2018年01月31日

車イス対応の巨大な鬼がうれしかった

職場の生活介護担当のグループが、
節分にむけて鬼をつくっていた。
鬼のお面をつくるのが、年中行事のようになっており、
まいとし、工夫をこらして
おおきく、こわそうな鬼ができあがっている。
でも、ことしの鬼は、車イスがすっぽりはいる大作だ。
ダンボールでつくられており、
このまま車イスにかぶせられるおおきさとなっている。
ほんそご鬼.jpg
電動車いすをつかっているひとが、
節分の日に主役となれるよう、
職員たちがかんがえたという。
にげる側だった車イスにのっている利用者を、
発想を転換させ、鬼の役をまかせるというのは、
すばらしいアイデアだとおもった。
鬼の箱をかぶってしまうと、
自分がどんな「鬼」なのかはみえないけど、
まわりの反応から、どれだけすごい鬼なのかわかるはずだ。

できればエアガンの機関銃も発射できたら、
とおもったけど、
そうした武器で「おにわそと」の豆に抵抗するのは
反則かもしれない。
ただでさえ、
「なぜ桃太郎はなにもしていない鬼をいじめるのか」など、
根源的な疑問がなげかけられるご時世であり、
桃太郎は侵略者として人気がなくなっているときく。
節分にやってくる鬼だって、なにもわるさをしていないのに、
一方的に豆をなげつけられるソンな役わりだ。
でも、やられたらやりかえす、では
平和的な世界征服につながらない。
ほんとうの悪役にならないためにも、
豆をぶつけられたからといって、
へんにエアガンなどで
へたに反撃しないほうがいいかもしれない。

わたしは年中行事にかかわる創作活動がにが手で、
まいとしおなじようなものをつくってはこわすのに
むなしさをかんじていた。
でも、こんかいのような車イス対応の鬼だったら、
だれもが鬼になっておどかす側にたてるとおもえば、
たのしんで鬼をつくれる。
あそびゴコロを満足させる巨大な鬼の出現に感心した。

posted by カルピス at 21:41 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

チェンマイでみかけた介護保険サービス

チェンマイのホテルにとまったとき、
フロントに日本語のフリーペーパーがあったので
手にとってみた。
「介護サービスステーション」と、
まるで日本の介護保険みたいなサービスが
紹介されているのでおどろいた。
「介護サービスステーション」では、タイにお住まい・ロングステイの日本人の方を対象に、ご自宅への訪問介護を行います。日本とタイでそれぞれのスタッフが介護・支援するプログラムです。
お1人お1人(ママ)の現状に合った介護・支援プランを作成、介護スタッフがご自宅に訪問し、プランに基づいた介護・支援が受けられます。料金は、日本国内で介護をうけた場合に支払うべき介護保険法に基づく事故負担額(受けた介護費用の10〜20%)の範囲内でタイで訪問介護が受けられるという低価格プランとなっております。

チェンマイで老後をすごす日本人のために、
こんなしくみがすでにととのっているとは。
マラソンをいっしょにはしったレース仲間に、
こうした介護サービスがあると話題をふったら、
旅行ではタイにきたいけれど、
老後をすごすのはかんがえられない、といっていた。
わたしも、まだ50代のせいか、
切実に外国での老後をおもいえがいたことはない。
日本にもどってきて、1月のさむさにこごえながらも、
旅行さきとしてはともかく、老後のすごしかたとして
そうかんたんには覚悟をきめられない。
とはいえ ひとにより、
いろんなソロバンのはじきかたがあるわけで、
チェンマイですごす老後に、
介護保険がこころづよいサービスのひとがいても不思議はない。

NHKスペシャルで中国の「一帯一路」政策をとりあげていた。
西へむかって経済圏をひろげる中国のすがたが
生々しくつたわってくる。
かせごうとする若者にとって、「一帯一路」は
おおきなビジネスチャンスのようだ。
ものを大量にかいしめ、中国の市場へながしこむエネルギーは、
たしかにものすごいけれど、
なんだかとおい世界のできごとにうつった。
「かせぐ」ことへのおもいが、わたしにはピンとつたわってこない。
わたしだけでなく、日本人のおおくは、
こうしたうごきに関心をもたないのではないか。
いまは、どうしたらこころがみたされるかに、
ひとびとの意識がむかっているようにみえる。
中国の「一帯一路」よりも、
チェンマイの介護保険サービスのほうが、
いまのわたしには身ぢかな話題を提供してくれる。

posted by カルピス at 22:12 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

回覧板をまわす近所のおじさんに仮装してのボジョレー配達

ゆうべは お得意さま宅へ、ボジョレー=ヌーボーをとどける。
職員ふたりがペアをくみ、10コースにわかれて市内をまわるのだけど、
なんねんもまえから、仮装しての配達がお約束になってしまった。
はじめは100均でかったサンタさんの服をきる程度だったのが、
だんだんとエスカレートして、
いまではまるでハロウィンみたいだ。

わたしは、デイリーポータルZの
「地味な仮装」というコンセプトに共感しており、
ふつうなら仮装しないであろう、
たとえばスタバの定員とか、交通誘導のひとを参考に、
きょねんはクロネコヤマトの配達員に「仮装」して、
それなりの評価をえた。

それから一年。
ことしはなにをしようかと、
ずっと頭にひっかかったまますごしていた。
で、最終的にきめたのが、
「回覧板をまわしている近所のおじさん」だ。
回覧の内容は、近所にボジョレーの配達をよそおった
家出ヤンキー少女が出没し、おしうりの被害がでているので、
みかけたときは、ご注意ください、にする。
わたしがおうちのひとに説明していると、
そこへヤンキー本人があらわれて おしうりをはじめる・・・、
というストーリーだ。
わたしは、普段着でいいし、
ペアをくんだ女性職員も、ヤンキーの仮装はやりたかったようで、
高1のむすめさんから制服をかり、シナイをかついで
迫力あるヤンキーを演出してくれた。

玄関のチャイムをならし、
「回覧板で〜す」と声をかけると、
「そこへおいといてください」と、
しごくもっともな返答をされるおうちがあった。
みたことのないヤンキーに、
冗談としりつつ、こわがってくれたひとがいた。
ボジョレーを1万円でかってくれ、
でないと家にかえれないとすごむのだから、
プレゼントをとどけにきた、というよりも、
子どもをなかす ナマハゲみたいだ。
さいごにたずねたお宅では、
ひとりさみしくすごしていたところに
わたしたちがやってきたので、大歓迎をうけた。
砂漠でたすけをまつところにあわれた 救助隊みたいだ。
おしゃべりをしたくて たまらなかったそうで、
おしうりをしようと、ボジョレーに1万円をふっかけても
「かいます かいます」と よろこんでくれる。
むこうのほうがはるかに役者がうえだった。

事業所にもどると、まだ仮装のままの職員が記念撮影をしていた。
男性職員の女装は定番ともいえ、
かわいい女子高生がいて、おもわず写真をとった。
かくれていたチャームポイントがひきだされ、
みんなが おもいがけないかわいさをみとめていた。
芸能界にくらいわたしは、なにに仮装しているのか
わからないペアもあったけど、
職員たちは、ボジョレー配達の仮装をたのしんでいるようだ。
普段着でのぞんだのはわたしだけで、
みんなの熱意になんだか水をさしている。
来年は変化球にたよらず、本格的な仮装をして、
究極の地味おじさんになりきろうとおもった。
171116ボジョレー配達.jpg

posted by カルピス at 09:54 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

地域デビューをはたしつつあるのかも

わたしがすんでいる地区の、
障害をもった子どもたちと、その家族をささえる会に参加した。
今夜は、月例会と懇親会をかねたもよおしで、
毎回おなじネタという手品や、一発芸みたいなのが披露された。
10年にわたり、今夜のような会や、バス旅行にクリスマス会など、
たのしいもよおしを定期的につづけてこられたという。
わたしは介護職についているといっても、
福祉・介護に情熱をもやしている人間ではなく、
アウエー感いっぱいで会場にむかったけど、
さいわい、肩のこらない気らくな会で、
おもいがけずたのしい時間をすごせた。

公民館・交番のおまわりさん・社協の職員・養護学校の先生
・地区のサポーター、そしてもちろん
障害をもった子どもたちとその家族。
今夜の会は、いろんなひとをまきこむのに成功している。
関係者ばかりあつまっていては、支援はひろがらない。
この会は、とてもうまくいっているめずらしい例ではないか。
中心となって会をささえておられる方が
よほどしっかりされているのだろう。

このごろ「ムチャぶり」ということばをよく耳にする。
なんだか得意そうに いうひとがおおいものだから、
わたしはつかわないようにしているけど、
今夜の会で司会をされた方は、
まさしくムチャぶりとしかいいようのないすすめ方だった。
お客さんとしてすごすのをゆるしてくれない。
どんどんマイクをむけていき、当事者側にひっぱりこむ。
それでいていやなかんじはしないのだから、人徳というしかない。
年代でいうと、上は初老の方から、下は幼稚園児まで、
いろんな歳のひとがあつまって、なごやかな雰囲気をつくっている。
やらなければならないから、という使命感ではなく、
たのしいからつづけているのが みていてよくわかるすてきな会だった。

地区の役員として バス旅行や運動会、
そして今夜のような会に参加するようになり、
わたしはだんだんと地域デビューをはたしつつあるようだ。
地域にくらすものとして、職場や家とはちがう居場所になるだろうか。
まえは、こうした会を苦手としていたし、やりたくもなかったので、
参加するなんておもってもなかったけど、
歳をとるにつれ、地域でのくらしを無視できなくなってきた。
今夜の会みたいに、気のおけない雰囲気だと
地域活動の初心者としてはありがたい。
参加したひとのおおくがほほえんでいる すてきな会だった。

posted by カルピス at 23:18 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

職場の事業所がひらいた実践報告会

わたしの職場である介護事業所が、
関係者をまねいて実践報告会をひらいた。
5人の職員が、それぞれ自分のとりくみを発表している。
保護者や養護学校の先生、また、ほかの事業所からなど、
60名の方が参加される。

外部のひとたちにきいてもらう報告会は、
これがはじめての機会だ。
開所してから15年になるので、
これまでひらかなかったのが不思議といえるだろう。
発表になれないせいか、ひとり20分の発表がながくかんじられたけど、
職員たちの熱意がつたわってきて、好感をもつ。
介護職員のなれのはてとなったわたしは、
その仕事愛に感心するしかない。

「医療的ケアの必要な利用者をむかえての実践」の発表では、
気管切開や胃ろうをしている方のうけいれが報告されている。
重度障害の方が、ブルーベリーがりや海水浴、
それに、ゆかたをきて花火大会におでかけされているようすが
じっさいに写真で紹介されると、説得力がある。
医療的ケアが必要な方は、
養護学校を卒業すると、いく場がなくなって、
ずっと家ですごさなければならないケースがおおい。
そんな方たちにとって、今夜のような報告は、
つよい関心をあつめるにちがいない。
医療設備のととのった、おおきな施設でないと
利用できないとおもっていたのが、
身ぢかにあるちいさな事業所が実践しているのだから、
もっとこうしたとりくみがひろがってほしい。

今夜くばられた資料に、事業をはじめてからのうつりかわりが
表にまとめられていた。
2003年の4月、6名の正職員と4人のパート職員ではじまったのが、
15年後の2017年には、正職員24人・パート職員16人にもふえている。
わたしは、事業所のたちあげにかかわり、8年間つとめたものの、
もういいや、という気になって、いちど事業所をはなれている。
5年後に、頭をかきながら、またもどってきたわけで、
いまは、職場にわるい影響をあたえないよう 気をつけながら、
わかい職員たちにすべてをまかせ、
いわれるがまま、しゅくしゅくとはたらくだけの存在だ。
今夜の報告会にも、完全にお客さんとして顔をだした。
いまさらわたしがいえた義理ではないけど、
いい職員集団がそだちつつあり、こころづよくおもった。

posted by カルピス at 23:13 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする