2020年11月22日

『ヘアスプレー』トラボルタがお母さんで、ウォーケンがお父さん

『ヘアスプレー』
(アダム=シャンクマン:監督・2007年・アメリカ)

冒頭からふとった女の子がうたっておどる。
こりゃついていけないかも、とおもった。
わたしが苦手なタイプの映画だ。
ミュージカルなのだから、
うたっておどるのはあたりまえとはいえ、
この女の子(トレイシー)はずっとこの調子なのか?
でもまあ、ラジオで紺野美沙子さんがすすめていたから、
もうすこしみてみよう、とようすをうかがっていたら、
そのうち女の子のお母さんがでてきた。
どこかでみたことのある顔。トラボルタだ。
そういえば、紺野美沙子さんがこの作品についてふれたとき、
トラボルタの女装のこともいっていた。
お母さんのでかい顔には、どことなく
トラボルタのおもかげがのこっている。
そして、お父さん役はクリストファー=ウォーケンだ。
これはみないわけにいかない。

ストーリーは単純で、歌とおどりに夢中な女子高校生が、
あこがれていたテレビ番組にでられるようになり、
これ以上ないくらい しあわせな顔でうたっておどる。
時代は1962年のアメリカはボルチモアで、
テーマは人種差別なのだけど、深刻ぶらずに
あかるい音楽とダンスでつっぱしる。
時代がかわっていくとはいえ、
そうすんなりと差別はなくならない。
エンディングでうたわれていたように、
「やっとここまできたけど 道のりはまだながい」。
でも、歌とダンスがあれば きっとうまくいく。

トレイシーがでるようになった番組には、
週にいちど、黒人音楽をながす日がある
(あとの日は、ぜんぶ白人音楽の日なわけだけど)。
この日の司会をつとめる女性シンガー(メイベル)を
クイーンーラティファがえんじており、
迫力のあるうた声と存在感にしびれた。
ラストでは、お約束のように
トラボルタがダンスを披露したあと、
メイベルが舞台にあがってさいごをしめくくる。
ふとっていたって、でかくたって、ぜんぜん問題ない。
ご機嫌な音楽でつっぱしりつづけ、
元気がでることまちがいなしの作品だ。

posted by カルピス at 21:24 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月09日

『スウィート・ノベンバー』つっこみどころは シャーリーズ=セロンの魅力で なかったことに

『スウィート・ノベンバー』
(パット=オコナー:監督・2001年・アメリカ)

広告会社につとめるネルソン(キアヌ=リーブス)は、
目のまえの仕事に没頭し、生活をたのしむ気もちのゆとりがない。
運転免許を更新するためにおとずれた試験場で、
ぐうぜんサラ(シャーリーズ=セロン)とであい、
彼女に自分の孤独なくらしをみぬかれる。

あなたのちからになるから、1ヶ月だけ恋人になろう、
とサラがネルソンにもちかけてきた。
あなたとは、11月だけの関係だと。
ただし、そのあいだは自分といっしょにくらし、
仕事をしてはいけない、という条件つきだった。
はじめは、なにかもくろみがあって
自分にちかづいてきたのかとネルソンはおもっていたけど、
のびのびとたのしそうに生きるサラをみているうちに、
だんだん彼女の魅力にひかれていった。
ふたりとも、はじめての恋におち、
なんとかハッピーエンドにおわらないかと、
わたしはいのるようにラストをみつめる。

自由奔放に生きるサラがたのしくて、
とちゅうにながれるエンヤの曲もうつくしく、
いいかんじで作品にひたる。
あとからふたりの会話をおもいだしながら、
ゆっくり散歩をしたくなる映画だった。
なんてしっとりした気分になって、
あとからウィキペディアをのぞいてみると、
なんと、この作品は第22回ゴールデンラズベリー賞の
最低主演男優賞・最低主演女優賞・最低リメイク賞に
ノミネートされていたのだった
(受賞ではなく、ノミネートだけらしい)。
そういわれると、あれだけいい印象をもってたくせに、
けっこうつこみどころのおおい作品だった気がしてきた。

・ふたりのであいに無理がある。
 運転免許の試験場で、エリートのネルソンが
 ひとにこたえをおしえて、というわけがない。
・ありえない偶然
 まえの月の恋人は、サラのアパートの隣人だった。
 そして、彼は広告業界のひとで、その会社は、
 ネルソンがつとめていた会社と、ライバル関係にあった。
・サラの性格に矛盾
 自由をうばうからと、携帯電話や時計をきらうサラなのに、
 ネルソンから食器洗機をおくられると すんなりよろこぶ。
・サラはじつは難病にくるしんでいると、
 ストーリーが唐突に展開する。

映画にリアリティーをもとめるわたしなのに、
まるでリアリティーのない典型のような作品だ。
でも、だからといって、つまらなかったわけではない。
つっこみどころのマイナスをさしひいても、
サラをえんじたシャーリーズ=セロンの魅力はおおきい。
とちゅうでながれるエンヤの「Only Time」もぴったりだった。
もっとも、エンヤの曲は、どんな作品につかわれても、
しっとりしたムードをつくってくれる万能薬だ。
ゴールデンラズベリー賞のノミネートだって
気にすることはない。
サラが恋人との関係を、1ヶ月にかぎるのは
彼女ならきっとそうするだろう、と
シャーリーズ=セロンはおもわせてくれた。
こんな調子のいいストーリーでも、
さいごまでひっぱってくれたのだから、
ふうがわりな女性が自由に生きる作品に
わたしはよわいみたいだ。

posted by カルピス at 21:48 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月06日

正義をまもる組織にもいろいろある『キングスマン:ゴールデン・サークル』

『キングスマン:ゴールデン・サークル』をとちゅうまでみた。
「キングスマン」はどの国にもぞくさない諜報機関で、
国の予算はつかないけど、膨大な資産をかかえており、
組織をなりたたせるしくみや、車や武器の装備には
いくらでもお金をつぎこんでいる。
イギリスに、もうひとつ国があるようなもので、
国の機関であるMI6よりも、はるかにお金をつかえる秘密組織だ。

『キングスマン』の次作としてつくられたのが、
『キングスマン:ゴールデン・サークル』で、
あまりにも荒唐無稽がすぎて、リアリティーはうすれてしまった。
この作品には、アメリカ版の「キングスマン」みたいな
「ステイツマン」という組織がでてくる。
こちらもお金もちなのは「キングスマン」とおなじで、
事件がおきてなくても 日ごろから犯罪防止のために
ゴテゴテとお金をかけながら、地道な活動をつづけている。

『キングスマン』とはべつに、
『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』をみた。
うっかり続編のほうをさきにみてしまったわけだけど、
本質的なストーリーは、1作めの『キック・アス』とおなじようだ。
バットマンなどの、ヒーローものにあこがれたわかものが、
自分たちで自警団をつくって町をまもろうとする。
こちらは、「キングスマン」とちがってお金がない。
装備も、手づくりのマスクやコスチュームであり、
気のきいた武器はもってないし、かうお金もなさそうだ。
おおざっぱにいえば、バッドマンを
ぐっとショボくしたのが「キック・アス」で、
もっとゴージャスにしたのが「キングスマン」となる。
バッドマンのブルース家だってすごい金もちとはいえ、
「キングスマン」の資金力は、もうひとけたうえをゆく。

わたしがすきな「鷹の爪団」も悪の秘密結社であり、
世界征服をねらっているけど、あまりにも貧乏な組織なので、
いっしょに活動したら、いろいろつらいことがありそうだ。
「キック・アス」のこころざしはすばらしいけど、
わたしは格闘技などできないし、もう年をとりすぎた。
なにかでおやくにたてるとしたら「キングスマン」となる。
2作目となり、いちじるしくリアリティーがとぼしくなっているので、
かえってわたしがでる幕もありそうな気がする。
こんな組織が日本にもあれば、わたしをやとってくれないか、
なんてことをぼんやりおもいながら、
どんどんけたたましくなっていく画面をながめた。

posted by カルピス at 21:04 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

5ドルのシェイクにこだわる『パルプ・フィクション』

すぐれた文学作品は、
忍耐心のない読者を排除するかのように、
作品のとちゅうにわざとたいくつな場面がいれてある、
というのをどこかでよんだ。
あるレベルにたっしているひとたちだけが
その本をたのしめるようにつくられている、という説だ。

『パルプ・フィクション』で、ミアとビンセントが
食事をする場面をみていたら、そんなはなしをおもいだした。
レストラン主催のツイストコンテストに
ミアとビンセントが参加する場面はすごく有名だけど、
そのまえにかわされる、沈黙もふくめた、
どうってことのない会話もまたいかしている。
ミアがシェイクえらぶと、5ドルはたかすぎる、といって、
ビンセントが値段にひどくこだわる場面だ。

数ドルのちがいなど、なんでもない仕事をしてるくせに、
ビンセントは、へんなところが妙に常識的だ。
映画のストーリーとあまり関係ない、こうした場面を
タランティーノ監督はじょうずにえがく。
もういちどみてみると、ボスの妻であるミアをさしおいて、
ビンセントは自分がさきに料理を注文している。
ミアのエスコートをボスにたのまれたのだから、
もうすこし気をつかってもよさそうなのに。
だらだらと どうでもよさそうな会話は、
映画の筋とはたいして関係なく、うごきもない。
5ドルのシェイクにギャングがおどろくのは、
ひとによっては退屈な場面かもしれないけど、
こういうなにげない はなしのやりとりが、
『パルプ・フィクション』における魅力のひとつだ。
ほかの作品であんなふうに値段にこだわったとしても、
きっとそのおもしろさはいかせない。
ありそうでないのが、5ドルのシェイクにおどろく会話だ。

ミアがいぜんテレビにでたときのジョークが
食事ちゅうに話題となった。
その席ではどんなジョークだったかをいわないで、
なんだかんだといろんなことがあり、
ヘトヘトになってようやく家にかえったときに、
ミアがビンセントをよびとめてジョークを披露する。
ビンセントは、つかれていてわらえないかも、と
ひとことことわる。
ほんとうにショボいジョークだったので、
テレビでいわされたミアが気のどくになってくる。
人生のトホホがつまった、最高におしゃれな場面だ。

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2020年10月19日

『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』

『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』
(ジョナサン=レベン:監督・2019年・アメリカ)

タイトルどおり「僕と彼女のありえない恋」で、
はじめは「いかにも」のつくりが鼻について、
いまひとつはなしにのれない。
国務長官とスピーチライターの恋なんて、
「ありえない」にきまっている。
ライターのフレッドは、なにかにつけて
自分のかんがえをいいまくるのでうるさい。
ふとりぎみで、いつもおなじ服をきて(わたしもだけど)、
こんな男をあいてにアメリカの国務長官が
恋愛感情をもつのは「ありえない」。
(以下、ネタバレあり)

そうおもってみているうちに、だんだんひきこまれるのは、
シャーロット役をえんじるシャーリーズ=セロンの魅力がおおきい。
うつくしく、気品があり、国務長官なのにしたしみをおぼえる。
あちこにちしかけられた「わらい」もわたしのツボをおした。
ラブコメとして、クスクスわらえる場面がちりばめられている。
シャーロットとフレッドがかわす はじめてのセックスは、
世界いちみじかいラブシーンではないか。
「いれて」のすぐあとに「ぬくよ」がおかしかった。
おしりをぶってからかるく首をしめて、
なんて国務長官がいうのもすてきだ。

うすよごれた政界にうんざりしたシャーロットは、
うさばらしにフレッドと薬をきめこむ。
気もちよさから2つめの薬をのみ、まだラリっている最中に、
人質の釈放をもとめて対立国と交渉しなければならなくなる。
正面からの交渉はきわめてむつかしい局面だ。
軍の高官が心配そうにみつめるなかで、
シャーロットは、相手国の首相に直接かたりかける。
これはここだけのはなしよ。
周知のとおり、アメリカはテロリストとは交渉しない。
でも、お友だちとなら交渉する。
人質をかえしてくれるなら、おいしい援助を用意する。
わたし個人の判断だから、これは極秘よ。
ふたりで大勢の人命をすくっちゃう?
これってすっごくイケてるでしょ?
ゴロワーズをふかしながら、首相とのひそひそばなしが
シャーロットならではの魅力を演出している。
そのあとメディアからのインタビューをうけるとき、
シャーロットはまだすこしラリっている。
髪がみだれ、コートもよれよれなのは、薬のせいなのに、
きびしい交渉の結果にみえるのがおかしい。
「徹夜の交渉でテンション高めですね」
とインタビューアーが労をねぎらう。
映画史にのこる、とまではいわないけど、
最高にチャーミングな場面だ。

次期大統領候補として、いまの大統領に推薦してもらおうとすると、
自分が大切にしてきたことに妥協しなければならなくなる。
環境問題への関心がふかいシャーロットは、
100カ国から同意をえて、
環境保護の政策をまとめようとしていたのに、
あちこちから横やりがはいり、
オリジナルの政策はみるかげもなくなっていく。
シャーロットは、大統領候補へ名のりでるスピーチで、
おもっているすべてをあきらかにする。
この町でそだった少女時代のわたしが、
もしいまのわたしをみたら・・・、
とても・・・、きっと失望するでしょう。

現大統領とメディア界をしきる黒幕が不正をはたらき、
自分を脅迫しているとあきらなかにし、
脅迫の材料につかわれた自分の彼氏を
「彼がすきです」と告白する。
彼がしたみっともない事実だって、だれもがやってること。
「ガタガタいわないで!ここはアメリカよ」
シャーロットはマイクをすてて会場をあとにする。
堂々と事実をかたる彼女のつよさが、
おおくのひとのこころをとらえる。
「ありえない」恋なのに、さいごはきれいにきまり
100%の大団円におさまった。
シャーロットの勇気と決断に敬意をしょうしたい。

posted by カルピス at 21:42 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする