2021年11月05日

『天国でまた会おう』(ピエール=ルメートル)がすばらしい

『天国でまた会おう』
(ピエール=ルメートル・平岡敦:訳・ハヤカワ文庫)

ルメートルの作品は、『その女アレックス』
・『悲しみのイレーヌ』など、
これまでによんだ4冊すべてがおもしろかった。
この『天国でまた会おう』もまたすばらしい。
はじめはすこしとっつきにくいけど、
状況設定がととのい、登場人物のひととなりがわかってくると、
おもしろさがどんどんましてくる。
悪役にどんな罰がくだるのかをみまもりながら、
しかしいったいこのさきどう展開していくのかがみえず、
よみすすめるのがこわくなってくる。
まだよみおえていないけど、のこりあと80ページ。
極上のラストがまっているのはまちがいないだろう。
ネットでのレビューをみると、
あまりいい感想がかかれていないけど、
いかにレビューがあてにならないかの好例だろう。
この本がただしく評価されないのを不思議におもう。
今夜またこの本にとりかかるのがたのしみだ。

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2021年09月18日

『挑発する少女小説』(斎藤美奈子)

『挑発する少女小説』(斎藤美奈子・河出新書)

9作の児童文学を、「挑発する少女小説」という視点から
文芸評論家の斎藤美奈子さんがよみといていく。
9作は以下のとおり。

・『小公女』(バーネット)
・『若草物語』(オルコット)
・『ハイジ』(シュピーリ)
・『赤毛のアン』(モンゴメリ)
・『あしながおじさん』(ウェブスター)
・『秘密の花園』(バーネット)
・『大草原の小さな家』シリーズ(ワイルダー)
・『ふたりのロッテ』(ケストナー)
・『長くつ下のピッピ』(リンドグレーン)

どれも名前はしってるとはいえ、ダイジェスト版を
よんだだけのものがおおい。
『ハイジ』と『赤毛のアン』は、
アニメをみて「よんだ」ことにしている。
ほんとうに「よんだ」のは、
『大草原の小さな家』シリーズと『長くつ下のピッピ』だけだ。

さすがは斎藤さんの本で、ストーリーにこめられた「挑発」を、
きれいにときあかしてくれており、
原作をよんでいなくても興味ぶかい読書となった。
たとえば、『秘密の花園』では、
主人公の少女メリーが、お屋敷にすむ
病弱な男の子 コリンをあるけるようにする場面がある。
部屋にこもってばかりいたコリンを、秘密の庭につれだし、
庭をつくりなおす仕事をすることで、
健康をとりもどしていくのだけど、
「歩けることは正しいことか」という視点を
斉藤さんは紹介している。

 しかし、じゃあ一生歩けない子はどうなのか。(中略)『ハイジ』や『秘密の花園』の根底にあるのは「健全な精神は健全な肉体に宿る」という障害者差別を正当化しかねない思想でしょう。自然の力で子どもは健康を取り戻すという、一見正しいように思える思想とも、それは地続きです。

そして斉藤さんは、荒唐無稽なピッピの言動に、彼女の孤独をみる。
 夜になれば父や母のいる家に帰るトミーとアンニカ。しかし、ピッピはいつもひとり。完全な自由と独立を手にした少女の孤独はそのぶん深い。存在をアピールしたくて突飛な行動に出てしまうのだともいえます。

どの論考も、斉藤さんがこれらの小説をどうよんだかであり、
けして正解とはかぎらない。わたしはべつのよみ方をしてもいい。
それでもこれだけトリックやポイントが整理されると
わかったつもりになる。ここちよい、おすすめの一冊だ。

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2021年09月03日

『マチズモを削り取れ』(武田砂鉄)

『マチズモを削り取れ』(武田砂鉄・集英社)

オリンピックをめぐっての女性軽視発言などで、
男性有利社会としての日本の体質が、
しばらくまえから問題視されるようになっている。
会社ではお茶をいれるのが女性の仕事だし、
家では家事のほとんどを女性がするようもとめる
目にみえない圧力がある。
なぜそんな社会がいつまでもかわらずにつづいているのか。

男性であるわたしは、男だからという理由だけで、
女性がいやなおもいをあじあわないよう
気をくばっているつもりだけど、じっさいのところどうなのか。
わたしのひとりよがりにすぎず、女性にとっては
ずいぶん不愉快な行動をとっているのかもしれない。
女性であることは、どうたいへんなのだろう。
本書のタイトルをみたとき、すぐにとりよせて、
自分のふるまいをチェックしたくなった。

本書は13章からなり、それぞれの章で、
女性がこうむっている不利益といかりをとりあげている。
たとえば第1章の「自由に歩かせない男」では、
混雑した通路に わざと女性にぶつかってくる男がいて、
女性はただあるいているだけで、こわいおもいをしているという。
そのほかの章では、電車にのればチカンがいるし、
トイレの便器は男たちがたちションでよごすし、
甲子園には「つれていって」とたのむしかなく、
女性が男性部員を「つれていく」ことはできない。
お寿司は男がたべるもので、人事権のおおくは男がにぎっている。
部活だけでなく、日本の社会はすみずみまで体育会的だし、
おおきな会社につとめる おじさんたちは、
自覚がないまま どれだけえらそーにふるまっているか、
などを、ひとつひとつほりさげている。
なぜこんなひどい社会がほったらかしにされているのだろう。
わたしもそうした男のひとりなのか。

ただ、それぞれの章にかかれている内容は、
はじめの数行をよめばわかるものがおおく、
あとは延々と、なぜそうなのかについての考察がつづく。
男たちのみかたをするわけではないけど、
わたしには いささかくどくおもわれた。
本書は基本的に、ずっとこんな感じだ。考えすぎないから、いまだにこんな感じなんだと思う。この本は、考えすぎてみよう、という本だ。

確信犯的に理窟っぽいつくりとなっているのだから、
そういう本だとおもってよむしかない。
わたしは女性に不愉快なおもいをさせているか?
ただいるだけでなにか利益をえてはいないか?
本書をよんでも、わたしの疑問はけっきょくとけなかった。

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2021年08月29日

斎藤幸平さんと柴咲コウさんによる ふつうのおしゃべりがいいかんじ

『人新生の「資本論」』をかいた斎藤幸平さんが、
俳優の柴咲コウさんと対談する番組をみた。
斎藤さんは、柴咲さんの仕事ぶりを、かねてから注目していたといい、
対談のあいてとして おねがいしたらしい。
はなしのなかで、斎藤さんが
アメリカへ留学していたころの写真が紹介された。
ロックにのめりこんでいた18歳ころなのだそうで、
いかにもパンクロックなわかものがそこにうつっている。
斎藤さん本人だとは、とてもおもえない。

『人新生の「資本論」』をよむと、このまま資本主義をつづけては
地球がだめになる、とおもえてくるけど、
それをふせぐためには、「私」をかなりおさえないといけないようだ。
総論としては賛成だけど、実践となると、
わたしはどれだけのことをやる覚悟があるだろう。
ただ、番組での斎藤さんからは、いい印象をうける。
いいのがれできそうにない、えらそうなひとから、論理的に
「私」をおさえよう、といわれても、なかなか実行できない。
でも、むかしパンクだったわかものなら、すこし事情がかわり、
なんだかしんじられそうな気がする。
斎藤さんのふつうっぽさが いいかんじだ。

『人新生の「資本論」』をよんでから、気候変動の問題が、
テレビや新聞でとりあげられるに 気づくようになった。
ことしもまた世界的に異常気象で、
イタリアやギリシャを熱波がおそい、
ドイツでは大雨による被害が問題となった。
日本だって、猛暑と梅雨前線という、
ありえない2つの現象が、どうじにおきている。
気温がたった1℃あがっただけでも、
これまでの数倍も 異常気象がひきおこされる。
新型コロナウイルスだって、ふえすぎた人間を
ウイルスがターゲットにしたものだと解釈できる。
アクセルから足をはなし、おもいっきりブレーキをふまなければ、
おおきな壁への衝突がすぐそこまできている。

あの本をよんで、おおきなショックだったのはまちがいないのに、
わたしは、あいかわらず具体的なうごきがとれていない。
ただ、サランラップのつかい方とか、
自動車や飛行機による移動へのためらいとか、
本をよんだときのショックが、ボディブローとして、
じわじわきいてくるのをかんじている。
定年とあわせ、自分のいきかたを かんがえるときのようだ。

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2021年08月24日

『チョンキンマンションのボスは知っている』(小川さやか)

『チョンキンマンションのボスは知っている』
(小川さやか・春秋社)

著者の小川さやかさんは、タンザニア本国につづき、
香港で商売をするタンザニア人を調査している。
この本は、学術的な報告ではなく、
エッセイという形をとっていながら、
内容はじゅうぶん文化人類学で、
タンザニア人のビジネスマンたちが、
どのようなコミュニティをつくり、
商売にいかしているかを、こまかくさぐっている。

なお、チョンキンマンションとは、
香港の中心部にあるふるいビルのことで、
民族料理のレストランや、ゲストハウスが
びっしりとはいりこんでいる。
香港についたバックパッカーは、
とりあえずチョンキンマンションをめざし、
やすい宿を確保するのがおやくそくだった(1987年当時)。
1階にはアフリカ系やインド系のひとたちがたむろし、
いかにも外国にきたことを実感させてくれた。

チョンチンマンション(重慶大厦)のボスとは、
タンザニア人のカラマ氏(以下、「カラマ」)のことで、
カラマは、中古自動車や自動車部品をあつかう
ブローカーとして香港でビジネスを展開している。
タンザニア人など、アフリカ人に中古自動車をうりたいものの、
信頼関係のなさにためらう香港・中国の自動車業者と、
やすい自動車がほしいけど、自分で香港から輸入するのはちょっと、
というタンザニア人とのあいだにはいり、
おたがいのニーズをおぎなうのがカラマの役割だ。

カラマたちは、仲間と「タンザニア香港組合」をつくり、
香港でビジネスをするタンザニア人
(だけでなく、ケニアやウガンダ人も)が
たすけあって生きるしくみをつくりあげている。
たとえば、香港でタンザニア人の仲間が亡くなったとき、
組合がうごいて組合メンバーに寄付をつのり、
本国へ遺体をおくる手つづきをすすめる。
その過程は完全に自由なはなしあいで、
集会では、個人とのおもいでを、はなしたいメンバーがかたり、
どんなに親切にしてくれたかをのべるうちに、
「ある種の連帯感が即興的に醸成され」る。
カラマが必要な経費のみとおしをたて、
その説明を受けて、現組合長のイッサが「一人1000香港ドル(約120米ドル)の寄付を募りたい」と提案した。売春を生業にしている女性から「香港で商売をしている者なら、それがどんなビジネスでも1000香港ドルくらいは用意できるはずだ」と声が上がり、それに同意する声が続いた。
 その後にカラマは、各手続きを担当する者を順番に指名していった。寄付を集める係が四人、行政的手続きを担当する係二人、棺桶やエンバーミングの手続きを担当する係二人、家族との連絡係一人、中国のタンザニア人組合との連絡係ひとり。寄付を集める係が任命されると、すぐさまカンパ帳が回り始めた。

なんと ととのった組合であり、スムーズな連携プレーだろう。
強制ではなく、自由意志で、これだけの組合活動がおこなわれている。
「無理をしないこと」が基準であり、
最終的には「いろいろな事情があるんだから、
細かいことをいうのはやめようぜ」といった結論に落ちつく」そうだ。

香港でくらす、すべての外国人が、
タンザニア人のようにたすけあっているわけではない。
タンザニア人は、生粋の商売人で、
つねにどうやってかせぐかをかんがえている。
ひとのテリトリーにふみこまないけど、
協力できるところは協力しあう。
まったくしらなもの同士がであったときでも、
あいてがこまっていれば、そして自分にたすけるだけの余裕があれば、
ベッドをかしたり、食事をおごったりするのは
彼らの生き方において当然であり、
世話になったからといって、すぐにおかえしを気にしたりはしない。
自分のその余裕ができたときに、直接たすけてくれたひとにではなく、
みしらぬ同国人にたいし、手をさしのべたらいい。
わたしは、なにかプレゼントされたら、
なにをおかえししたらいいのかが気になってしょうがない。
はやく相手に それなりの品をかえし、おちつきたくなる。
ここらへんの心理がタンザニア人とはまったくちがうところで、
小川さやかさんは、彼らの商売が、どのような倫理のもとに
成立しているかをこまかくさぐっている。

カラマたちはスマホのSNSをつかい、ビジネスにつなげていく。
アルン・スンドララジャンは企業中心の現代は人類の歴史から見ればごく短期間にすぎず、産業革命までは大部分の経済的関係が個人対個人の形を取り、コミュニティに根ざし、社会関係と密接に絡まっていたと述べ、かつて存在した共有体験、自己雇用、コミュニティ内での財貨の交換が現代のデジタル技術によって復活しつつあるというのが、新規なもののように語られているシェアリング経済に対する正しい見方であると指摘している。

SNSの利用により、あたらしい方法がうまれたとおもっていたけど、
企業中心に社会がまわっている いまが特別なのであり、
産業革命までは、個人対個人でやっていた、
という指摘がおもしろい。

小川さんは、タンザニアの露天商を調査しているときに、
スワヒリ語を身につけ、こんかいのこの調査でも、
スワヒリ語ができるつよみをいかし、
ややこしくてふかい内容までを 自由にやりとりしてききだしている。
タンザニア人たちのコミュニティにはいりこみ、
仲間としてうけいれられ、スワヒリ語を自在にあやつって、
彼らのくらしをききだしている小川さんは すごくたのしそうだ。
小川さんにしか かけない本にしあがっている、といっていいだろう。

posted by カルピス at 22:26 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする