2017年09月13日

『旅を生きる人びと』(大野哲也)バックパッカーの人類学

『旅を生きる人びと』(大野哲也・世界思想社)
バックパッカーの人類学

バックパッカーが 学問の対象になるなんて。
旅行がすきで、文化人類学に関心のあるわたしには
たまらなくおもしろい本にしあがっている。
この本では、日本人特有ともいえる「自分探し」を手がかりに、
日本人バックパッカーたちの生きかたをさぐっている。
著者は筋金いりのバックパッカーであり、
バックパッキングなんてしたこともない学者が、
もっともらしくバックパッキングを研究するのとは わけがちがう。
取材したバックパッカーへの理解と共感がきわめてふかい。

本書では、バックパッカーを4つのタイプに分類し、
それぞれ例をあげながら、
どんな「自分探し」がおこなわれているかをあきらかにする。

・移動型
 可能な限り多くの国や町に行くことに喜びや価値を見いだす
・沈潜型
 気に入った町に長期滞在して、
 その町に「溶け込む」ことに喜びを見いだす
・移住型
 現地社会が気に入って移住した者
・生活型
 旅を生き続けているバックパッカーのことを指す
 移住型のように特定の社会に定住する気も毛頭ない

旅の商品化についての分析が興味ぶかかった。
商品化されている旅の例として、
タイのチェンコンからラオスのフェイサイへ、
そしてメコン川を船でくだってルアンパバーンまでのコースがある。
バックパッカーは商品化された旅を消費するだけの存在だ。
リスクは最小限におさえられ、
快適で安全な「冒険」をたのしめるシステムができあがっている。

メコン川を船でくだりはしなかったけど、
このまえの旅行でわたしがたどったのは、
ほぼこの本で紹介されているコースだ。
いかにも秘境にはるばるやってきたと、
旅行者におもわせる、異国情緒たっぷりの景色。
自分では自由に旅行をたのしんでいるつもりでも、
じつはすべてできあがったシステムのなかで
じょうずにあそばされているにすぎない。
ガイドブックにたより、マニュアルどおり、
だれかがおこなった旅をなぞるバックパッカーって、
かなり残念な存在であり、それがわたしの旅でもある。

生活型のバックパッカーにはなしをきくと、
朝起きて、朝飯の用意して、そのあと柔軟体操、ヨガも取り入れたやつを二時間くらいやって、そうすると昼になるから昼飯作って。そのあと、ちょっと休憩したり本読んだりしたら、もう夜になるから、晩飯作って。だから生きてるだけで忙しいですよ。

わたしの休日は、まさにそんなかんじだ。
日本にいながら「旅に生きている」のかもしれない。
わざわざ外国へ旅にでなくていいのかも。
 ルーティン化した日々の生活に旅を実感している人は少ないかもしれない。一方、旅を生き続けている人も、日々の移動にいまさら旅を強烈に実感することはないかもしれない。しかし「私」の実感はどうであれ、「私」は、自己の生が尽きるまで、「私」だけの生を歩み続けなければならない。(中略)
「私」が踏んだ場所には「私」だけの足跡が残っていく。この足跡こそが、「私」だけの旅路であり、最後の一歩の地点こそが「私」がたどり着いた、そして「私」だけがたどり着くことができた到達点なのだ。
 「私」は、到達点は見えないが、それでも、より善き生に向かって、機知を操りながら、日々旅をしているのである。

生活型バックパッカーの生き方をみていると、
月なみな表現ながら、人生は旅であり、旅はまた人生であると、
いまさらながら 気づかせてくれる。
彼らはまさに旅をつづけながら、生きている。
旅にでようがでまいが、けっきょくは旅を生きているのであり、
どう生きるかが ひとりひとりにとわれている。

posted by カルピス at 21:50 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

2度目のチェンマイマラソンへ

米子空港からタイのチェンマイまでのチケットを予約する。
12月24日におこなわれる、
チェンマイマラソンに参加するためだ。
8月にあったのみ会で、マラソンへの挑戦が話題となり、
わたしはまえにはしったことのある
チェンマイマラソンをレース仲間にすすめた。
はなしがすんなりすすみ、
なんとなくわたしもいっしょに参加することになる。

6年まえの2011年に、初マラソンとして、
わたしはこのチェンマイマラソンではしっている。
タイムは4時間50分。
300人程度と、こじんまりとした大会だし、
コースもほとんど平坦なので初心者むきといえる。
スタートが午前4時と、体調をととのえにくいけど、
これはまあ、なんとかするしかない。
冬のチェンマイは、日本の秋みたいな気候なので、
熱帯地方のあつさを心配せずに参加できる。
レースのあとでうける タイマッサージが いまからたのしみだ。

レース仲間といっしょに参加するといっても、
わたしがおぜんだてするのはめんどくさいので、
現地集合という形にした。
それぞれ自分の事情があるわけで、
いつ出発し、いつ日本にかえるのかまで
ひととあわせていたら 旅行はつまらない。
現地集合・現地解散だと、気らくに計画でき、うごきやすい。

そうか、またあのコースをはしるのかと、
ひさびさのマラソンにむけて 気もちを整理していたら、
うちあげから1週間もたたないうちに、
レース仲間からメッセージがとどいた。
エントリーをすませ、チケットとホテルの予約もおわった、とある。
12月24日のレースなので、まだまだ時間に余裕があると、
わたしはのんびりかまえていたので、
すばやいうごきにおどろいてしまった。
相棒は、海外旅行がこれで2度目なので、
もっと慎重にはなしをすすめるとおもっていたのだ。
せかされるように、わたしもチケットをさがしはじめる。
そして きのう、米子から羽田、
そしてバンコクのスワンナプーム経由で、
チェンマイへ、というチケットを予約した。
朝7時半に米子を出発し、
夕方の6時半にチェンマイについている予定だ。
12万5850円と、それなりの値段だけど、
これほどスムーズなのりつぎはのぞめないだろう。
おそるおそる予約のボタンをおす。
いつもながら、最終的な決定となるボタンをおすのはビビってしまう。
だいそれたかいもののような気がするし、
もっと条件のいいチケットをさがしたくなる。
でも、じっさいは、はやくきめても問題はないし、
そのほうがあとのうごきを楽にする。
というわけで、おもいがけず、
12月22日から、1月2日までのタイ旅行がきまった。

チェンマイマラソンだけでなく、
そのあとにタイ東北部をまわるのをたのしみにしている。
自転車かバイクをかりて、東北部のメコン川ぞいをまわりたい。
これまでタイの北部へは たびたびいっているけど、
東北部はなんとなくあとまわしにしてきた。
まえの旅行でたずねた ラオスのメコン川ぞいが、
のんびりした雰囲気でここちよかったので、
タイ側でもにたようなすごし方ができないだろうか。

posted by カルピス at 21:46 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

アジアのトイレが洋式になってしまった

角田光代さんのエッセイをよんでいたら、
トイレにまつわるはなしがのっていた。
家の便器がこわれたので、あたらしいのをかうと、
乾燥ボタンがついてなかったそうだ。
角田さんは、おしりを電気でかわかすなんて、
さほど必要な機能におもえなかったので、
不人気な乾燥機能が淘汰されたとおもわれたようだ。
じっさいは、角田さんが
たまたま乾燥機能のない便器をえらんだだけで、
半分ほどの機種にはいまも乾燥ボタンがついているらしい。
そうしたマクラから、角田さんがわかいころ旅行した
アジアのおおくの国では、おしりを手であらったものだと、
テーマであるトイレのはなしにはいっていく。

そういえば、このごろはアジアへでかけても、
手でおしりをあらわなくなった。
宿には洋式の便器ばかりがおいてあり、
トイレットペーパーもついている。
わたしの旅行スタイルがかわり、
やすいゲストハウスにとまらなくなっただけが原因ではなく、
個室には西洋便器が基準になりつつある気がする。
バスで長距離を移動するときの休憩所には、
アジア式のトイレがあるので、
まったく目にしないわけではないけど、
やすい宿でも洋式トイレがふつうにそなえつけてある。
ただ、トイレに紙がつまるのをふせぐために、
おしりをふいたトイレットペーパーは、
トイレにおいてあるゴミ箱にすてるのが基本なので、
日本人としては、すこしひっかかる。
水のながれもいまひとつで、なかなか便器がきれいにならない。
こんなことなら 手と水でおしりをあらうほうが気もちいい。

以前は、アジアを旅行していると、おおくの国で
どうしてもおしりを手であらわなければならなかった。
便器のよこにおいてあるオケから容器で水をすくい、
おしりのうしろ側から水をかけながら、
まえから手をまわしておしりをきれいにする。
なれてくればとまどわなくなるし、あんがい気もちがいい。
注意しなければならないのは、ネパールやインドなど、
トイレのない家がおおい地域をあるくときで、
気をつけないと、ウンコをふんづけてしまいそうになる。
ネパールでトレッキングをしていたら、
うつくしい景色とウンコがセットになっている場合があり、
あやしそうな場所では用心が必要だった。

ただ、そとでウンコをするのは、ある種の快感があり、
せまくてきたないトイレよりも
気もちよく用がたせるのもたしかだ。
わたしは、日本で野良仕事をしているとき、
がまんできなくなって、外でなんどかウンコをした。
ひとにみられないように、と
コソコソおおいそぎでするのではなく、
みはらしのいい丘のてっぺんで のんびり腰をおろしたのは
すてきな経験だった。
人口密度のたかい都会では まず味わえないよろこびだろう。
もっとも、ひとの目を気にしつつ、
という状況のほうが刺激的ですきだ、という意見もあるかもしれない。
そとでするトイレは あんがいおおくのひとが
秘密の体験をもっており、話題がなくなったときにたすけてくれる。
まだこころみたことがない方は、
いちど外でおしりをさらしてみるよう おすすめしたい。

posted by カルピス at 21:48 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

ポカラで突然きいた「ありがとう」の主題歌

きょうの仕事は車での移動がおおく、
そのせいか ラジオをよくきいたいちにちとなる。
まず、NHK-FMで「プレイバック・昭和歌謡主題歌集」をやっていた。
・行け行け飛雄馬
・アタックNo1
・タイガーマスク
・あしたのジョー
と、すごくなつかしい。
アニメ特集かとおもったら、
・時間ですよ
・サインはV
・ありがとう
など、ドラマの主題歌もかかる。
どれもそれぞれになつかしい。
番組のサイトをみると、あすは
・太陽がくれた季節
・天才バカボン
・キューティーハニー
・デビルマンのうた
・マジンガーZ
などが予定されている。
仕事ちゅうでもなんとか理由をつけて
車のラジオでききたくなった。きっときくだろう。
ツボをおさえた選曲がすばらしい。
むかしなつかしい気分をたくみにくすぐられて、
ズルズルと、いつまでもきいていたくなる。

「ありがとう」は、わたしが小学生のときの番組だ。
母親がこのシリーズをよくみており、
わたしもつきあってみていたので、主題歌までよくおぼえている。
中国の雲南省を旅行していたとき、
かなりの田舎町にある旅館では
1台のテレビをおおぜいのひとがかこんでみていた。
そのときやっていた番組が「ありがとう」だったので、
なんだか不思議な気がしたものだ。
典型的な日本人気質をえがいたドラマが、
中国の田舎町のひとがみておもしろいのだろうか。

そのあとも旅行をつづけ、何ヶ月かのちに ネパールのポカラについた。
いまのわたしには とてもまねできないけど、
そのころは旅行先であんがいほかの旅行者と かんたんにしたしくなり、
いっしょにごはんをたべたり、
雑談にふけったりして無為な日々をすごしている。
ある日、なんにんかで町の食堂にでかけ 夕ごはんをたべ、
てきとうなはなしをしながら
ゲストハウスにむかってあるいていると、
そのなかのひとりがきゅうに
「さわやかに 恋をして・・・」とうたいだした。
「ありがとう」の主題歌だ。
うたったのは、すかしかわっているけど、
そんなところもふくめて みんなからかわいがられていた若者だ。
江戸川にすんでいるので、「江戸川くん」とよばれていた。
なんできゅうに「ありがとう」をうたうのか たずねると、
「なんとなく」と、とくに理由はないらしい。
それにしても、ポカラにきてまで「ありがとう」の主題歌をきくとは。
ポカラといえば「ありがとう」をおもいだすぐらい、
印象にのこるできごとだった。

夕方の番組では、「ゆうがたパラダイス」で
水曜日担当の津野米咲さんが「赤い公園」のなかまたちと
電話でおしゃべりするコーナーがあった。
そのなかでメンバーのひとりが
「おまつりはたのしむものだからね」
といったのが胸にひびく。
たしかに。おまつりはたのしむものなのだ。
ひとがいっぱいいていやだ、とか
タコヤキもからあげも、どれも値段がたかい、とか
つまらないことをいって水をさすのではなく、
こころをおおきくひらいてとにかくたのしむ。
わたしは、こうしたまずもっての前提をまちがえることがよくあり、
たのしむ機会をのがしたり、だいなしにしがちだ。
たのしくするかどうかは自分しだいなのに、
おまつりにでかけようともしないで、
はじめからつまらないものときめてかかっている。
「おまつりはたのしむもの」という前提を たいせつにしたい。

「赤い公園」は、津野米咲さんが
ひとりめだっているグループかとおもっていたけど、
ほかの3人もみんないいかんじだ。
自由なこころがまえが気もちよかった。

posted by カルピス at 22:17 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

「世界入りにくい居酒屋」がとりあげたホイアンのお店

「世界入りにくい居酒屋」で
ベトナムのホイアンにあるお店がとりあげられた。
ホイアンへは、わたしもいったことがある。
ベトナムの中部にあるちいさな町だ。
ちかくには、ベトナム戦争のときに
米軍の基地があった都市として有名なダナンがある。
ホイアンは、1999年にユネスコ世界文化遺産に登録されており、
それ以来おとずれるひとが10倍以上にふえたそうだ。

わたしがおとずれたのは2014年であり、
しずかな田舎町を想像していたけど、
観光客でいっぱいだった。
もうすこしはやくいっていれば、
むかしながらのしずかなホイアンをみられたのだろう。
有名な日本橋も、屋根つきの橋としてめずらしいけど、
いちどみれば、それでもうじゅうぶんだ。

ふつうの町は、旧市街が開発からとりのこされた
さみしい地域になり、
新市街にあたらしく活気のあるまちなみが発達する。
でも、ホイアンの場合は、旧市街に観光名所があつまっており、
ひとびとは、新市街にすみ、旧市街へかようかたちがおおいらしい。
番組がとりあげたお店は新市街にある。
新市街といっても、旧市街にくらべてあたらしいという意味で、
じゅうぶんごちゃごちゃしてるし、ふるめかしくもある。

そのお店に、毎晩たくさんのお客がやってくる。
番組が紹介するほかの「入りにくい」居酒屋は、
名物料理や郷土料理を大切にしているなど、
はっきりした特徴があるけど、
ホイアンのお店「MC」は、気のいいご夫婦がやっている、
ごくふつうの食堂だ。
きっと、ホイアンのひとには「ごくふつう」に意味があるのだろう。
年配のお客さんは、だれもがベトナム戦争の体験をかたっていた。
さいごに自分をうけいれてくれるのは、ふるさとしかないのだという。
わかいひとたちも、大都会のホーチミンではおちつけず、
けっきょくまたホイアンにかえってきた、といっていた。

以前はこの番組をみると、とりあげられたお店に
なんとかしていってみたいとおもっていたけど、
ホイアンのお店をみたら、そうでもないかと気がかわった。
お店に魅力がなかった、というのではなく、
わたしが旅行でたずねた町にも
「入りにくい居酒屋」があったことに満足したのだ。
いこうとおもえばいけたお店だとおもうと、
残念というよりも、だったら どこのお店でもいっしょかも、
という気がしてきた。
もし番組がわたしのすむ町の、どこかのお店をとりあげたら、
よろこんでかようようになるかというと、
きっとそうはならない。

番組がとりあげる店を、「いいな〜」と
かるくおもうだけでじゅうぶんなわけで、
なにがなんでも番組が紹介されたお店を
さがしだすのはヤボというものだ。
自分がなじんだ町の、ときどきおとずれる店こそが、
自分にとっての「入りにくい居酒屋」である。
青い鳥はすぐちかくにいるのだ。

posted by カルピス at 21:51 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする