2020年06月13日

ラジオマンジャックの生放送再開と、サンチャゴ巡礼

「ラジオマンジャック」(NHK-FM)は、先週から
「スタジオからの生放送」になっている。
まだレギュラー全員はあつまれず、
赤坂さん・時東さん・門司さん、3人による放送として再開された。
3人はそれぞれ距離をおき、マスクをつけ、
スタジオのドアもあけはなっているそうだ。
内容は、生放送と、名作選の両方をまじえている。
番組におくられてくるメールからは、
こういう無駄な番組があるすばらしさ、みたいなニュアンスで、
ひさしぶりの生放送をよろこぶ声がきこえてくる。
いつもの時間に、いつもの番組を、みんなもとめている。
それが日常の象徴だから。
あんまりもちあげられると赤坂さんはてれくさいようで、
「あっ!いたの」ぐらいのあつかいでちょうどいい、
なんていってる。気もちはよくわかる。
あまりひなたに位置づけられ、いいこになってしまったら
おもしろみがなくなる番組だろう。
きょうは「除菌モード全開」でとどけてくれるという。
誤字脱字番組なので、こまかいことはほっといて、ともいわれた。
「ラデツキー行進曲」にあわせた赤坂さんの歌がおかしかった。
生放送は、やっぱ、いいなー、とおもったら、以前の企画だった。
けっきょくどっちでもよかったりして。

新型コロナウイルス対策がととのってくると、
状況にあわせたマニュアルができて、コロナがあるのを前提とした、
コロナとつきあいながらの生活があたりまえになってくる。
感染が完全にはおさまらなくても、ラジオマンジャックのように、
スタッフの人数を制限し、スタジオでの収録がつづけられる。
せんじつの記事でかいたように、
わたしがいくプールも「新しい利用方法」をとりいれて、
利用できるようになった。
更衣室はリスクがたかいということで、
ジムを利用するひとは、更衣室、そしてシャワーがつかえない。
プールを利用するには、会議室が更衣室になり、
いちどに7人まで、という制限がかかっている。
施設にはいるにはマスクをつけなければならないし、
はいるとき・でるときは、消毒がもとめられている。
映画では、県民会館が、500席あるホールの定員を100人にして、
おためしの上映会をこころみだした。
ホールや映画館は、こんな形でつかうようになるのだろう。
わたしがにがてなマスクとソーシャルディスタンスは、
あと何年か つきあわないといけないのかも。

NHKーBSでサンチャゴ=デ=コンポステーラの巡礼をとりあげていた。
わたしも、いつかあるいてみたい、とおもっている巡礼コースだ。
番組によると、宗教への関心はひくくなっているのに、
ながい距離をあるく「旅」として、だんだん人気がでているという。
コロナの影響で、いまは巡礼旅はできないだろう。
65歳に実行しようとおもっていたので、
そのときまでには、自由に国境をいききし、
旅行ができるようになっているだろう。
わたしにとっては6年さき ぐらいがちょうどいい。

番組としてとりあげるから当然とはいえ、
巡礼をしているひとは、それぞれなやみをかかえている。
まじめに仕事をしすぎて、つかれはてたひとや、
ちいさいころからゆっくりものごとをすすめられず、
ついセカセカとうごいてしまうひと。
もっと楽に生きられたらいいのに、とおもった。
巡礼路をあるいていると、まわりにたすけられて、
やさしい気もちになれた、みたいなことをみんないう。
わたしは、もし1600キロをあるきとおしても、
きっとなにもかわらないとおもう。
ひとにやさしくなんて、なれそうにない。
それでもサンチャゴへの道をあるくときめている。

posted by カルピス at 20:23 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月23日

旅行ちゅうに、ためさなかったものへの未練

デイリーポータルZに
「不思議!水で割ると色が変わるお酒たち」がのった。
https://dailyportalz.jp/kiji/raki-absente
白くにごることで有名な、ギリシャのウーゾかとおもったら、
トルコのラクというお酒だった。
アニスの油分のせいで白くなるらしい。
イスラム圏のトルコで、そんなつよい酒をつくっている、
というのもなんだか不思議だ。

しったようなことをかいたけど、
わたしはラクも、ウーゾものんだことがない。
わたしがギリシャを旅行したとき、
どこのカフェにもウーゾのビンがおいてあり、
いったいどんな味なのだろうとおもいながら、
けっきょくためすことなく旅行をおえてしまった。
気になりながら 手をださずにおわることが わたしにはよくある。
タイを旅行したときは、雑貨屋さんで透明な酒に気づいた。
メコンウィスキーのとなりにおいてある。
コメからつくったつよい酒だというので、焼酎だろうか。
焼酎よりもビールがほしかったし、そんなにやすくない。
ゲストハウスにもってかえっても、
もてあましたらあつかいがめんどうなので、
けっきょくかわなかった。

タイのブラジュアップキーリーカンでとまたったホテルは、
安宿なのに なかなかよくできたところで、
毎日2本のあたらしいペットボトルと、
かんたんな喫茶セットが部屋にとどけられる。
インスタントコーヒーのスティックと、
重量感のあるビスケット、という内容だった。
ほかにも、トイレットペーパーと、あたらしいせっけんが2つ。
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ここまで「おもてなし」をしてくれるホテルに、
いっぺんで好感をもった。
すごくビスケットにひかれながら、それなのに、
なぜだかたべずに2日間の滞在をおえる。
そのすぐあとから、ずっと気になっているのが、あのビスケットだ。
かってもそんなにたかくないビスケットのために、
もういちどあのホテルへいって、
ビスケットのリベンジ(自分がたべなかっただけだけど)
をはたしたいとまでおもう。
そんなことなら、そのときにさっさとたべればいいのに。

自分でわざとこうしたこころのこりをつくるのは、
もしかしたらもういちどその場所をたずねる口実にしたいと、
無意識におもっているのかもしれない。

新型コロナウイルスのひろがりにより
バックパッカーが気がるに旅行できる状況ではなくなった。
3月に世界的な感染のひろがりがあきらかになったとき、
だんだんといきさきがかぎられるなか、
旅行者たちはどううごいただろうか。
しばらくのあいだは(どれだけだ?)旅行はできないだろう。
いまはしかたない。でも、状況がおちつけば、また旅行にでかけよう。
ギリシャのウーゾ、そしてタイの焼酎とビスケットへの未練は、
コロナあけをのぞむ、つよいモチベーションになりそうだ。
自作自演の未練だけど、まずはタイをおとずれて、
ビスケットと焼酎との再会をはたしたい。
あまいビスケットを焼酎でながしこみ、
平和がおとずれたよろこびにひたるのだ。

posted by カルピス at 17:19 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月21日

『なないろペダル』(青木摩耶)土地とつながって生きたい

『なないろペダル』(青木摩耶・出版社ジグ)

わかい女性による北米・南米での自転車旅行記。
よくありがちな本にならなかったのは、
著者の青木さんは、伝統文化への関心がふかく、
土地と自分にあったくらしを、
さがしながらの旅となっているからだ。
わかものの自分さがしなんて、
それこそあたりまえにおもえるけど、
青木さんがもとめる「なにか」は筋金いりだ。
むかしながらのくらしをつづけている村や、
あたらしいスタイルをきずきつつあるコミュニティを
あの手この手でさがし、たずねている。
コミュニティの紹介が目的におもえるほど、
とちゅうまではちっとも自転車旅行記らしくない。

青木さんは、日本で大学を卒業したのち、
企業の本社(しかも銀座)でOLをしていたのに、
このままではよくないのでは、と1年でやめている。
農体験や子どもたちのキャンプなどにとりくむ
NPOに仕事をかえ、田舎ぐらしをはじめた。
狩猟免許をとり、獲物のさばき方もこのときにおぼえている。
(わなをしかけ)朝の見回りに行くと、小さな子ジカがそこにいた。愛らしい目でこっちをみては逃げようと必死に暴れている。ようやく獲物がかかったことの喜びと、自分の手で命を奪う罪悪感との狭間で心は大きく揺れた。

肉をたべておきながら、自分では動物をさばけないわたしとちがい、
このひとのとりくみはほんものだとおもった。
こっちをじっとみる子ジカに、とどめをさすなんて、
軟弱なわたしにはぜったいできない。

本書の構成は、
・カナダ・アメリカ編
・アンデス編
・パタゴニア編
・キューバ・メキシコ編
となっている。
どこをはしっても、ツアーに参加してまで
その土地ならではの生活や、手づくり品に青木さんは目をむける。
いろんなところに、自分にあった生活をきずいているひとたちがいる。
ネットやしりあいのしりあいの紹介などで、
青木さんはいろんな場所とひとをたずねる。

バンクーバーからフェリーで3時間のソルトスプリング島では、
ハリーさんがひらくコミュニティで
おとな14人・子ども5人と動物たちがくらしていた。
ハリーさんがいっしょにくらすひとにもとめるのは尊敬とおもいやり。
おたがいが、あいてに敬意をはらい、おもいやりをもってくらせたら、
居心地のいいコミュニティになるだろう。
簡単そうでいて、なかなかできないことだけど。
まえにみたことがあるウッドストックコンサートを記録した番組では、
50万人のわかものが、だれもに親切なすばらしい空間をつくっていた。
北米には、むかしからそうした運動に関心をむける下地があるようだ。
このごろの、自分の国ばかりをだいじにする風潮とちがい、
友愛にみちた関係をのぞむひとたちが たしかにいる。

南米のチリでは、車も草刈機もなしで、
土地にあったくらしをいとなむ ポールさんを紹介している。
手で(草を)刈ると、その土地の地形は細かいことによく気がつくんだよ。それにカエルだって逃げる時間があるだろう。みんな早く目的地にたどり着こうとするけど、その”過程”の方が大事なんだよ。

この本は、大陸の縦断や横断が目的ではないし、
はしった距離が特別なわけでもない。
それなのに、これまでによんだ自転車本とちがう魅力が
この本にはみちている。
おなじ「自分さがし」の旅であっても、
青木さんはひとと自然との調和をもとめているからかもしれない。
自分さがしだけでなく、ちゃんと自転車にものっている。
あれた道やつよい風ではげしくころび、
2回も脳震盪をおこしている。
いっしょにはしっていた仲間や、
偶然とおりがかったひとにたすけられているけど、
そうして幸運にめぐまれていなかったら、
何回かは死んでいてもおかしくないハードな旅だ。
その旅をつづけるだけのガッツが青木さんにはあった。

ひとことでいうと、青木さんはいい旅をした。
日本にかえってからは、日本のことをもっとしりたいと、
自転車で31都道府県をはしっている。
 誰かが田んぼの光景を「日本のウユニ湖」と称していたけれど、比較するまでもなく、この国には美しいものがたくさんあるのだ。
 そんな美しいもの、そしてそれを受け継ぎ、次の世代へとつないでいく素敵な人たちにもっと出会いたい。こうしてわたしはまた次なる旅に出る。

posted by カルピス at 17:32 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

「ヒロシの迷宮グルメ」がたのしみ

「ヒロシの迷宮グルメ 異郷の駅前食堂」(BS朝日)

なんとなくみてるうちに、すきな番組になってきた。
芸人のヒロシさんが、外国を旅しながら、
とくに目標をきめずにテキトーな駅でおり、
ちかくをぶらつきながら土地の料理をたべる。
その土地のことばがはなせないヒロシさんは、
かなりあやしい英語だけで町のひととはなし、
なにを注文したかわからないまま でてくる料理をまつ。

食堂(レストラン)をさがすとき、ヒロシさんはかならずそこが
「トラディショナルフード」をだす店であるかをたずねる。
外国へいってまで、日本食をたべたりしない。
英語ができなくても、ヒロシさんはぜんぜんはずかしがらずに
おもいつきのカタカナ英語ではなしかける。
英語へのコンプレックスが まったくかんじられず、気もちいい。
ヒロシさんといっしょにうごいている(はずの)スタッフは、
通訳したり、土地の事情をいれ知恵したりせず、
ヒロシさんの解釈をそのままにして撮影をつづける。
このまえみた回では、電車にのっているヒロシさんが、
ラトビアからエストニアへ国境をこえたことに気づかず、
かなり番組がすすむまで、
自分はいまラトビアにいるとおもいこんでいた。
そんなこともぜんぜんOKで、というよりも、
そのうかつさが、この番組のうりでもある。
画期的な旅番組であり、料理番組だ。
気がむいたものをたべるだけで、観光はいっさいしない。

土地の料理を いきあたりばったりでたべる番組なのに、
なんでわたしは気にいったのだろう。
わたしが外国を旅行するときも、
ヒロシさんと にたようなことをしているけど、
ヒロシさんのほうが もっと自由にうごきまわっている。
ろくにコトバをはなせず、でもその地方らしい料理がたべたいのは、
わたしもヒロシさんもおなじなので したしみがわく。
土地のひとは、親切だったり、めんどくさがったりで、
ほかの番組みたいに、つごうのいい「であい」なんかない。
屋台でもレストランでも、ヒロシさんは
おおげさに味をほめたりしない。
自分にあわなければ、へんな味とはっきりいうし、
おいしいときも わざとらしく表情をくずしたりせず、
愛想のない顔で「おいしい」というだけ。

このまえ「クールジャパン」をみていたら、
「外国人からみた日本人あるある」のなかで、
日本人はたべものにこだわりすぎ、というのがあった。
ひるごはんをまいにちちがうお店でたべるサラリーマンなど、
外国人からみると、不思議な行動にうつるらしい。
旅行でも、その土地の名物をたべるために、
わざわざとおくへでかけるなんて、外国ではありえないそうだ。
日本の旅行ガイドブックには、かならず名物料理がのっており、
わたしもまた、日本では味わえないものをたべるのが
旅行へでかける つよい動機になっている。
さきほど「画期的な旅番組」とかいたけど、
ヒロシさんの「迷宮グルメ」は、たべるだけが目的なので、
画期的とはいえ、きわめて日本的な内容かもしれない。

ヒロシさんは、ヨーロッパとアジアへでかけている。
どちらかというと、アジアの町をまわるときのほうが、
ヒロシさんのちからがぬけているようにみえる。
ヒロシさんは、からだがそんなにおおきくなく、
威圧感もないせいか、土地のひとに うけいれられやすい。
しらない町をテキトーにうろつくヒロシさんをみていると、
わたしもまた、どこか異国へでかけたくなる。

posted by カルピス at 21:28 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月31日

シーツをあたらしくしたら、生活をととのえられる気がする

シーツをかいかえる。
これまでつかっていたシーツが、
おもにネコたちの活動で さけたりよごれがついてきたし、
わたしの首があたるところは、汗で色がかわっている。
定期的にあらってはいるものの、ながくつかすぎ、よごれがひどい。
そろそろ手ばなすときがきたようだ。
いったん気になると、いいおとなが、
こんなシーツでねるのってどうなんだ、とおもえてきた。
シーツをあたらしくしたら、
生活がいいほうにころがりはじめるような気もする。
丁寧に生きるあかしとしての、きれいなシーツ。

ホームセンターにいくと、
サイズはいろいろあるものの、柄はえらべない。
ふとん屋さんでかったほうがいい商品のようだ。
サイズに自信がなかったこともあり、
税込1000円ほどの、いちばんやすいシーツをかった。
家にかえると、さっそくふるいシーツといれかえる。
やすもののせいか、あまり生活をととのえた感はない。
いちにちの1/3をすごす睡眠に直結するものだから、
もうすこしいいものにすればよかった。
ただ、生活をたてなおすにはシーツから、
というのは、わりといい目のつけどころではないか。
よごれたシーツからは、うるおいのない生活がすけてみえる
(いままでなんの疑問ももたずにねていたのだけど)。

エバーノートで「シーツ」を検索すると、
かとうちあきさんがインナーシュラフについてかいていた。
インナーシュラフとは、
寝袋のうちがわにいれるシーツみたいなもので、
山小屋でとまるときなど、布団のよごれが気になるひとは
インナーシュラフをつかえばいいらしい。
かとうちあきさんは、夏に冷房がききすぎたお店でこまったとき、
はおりものとしてありなのでは、と気づいたという。

そういえば、わたしもインナーシュラフをもっていた。
アウトドアショップで、夏はシュラフではあつすぎるから、
インナーシュラフでじゅうぶん、とすすめられたのだ。
その後たいして出番がないまま、おしいれでわすれられていた。
とりだしてみると、シュラフのかわりになるほど
信頼できるあたたかさはないし、
かさばるうえに500グラムとおもい。
車による旅行でなければ、
こんなものをわざわざもっていく気にはならない。
ただ、夏のむしあつい夜に、ゴザをしいて、
ふとんのかわりにインナーシュラフをはおるのは ありかもしれない。
安宿にいるナンキン虫をふせぐにも役だちそうだ。
いずれにしても、かなりつかい道をえらぶ道具で、
実用にするより ゴッコあそびとしてつかうほうがむいている。
かとうちあきさんが、夏の冷房をきっっかえに、
インナーシュラフのよさに気づいたのは、
道具としてのインナーシュラフが、
きわめて限定的なつかい道しかないのを示唆している。
たいして必要でないけど、夏にはすこし役だつときがあるかも、
というていどの位置づけしかできない道具。
こんなことをかいていたら、野宿がしたくなってきた。
インナーシュラフはもちろんおるすばんだ。

posted by カルピス at 21:41 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする