2018年06月16日

田んぼのみまわり。稲らしい植物をみかける。

田んぼが草だらけになっていたので、
稲の成長をたすけるため水をはる。
肝心の、稲はそだっているのか?
粘土団子をばらまいただけなので、
どこに種がおちたのか まったくわからない。
種の量だけは、ちゃんと10アール分の2.5キロをまいているので、
うまく芽がでれば、かなりの数の苗がそだっているはずだ。
ところどころ稲らしい植物をみかけるけど、
あまりにもまばらで、まともな収穫をのぞめそうにない。
ことしもまただめなのか、と田んぼの奥のほうに目をむけると、
稲らしい草がたくさんはえている。
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もしこれが稲だとすると、わたしがねがっているそのままの
自然農法による米つくりの姿だ。
どうか、これがヒエではなく、稲でありますように。
ことしの稲かりは、有給をつかわないと対応できないかも。

かえりに畑にもよる。
いいかげんだったきょねんにくらべ、
ことしはこころをいれかえて、毎週のぞいている。
草をとったり、間びきをしたり。
きょうはモロヘイヤをはじめて収穫した。
チンゲンサイも順調にそだっているし、
インゲン豆もげんきに芽をだしている。
先週うえたサツマイモの苗も、
どうやらかれずに根づいたようだ。
梅雨にはいり、ちょっと目をはなすと、
すぐに草だらけになってしまうので、
毎週なんだかんだと世話をやいている。
自然農法なので、できるだけ手をだしたくないけど、
草にまけると どうしようもないので、
そこだけはひとの手だすけがいる。
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田んぼと畑を毎週みまわるといっても、
ほんの1時間か、1時間半ほどだ。
それでも、いかないのと、
いって、どれだけそだっているかを
じっさいに目でみるのではだいぶちがう。
田畑の状態がわかっていると、
つぎの週にやるべき仕事もみえてくる。
自然農法といっても、まったくまるなげでは
うまくいかないのが、さすがにわかってきた。
このままなまけずに手をかければ、
ことしの秋はあるていどの収穫がたのしめそうだ。

posted by カルピス at 21:04 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

自然農法による野菜づくり

ことしは毎週かかさず田んぼと畑へでかけている。
畑には、ニンジンとチンゲンサイ、
夏やさいの苗(スイカ・ナスビ・あすなろ・モロヘイヤ)、
それにインゲンがそだっている。
それぞれたいした本数ではないので、
畑へ毎週いくと、たいしてすることはない。
でも、1週でもぬかすと、すぐに草にうもれたり、
まびきが必要になってたりする。
自然農法といえども、週に1回は足をはこばないと、
畑らしくならない。
きょねんは、田んぼにまいた種もみがほとんど芽をださず、
田んぼと畑へいく気をなくしていた。
夏が本格的なあつさをむかえると、
日中はとても畑仕事なんかできなくなり、
ますますやる気がうせてしまった。
畑をかりておきながら、あんまりひどい状態だったので、
ことしは気もちをいれかえて 週に1回は でかけるときめた。

肥料をつかわないつくり方なので、
野菜がうまくそだつとはかぎらない。
自然農法の野菜づくりについて本をみると、
肥料がなくてもちゃんとできる、みたいにかいてあるけど、
わたしの畑でいうと、夏やさいは、たいていだめだ。
おおきな実をつけるには、それなりの養分が必要なようで、
あつくなるにつれ株の元気がなくなり、
自分の身をまもるのがせいいっぱいなようすだ。
自然農法でやろうとすると、夏をのりきるのはむつかしい。
ほかの野菜では、タマネギもだめだった。
ピンポン球よりも、もっとちいさい玉しかできない。
豆は肥料をあたえなくても あんがいそだち、
そこそこの収穫をもたらしてくれる。
じゃがいもとサツマイモも、
おおきさをもとめなければ、肥料がなくてもなんとかなる。

田んぼには、4月の下旬に種もみをまいたけど、
いつもながら、草だらけの田んぼなので、
芽がでたのか、稲がそだっているのかよくわからない。
田んぼのちかくにある畑には、枝豆の種をまいた。
わたしの畑では、唯一うまくそだってくれるのが
この枝豆で、きょねんもおととしも、
冗談みたいにたくさんのサヤをつけた枝豆がそだった。
ことしも期待しているのに、あまり芽がでていないし、
でている芽もあまりおおきくそだっていない。
3年つづけて枝豆をそだてようというのがよくないのだろうか。

自然農法のかんがえ方では、
ひとが手をくわえなくても、すべてを自然がやってくれる。
わたしは、稲や野菜がそだつのを
ほんのすこし手だすけすればいいだけだ。
その「手だすけ」のみきわめがわたしにはむつかしい。
苗がなにをもとめているのかわからず、
草にうもれてしまいがちになる。
野菜が順調にそだっていれば、
わたしもやる気がでて、畑にいきやすくなるのに。
市民農園などで、おじさんたちがこまめに世話をやいているのは、
それなりの収穫があるから、畑仕事がたのしいのだろう。
みるからに、市民農園はたしざんの農法で、
いいとおもえることは、ぜんぶやってるかんじだ。
自然農法はもちろんひきざんの発想で、
できるだけわたしは手をださずにみまもりたい。

posted by カルピス at 22:35 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

田うえをしない米づくりが ひろがりつつあるというのは ほんとうか

すこしまえの天声人語(朝日新聞)で、
田うえをしない米づくりがとりあげられていた。
田んぼに種もみを直接まく「じかまき」とよばれる方法で、
研究する拠点が秋田県にあるそうだ。
(田植えは)毎年のことながら重労働である。
その光景が変わりつつある。(中略)
種もみを鉄粉でくるみ、倒れにくい品種を開発し、徐々に実用化が進んだという。

わたしが高校生のころにも(40年もまえになる)
じかまきを研究しているひとたちはいた。
40年で普及しなかったものが、
これからほんとうにひろがっていくのだろうか。
田うえをやめて、種もみをまくようにすれば、
すごく楽なのはわかったことなのに、
なぜいままであまりひろがらなかったのだろう。

田うえはたいへんだけど、マニュアル化がすすんでいるので、
いままでやってきたことをくりかえせば、
そこそこの量がとれると計算がなりたつ。
じかまきは、うまくいけば楽だけど、
確実なやり方がまだわかっていない。
だからこそ、天声人語が紹介したような研究施設で
試行錯誤をくりかえしているのだろう。
ようやく実用化の手ごたえをかんじているようだけど、
これから順調にひろまっていくだろうか。

いままでのやり方をかえるというのは、たいへんなことだ。
田うえの時期になると、田んぼのあちこちでトラクターをみかける。
トラクターが土をかきまわし、そのあと田植機で苗をうえる。
どの家も、おなじころに田うえをするので、
農機具のかしかりはひろまらない。
おおくの農家は自分で苗をそだてないで、農協などからかっている。
農機具メーカーにしたら、機械がいらなくなるような変化は
ありがたくないだろうし、
農協だって ずっと苗をかってもらうように「指導」するだろう。
いまのしくみがかっちりできあがっているので、
じかまきをためそうとしても、
そうとうハードルがたかいのだろうと想像する。
農家の高齢化がすすみ、できるだけ省力化したいだろうに、
田植機がはいったとはいえ、基本的には
弥生時代からおなじ米づくりを延々とつづけている。

ちかい将来、米づくりは根本的にかわるだろうか。
天声人語は、スマホを操作して、ロボットが空から種もみをまく
未来の米づくりの夢想でむすばれている。
わたしがしっているだけでも40年をかけて
ひろまらなかった歴史をもつじかまきが、
これからどんな変化をみせるのか興味ぶかい

posted by カルピス at 20:46 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

自然農法による4年目の米づくり

1年目20キロ、2年目ゼロ、
3年目は950グラム(キロではない、グラムだ)と、
自然農法による米づくりが さっぱりうまくいかない。
きょねんはかなりていねいに泥団子をつくり、
ひとつひとつ間隔をはかって田んぼにおとしていったのに、
たいして改善はみられなかった。
いちばんうまくいった1年目は、花さかじいさんみたいに、
泥だんごをバラリとまいたら あんがいうまくいった。
ていねいにやってもうまくいかないのだったら、
楽なほうがいいので、ことしは花さかじいさん方式にもどした。
泥団子もつくらない。
種もみを田んぼの土とまぜ、
団子というほどのかたまりになってない状態で、
そのまま田んぼにまいていった。

泥団子づくりは、けっこうめんどくさい。
種もみを土とまぜたのち、
まずウンコみたいなヒモ状の団子をつくっていく。
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それをかわかしてから、こまかくくだき、
ウサギのえさみたいなペレットにする。
田うえにくらべたら はるかに楽なものの、
できるだけかんたんなほうがいいわたしとしては、
団子づくりの手間もはぶきたかったので、
ただ土とまぜるだけにとどめてみた。
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種もみと土をまぜてブルーシートにひろげ、
すこしかわかしてからバケツにいれてまく。
あわせて1時間あればすべておわる。
ふつうの米づくりでは、田うえと稲かりの時期がいそがしい。
どうしても春と秋に仕事のピークがふたつできる。
春は、田うえの準備として、トラクターで土をあらくおこしたのち、
田んぼに水をはって、またトラクターのロータリーで
土をこまかくしてから、ようやく田うえができる。
自然農法による直まき栽培は、それをぜんぶ省略する。
土をたがやさないし、田うえもせず、
田んぼにちょくせつ種もみをまく。
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【種もみをまいたあとの田んぼ】

ただ、もみのまままくと、鳥にたべられてしまうので、
土とからめた団子にしてまくのが特徴だ。
その、唯一の「仕事」である泥だんごづくりさえ、
こんかいはかんたんにすませたので、種まきが1時間でおわった。
まわりの田んぼをみると、この時期は
トラクターで田うえの準備をすすめている。
わたしは きょうだけで、田うえに該当する すべての仕事をおえた。
ものすごく楽だったけど、はじめにかいたとおり、
なかなかおもうように稲がそだたない。
かといって、ふつうの米つくりには興味がわかないので、
自然農法をことしもまたためしている。
ことしは何キロの収穫があるだろうか。

posted by カルピス at 20:54 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

ことしの米つくりは、たった950グラム

2階の洗濯干場でかわかしていた稲を、
せんじつ脱穀した。
ずっとまえから乾燥していたものの、やすみの日になると雨がふり、
あせる必要はないと ほったらかしていたら、
ずるずると12月にはいってしまった。
稲わらを車につんで、田んぼへはこび、
足踏脱穀機で、稲わらからモミをおとす。
モミは、たった950グラムしかなかった。
1年めは18キロ、2年めは収穫ゼロで、
3年めのことしは950グラムだ。
950グラムというと、7合もない。
4人家族の2日ぶんしか収穫がなかったとは。
コイン精米機では、3キロ以上ないと
もみすりをしてくれないので、モミはそのまま家にもちかえる。
米づくり体験として、バケツやプランターをつかって
稲をそだてるのをみかけるけど、
ちゃんとした田んぼで米つくりをしながら、
わずか950グラムというのはめちゃくちゃすくない。
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原因は、よくわからない。
水の管理や、種まきの方法など、
なにか問題があったのだろう。
なによりも、米つくりにたいするわたしの姿勢が
よくないような気がする。
950グラムしかとれなかったのに、
たいして残念におもえないのだから、
真剣さにかけているのだろう。
お米がとれなければうえじにするような状況なら、
さすがにわたしでも、もうすこしジタバタするはずだ。

わたしがこころみている米つくりは、
自然農法とよばれるもので、
肥料や農薬にたよらず、土もたがやさない。
田うえのかわりに、種をまぜた泥団子を田んぼにまく。
化学肥料や農薬をつかった米づくりより、
げんきな稲がそだつはずなのに、
かんたんにひっこぬけるほど根のはりがよわく、
これでは穂がたれるほどの収穫はのぞめそうにない。
それに、芽のでかたがふぞろいで、
稲がほとんどそだってない場所もある。
芽がでなければ、お米がとれるはずがないし、
芽がでても、健康な稲がそだたない。
それでいて、なにがわるいのかわからないのだから、
だめだった経験を、つぎの米づくりにいかせない。
田んぼとお米の種類の相性がわるいかもしれないので、
来年は品種をかえてみるぐらいしかおもいつかない。

posted by カルピス at 17:38 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする