2021年02月15日

クラブW杯決勝 バイエルン対ティグレス 1−0でバイエルン

カタールでおこなわたクラブW杯の決勝、
バイエルン=ミュンヘン対ティグレス(メキシコ)をみる。
1-0でバイエルンが優勝をきめたわけだけど、
点差以上にバイエルンの猛攻が印象にのこる。
ティグレスも、ときおりゴール前までせまるものの、
ノイアーにはばまれて きめきれない。
後半にあげた1点をバイエルンがまもり、そのまま試合終了となる。

決勝点となった1点は、バイエルンの選手があげたクロスに、
味方がヘディングであわせたものだ。
ディフェンスラインがきれいにそろっていた場面で、
ちょうど真横でプレーをみていた副審が、
すぐに旗をあげてオフサイドをしらせている。
オフサイドかどうかで微妙だったため、
VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)にもちこまれた。

前半にも、おなじようにオフサイドをめぐるプレーがあり、
VARによりオフサイドの判定となった。
ゴールまえにいた選手が、ボールにはからまなかったものの、
キーパーのうごきに影響をあたえたという判定で、
得点はみとめられなかった。
オフサイドは微妙なケースがおおく、あらためてビデオをみると、
どうしてもオフサイドの位置にみえがちだ。
VARによる判定は、正確かもしれないけど、
試合のながれをとめ、判定を おおくの場合かえてしまい、
わたしはすきではない。

もういちど、決勝点となったプレーにもどると、
副審はオフサイドといっているのに、
VARがオフサイドではないと判定しためずらしいケースだ。
映像をスローでみると、たしかにラインより手がでている。
目でみてもわかるのだから、これをVARにかければ、
さらにオフサイドが確実になりそうにおもえた。
しかし解説の岡田さんは、(オフサイドかどうかをみるのは)
「手ではなく、からだの中心だからね」
とはなす。
そのことばがきこえたかのように、VARは副審の判定をくつがえし、
主審はオフサイドではなかったと判定した。
いつもとちがう展開が意外だった。
VARのシステムが成熟したのならいいけど。

いっしょに試合(の録画)をみていた配偶者が、
いまいちオフサイドがわからない、といいだす。
画面がちょうどディフェンスラインに
便宜上の線をつけていたので、それをつかって説明する。
キーパーと攻撃側の選手とのあいだに、
かならずひとりは守備側の選手がいなければならないこと。
もともとはゴールちかくで
ボールをまちうけるのをきんじるルールだったこと。
ボールをけった瞬間の位置なんて、目ではなかなかおえないので、
そんなに気にしなくてもいいことがいちばんだいじだ。
100%正確な判定とはかぎらないことを
暗黙の了解にしたルールだとおもったほうがいい。
それをVARが、正確さをおいもとめて つまらなくしてしまった。

posted by カルピス at 21:10 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月02日

祝 川崎フロンターレ 天皇杯初優勝

第100回天皇杯決勝
1−0でフロンターレ

今シーズンをしめくくるさいごの試合。
中村憲剛のユニフォームすがたをみるのも、これがさいごとなる。

前半は、ずっとフロンターレがせめつづける。
ガンバはまえにつなげないし、そもそもボールをもてない。
シーズンちゅうとおなじ光景がつづく。
ガンバはまもりに重点をおき、
ほとんど前線にボールがまわらないのでこわくない。
ただ、フロンターレはなんどもあった得点機をいかせない。
ガンバのゴールキーパー、東口の好セーブもあり、
はいりそうで はいらないのは、いやな展開だ。

後半にはいっても、フロンターレがながれをつかんだままだ。
後半9分、三苫が 三苫らしいきりこみから、
ゴールのひだりすみにながしこみ、フロンターレの先制。
そのあとガンバは4バックにきりかえ、
中盤でボールがおさまるようになる。
後半30分からみせたガンバの攻撃はすさまじく、
フロンターレは防戦いっぽうとなった。
こきざみに選手交代がおこなわれ、
フロンターレも3どめの交代をおえる。
その時点で、中村憲剛の出場はなくなった。
かちきるためにはしかたのない判断で、
フロンターレは4分のアディショナルタイムをしのぎきり、
天皇杯初優勝をきめる。

試合後に、選手同士がハグするなか、
鬼木監督が憲剛をみつけ、安心したような、
やさしい笑顔でちかづいて肩をだく。
なにやら憲剛にささやいていたのは、
出場の機会をつくれなかったことへのことわりだったそうだ。
憲剛はもちろん 鬼木監督の心境を理解しており、
ふたりは笑顔で2冠目となる優勝をよろこびあう。

圧倒的にフロンターレがおした内容だったけど、
終了間際のガンバの猛攻をおもうと、
どうなっていたかわからない試合だった。
かちきることのむつかしさと、そんななかでも、
きっちり結果をだした フロンターレの試合はこびがひかった。
シーズンちゅうのつよさが、そのまま再現された試合だ。

posted by カルピス at 09:25 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月21日

1986年W杯メキシコ大会、アルゼンチン対イングランド

すこしまえにマラドーナ氏が亡くなったこともあり、
1986年W杯メキシコ大会、アルゼンチン対イングランドをみる。
いまとはユニフォームのデザインがずいぶんちがい、
ズボンのちいささと、ハイソックスが目だつ。
選手のからだつきも、いまよりずっとがっちりしている。
マラドーナだけでなく、おおくの選手がぶあつい上半身と、
発達した下半身というからだつきだ。
ナウシカみたいに末端肥大症っぽくもある。

イングランドの選手は、マラドーナのうまさにビビり、
ボールをつながないで、おおきくクリアする場面がおおい。
スタジアムからは、そんなプレーにブーイングがわきおこる。
イングランドのキーパーも、味方の意気地のないプレーに不満そうだ。
有名な「神の手」は、後半そうそうにおとずれた。
「神の手」なんていうからもっともらしいけど、
ようするに手をつかってゴールしたのを
マラドーナはかくしていたわけで、
当時のあらい映像では、はっきりと確認できない。
ハンドのようでもあり、そうでないようにもみえる。
いまだったらVAR(ビデオ=アシスタント=レフェリー)により、
試合が中断されたあげく、マラドーナにハンドが宣告されるだろう。
コンピューターに支配されない、のどかな時代だ。
スタジアムの看板に、日本や中国の広告はでていない。

「5人ぬき」は「神の手」のすぐあと、後半9分だった。
これはもう、文句なしにマラドーナのうまさがひかる。
イングランドのディフェンスをかるくいなして得点したのだから、
アルゼンチンサポーターはおおよろこびだ。

このW杯メキシコ大会は、サッカーのW杯がどんなイベントなのか、
わたしがはじめて認識した大会だ。
開催国のメキシコが決勝トーナメントへすすんだときは、
国じゅうがおおさわぎでパレードしていた。
パレードによる渋滞で車がとまり、
そんななか、車の上にあがってジャンプし、
よろこびを爆発させているひとがいた。
そんなことをしたら、運転手がおこってでてくるぞ、
とおもってみていたら、
ほんとに運転手が興奮してでてきた。
でもそれは、車のうえにあがられて、
キズをつけられたいかりではなく、
運転手もいっしょになって車のうえでジャンプし、
よろこびをはじけさせているのだった。
サッカーの試合で、ひとはあんなにも熱狂的になれるものなのか。

マラドーナの活躍もあり、サッカーファンでないひとも、
W杯に注目したのがこのメキシコ大会だった。
ゴールシーンばかりあつめた映像では、
どのシュートもゴールのすみっこにギリギリできめられており、
かんたんなシュートはひとつもなかった。
W杯では、そんなけたはずれのプレーがみられる大会なのだ。
日本がW杯にはじめて出場するのは、メキシコ大会から12年さきの
フランス大会までまたなければならない。

posted by カルピス at 21:14 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月20日

J1リーグ最終節 フロンターレがレイソルに3-2と逆転

J1リーグ第34節
フロンターレ対レイソル
3−2でフロンターレ

今シーズンの最終戦である第34節がおこなわれる。
新型コロナウイルスで、たいへんな1年だったのを、
よくここまでこれたと感慨ぶかい。
第1節のあと4ヶ月の中断、そして無観客試合。
過密日程となり、週に2試合おこなわれたときもあるし、
感染者がでたために、試合ができなかったクラブもあった。
2020年のシーズンが、おおくの試行錯誤のすえ、
なんとかおわりをむかえたことをよろこびたい。

試合は前半10分にレイソルのオルンガがきめる。
レイソルは、アバウトなボールをオルンガにだしておけば、
あとはなんとかしてくれる、という作戦だ。
その後もレイソルがせめる時間帯がつづき、
フロンターレはなかなかボールをまえにはこべない。
後半からフロンターレは家長と三苫をいれてくる。
さあこれから、とおもっていたのに、
開始そうそうレイソルが2点目をきめてしまった。
レイソルのできからすると、
2点先行されたのはさすがにくるしいか。
でも、フロンターレは前半にはしらせて、
つかれがでたところを得点にむすびつけるのがうまい。
期待してみていると、はいったばかりの家長と三苫が
すぐに試合のながれをとりもどしてくれた。
後半3分に、家長がコーナーキックをヘディングできめてまず1点。
10分に、あいてキーパーのミスからレアンドロドダミアンが2点目。
そのあと、ずっとフロンターレが
相手陣内でボールをまわす時間帯がつづく。
セカンドボールはぜんぶフロンターレがおさめ、
レイソルはボールをとれない。
そして36分に、三苫がドリブルできりこみ、
ディフェンダーをひきつけておいて
左サイドをかけあがってきた家長へのパス。
家長がなんなくきめて逆転。

勝負あった、とおもっていたら、
それからのレイソルがしぶとかった。
なんども決定機をつくり、ギリギリのところでフロンターレがしのぐ。
どちらのチームも、順位には関係ない試合だったにもかかわらず、
非常にみごたえがあり、最終節にふさわしい内容だった。
フロンターレは勝点を85までのばし、
それとともに、26勝、88得点と、リーグ記録を更新する。

解説は福西さんと中澤さん。
中澤さんは、あかるくふるまうキャラをすて、
おおくの経験がなければいえない発言がさえる。
福西さんとのやりとりもかみあっており、
サッカーのおもしろさを ふかく味わせてくれた。
オルンガのてごわさ、家長のうまさをかたるのに、
福西さんと中澤さんは、最適な解説だったのでは。

のこるたのしみは、天皇杯だけになった。

posted by カルピス at 18:47 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月16日

『興国高校式Jリーガー育成メソッド』世界で活躍する選手の育成が目的

『興国高校式Jリーガー育成メソッド』
(内野智昭・竹書房)

朝日新聞の土曜日版beに、本書の著者であり、
興国高校サッカー部の監督をつとめる
内野智昭さんがとりあげられた。
記事には、ことしの内定者をふくめると、
興国からすでに20名がJリーグにすすんでいる、とある。
「プロになりたいなら興国へ行け」と
サッカー関係者のあいだでささやかれるという。
高校サッカーにわたしは関心がなかったけど、
高校の全国大会でかつことをめざすのではなく、
Jリーグにはいり、そこで活躍できる選手をそだてたい、
というのが内野さんの目的というから おもしろそうだ。

本をよんでみると、Jリーグにはいるだけでなく、
世界の強豪チームで通用する選手をそだてる、と
ものすごくおおきな夢を内野さんはえがいている。
興国高校は、選手権で優勝したことはないけど、
いい選手がそだち、おもしろいサッカーをやるので、
関係者から注目されているそうだ。
目的が優勝ではないのだから、
もっとさきをみとおした育成ができる。

九州へ遠征にいったときのはなしがおもしろかった。
試合中、僕がいつもの調子で「いまのはこうやろ!」とか、ピッチサイドで言うと、選手が「いや、ちゃうんですよ。いま相手がこっちに行ったから、僕はこっちに行ったんですよ」って言うので「あぁ、そうか。そんならええわ」ってやりとりをしてたんですね。
 そうしたら、試合後にその選手が相手の九州のチームの選手に囲まれたんです。(中略)
「監督にあんなこと言って殴られないか?」「あんな態度とって大丈夫か?次の試合、出れるのか?」って。
 うちの選手は「いや、あんなん普通やで。全然いけるで」って。

そんな「ふつう」の関係がないと、
自己主張ができる選手はそだたないだろう。

日本のサッカーをつよくするには、
わかいころからの育成が大切になってくる。
内野さんは、日本サッカーの問題点として、
育成が評価されないことをあげている。
大会で結果をだすことでしか注目されないので、
よい選手をそだてることよりも、
試合にかつことが目的となっていまう。
 大会で結果を出すことによって得られるリターンのほうが、良い選手を育成する、将来プロを輩出することよりも大きいので、ジュニアやジュニアユースの指導者は、育成よりも大会の結果に重きを置いてしまうのです。
 これは指導者の志の問題というよりも、評価システムの問題だと思います。そこを改善しない限り「育成年代の大会で優勝を目指す」という、育成に対する日本独自の考え方は大きく変わらないと思います。(中略)
 試合や大会に勝つことよりも、良い選手を育成していくことの方が評価されないと、現状はいつまでたっても同じです。

 ヨーロッパの話で言うと、お金が育成の末端まで流れるように設計されています。それは日本のJリーグも見習うべきだと思います。(中略)「彼の活躍で優勝できた。これほどの選手を育ててくれたクラブがあったおかげだ」という意味が、お金という形で評価されたわけです。
 翻って、日本のJリーグはどうでしょうか?リーグで優勝したからといって、アマチュア時代に育成していたクラブには1円も支払われません。

 ヨーロッパではサッカーとお金は密接な関係にあり、良い選手は高い報酬がもらえますし、良い選手を輩出したクラブにもお金が支払われます。そうしたサイクルができあがることで、「良い選手を育成すれば、リターンがある」というインセンティブが働き、さらに育成に熱が入るわけです。

わたしは、サッカーで巨額のお金がうごくのにへきえきしているけど、
よい育成が評価されるシステムは必要だとおもう。
内野さんのとりくみが、日本のサッカーをかえる
おおきなちからとなるよう期待したい。

posted by カルピス at 18:41 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする