2018年07月18日

『コールド・コールド・グラウンド』

『コールド・コールド・グラウンド』
(エイドリアン=マッキンティ・武藤陽生:訳・ハヤカワ文庫)

80年代の北アイルランドを舞台にした警察小説。
カソリック教徒がおおい土地にあって、
支配する側の警察や行政はプロテスタントよりで、
北アイルランドで差別されつづけてきた
カソリックの歴史が本書の背景にある。
北アイルランドといえば、
IRA(アイルランド共和軍)が有名だけど、
ほかにもいくつも武装組織がでてくる。
UDR(アルスター防衛連帯)・UDA(アルスター防衛同盟)
・UVF(アルスター義勇軍)と、すごくややこしい。

主人公のダフィは警官だけどカソリックで、
IRAからはうらぎりものとみられている。
ベルファストの町は暴動がたえず、
毎日あちこちで銃撃や爆発がおこる。
ダフィは、車にのるたびに、爆弾がしかけられていないか、
車の底をのぞきこみ、安全をたしかめなければならない。

こうした状況で、手首をきりおとされた死体がみつかった。
奇妙なのは、その手首はべつの人間のもので、
数日後にみつかった死体が、手首のもちぬしだった。
ダフィは自分のチームで事件の解明にのぞむ。

北アイルランドでは、ふつうの、まともな犯罪はおきない。
事件はぜんぶ、テロ組織がらみだ。
ようやくトリックをつかった連続殺人事件にかかわれて、
ダフィはまいあがってしまう。
なんとしても、推理で事件を解決しようと、
現場にのこされた「証拠」にふりまわされてしまる。

ふつうのミステリーだと、主人公は行動力があり、
推理もさえる人物がおおいのに、
この本の主人公であるダフィは、
論理のくみたてがあまり得意ではない。
捜査だからといって、犯人ときめつけた人物の家に、
捜査令状なしでしのびこんだり、
あやしいとおもった人物に、とにかくあいにいって、
犯行のあった時間になにをしていたか、アリバイはあるかなど、
ぶしつけな質問をやつぎばやにくりだすので、
相手がおこりだしてしまう。
トミーはなんらかの理由でここにやってきて、フェディに殺された。ルーシーはそれを目撃したため、やはり殺されてしまった。

わからんが、突き止めてみせる。テロ犯罪容疑でやつを逮捕して、尋問して吐かせる。

推理というよりも、おもいつきをゴリおししてるだけで、
なぜそうなったかの理由はかんがえられていない。
「本人が戻ってくるまえに帰りましょう。あなた、クビになるわよ」
「いや、全部トミーと関係があるんだ!そうにちがいない」(中略)
「やつだ。そのはずなんだ」ちょっと頭が混乱してきていた。

げんきだけはあるけど、頭をつかうのは、
あまり得意でないタイプの警官だ。
それでもダフィのからだをはった捜査が実をむすび、
さいごには事件のすべてがときあかされる。
せんじつよんだ『許されざる者』とくらべると、
あまりにもちからづくで、雑な捜査にあきれてしまうけど、
ものがたりが終盤にさしかかったとき、
ようやくつぎの作品も よみたいという気になっていた。

本書はダフィ・シリーズの1作目で、
イギリスではすでに6冊が発売されているそうだ。
なかなかすすまない捜査に いらいらしてしまうけど、
ウォッカ・ギムレットをのみながら
ロックをきくダフィに共感をおぼえる。
ミステリーのたのしさは、事件の解明だけでなく、
登場人物のくらしぶりにふれられるところにある。
ダフィのダメ警官ぶりが、わたしにはちょうどあっている。

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2018年07月04日

『許されざる者』脳梗塞にたおれた元長官による綿密な捜査

『許されざる者』
(レイフー=GW=ペーション・久山葉子:訳・創元推理文庫)

元犯罪捜査局長官のヨハンソンが、
ホットドックの屋台で、好物のソーセージを注文し、
さあたべようとしたときに、脳梗塞でたおれる。
さいわい、適切な緊急措置をうけ、
一命はとりとめたものの、手足にはマヒがのこり、
頭も以前のようにははたらかなくなってしまった。
そんなヨハンソンが、主治医となった女性医師から、
25年まえにおきた事件について、相談をもちかけられる。
9歳の少女が暴行をうけ、殺害された事件について、
彼女の父親が犯人をしっているという。
事件はすでに時効をむかえているが、
ヨハンソンはおもうようにうごかないからだで
捜査をすすめていく。

本文だけで566ページあるぶあつい本だけど、
ものがたりは時間の経過にそって、すこしずつかたられていく。
脳梗塞をおこした日が章だてのスタートとなり、

1 2010年7月5日(月曜日)の夜
2 2010年7月5日(月曜日)の夜から7日(水曜日)の午後
3 2010年7月7日(水曜日)の午後

と、かなりこまかい。
ここらへんは、体調が万全ではないヨハンソンに
時間のながれをあわせたかんじだ。
その日のうごきが、ていねいに描写してある。
リハビリにとりくむいまのヨハンソンにとって、
いまやいちにち・いちにちが貴重な時間となる。
なにもおきず、いちにちをぶじに生きのびるのが、
どれほどたいへんなことか。
いくつもの別のはなしがからみあったり、
むかしのはなしが きゅうにはさまれたりしないので、
ながくても混乱せずに ミステリーをよむたのしさにひたる。

67歳のヨハンソンが脳梗塞でたおれたのは、
彼の美食と運動不足が原因なのであり、
自業自得といえなくもない。
マヒののこるからだと、すっきりしない頭をかかえ、
それでも捜査にのりだすのは、ゆるしがた犯罪が時効となり、
法的には なんのとがめもうけないとはいえ、
なんらかの方法で犯人にこらしめたいからだ。
職人かたぎの元警察官であり、悪質な人間をのさばらせたくない。

「状況を受け入れろ。無駄にややこしくするな。偶然を信じるな」
がヨハンソンの信条だ。
マヒをもったからだをうけいれるしかない。
「偶然を信じるな」は、ミステリーの基本だ。
偶然であった人物は、偶然にであったわけがない。
ヨハンソンは、偶然をしんじずに、犯人をしぼりこんでいく。

犯人は、わりとはやい段階であきらかになる。
そうなると、9歳の子をひどいめにあわせた
ゆるしがたい男にたいし、
どんなひどいしうちを用意するかに興味がうつる。
ヨハンソンが用意周到に外堀をかため、
じわじわと犯人をおいつめていくのに溜飲をさげる。

脳梗塞は、わたしにとってもけして他人ごとではない。
いつかからだにマヒをかかえたときにはこの本をとりだし、
患者としてのヨハンソンを参考にしたい。

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2018年07月01日

『君は永遠にそいつらより若い』(津村記久子)大学生活のグダグダ感がすごくリアル

『君は永遠にそいつらより若い』
(津村記久子・ちくま文庫)

あらすじを紹介しにくい。
卒業と、地元での就職(公務員)をひかえたホリガイさん
(22歳・175センチ・処女)が主人公で、
彼女の身のまわりのできごとがグダグダとかたられる。
はなしがなかなかさきへすすまないので、
まだるっこしくなったころ、
ようやくものがたりの骨格がみえてくる。
なにごともどうでもいいと
テキトーに生きてるようなホリガイさんだけど、
ほんとうは筋をとおすひとのようだ。
彼女の生きづらさ、まじめさにしたしみをおぼえはじめると、
そこからは、ホリガイさんのかたりかけに ひっぱられるままとなる。

ホリガイさんは、はっきりとした方針をまとめているわけではないし、
もともとがスマートに生きてきたひとではないので、
いったいなにがやりたいのか ちょっとわかりにくい。
その胸のうちはグチャグチャで、
そんな自分をもてあまし気味でもあり、ひらきなおってもいる。

すごくひらいていうと
ホリガイさんの生きるすべは、
サラ=パレツキーかくところのウォーショースキーに似ている。
ウォーショースキーから5割くらいめんどくささをひくと、
ホリガイさんになる。
自分が生きずらいのはしょうがないとうけとめている。

ホリガイさんの部屋は、ものすごくちらかっている。
 きったない部屋やなあ、と吉崎君は電気をつけるなり、呆れたように言った。洗い物の山が、外出の間に動かしていた洗濯機の上から滑りおちたようだった。上り口にいきなりブラジャーが落ちていて、わたしはその金具を踏んでしまって絶叫した。

まくら元には、グラビアアイドルの画像がいくつもはりつけてある。
布団はもちろんしきっぱなしで(たぶん)、
でもいいやつなんだホリガイさんは。

セミナーやサークル、それにバイトさきなどで、
かんたんに友だちになってしまう大学生たち。
このものがたりの そもそものスタートは、
のみ会でよっぱらった女の子を、
ホリガイさんが自分のアパートにつれてかえり、
それがきっかけで、レポートをうつさせてくれと
ぜんぜんしらない女子学生にたのむはめになり、
たのんでみると、なんとなく彼女としたしくなり・・・、
グチャグチャのはなしが どうつながるかとよみすすめるうちに、
ホリガイさんの「ボロは着ててもこころの錦」がみえてくる。

バイト先でしりあった年したの男子学生について
together という単語を「トゥ・ゲット・ハー」と読んでしまうようなどうしようもない子だった。

というのがおかしい。たしかに「トゥ・ゲット・ハー」だ。

亡くなったしりあいの部屋をたずね、
もってかえるものを遺品からえらぼうと、
ホリガイさんはダンボール箱をのぞきこむ。
わたしは「ブルースブラザーズ2000のDVDと魚焼きグリル活用料理の本をもらうことにした。

なにげない描写のリアリティがひかる。

朝日新聞に連載された『ディス・イズ・ザ・デイ』は、
2部リーグのサポーターに焦点をあてての、
すぐれたサッカー短篇集だった。
『君は永遠にそいつらより若い』は、津村さんのデビュー作であり、
1作目からすでに わたしごのみの世界をかいている。
スマートに生きれないホリガイさんが、
だんだんとすてきなひとにおもえてきた。
津村さんの小説は、わたしの琴線にふれやすい。
解説もまたよかった。
松浦理英子さんは読者にむけて
津村さんの本質をわかりやすく説明している。
「解説」のお手本のような文章であり、
本編とあわせ、おすすめの一冊にしあがっている。

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2018年06月04日

『偽りの楽園』(トム=ロブ=スミス)

『偽りの楽園』(トム=ロブ=スミス・田口俊樹:訳・新潮文庫)

トム=ロブ=スミスといえば、
ソビエト連邦時代を舞台にした レオ3部作が記憶にのこる。
壮大なスケールでソビエト連邦の内幕がえがかれており、
ミステリーの大作として、3冊ともそれぞれおもしろかった。
つぎはどんな作品かとたのしみにしていたら、
『偽りの楽園』は、まるでデビュー作をおもわせる、
こじんまりとした小説に作風がかわっている。
印象としては、村上春樹があたらしい課題に挑戦しようと、
実験的にかいてみたような作品だ。
トム=ロブ=スミスとしらされなかったら、
とてもおなじ作家の作品とはおもえない。
つまらないわけではないけど、なかなかはなしが核心にはいらず、
じらされながらよんでいると、後半でいっきに急展開をみせる。

ロンドンでくらしているダニエルに、父親から電話がはいる。
母親の具合がよくないという内容だ。
ダニエルの両親は、あたらしい生活をはじめるため、
半年まえにスウェーデンへひっこしている。
その母親が、精神病で入院したという。
きゅうなしらせにダニエルがおどろいていると、
こんどは母親から電話がかかってきた。
お父さんからあなたに話があったと思うけれど、あの男があなたに言ったことは全部嘘よ。わたしの頭はおかしくなんかなってない。

夫からにげだすように、母親はロンドンにやってきて、
むすこであるダニエルに、スウェーデンでなにがあったかをはなす。
まわりがぜんぶグルになって、自分を精神病あつかいにしていると。
しかし、母親のはなしぶりとその内容は、
いかにも精神をやんでいるひとのきめつけにおもえる。
ダニエルは、母親と父親にはさまれて、
どちらをしんじていいのかわからなくなる。

おさないころからダニエルの母親は、
家族との関係がうまくいかず、くるしんでいた。
スウェーデンの農村における 排他的な面が、
母親のようなタイプの人間には、生きづらい社会となる。
50年たったいま、おさないころ、
こころの奥にしまいこんだつらい体験が、しだいにあふれだした。

おもいはなしでありながら、あとあじはわるくない。
自分の家族関係についてもかんがえざるをえない。
わたしは配偶者のことをどれだけしっているか、
むすことはどんな関係をきずけているかが、ふとあたまをよぎる。

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2018年06月01日

『甘いお菓子は食べません』(田中兆子)女性が自信をとりもどしていくものがたり

『甘いお菓子は食べません』(田中兆子・新潮文庫)

6編からなる短篇集で、登場人物が
すこしずつかさなっての連作となっている。
「結婚について私たちが語ること、語らないこと」
がおもしろかった。

タイトルどおり、結婚をめぐる女性たちの心理がえがかれている。
ベシ子(41歳)・のんちゃん(25歳)・あやっぴ(34歳)は、
おなじゴルフ場ではたらくキャディー仲間だ。
生まれてはじめてプロポーズされたと、
3人であつまったのみ会で、ベシ子が報告する。
3人のうち、のんちゃんだけは20歳年上の会社社長と結婚しており、
ベシ子とあやっぴは、それぞれの理由から結婚をねがっている。
のんちゃんは、貧乏なくらしからぬけだすために、
愛や外見よりも、お金をもたらしてくれる男性をえらんだ。
結婚は金だと、玉の輿にのった自分を肯定している。
あやっぴは、そこそこの外見なのに、
なかなか結婚できず、あせっている。
ベシ子の本心をいえば、
どうしても、なにがなんでも結婚したいわけではない。
ただ、容姿のすぐれない自分を、
えらんだくれたる男性がいたという事実で生きやすくなる。
 ガリガリ君(ベシ子にプロポーズした男性)はなぜか一目見たときから私のことを気に入っていて、それがずっと私の自信になっていたのだ。私にとっては、結婚相手が金持ちとか才能があるとかハンサムとかいうことよりも、私のことが好きで、心から私との結婚を求めているかがはるかに重要だったのだ。

あやっぴは、そこそこの男性と、恋愛したうえで結婚したい。
34歳という年齢から、あせっているものの、
なりふりかまわず婚活にうごく自分はゆるせない。
3人がのぞむ結婚はさまざまながら、
結婚は彼女たちに自信をあたえてくれる。

すこしまえによんだ『セクシー田中さん』
(葦原妃名子・小学館)は、
40歳の田中さんがベリーダンスをならい、
すこしずつ自信をとりもどしていくマンガだった。
56歳のわたしからすると、
40なんてまだまだじゅうぶんわかくおもえるけど、
女性にとっての40歳は、かなり深刻な年齢らしい。

こうした本は、女性たちが結婚と恋愛になにをもとめているのか、
わたしにもわかるようにおしえてくれる。
口にだすことばだけでなく、
かたらなかったことのなかに、彼女たちの本心がかくされている。

posted by カルピス at 21:49 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする