2018年05月02日

個性的なフォームではしる女子1万メートルの選手たち

すこしまえに神戸でおこなわれた 女子1万メートルのレースをみた。
1万メートルなので、400メートルトラックを25周する。
ロードレースは、テレビでよく放送するけど、
競技場での長距離レースはあまりみたおぼえがない。
集団ではしる選手たちをカメラがとらえるので、
ひとりひとりのはしりをよく観察できた。
日本のトップレベルがあつまった大会で、
それぞれ自分にあったフォームではしっているのにおどろかされる。
うでをほとんどふらなかったり、
かとおもえば、両うでいっしょにからだのまえで
前後ではなく、左右にふっているひともいた。
なんでもありのフォームではしる選手たちが たのもしくみえた。

初心者むけランニングの番組「ランスマ」(NHK-BS)をみていると、
ランニング指導者の金哲彦さんが
からだのつかい方をいろいろおしえてくれる。
肩甲骨と骨盤をうごかすのがコツらしい。
からだのましたに体重がかかるようにともいわれる。
ちょっとしたアドバイスをうけただけで、
すごくはしりがかるくなったと、
おどろいている参加者たちがうらやましい。
わたしは自分がはしっているところをみたことがない。
おそらく問題ありありのはしりなのだろう。
何十年かけてかためてしまったフォームが、
ほんのすこしいじっただけでよくなるなら すごくありがたい。
それとどうじに、いまさらどうにもならないだろうと、
半分あきらめてもいる。

神戸でのレースをみていたら、
どんなはしりでもいいんだと気がらくになった。
トップレベルがそうなのだから、市民ランナーが
そんなにフォームを気にしなくてもいいじゃないかとおもう。
きっとこれははなしが逆で、
市民ランナーだからこそ、フォームに気をつけたら、
というのが「ランスマ」の立場なのだろう。

ふるいはなしをもちだせば、
女子の水泳で、むかしジャネット=エバンズというひとがいた。
リカバリー(空中でうでをまえにもどすうごき)のとき、
ひじをたかくたもったフォームがいいとされていた時代に、
エバンズ選手はプロペラみたいにうでをブンブンふりまわしている。
それで世界記録をだしたのだから すごくかっこよかった。
マラソンの君原選手だって、からだをどちらかにかたむけたはしりが
トレードマークだったし、
宗兄弟だって、はしりの特徴から
どちらがおにいさんで、どちらがおとうとかわかったものだ。
金さんのアドバイスがわるいとはいわないけど、
そのひとのもち味をいかしたはしりができるよう、
もうすこしあたたかな目でみてあげたらとおもう。
体重をまえにかけすぎたひとがいたら、
その特徴をたもって、楽にはしる方法はないものか。
わたしも信頼できるコーチに
自転車とランニングのフォームをみてもらいたいけど、
いったんわたしのフォームをうけいれたのち、
とてもいいけど ここがもうすこしだけ、と
おもいっきり やさしくアドバイスしてほしい。

サッカーは戦術よりも気迫だ、とだれかがいっていた。
たしかにびびっていては、どんな戦術をとろうがまずかてないので、
うっかり賛成してしまいそうになる。
神戸のレースをみていると、ランニングだって、
けっきょくは気迫がものをいうような気がしてきた。
いい選手がかつのではなく、かったひとがいい選手だ。
日本新記録をだせば、フォームがどうのと きっといわれなくなる。

posted by カルピス at 21:13 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

第39回松江レディースマラソンを応援する

松江レディースマラソンがひらかれる。
わたしがつとめる事業所からも、
11名の利用者がジョギングコース(3キロ)に参加している。
きょねん・おととしは、いっしょにはしって
わたしもお手つだいしたけど、
ことしは応援団として、ランナーに声援をおくった。
選手たちは、ハーフマラソン(女性だけ)をかわきりに、
参加する距離にわかれて つぎつぎとスタートする。
ハーフマラソンの先頭集団は、さすがにスピートがはやく、
いかにもマラソンレース、というかんじだったけど、
つぎにやってくたグループからは、
ファッションはきめているものの、
ランナーらしいフォームやスタイルからはずれてくる。
どうやら、松江レディースマラソンという大会は、
ランナー歴のながいひとはほんのひとにぎりで、
のこるほとんどの参加者は初級者レベルのランナーみたいだ。
それがわるいといっているのではなく、
ぶっつけ本番みたいな形であろうと、とにかく参加しようとした
女性たちのあついおもいが、沿道までつたわってきた。

マラソンレースというと、沿道をぎっしりひとがうめつくし、
さかんに声援をおくる姿をおもいうかべるけど、
きょうのレースは きわめてまばらな観客数だった。
どれくらいすくないかというと、
わたしは、はしっているランナーふたりから、
名前をよばれ、手をふってもらえた。
わたしが気づくよりさきに、むこうがわたしをみつけるぐらい、
応援よりもランナーのほうがおおいのが、松江レディースマラソンだ。

わたしたちが応援するのは、
いっしょに仕事をしている11名の利用者だ。
この日をめざして、できるだけの準備をしている。
1年をかけて、あつい日や、さむい日でも、
練習スケジュールにそって、
3キロをイメージしながらはしってきた。
きょうのレースでは、本番の緊張から
表情がかたかったひともいたけど、全員が完走をはたした。
足がとまりがちな選手も、われわれが応援している場所にくると、
てきめんにちからをとりもどし、はしりが復活している。
応援の効果はめざましく、はやおきをして
選手たちをまちうけた甲斐が たしかにあった。

わたしもランナーのはしくれとして、ひとのレースをみていると、
自分もはしりだしたくなってくる。
きょう参加されていた初心者ランナーのあついおもいが、
松江レディースマラソン大会からうけとったおみやげだ。

posted by カルピス at 18:33 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

イチロー選手が出会えた「泰然とした状態」

メジャーリーグのイチロー選手が、
マリナーズへ6季ぶりに復帰すると
けさの朝日新聞がつたえている。

なかなか契約がきまらなかったが、の質問にたいし、
イチロー選手はこうこたえている。
僕は泰然とした状態だった。泰然という状態は、プレーヤーとしても人間としても、目指すべき状態であったので、そういう自分に出会えたことはとてもうれしかった。

あせりや欲望に気もちを支配されず、
ただ 自分がやるべき準備をおこたらないで
たんたんと開幕をまっていたイチロー選手。
泰然だったからこそ、マリナーズから声がかかり、
契約まではなしがすすんだ。
イチロー選手は、しずかによろこびをかたるけれど、
けしておおはしゃぎしたりしない。
なにしろ、泰然なのだから、あるがままをうけいれる。

「泰然とした状態を目指す」といっても、
じっさいには なにをすればいいのだろう。
きっと、その状態になったときに
自分はいま泰然であると気づくのであり、
具体的なノウハウはおろらくない。
イチロー選手にしても、44歳にして
ようやくたどりついた状態であり、
イチロー選手の有名な試合前のトレーニングや
入念なからだの手いれを、
長年つづけたからこそ おとずれた境地だ。
試合の日にかならずたべるというカレーライスに、
泰然にむけた効果があるのか 気になるけど。

きのうの記事でとりあげた
横尾忠則さんの「すべては未完である」を、
イチロー選手の泰然にてらしあわせると、
泰然だからといって、それがゴールなのではない。
ゴールだと、固定してしまうと、
コロコロかわる状況に 柔軟な対応ができなくなる。
糸井さんが「今日のダーリン」のむすびにかいていた
「おれはおれを直さない。直っていたら、それをも直さない」
が、泰然とのただしいつきあい方だ。
自然と泰然になっていたなら、それをなおす必要はないけど、
泰然になるために なにかをしなくてもいい。
わたしも、いまの状態が泰然のような気がするけど、
おそらくただのかんちがいだろう。
でも、ほんとうの泰然に、なろうがなるまいが、
どうでもいいことだと、わたしはさとってしまった。

posted by カルピス at 20:38 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

車いすバスケットの京谷和幸さん「あきらめないかぎり、なにも終わっていない」に胸をあつくする

NHKーBSの「ぼくらはマンガで強くなった」で、
車いすバスケットの京谷和幸さんがとりあげられていた。
京谷さんは、サッカー選手として活躍し、
A代表を目前としていたときに 交通事故で下半身不随となる。
そんな目にあったら、わたしはきっと
いじけたまま たちなおれないだろう。
入院して5日めに、京谷さんが婚約していた女性から、
予定どおり結婚しようとうちあけられる。
ふたりとも、どれだけまよったかは
すこしかんがえただけでわかる。
かんたんな判断ではなかったはずだ。
京谷さんは、そんな婚約者にはげまされ
生きるのぞみがめばえてくる。
さらに婚約者は、バスケットボールマンガ
「スラムダンク」をさしいれしてくれた。
このマンガとのであいが、京谷さんの人生を決定的にかえる。

「あきらめたら そこで試合終了だよ」

とスラムダンクのなかで安西先生がいっている。
そのことばから、京谷さんは

「あきらめないかぎり、なにも終わっていない」

と、もういちど生きなおすちからをえる。
下半身不随にも、いろんな程度があるなかで、
京谷さんは最重度の不随であり、
下半身、そして腹筋と背筋がつかえない。
うでのちからだけでボールをなげ、
車いすをあやつらなければならない。
どれだけたいへんなトレーニングをかさねたのか、
京谷さんは口にしなかったけど、
うでの筋肉がつき、サッカー選手時代よりも、
体重が20キロふえたことからも、
車いすバスケットの選手として
からだをつくりかえたのがわかる。
シドニーからロンドンまでのパラリンピックに、
4大会連続で京谷さんは出場し、
いまは日本代表のコーチをつとめられている。

番組のなかで京谷さんが「スラムダンク」をよみかえしたとき、
おもわず涙をこぼしている。
ストーリーにあらためて感動したというよりも、
このマンガにであったのをきっかけに、
自分がどれだけ努力をかさねてきたかをおもいかえし、
不覚にもあふれてきた涙だ。
京谷さんでなければ、やりなおせなかっただろう、
あたらしい人生でのけわしい道のりをおもうと、
最大限のスタンディオベーションをおくりたくなる。

わたしのしりあいで、3年まえからきゅうに視力がおち、
いまではかすかにみえる程度となった男性がいる。
それまでは、個人営業の電気屋さんをしていたけど、
目がみえなければつづけられないので、
仕事をやめ、車も手ばなし、生活をおおきくかえている。
この4月からは、盲学校でのマッサージ科に入学し、
3年間勉強をしたのちに、マッサージ師をめざしている。
視力の低下について、はっきりとした原因がわからず、
これからもさらに進行するかもしれない心配をかかえている。

でも、そのしりあいは、けしてグチをこばさず、
できる範囲で筋トレにはげみ、
車がとおらない道でのジョギングまではじめている。
身のまわりの支度や、食事の準備など、さぞ不自由だとおもうけど、
ヘルパーさんにはいってもらおうなんて おもっていない。
わたしをふくめ、まわりが協力をもうしでても、
自分にできることは自分でするのが彼の流儀だ。
京谷さんにしても、わたしのしりあいにしても、
こころがよわいわたしには、とてもまねできない道をあゆんでいる。
わたしにできるのは、ときどきしりあいとあってお茶をのみ、
どーでもいい気らくなおしゃべりをするぐらいしかない。

posted by カルピス at 20:39 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

「観たぞ、平昌オリンピック」への報告「歯ブラシを持ってきてくれる旦那」

ほぼ日のサイト、「観たぞ、平昌オリンピック」が
いつもながらもりあがっている。
http://www.1101.com/pyeongchang2018/2018-02-19.html
オリンピックをテレビでたのしみながら、
細かい発見や豆情報やただの思いつきや
ほとばしる熱い思いなどを即座に投稿し、
みんなでわいわい共有しよう、
というほぼ日の名物コンテンツ

にわかにファンとなり、あついおもいで応援をおくるひとたちが、
気づいたこと・おどろいとことを「観たぞ」におくってくる。
2004年のアテネオリンピックからという、ながい歴史のなかで、
「観たぞ」ならではの価値観が共有されるようになった。
「歯ブラシを持ってきてくれる旦那」もそのひとつで、
そんな旦那がいたらなー、というねがいや、
自分の家ではこうだという報告がときどきよせられる。
永田さん聞いてください!
二回前の夏オリンピックあたりからの
観たぞファンですが、ずっと
「歯ブラシを持ってきてくれる旦那」
に憧れていました。
半年前に結婚し、旦那さんと暮らし始めました。
そしたら旦那さんが、
「歯みがきする人〜?」と聞いて
持ってきてくれるじゃありませんか歯ブラシを!
しかもほぼ毎日ですよ毎日!!
幸せです。えへへ。
結婚して初めてのオリンピック、楽しみます!
(マッケンロー)

この投稿にたいしての永田さんのコメントが、
たのしそうだなー。
ああ、このときが永く続きますように。 

だったのでおかしかった。
たしかに。
たのしそうなだけに、
そのしあわせがどれだけもろいかを
永田さんはしっている。
「永く続きますように」と、
ねがわずにおれないのだ。
いや、つづかないのをしっているからこそ
「続きますように」と永田さんはねがうのであり、
このしあわせは、もうじきおわるけど、
だからといってなにかをうらんだりしたらダメだよ、
という 永田さんからのメッセージがこめられている。

しあわせとはなにか。
歯ブラシをもってきてくれるのがしあわせなら、
ほかにもささやかな あれやこれやに
マッケンローさんはしあわせをかんじられるひとなのだろう。
グチをいうひとは、なんにでも文句をつける。
しあわせなひとは、しあわせをみつけるのがじょうずだ。

posted by カルピス at 22:03 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする