2018年04月06日

足立美術館で日本庭園のうつくしさにふれる

安来市にある足立美術館へ。
美術館としてだけでなく、
日本庭園のみごとさがよくしられており、
アメリカの日本庭園専門雑誌に、2003年から15年連続で
日本一の庭園にえらばれている。
そうした評判をききながら、そしてちかくにすみながら、
入場料のたかさ(おとな2300円)に足ぶみして、
これまでいったことがなかった。
しりあいから招待券をもらったので、
ありがたくつかわせてもらう。

足立美術館には、陶芸作品や絵画もたくさん展示されており、
おそらくすぐれた作品なのだろうけど、
わたしにはたのしむだけの教養がない。
ただ、庭園のうつくしさは圧倒的だ。
どこがどうすごいのかはよくわからないものの、
無知なわたしでさえ つよい印象をうけるほど 完成度がたかい。
美術館は、そんなにひろい敷地ではないはずなのに、
まわりの景色をじょうずにいかして
手いれのいきとどいた日本庭園のうつくしさをたのしめる。
庭をみわたせる場所に喫茶店があり、
コーヒーなどののみものが、一律1000円となっていた。
たかいけど、あの庭をながめながらくつろげるのだから、
1000円の価値はありそうだ。
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わたしが足立美術館に入館したときは、
あまりお客さんがいなかったけど、
そのうち団体旅行のバスがついたようで、
じきにたくさんのひとでにぎやかになった。
平日の金曜日でさえこうなのだから、
土日はかなりの入場者になりそうだ。
これ以上ひとがおおければおちつけないので、
足立美術館へは、できれば平日にたずねるようおすすめしたい。
外国からのお客さんもおおい。
この庭をみたら、日本庭園のうつくしさに
だれでもおどろかされるだろう。
これだけの庭を維持・管理しつづけているのだから、
たしかに連続15年で日本一にえらばれるだけの価値がある。

posted by カルピス at 19:09 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

「世界ふれあい街歩き」でチェンマイがとりあげられる

NHK-BSプレミアムの「世界ふれあい街歩き」で、
タイのチェンマイをとりあげていた。
これまでにわたしはなんどもチェンマイおとずれ、
なんでもしってるような気になっていたけど、
番組でスタッフがあるいたのは、なんていうことのない
ふつうのとおりだったり路地だったり、つまり名所旧跡ではない。
わたしがしるチェンマイは、道路をわたるだけでも神経をつかうほど、
車がたくさんはしっているザワザワした町なのに、
番組にうつるチェンマイは、
よくいわれるような しずかでおちついた町だ。
チェンマイへは、10回以上いったことがあるのに、
ゴミゴミしてきらいだ、とまでおもっていたのに、
またたずねたくなった。

この番組のよさは、観光名所をあえてとりあげないところで、
地図を片手にしらない町をぶらついて、
なにか興味ぶかいものが目につくと、
それがなにかを土地のひとに質問する。
チェンマイでは、旧市街をあるき、工房や公園を紹介していた。

旅行のおもしろさには、

・バスや列車で移動するたのしさ
・めずらしい観光名所をたずねる
・土地のひとの日常にふれる
・土地の料理をたべる

などがあるなかで、
「世界ふれあい街歩き」は、かなり意識して
土地のひとのくらしぶりを紹介している。
それまでしらなかった町なみが、
ひとびとの生活とともにうつされるので、
チェンマイのような観光地をとりあげても めずらしい場所となる。

わたしがこの番組をすきなのは、
ふかいところで「もういいや」の精神をかんじるからだ。
いろいろと有名な観光地はたくさんあるけど、
そういうところはまあいいから、
そこらへんをテキトーにあるいてみよう、という気らくさがいい。
けっきょく、旅行なんてキリがないわけで、
世界には、いってみたいところがたくさんあるし、
本や番組で紹介されると、またその町へも興味がわいてくる。
リストアップして、計画的にまわるのもいいけど、
なんとなくバスにのったりあるいてみたりの旅行もすてきだ。
あんがい、日本をでなくても、いきさきはたくさんあるのかも。

朝日新聞に連載ちゅうの
『ディス・イズ・ザ・デイ』(津村記久子)に、
もういい。何も後悔のない人生などない。それでも満足のいく一瞬がどこかにあればいい。

とかいてあった。
わたしはよく、後悔せずに死にたい、なんてかんたんにいうけど、
それはよくばりすぎというものだろう。
それなりにやりたいことはやった。
たいした内容ではないにしても、おおむね自分の人生に満足している。
やりのこしたことをくやむより、
やりおえたいいおもいでを大切にしながらむこうの世界にいこう。
どうせみんな死んじゃうんだから。
旅行番組をみて、なにもそこまで連想しなくてもいいけど、
わたしにとっての「世界ふれあい街歩き」は、
「もういいや」の精神を気づかせてくれる あなどりがたい番組だ。

posted by カルピス at 21:36 | Comment(1) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

島根にもあった協力隊事務所

朝日新聞の島根版で、
「協力隊事務所で列車待ち客 接待も」
という小みだしとともに、
もうすぐ廃線になる三江線の浜原駅(美郷町)と、
美郷町で活動する協力隊員がとりあげられていた。
協力隊というと、つい外国で活動する
青年海外協力隊をおもいうかべるけど、
地域づくりを手だすけするという意味では、
途上国でも日本の僻地でも、
必要とされる役割が共通しそうだ。
記事では、大阪市出身の女性が、
協力隊員として活動するようすが紹介されている。
協力隊員が派遣されなければならないほど、
地域の活性化が切実にのぞまれているのだろう。

美郷町も浜原も、島根県でありながら、
わたしはきいたことがない。
ほかの町から協力隊員にきてもらっているのに、
おなじ県にすむわたしがなにもしらないのは、
なんだかもうしわけないような気がしてきた。
たとえば、車やバイクで旅行したいといいつつ、
その目的地は島根以外の場所ばかりだ。
金沢の友だちをたずねに、スーパーカブでいったら
たのしいだろうなとおもうくせに、
地元のしらない地域をまわる「旅行」を、
かんがえたことがなかった。
もちろんどこへ旅行にいこうと、そのひとの勝手なわけだけど、
とおくまでいかなくても、おなじ県に、
まったくしらない地域があるのだから、
そこをたずねないのはもったいない。
みじかい日数で、おてがるに旅行できる。
お金もそんなにかからないし、有給を何日もとらなくていい。
自分がすむ島根県に、協力隊員が派遣されている町があるとしり、
どんなに田舎なのかいってみたくなった。
外国でなくても、名のしれた日本の観光地でなくても、
そんな田舎こそ これからの旅行さきにピッタリではないか。
野宿をしながらディープな島根の田舎をまわる自分を想像する。

三江線が、今年度いっぱいで廃止になることから、
このごろは関連した記事をよく目にするようになった。
廃止になるときまってから、きゅうにおしまれるのは、
よくあるはなしとはいえ、
そうでもなければ三江線は話題にならなかった。
電車がはしらなくなったあとは、バスが路線をむすぶらしい。

posted by カルピス at 21:39 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

もっといい加減に巡礼をきめてもいいのでは

せんじつの記事に、しりあいの女性が
サンチャゴ=デ=コンポステーラ巡礼にでかける、とかいた。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/456796096.html?1519217268
あれからときどき、なぜわたしは
彼女といっしょにいこうとしないのかをかんがえる。
わたしはほんとうにサンチャゴ巡礼をする気があるのか。

このはなしがでたあつまりに、わたしの職場の理事長もいて、
わたしがむすこへのしおくりを理由に
「いまはまだいけない」というと
「お金なら法人からかしますよ」と
わたしをたきつけた。
従業員があそびで巡礼へいくお金をかしてくれるなんて、
ありえないほど すばらしい職場であり理事長だ。
わたしが巡礼であるいている2ヶ月のあいだ、
職場はひとのやりくりにこまるだろうに、
ためらいなくそんな提案をしてくれる。
理事長は冗談でいっているのではなく、
わたしが「じゃあお金をかしてください」といえば、
すんなりとおるのはわかっていた。

100マイルマラソンに出場するとか
北極点をめざそうという場合は、
長期計画が必要だろうけど、
巡礼の旅ぐらいなら、いきおいでやったほうがいいのでは。
友人がいくといったら、「じゃ、おれも」、
というのりのほうが ただしいこころがまえであり、
かんがえないぶん 実行にうつしやすい。
何年も準備をして、お金をためて、装備をそろえて、
なんてやっていると、どうでもいい欲がいろいろくっついてきて
じっさいのうごきがにぶくなる。
すこしまえの今日のダーリンに、糸井さんが
(まえは)なんかの関係だとか仕事だとか用事だとかの境目が、
もっといい加減だったなぁとつくづく思います。

とかいている。
ここは由布院です。
(中略)なにかのときに「じゃ、ぼくも行きます」と言って、
それが本当になってしまったのです。
昔はよくこういうことがあったなぁと思い出します。
中国に行ったのも、北極圏に行ったのも、こんな感じ。

なんだかんだと いきにくい理由をかんがえていると、
からだはどんどん歳をとっていくし、
親の介護が必要となり、2ヶ月も家をあけられなくなるかもしれない。
いちばんうごきやすいのは「いま」なのだ。
機が熟すのをまつ、というかんがえ方もあるわけだけど、
「仕事だとか用事だとかの境目が、もっといい加減」
でもいいわけで、
この意味を、職場の理事長は ただしく理解している。
とはいえ、やっぱりおれ、いきます、とは
いまさらいいにくいなー。

posted by カルピス at 21:44 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

サンチャゴ巡礼にうごきだしたわたしの師匠

わたしがあるくのをすきになったのは、
師匠としてあがめている ある女性の影響だ。
きのうはひさしぶりに彼女とおしゃべりした。
きょねんあったときに、
サンチャゴ=デ=コンポステーラ巡礼を話題にだしたら
彼女はつよい関心をしめし、あとからネットでしらべたという。
で、きのうまたサンチャゴ巡礼についてたずねたら、
こんどの5月にいこうとおもう、というからおどろいた。
すごくうごきがはやい。

2ヶ月で1600キロをあるくという、
サンチャゴ巡礼の魅力はたしかにあるけど、
けしてそれだけではなく、
きょねんの秋に、仕事がちょうどひとくぎりついたと
自分で納得できたのがおおきかったという。
それから職場にやめるはなしをなんどもだして
さいきんやっと了解までこぎつけたそうだ。

わたしは話題としてあちこちで
サンチャゴ巡礼のはなしをするけど、
まだまだ漠然とした予定でしかない。
むすこへのしおくりがあと2年、
そして旅行資金をためるために1年はたらくとして、
はやくても出発は3年さきになるとかんがえている。
そんなノロノロとしたわたしなんかとちがい、
彼女はさっさと行動にうつしていく。

クツやリュックはもうめぼしをつけているという。
雨の日にあるく場面を想像すると、
どんなクツにするのかはすごくだいじだ。
リュックのサイズをたずねたら、
30リットルにおさまる荷物におさめるそうだ。
サンチャゴ巡礼の写真をみると、
もっとおおきなリュックをせおったひとがおおい。
それを30リットルにおさえようとすると、
かなり禁欲的な選択が必要になるだろう。
わたしだったら、パソコンと電子書籍末端、それにスマホと、
ずるずると荷物がふえるだろうけど、
彼女は基本的にそうした器具はつかわないひとなので、
30リットルにおさめるパッキングができるのだろう。

旅行はかんがえたらできないと、宮田珠己さんがかいている。
何のために、なんて考えていると、旅はいつまでたっても始まらない。意味を考える前に計画をたて、結論が出る前に出発してしまう。これが大切である。『だいたい四国八十八ヶ所』(宮田珠己・本の雑誌社)

かんがえていると、ほんとうに いつまでたっても出発できない。
あとのこと、さきのこと、将来のことは とりあえずほっておく。
彼女は老後のことなんて心配していない。
手にするお金の範囲でくらしていけばいいとおもってます、
と彼女はいった。
あるくだけでなく、彼女は人生の師匠でもある。

posted by カルピス at 17:10 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする