2017年10月21日

稲かりと大豆の脱穀

ことしで3どめとなる稲かりをする。
おととしより、1週間おそい稲かりだ(きょねんは収穫ゼロ)。
種もみいりの団子を いっしょにまいたしりあいと、
ふたりでカマを手に田んぼにはいる。
残念ながら、ほんの30分でおわってしまった。
発芽がそろわず、芽がでてからのそだちもわるい。
稲かりをしてると、稲のカブがスポッと、かんたんにぬけてしまう。
根がよくはってないから、成長もわるいのだろう。
ほとんど収穫がないのはわかっていたので、
いまさらショックはうけないけど、
自然農法は、そうかんたんに 豊作までいかせてくれない。
稲かり.jpg
ついでに、といってはなんだけど、
大豆もぜんぶかりとって、足踏脱穀機にかけた。
わたしの畑はひあたりがわるく、
このままほっておいても 乾燥しそうにないので、
とにかくぜんぶ収穫した。
稲とちがい、大豆は順調にそだった。
枝豆としてもたくさんたべたし、
肥料や農薬をつかわなくても よくそだった。
大豆の脱穀.jpg
足踏脱穀機でとりだしたサヤは、
家にもってかえってベランダにほす。
稲も、わずかな量しかなかったので、
ものほしざおにかけた。
稲は、乾燥してからの脱穀がのこっているし、
大豆も、サヤから豆をとりだすのがさいごの仕事だ。
とはいえ、ことしの米と大豆の収穫があっけなくおわった。
とくに米つくりについては、なかなかうまくいかないなー、が
3年目をおえてのそっちょくな感想だ。
はで干し.jpg

posted by カルピス at 15:57 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

自然農法でおいしい枝豆ができた

大豆がよくみのったので、しりあい4軒におすそわけをする。
枝豆としてたべてもらおうとおもった。
枝豆と大豆はどうちがうかというと、
実がしっかりかたくなるまで成熟させたのが大豆で、
大豆として収穫するよりも、わかいころにとりいれるのが枝豆だ。
枝豆専用でたべる種類の大豆もあり、
そのへんはちょっとややこしいけど、
大豆と枝豆はおなじ植物と理解して まちがいないようだ。

ともかく、畑の大豆がよくできたので、
枝豆としてたべてみると りっぱにおいしい。
せっかくなので、しりあいにも味わってもらうことにした。
それが、おもったよりも評判がよく、
だれもが「とてもおいしい」といってくれた。
ひとからもらっておいて、
「いまひとつでした」とはふつういわないけれど、
ほめてくれたひとの反応は、あながち おおげさではないとおもう。
冗談みたいにぎっしりとサヤがついていて、
どのサヤにもじゅうじつした実がはいっている。
自然農法なので、肥料・農薬をつかっておらず、
土もたがやさずに種をまいた。土よせもしていない。
もともと大豆は肥料を必要としないけど、
2〜3回草刈機でおおざっぱに草をかっただけで、
「雑草とのたたかい」などのドラマや苦労ばなしはなく、
種をまいたらなんとなくよくそだった。
連作をきらう植物だけど、ことしで3年連続大豆をつくっており、
なんでこんなによくできたのか、わたしにもわからない。
枝豆.jpg
わたしは、自然農法で米や野菜をつくろうとしている。
いまのところ、どれもさっぱりなので、
いいかげんやる気をうしなってきたけど、
かんがえてみたら、大豆だけはうまくつくれている。
しりあいにほめられるまで、とくにすぐれたできとはおもっておらず、
ほめてもらうと、ようやく自分のそだてた大豆が
わるくないできなのをしった。
自分の長所は、まわりのひとがきめるのとおなじみたいに、
自分がつくったもののよさは、ひとからいわれないと気づかない。

自然農法のかんがえ方は、人間がいろいろとお世話するのではなく、
植物が自然のちからでかってにそだつようになれば完成形だ。
肥料や農薬をつかい、人間のちからで
植物をうまくそだててやろうという たし算ではなく、
土をたがやさなくてもいいのでは、
肥料も必要ないのでは、とひき算していく。
といっても、雑草だらけのなかに種をまいても うまくいかないわけで、
ある程度の環境調整が必要となる。
夏やさいは、全滅といっていいほどできなかった。
お米も、芽はでたものの、成長がおもわしくなく、
ほとんど収穫のない秋をむかえている。
そんななかで、大豆だけはうまくいった。
草かりに3回はいった以外、わたしはなにもしていない。
まさにかってにそだった、というのが実感だ。
それでいて、スーパーでかう枝豆よりもずっとおいしい。
自然農法なんて、ぜんぜんうまくいかない、と
やる気をなくしていたけど、成功例がちゃんと目のまえにあったのだ。
うまくいかないものだけにひっぱられて、
なにもせずによくそだった大豆を評価していなかった。
客観的にみたら、これこそが自然農法といえるだろう。

職場のお弁当班がやっている ちいさな野菜売場に、
枝豆としてだせばよかった、とあとからおもった。
スーパーでは、ちいさな枝が200円ぐらいでうられている。
わたしの枝豆なら、その倍よりもおおくサヤがついているので、
枝豆がほしいひとからみたら、いいかいものだろう。
自分でたべるだけに満足せず、野菜市場でお金にかわれば、
ひとつの収入源として がんばってつくる気になる。
じっさいは、なにもしないのだから、がんばりようがないのだけど。

posted by カルピス at 21:20 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

うまくいかない自然農法による米つくり

お盆がちかづき、道路わきにひろがる田んぼには、
イネの穂がみのりつつある。
梅雨にあまり雨がふらなかったけど、
その後なんとかもちなおしたし、
気温もたかく、米つくりには もうしぶんのない年だろう。
でも、わたしの田んぼでは、イネがあまりおおきくそだってない。
このままいくと、とてもよその田んぼのようには
穂をつけてくれないだろう。
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何年もお米をつくってない田んぼをかりたのだから、
栄養がたりないわけではないとおもう。
きょねんの秋にはレンゲの種もまいており、
根粒菌がバッチリ繁殖しているはずだ。
いまは水をかけながし しているけど、
低温障害をまねく春さきには 水をとめていた。
自然農法による米つくりは、ことしが3年めで、
なにがよくて、なにがわるいのかが いまだによくわからない。

わたしの職場では、庭さきや、
市民農園でそだてている野菜が
あんがいおおきくそだっている。
コンポストには、トマトがしっかりと実をつけているし、
おどろいたことに、スイカもりっぱなのができて、
わたしもおすそわけにあずかった。
しろうとがつくったスイカなんて、
どうせたいしたことないだろう、とおもっていたのに、
じゅうぶんあまくて おいしい。
なんだか、自然農法でイネや野菜をそだてるのが
つまらなくおもえてきた。
土をたがやさなくても、肥料をやらなくても 米や野菜はできる。
収穫はすくないだろうけど、できただけでいいのだ、
なんてえらそうにいっていたけど、
できなければ やる気がおきない。
職場でたべたおいしいスイカは、
その満足のいく味とはうらはらに、
わたしにはかなりショックなできばえだった。
まだ3年めとはいえ、自然農法はそれほどかんたんに
ゆたかな収穫をむかえさせてくれない。

posted by カルピス at 14:09 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

草のなかでそだっているのは たぶんイネ

田んぼのみまわりへ。
こんかいは、イネらしい株を「発見」した。
等間隔に泥団子をまいたにしては、ふぞろいだけど、
おそらくこれはイネだ。
たぶんイネ.jpg
ただ、まわりの草のいきおいにまけ、おおきくそだてないみたいだ。
むかしの米づくりは、草とりがいかにたいへんだったかと、
よく苦労話をきかされた(いまは農薬をあたりまえにつかう)。
たしかにこれだけ草にうもれると、
イネだけにそだってほしいとねがうのは 虫がよすぎるだろう。
福岡正信さんの自然農法では、
レンゲによって草をおさえるというけど、
レンゲだけでそう うまくいくものだろうか。
わたしの田んぼにも、きょねんの秋にレンゲをまき、
春さきにはレンゲが花をさかせた。
種もみのはいった泥団子をまいてから、
草刈機でレンゲをかったけど、
そのあとはえてきた雑草に田んぼはおおわれている。
田んぼには、水をはっているので、
水によわい草はかれる、というのが水田のよさといわれるけど、
いまの状態でイネが草にまけずそだってくれるのか、
はなはだこころもとない。
とはいえ、手で草をとっていたら、時間がかかりすぎる。
ひとの手をくわえなくてもそだつからこそ自然農法というのだ。
きょうのところはどうしようもないので、
そのまま水をはったまま しばらくようすをみたい。

ちかくにある畑へいくと、
1ヶ月まえにうえた夏やさいの苗がそだっていた。
雨がすくない1ヶ月だったので、よく生きのびてくれた。
ただ、かれないで生きのこっていた、
という状態で、おおきく成長したという意味ではない。
サツマイモは、苗のときからほとんどおおきさがかわらない。
そんななか、ズッキーニだけがげんきそうだ。
ズッキーニ.jpg
畑もだいぶ草がはえてきてたけど、
本格的な草とりをするげんきがなかったので、
ほんのすこしウネにはえている草をとっただけで、
畑のみまわりをおえる。
「自然農法」という名を理由に、
これだけ手ぬきの野菜づくりでは
うえられた苗たちの 苦戦を報告するだけになる。
だれにでもできる自然農法の野菜づくりには、
どんな野菜をえらべばいいのか まだよくわからない。

posted by カルピス at 15:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

どれがイネなのか、まだわからない

いっしょに田んぼに種もみをまいたしりあいから 電話がかかってきた。
芽がでたかどうか、心配してくれる。
わたしが田んぼをみても、どれがイネなのかよくわからないので、
これまで連絡をひかえていた。
きょうは、そのしりあいにもみてもらおうと、
いっしょに田んぼへでかける。

結果からいえば、イネがそだっているかどうかを、
きょうも確認できなかった。
これまでの失敗でこりており、こんかいは
種もみいりの団子を一定間隔でまいていったのに、
それでもどれがイネで、どれが雑草なのかわからない。
団子をまいたのが、5月3日なので、もう5週間すぎている。
イネには葉耳・葉舌とよばれる
ヒゲみたいのがはえているけど、ヒエにはない。
と、知識としてはしっていても、
いざ田んぼにはえている植物をみると、
ヒゲのようでもあり、ヒゲでないようにもみえる。
けっきょく、もうすこしようすをみようと、
田んぼをあとにする。
ようすをみるといっても、なにもすることはないのだけど。
イネのようなヒエのような.jpg
【イネのようなヒエのような】
つぎに、ふたりで畑にむかった。
せんじつうえた夏やさいの苗がかれずにそだっているかの確認だ。
雨がなんどかふったこともあり、
どの苗も、ちゃんといきのこっている。
つぎに、ニンニクを収穫する。
きょねんの10月にうえたニンニクが、
かれはじめているので、そろそろぬいてもよさそうだ。
ちょっとちからをこめて茎をひっぱると、かんたんにぬけた。
ぬけたのではなく、おれたのかとおもった。
それくらい、抵抗がちいさい。
茎のさきには、ほんのちいさなかたまりがついている。
しらないひとがみたら、
これがまさかニンニクだとはおもわないだろう。
肥料もやらず、草とりもしなかったとはいえ、おどろくほどちいさい。
タマネギも、ピンポン球よりちいさなのしかできなかったけど、
ニンニクもまたそうとうなものだ。
ニンニクの収穫.jpg
そんなささやかなニンニクなのに、
もってかえろうと、車につむと、
すごいにおいがたちこめてきた。
ちいさくてもさすがにニンニクで、
料理につかえば そうとうなかおりを まきちらしてくれるだろう。
ただ、あまりにもちいさいので、
いっかいの料理にひとたまぜんぶをつかい、
すぐにたべおえてしまいそうだ。

posted by カルピス at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする