2021年11月28日

グループホームの棟上にあわせて もちまき

来年度からはじめるグループホーム事業にむけて、
あたらしいたてものがすこしずつ姿をあらわしている。
きょうは棟上の日で、おいわいに おもちがまかれた。
おもちは、ぜんぶ自分たちで準備したものだ。
3日まえに、きねとうすで にぎやかにおもちつきをする。
つきたてのおもちはすぐにまるめられ、
半分のおもちのなかには お金もいれられている。
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きゅうなよびかけだったにもかかわらず、
きょうは80人ものかたが、建築現場にきてくださった。
みなさんの気もちが、おめでとうでいっぱいなのがみてとれる。
もちなげの時間がちかづくと、えらばれた6名が
建設ちゅうのグループホームの2階にのぼる。
したでまちかまえるひとたちは、
ビニール袋を手に しずかな闘志をちらつかせている。
おもちとおかしの袋が、かけごえとともになげられと、
そのたびにおおきな歓声がわきおこる。
おもちやおかしは、いくらでもお店でかえるのに、
なぜかもちまきは、ひとの血をさわがす。
グループホームができあがっていくようすをみると、
あたしくはじまる生活をおもい、これからの夢がふくらんでいく。
あつまったみなさんは、とてもうれしそうな表情だった。
きょうはお天気にもめぐまれ、おおくの関係者が
おいわいしてくれる すてきなイベントとなった。

posted by カルピス at 21:09 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月18日

仮装してのボジョレー=ヌーボー配達

わたしの職場では、まいとし職員が仮装して
11月の第3木曜日、つまりボジョレーの解禁日に、
その年のボジョレー=ヌーボーをくばる。
わたしたちの事業所をご利用いただきありがとうございます、
という意味の純粋なプレゼントだけど、いまだにときどき
「いくらはらえばいいですか?」ときかれたりする。
くばる側の職員は、どんな仮装にするのか
まいとしなやまなければならず、なかなかたいへんな企画だ。
気らくに、まえむきにこの行事をとらえ、
たのしむ職員もいるけど、わたしにはかなりのプレッシャーだった。
いいアイデアをおもいつかないので、
ことしはできれば配達のペアからはずしてほしい、
と担当者にたのむと、あっさり了解された。
仮装して出発する職員をおくりだし、
るすばん(利用者と電話の応対)として事業所にのこる。
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ことしは、2組のペアで寅さんがかぶっていた。
寅さんをめぐるなにか話題があったのだろうか。
芸能関係にうといわたしには、
いったいなんの仮装なのかわからないペアもある。
職員たちはいまやまいとしの仮装になれ、淡々と準備をすすめ、
淡々と利用者さんのおうちをたずねたようにみえる。
るすばんにまわったわたしは、とくに手もちぶたさでもなく、
第三者として仮装の企画をながめられたのは、いい体験だった。
なぜ仮装するのか、なぜボジョレーなのか、と
いくらかんがえてもこたえにはたどりつかない。
そんなもんだ、と世のなかをまるごとうけいれるのが
この行事とうまくつきあっていくコツなのがわかった。

posted by カルピス at 21:40 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月01日

「ぬか」のひとたちが大切にする「そのうち精神」

せんじつの記事にかいた介護事業所の「ぬか」では、
「なんでそんなんプロジェクト」のほかにも
たのしそうなとりくみをされている。
そのひとつが「そのうち精神」で、
一般的には あまりいい意味にとらえられていない「そのうち」だけど、
ほんとうは、とてもすぐれたことばだと 代表の中野さんはいわれる。

ふつう「そのうち」ということばは、
わかれるときにつかう なにげないあいさつにすぎない。
たとえば「そのうちごはんでも」とうのは、
ほとんど実行されることのない 害のないセリフだ。
いわれたほうが、その気になってまっていても、
おそらくずっとおさそいはかからない。
「そのうち」は、いいっぱなしですむ約束であり、
実行の義務がともなわない、便利なことばだ。

「ぬか」のひとたちは、そんな「そのうち」に
肯定的な意味をみいだしている。
いますぐにではなくても「そのうち」ほんとうにやろう、と
あまり信用されていない「そのうち」に、まえむきな意味をもたせた。
すぐにではなくても、「そのうち」やればいい。
わるいのは「そのうち」ということばではなく、
いいっぱなしにしてしまう、つかう側の人間だ。
気ながにかまえていれば、「そのうち」いい風がふいてくれるから、
それまで頭のすみにおいといて、あせらずにまつ。

せんじつよんだ小川さやかさんの『「その日暮らし」の人類学』にも、
状況がととのうまで わすれたかのように気ながにかまえる
タンザニアの露天商たちがでてくる。
商売をはじめるからとお金をせびので、いくらかわたしたけど、
いつまでたってもうごきだすようすがない。
けっきょく くちさきだけだったのか、と
小川さんが残念におもっていたら、
わすれたころに、あたらしくお店をはじめた。
小川さんの友人であるタンザニア人の露天商には、
お金をだましとるつもりはなかった。
ただ、ときがじゅくすのをまつ感覚が 日本人とちがうので、
日本人からすると、お金をせびるだけで、
けっきょくはたらかない、というみかたになってしまいがちだ。

口さきだけで「そのうち」というのではなく、
案としてずっとあたためておけば、
「そのうち」実行にうつすときがくる。
たいせつなのは、わすれないで、「そのうち」をまつことで、
まちさえすれば、「そのうち」いい風がふきはじめる。

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2021年08月28日

「ぬか」の「なんでそんなんプロジェクト」がすばらしい

ひごろから交流のある7つの介護事業所があつまり、
実践報告会と講演会がひらかれた。
さくねんは、新型コロナウイルスの影響で中止となり、
2年ぶりの報告会となる。3つの事業所が
活動をつうじてかんじたことを発表する。
そのあとは、岡山県ではばひろい活動を展開する「ぬか」のようすを
代表の中野さんがおはなし してくださる。
http://nuca.jp/
コロナの感染がひろがっているなかなので、
Zoomによる講演会となった。
わたしは、なんねんかまえに、「ぬか」を見学している。
そのときも、ものすごく自由な活動におどろいたものだ。
その後も中野さんたちは、おもしろそうな企画をいくつもたちあげ、
ますます活発にうごいておられた。

そのひとつとして「なんでそんなんプロジェクト」がある。
意味がよくわからないことにたいし、
なんでそんなんやるの?と、いちいちつっこんでいく。
よくわからないものを排除するのではなく、
かといって、むりしてわかろうとするのではなく、
わからないままにたのしむプロジェクトだ。
「なんでそんなんやるの?」といいたくなることは、
現場にたくさんおちている。
芸術なのか、表現なのか、よくわからない。
たいせつなのは、それをおもしろいと気づくかどうかで、
職員には、おもしろさを発見する目がもとめられる。
そして、日々の発見・気づきを記録し、蓄積していくこと。
量があつまると、おもしろさがうまれる。

「なんでそんなんプロジェクト」には、
「なんでそんなん大賞」も用意されている。
世界じゅうのひとが、だれでも参加できる賞で、
国籍も年齢もとわない。
フランスの「アンデパンダン展」とよくにた精神だという。

中野さんのおはなしをきいていると、
「ぬか」のとりくみは、わたしがすきなwebサイト、
デイリーポータルZとよくにているのに気づく。
ふつうなら、意味がないときりすてられるような企画に、
おとなたちが正面からむきあっておもしろがる。
わたしたちの事業所は、すこしまじめすぎるのでは、とおもえてきた。
クッキーの仕事をしていると、どうしても衛生に気をつけたり、
生産数を確保したり、販売につとめたりと、
職員がでしゃばる場面がおおくなる。
わたしたちの事業所は、「なんでそんなんプロジェクト」を
たちあげるやわらかな精神があるだろうか。

「ぬか」は障害があるかどうかを あまり意識していない。
障害はあとづけされたもので、
そのひとの特質と関係ないかもしれない。
ひとりひとりの発言や行為じたいに
すぐれた資質がかくされているのであり、
障害があるから特殊だというのは おもいこみでしかない。

中野さんは、「ピンチはピンク」とかかれたTシャツをきておられた。
「ピンチはチャンス」なら だれにでもいえるけど、
「ピンチはピンク」はすごい。
このわけのわからなさを、おもしろがるところが「ぬか」なのだ。

posted by カルピス at 20:41 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月12日

グループホームをたてるため、解体作業で「ハウルの動く城」みたいになった家

グループホームをひらくにあたり、
これまで事務所や生活介護につかってきた
ごくふつうの民家をこわすことになった。
更地にして、そこに2階建のグループホームをたてる。
ふるい家をぶちこわすなんてかんたんそうだけど、
ふるいだけにアスベストをつかっているかもしれないので、
しんちょうに解体作業をすすめる必要があるそうだ。
すこしずつ、丁寧にこわしていく過程であらわれた家は、
どこかでみたような気がする。『ハウルの動く城』だった。
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わたしたちの家は、トイレがさいごにのこされた。
まえからあったトイレだけではつかいにくいので、
車イスでもうごけるような、ひろいトイレを
あとからたてまししており、
そのトイレの部分だけがそっくりのこった。
「ハウル」でいえば、城のようにおおきな家だった「ハウル」が
しきりなおしのあと、必要最小限の機能だけとなり、
カルシファーとマルクル、それにカカシだけ
(もちろんソフィーも)をのせて旅にでる。
トイレだけになったわたしたちの家は、
まさにこのときの「ハウル」だった。
たいらにならされた土地に、トイレだけがぽつねんとのこっている。
なかなかシュールなながめだったけど、
重機がじきにこわしてダンプにつみこんだ。
2階だてで、テラスもあり、庭には数本の木がはえ、
車を7台とめられた わりとひろい敷地は、
あとにひとやまのガレキだけをのこし、更地となった。
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更地になった土地は、このあと3ヶ月ほどねかせるそうだ。
そのあとグループホームの建築にとりかかり、
グループホームがうごきだすのは来年度となる。
予定では、ことしの9月からはじめられるとおもっていたのに、
なんだかんだと、計画は順調におくれてしまった。
とはいえ、もし9月からグループホームがうごきだしたとしたら、
とても準備がまにあわなかっただろう。
家はたっても、そこではたらくスタッフがぜんぜんたりない。
いまいる職員でやりくりするのが無理なのはあきらかだ。
とまるひと、利用者をサポートするひと、支援計画をたてるひと。
あたらしいひとをまきこんで、たくさんのひとがかかわらないと、
グループホームでの生活がスムーズにながれない。
半年後にひらかれるはずの、あたらしいグループホームは、
この土地で、どんな生活をスタートさせるだろうか。

posted by カルピス at 21:36 | Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする