2021年08月20日

「女の子だって甲子園!」(『花鈴のマウンド』)がおもしろそう

朝日新聞では、すこしまえから
女性が硬式野球にとりくむ記事を目にするようになった。
けさも『花鈴のマウンド』というマンガが
1ページをまるまるつかって広告されていた。
「女の子だって甲子園!」なのだそうだ。
あれだけ「高校野球」がさわがれたら、
女の子だって甲子園をめざしたくなるだろう。
じっさいに、女子生徒が男性の硬式野球部にはいり、
野球をする記事もいくつかのった。
硬式野球がどんなルールになっているのかしらないけど、
女子生徒が男子生徒にまじって甲子園をめざすのは、
いまの環境では いろいろむつかしそうだ。

ちいさなころから男の子にまじり
野球をやっていた女の子にとって、
高校生になると、自分たちのいきさきが、
とつぜんきられてしまうのは さぞかし残念だろう。
甲子園をめざす 男子だけが脚光をあびるなんてずるい。
サッカーでは、女子サッカーというカテゴリーが以前からあり、
女性だけのチームがあるし、大会にも参加できる。
野球にも、女性だけのリーグがあるのかもしれないけど、
わたしはそこらへんの情報にうとく、
これまで女性による野球について まったくしらなかった。

アメリカには、女性だけのプロリーグが以前はあり、
『プリティ・リーグ』として映画にもなった。
ウィキペディアによると、第二次世界大戦で、男たちが兵役にとられ、
メジャーリーグの存続があぶなくなったことから、
女性だけによる野球のリーグがつくられたそうだ。
1954年をさいごにリーグは運営されなくなった。
女性のサッカーリーグはあるのに、野球がないのは、
どんな事情からだろうか。

日本には、マンガの『花鈴のマウンド』だけでなく、
現実にも 女性による硬式野球チームがあるようだ。
男だけに野球をひとりじめされるのではなく、
自分たちもたのしみたいと、
すくなくない女性が野球をつづけている。

女性による野球というと、
わたしは沖倉利津子さんがかいたマンガ、
「セッチシリーズ」をおもいうかべる。
中学生の武田世津子(セッチ)は、女の子だけど、
男の子にまじって野球をたのしんでいる。
セッチがすすんだ高校には女性の野球部がなく、
しかたなくセッチはソフトボール部をえらぶ。
「セッチシリーズ」は、野球だけをあつかったマンガではないし、
作者がいちばんいきいきとかいていた時期はみじかく、
セッチがソフトボールにすすんでからは
よみものとしてあまりおもしろくなくなった。
「高校野球」からイメージされる根性主義がわたしはすきではなく、
セッチシリーズでのセッチは、ただ野球がすき、という
ゆるい雰囲気なのが気もちよかった。
「セッチシリーズ」は、女性が野球にしたしむときの
ひとつの理想だったのではないか。

posted by カルピス at 22:09 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月10日

やっと東京五輪がおわる

やっとオリンピックがおわり、テレビ番組の日常がもどりつつある。
オリンピックに反対で、サッカーだけをみていたわたしは、
ほかの競技が放映されると、サッカーの放映が
かんたんに変更となり、録画するのに苦労した。
世間のひとにとって、サッカーは ひとつの競技にすぎず、
さほど重要には位置づけされていないようだ。
新聞では、オリンピックの総括みたいな記事がおおい。
新型コロナウイルスの感染がひろまり、とまらなくなっているのに、
五輪と感染拡大は関係ないと菅首相はいう。
客観的事実を自分の主観によってみとめないのだから、
このひとになにをいってもだめなのがよくわかった。
五輪がはじまるまえは、
「国民の命と健康を守っていく。これが開催の前提条件」
といっていたのに、ズルズルと「前提条件」がさがり、
東京の感染者が5000人以上になっても
競技の中止にはならなかったし(あたりまえだ)、
できれば観客をいれて試合しようと さいごまでねらっていた。
いざオリンピックがはじまれば、国民はそっちに夢中になる、と
ひとをばかにしたような発言も 記憶にあたらしい。
選手たちの健闘は、それだけをとればすばらしいけど、
だからといって五輪開催の免罪符となるわけではない。
「それはそれ、これはこれ」の
典型的な例が今回のオリンピックだった。
感染は感染であり、選手の活躍は、またべつのはなしだ。

英エコノミスト誌は
人類がパンデミックを克服した象徴としてではなく、パンデミックのせいでいかに奇妙な暮らしになったかを示す例として記憶されそうだ
とほうじたという。
やるときまったら、とちゅうでひきかえせない日本。
日本のわるい部分ばかりが目につき、
政府・関係機関への不信感がました五輪開催だった。

posted by カルピス at 21:10 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月31日

トップレベルの選手たちも、超人ではなく ふつうの人間

きょうは2回目のワクチン接種。
中国地方でもしだいに感染がひろがり、
いつもはすくない山陰両県なのに、けさの新聞では、
鳥取が47人、島根が14人の感染が発表された。
東京は3000人以上でているし、ほかの県でも
のきなみたくさんの感染が報告され、全体では1万人をこえた。
感染がひろがるのは わかったことなのに、
安全だとうそぶいてオリンピックをひらき、
その結果、当然ながら1万人以上の感染者がでると おおさわぎする。
自分たちがなにをしているのか、わかっているのだろうか。

アメリカのシモーン=バイルス選手(体操)が、
「メンタルが十分ではない」と
オリンピックの個人総合を欠場している。
メンタルが健康じゃないと、(体操を)楽しむことはできない。弱っているときに、あらがうのではなく、そこに対応していくことが大切です

チームメイトは彼女の決断を好意的にうけとめているそうだ。
すこしまえには、テニスの大坂選手が、
記者会見のプレッシャーをうったえて話題になった。
以前だったら、トップ選手はそれぐらいの負担にたえなければ、と
選手側の気もちが尊重されることはなかった。

一流選手は、おおくのひとが ものすごいプレッシャーにたえて
試合にでているのだろう。
どれだけプレッシャーがかかっても、
試合にでるのがあたりまえだとおもっていたけど、
そのなかで、おもすぎる重圧にたいし、
「メンタルが十分ではない」という理由で
出場しないのもあり、という判断が新鮮だった。
これらもまた、新型コロナウイルスがあぶりだした
スポーツのもつ一面なのだろう。
トップレベルの選手が、記者会見が負担だといい、
試合にでない、とくちにできるようになったのは、わるくない変化だ。

こんかいのワクチン接種も、注射をまつあいだ、
クッキー班のメンバーとレンタルDVDをみる。
かりたのは、なんとなく『ミニオンズ』。
スタートをみそこねたので、状況設定がわからず、
はじめはついていけなかったけど、そのうちなれた。
うごきと絵のなめらかさが生理的な快感をひきおこす。
なにをいってるのかよくわからない ミニオンズ語がおかしかった。
英語やふきかえでないのもいいものだ。
さいごに女王から冠をもらったとき、
ミニオンのくちにでたことばは
「テリマカシー」(マレーシア語)だった。
いろいろな作品のオマージュでもあるようで、
『カリオストロの城』と『秘密結社鷹の爪』に気づいた。
わたしがしらないだけで、
ほかにもたくさんの場面がかくされていそうだ。
映画ずきにはたまらない作品にしあがっている。

posted by カルピス at 17:12 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月27日

あらそう空気のないスケボーの選手たちがすばらしい

朝日新聞がスケボーの西矢椛選手の活躍をつたえている。
東京オリンピックに反対の立場をとるわたしは、
サッカー以外はスルーするつもりなのに、
「争わない 自由に 自然に」
という小みだしにひかれ記事をよんだ。

”争う”空気がない。
のだという。
 西矢や中山(銅メダル)、銀メダルを獲得したブラジルのライッサ・レアウ(13歳)は互いの技が成功すると拍手を送り、転倒すれば、自分のことのように悔しがった。フィリピンのマルジエリーン・ディダル(22)は腕を痛めた西村蒼利(19)を気遣い、声をかけた。年の差も国籍の違いも、感じさせなかった。
 競技の間、ずっと笑っていたことを問われて、西矢は「自然と」と答えた。母 智美さん(39)は「単純に、めっちゃ楽しいんだと思います」と代弁した。

すばらしい。これこそスポーツのあるべきすがたであり、
理想となる到達点ではないか。
もし新型コロナウイルスがなくても、
商業主義がはばをきかせるいまのオリンピックは、
メダルとか かち・まけにこだわりすぎて
末期的な症状をさらしている。
いまやサッカーのようなメジャーな競技は、
数十億円がうごくビジネスになりはて、
柔道はあいかわらず根性の世界みたいだし、
だれかがメダルをとれば、裏にかくされた
ものがたりをメディアがひっぱりだして感動をさそう。
競泳だっていろんなものがくっつきすぎて、
とてもまっさらな気もちでレースをみられない。
そんなオリンピックにうんざりしていたら、
西矢さんたちスケボーの選手は、
まったくちがう価値観をあらたにしめしてくれた。
こんなにうつくしい友愛の精神が
スポーツの世界にまだのこっていたとは。

しばらくまえに朝日新聞がつたえた
将棋の藤井聡太さんについての記事は、
藤井さんのつよさについて分析している。
藤井さんは相手にかとうとか、まけないように、
とかおもって対局しているのではないそうだ。
連勝記録や最年少記録にも興味はなく、
つよくなることで、ちがう景色をみたい、というのだから、
発想からしてほかの人間とはちがう。
いい将棋をさしたいとか、将棋の真理をきわめたい、
という気もちなので、邪念がはいらないのだろう。

西矢さんや藤井さんのように、あらそわない姿勢で
競技をたのしむことはわたしにもできる。
なにも一流の技術がなくても、相手のことをおもいやり、
自分なりのベストをつくし、対戦をこころからたのしむ。
あらそわない世界がどれだけすばらしいかをおしえてくれる、
スケボーの選手たち、そして藤井さんに拍手をおくりたい。

posted by カルピス at 21:55 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月18日

けんすい器で広背筋をきたえたい

きのういったマッサージのお店には、
けんすい用の器具がおいてあった。
ぶらさがり健康法につかうような形をしている。
マッサージをうけるまえに、さっそくためしてみる。
まえは、順手と逆手で10回ずつ けんすいができていたのに、
きょうはそれぞれ5回と2回しか からだがあがらない。
ずっと広背筋のメニューをやっていなかったので、
できなくなっていて当然なのだけど、それでも残念だ。

わたしはまいにち「みんなで筋肉体操」の
うでたてふせとスクワットをやっており、
筋肉への刺激としては、おおむね満足しているけど、
唯一たりないとかんじているのが広背筋のトレーニングだ。
「筋肉体操」のなかにも広背筋のプログラムがあるとはいえ、
タオルをつかったり、自分でうでをひきあったりと、
いまひとつやりにくくて、おもしろみがない。

しりあいにたずねると、けんすい器は
アマゾンで6000円くらいだったという
(わたしがしらべると、8000円以上だった)。
しっかりしたつくりで、にぎりやすく、
けんすいだけでなくヂィップスもできる。
とはいえ、それだけのために、ぶらさがり健康器みたいな
この器具をおくのはさすがに邪魔だ。
マッサージにいったときは、けんすいをさせてもらえるけど、
マッサージのまえにしてもあとにしても、
けんすいをするタイミングとしてはすこしへんだ。
学校の校庭にある鉄棒でもけんすいができるとはいえ、
手がるにとりくめる場所には なかなかない。
宍道湖岸ぞいに、マッスルビーチみたいな公園があればいいのに。

民間の施設以外で フリーウエイトが充実しているジムは、
県立プールのなかにある。利用料は、1回330円。
コロナ禍とはいえ、わかものから高齢者まで
いつもおおくのひとが利用している。
ベンチプレスとスクワットは とくに人気がたかく、
順番をまたなければならないし、
いまはマスクをつけなければならず、
マスクが苦手なわたしは 気もちよくトレーニングできない。
ジムをあてにするのはやめ、けんすい器と、いっそのこと、
ベンチプレスのセットもかおうか、という案が頭にうかんだ。
本をおいている部屋に、ベンチとけんすい器くらいなら、
なんとかおさまりそうだ。

3年くらい、ほぼ毎日「みんなで筋肉体操」にとりくんでいる。
うでたてふせとスクワットで、それぞれ4種類をくみあわせており、
気がまぎれるとはいえ、さすがにいいかげんあきてきた。
ひさしぶりにフリーウエイトを全面にとりいれたら
新鮮な気分でトレーニングにとりくめそうだ。
生きる希望がわいてくるかもしれないし。

問題は60歳というわたしの年齢で、このさきあと何年、
フリーウエイトのトレーニングができるだろうか。
でも、健康づくりのためなら、やすい投資かもしれない。
サプリメントにお金をかけることをおもえば、すぐ元はとれる。
70キロのバーベルセットとベンチで3万6000円。
ただ、器具をおこうとしている部屋は、
ネコたちがトイレにつかっており、
わたしのトレーニングで彼らの気をちらすのは もうしわけない。

posted by カルピス at 21:10 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする