2017年05月13日

米づくりでは なぜ種まきではなく 苗をうえるのか

田んぼにいって草かりをする。
田んぼのなかではなく、まわりの草かりだ。
このまえ種もみいりの団子をまいてから10日たった。
そのあいだ、適度に雨がふり、気温もあがっている。
田んぼをみると、稲とおもわれる芽がでている。
ほんとに稲ならいいけど。

このまえ種もみいりの粘土団子をつくっているとき、
手つだってくれたひとにたずねられた。
「麦をつくるときは 畑にちょくせつ種をまくのに、
 なんで米はこんな団子をつくるの?」
そういえば なんでだろう。
種もみをそのまままくと 鳥や虫にたべられるといわれるので、
わたしは種のはいった粘土団子を田んぼにまいている。
わたしだけでなく、日本でおこなわれている直播栽培のほとんどは、
種もみをいったん団子状にしてから田んぼにまいている(はず)。
でも、麦は畑に種をまいてつくるのだから、
稲だっておなじやり方ができるのではないか。
鳥にたべられないためには、種をまいたあとで土をかければいい。
麦をつくるときのように。

アメリカでは、どうやってお米をつくっているのだろう。
ネットをみると、有名なカリフォルニア米は、
水をはった水田に、飛行機で種をまいている。
とくに土をまぶしたりはしないで、種もみをそのままばらまく。
アメリカは雨がすくないので、田んぼに水をはったまま
水田としてはたもたないだろうとおもってたけど、
種まきのときからずっと田んぼに水をはってそだてるのだという。
収穫は小麦とおなじように、
めちゃくちゃおおきな機械でかりとっていく。

日本では、大規模でしられる八郎潟でも
飛行機による種まきはせず、ほかの地域とおなじように
田うえによる米づくりだ。
アメリカのように、飛行機で種をまけば、
圧倒的にはやくすむけど、それだけ無駄もおおいはずだ。
よほど規模がおおきくないと、飛行機はつかえないかもしれない。

わたしがかりている田んぼは、7アール(20m×35m)しかない。
しかし、たった7アールでも、機械をつかわず
手で田うえをしようとすれば ものすごく時間がかかる。
種もみを直接まいたほうが、ずっと楽なのに、
米つくりというと、田うえとセットになっているのが
わたしには不思議でしょうがない。
それほど田うえは、安定した収量をえるのに、
てきしたやり方なのだろう。

苗をうえるより、種まきのほうが
原始的でかんたんそうにおもえるけど、
じっさいには苗をうえたほうが お米をつくりやすい。
稲作は、スタートしたときから苗うえとセットになっていた、
という説を本でよんだ。
おそらく、この説はただしい。
この本により、わたしのなかで 稲作の起源は すでに決着がつき、
照葉樹林文化や、縄文時代へのロマンはもうない。
いまわたしが直播栽培にこだわっているのは、
福岡正信さんがとなえられた自然農法を
自分でもためしてみたいからだ。
ひとが余計な手をださなくても、自然が稲をそだててくれるはずで、
わたしは できるだけしずかに 稲の成長をみまもりたい。

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2017年05月04日

自然農法による 3どめの米つくり

田んぼに種もみをまく。
自然農法による直播栽培なので、
田うえをせずに、田んぼに直接 種もみをまくやり方だ。
ふつうなら、トラクターであらおこしをして、
そのあと水をはり しろかきするところを、なにもしない。
原っぱのような田んぼが きょうの舞台だ。

まず、田んぼの土と種もみをまぜあわせた団子をつくる。
一粒ひとつぶの団子をつくるのはめんどうなので、
はじめはほそながい団子、そう、ウンコみたいな形にのばした。
すこしそれがかわいてから、ちいさなかたまりにちぎっていく。
この方法がただしいかどうかはわからない。
でも、やっていると、これ以外にやりようがないので、
3年間、おなじやり方をくりかえしている。
うんこ状の種いり団子.jpg
いままではひとりでずっとやってきたけど、
今回は、興味をもってくれるしりあいをさそって
いっしょに仕事をすすめた。
麦は種いりの団子なんてつくらず 畑へちょくせつ種をまくのに、
なんで稲はそうしないのだと たずねられた。
そういえば、ほんとにそうだ。なぜだろう。
鳥や虫にたべられてしまうから、とこたえたけど、
なぜ麦ではできて、稲だとできないのか、
わたしもよくわかっていない。
種いり団子.jpg
できあがったサイコロ状の種いり団子を
ひとつぶずつ田んぼにおとしていく。
きょねんとおととしは、花さかじいさんみたいに、
パラパラと団子を田んぼにばらまいた。
らくだけど、これだと 芽がでてきたときに、
どれが稲で、どれが雑草なのか わかりにくいい。
そこで、ことしはロープをはって、
等間隔に団子をおとすことにした。
種いり団子の数と、田んぼのひろさから、
おおざっぱに計算して50センチ×100センチの間隔をわりだす。
計算とはよべないような「超計算」だけど、
不思議にぴったりまきおえたので、
どうやら計算があっていたみたいだ。
花さかじいさん方式だと15分でまきおわるけど、
ロープにそって ひとつぶずつおとしていくと、
ふたりで1時間半かかった。
田うえにくらべると はるかに簡単とはいえ、
腰をかがめながらの仕事は けっこうきつい。
でも、ものすごくこころもとない花さかじいさん方式よりも、
たしかな手ごたえがある。
豊作の予感だ。
稲がたわわにみのった田んぼを あたまにうかべる。
種まき.jpg

posted by カルピス at 12:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

田んぼでは、レンゲが花をさかす

ひさしぶりに畑と田んぼへでかける。
畑では、キャベツの苗が草にうもれていたので、
まわりの草をかりとる。
べつのウネでは エンドウのツルがのびていたので、
そこらへんにあった木の枝をさして支柱にする。
さいごに、あまり草がはえてないウネに、落花生の種をうえる。
ほんの10粒しかはいっていないのに、200円もするたかい種だ。
40分ほどで
・草とり
・支柱たて
・種まき
と、3つの用事がおわり、
なんだかすごく仕事がはかどった気になる。
すべては自然農法のおかげだ。
苗が草にまけない程度 ちょこちょこっと、
草をかりとればいいし、
種まきも、土をたがやさず、
移植ゴテで穴をあけるだけだから かんたんだ。
肥料もつかわないので、種をうえたらそれでおわり。
もっとも、うまくいかないときのほうがおおい。
そだちにくい野菜は ほとんど収穫がゼロだったりする。

おなじ区画で野菜をつくっているおばあさんが
わたしにはなしかけてきた。
「なにをうえなさる?」
「あんたはすごいやり方をするね」
ろくに手をくわえないで野菜をつくろうとするのを、
このおばあさんは「すごいやり方」と もちあげてくれる。
そんなので うまくいくわけない、ときめつけず、
すきにやらせてくれるのがありがたい。
もっとも、ほんとに「すごい」とおもっているわけではなく、
わたしが「ぜんぜん苗がおおきくなりません」というと、
「これからおおきくなるわね。
 肥料をやればおおきくなる」
といいながら 自分の畑へもどられた。
レンゲ.jpg
そのあと田んぼをみてまわる。
秋にまいたレンゲが花をさかせている。
福岡正信さんの自然農法では、
レンゲが雑草をおさえてくれる(はず)。
まだ春があさく、草のいきおいはそれほどでもない。
やわらかく下草がはえた状態の田んぼは、
雑草がたけだけしくそだつ夏の風景とは べつの顔だ。
連休に種まきをする予定。
レンゲのなかで、たくさんの苗がそだってくれたらいいけど。

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2016年10月04日

いもほり

職場の活動でやきいもをすることになり、
わたしの畑へさつまいもをほりにいく。
仕事として 自分の畑でいもほりができるのはすばらしい。

草にうもれたウネをかきわけて、いもの茎をさがす。
みつけた茎のまわりには、
紅あずまのあかい色が地面から顔をだしていた。
スコップをつきたてて 土をほりおこすと、
おおきないもがいくつもつながっている。
どうせたいした収穫はないと、
はじめからきめてかかっていただけに すごくうれしい。
いつもすじばって やせたいもがほとんどなのに、
今回はいつもとちがい、
まるで農家のひとがそだてたような
よくふとったさつまいもがでてくる。
なんちゃって自然農法なので、なんどか草とりはしたけれど、
肥料も農薬もつかわなかった。
それなのに、こんなにおおきないもがとれるなんて、
わたしの野菜づくりの歴史のなかでも、
上位にランクされるゆたかなみのりだ。
さつまいも.jpg
これまでの収穫を例にあげると、
タマネギはニンニクくらいのおおきさにしかそだたなかったし、
じゃがいもだって 種芋とおなじようなおおきさにしかならない。
ほうれん草は ほんのわずかしか芽をださなかった。
自然農法では、おおきな野菜はつくれないのかと、
自信をなくしていたところだったので、
スコップで土をほりおこすたびに、
だんだんうれしさがこみあげてくる。

いっしょに畑にでかけた方も、
おおきないもができているのにおどろいてくれた。
ふだんは土のついたバケツなんて
ぜったいにもたないひとなのに、
かえるときには自分からバケツを手にされた。
わたしのいもが評価されたような気がしてうれしくなる。

とれたさつまいもをゆでて、夕ごはんのときたべてみる。
あまりあまくない。
まけおしみみたいだけど、あまりあまいさつまいもは、
いもというよりもおかしみたいなので、
さつまいもは、これぐらいのあまさでいいんだ。
やきいもにしたら、きっとすてきないもに姿をかえるだろう。

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2016年09月16日

米づくりがぜんぜんダメだったこと

春に土団子にした稲のモミを5キロ田んぼにまいた。
でも、ほとんど芽がでない。
田んぼのところどころに 数本の穂がみえるだけだ。
ことしの米づくりは、
まったくの失敗におわった。
きょねんできたモミをまいたのだけど、
それが原因で芽がでないとはおもえない。
なにがわるかったのかわからないと、
来年もまたおなじ失敗をくりかえすかもしれない。
直播栽培にくわしいひとの アドバイスをあおぎたいところだ。
稲.jpg
お米はさっぱりだけど、
となりの畑では大豆がよくみのった。
夕ごはんに枝豆としてたべたら、
そんなにおおきな実ではないものの、
つまむ手が とまらないくらいおいしい。
大豆だからあたりまえとはいえ、
まったく肥料はつかってないし、薬もかけてない。
ただ、草かりはなんどもはいっているので、
「なんちゃって」な自然農法だ。
大豆.jpg
ほかによくできたのは 青じそとモロヘイヤで、
どちらもつよい野菜だから、できないほうが どうかしている。
ツルムラサキとトウガラシはかれてしまった。
トマトやナスといったほかの夏やさいは、
はじめからあきらめてつくらなかった。
肥料と農薬にたよらず、土もたがやさない自然農法は、
なまけもののわたしにぴったりだけど、
なにもしないで 野菜をつくるには
それなりの高度なテクニックが必要だ。
わたしがやっても ほとんどの野菜は
ごくちいさなものしかできない。

仕事でよくとおる場所に、
雑草がいきおいよくそだっている空地がある。
土地を管理するひとが なんどか草をかっているのに、
すぐにまたげんきな雑草がのびてくる。
あきれるほどつよく たくましい姿だ。
そうした光景をみると、
肥料なんかなくても 植物がそだつのがよくわかる。
よくわかるけど、わたしの畑は そうはならない。
あの空地に野菜の種をまいたら、すくすくそだつだろうか。

posted by カルピス at 20:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする