはまだ不十分で、
このままでは目標の達成がむつかしい。
グレタさんの役割は、協定に同意した国々が、
具体的なうごきをとるように目をひからせることだという。

わたしは外国へ旅行にいくとき、飛行機をつかう。
環境に負担をかけることはわかっている。
わかっていながら、1年にいちどくらい、とか
くるしい いいわけをしながら 理由をひねりだす。
いまは コロナ禍で旅行にでかけられないけど、
あと数年たてば世界がおちつくだろう。
そうなったら人生のさいごをかざる旅行にでようと
頭のなかで妄想旅行に余念がない。
日本からちかい外国へ まず船でゆき、
そこからバスや鉄道で西や南をめざす、というのが正攻法だ。
それだけのガッツと健康がわたしにのこされていることをねがう。
すでに議論のときはすぎた。必要なのは、具体的な行動だ。
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うちのネコたちは、あつさにバテはじめた。
お腹をだして、ろうかにねそべっている。
かわいい寝すがただけど、これも気候変動の一部かとおもうと
ネコたちにもうしわけない。

posted by カルピス at 21:59 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする