2017年07月06日

1キロ1280円もする南高梅で 梅ぼしをしこむ

3キロの梅をかってきて、梅ぼし用につける。
毎年やってることなのに、毎年のように
お店の棚に梅がなくなるころ あわてて梅をかっている。
スーパーに梅がではじめるころは、梅酒用のわかい梅がおおく、
黄色くうれた梅をまっているあいだに
梅の時期をのがしそうになるのが いつものパターンだ。
まだきょねんつけた梅がすこしのこっており、
3キロつけるか、2キロですますのか、
はっきりきめないまま まよっていたのもよくなかった。

ことしかったのは、1キロ1280円もする南高梅だ。
いつもなら、700円でもたかいとおもうのに、
1280円はいくらなんでもひどい。
ほかの梅をまっていたけど、
いつのまにか やすい梅をみかけなくなった。
梅がなくなってはこまるので、
たかくても1280円で手をうつしかない。
ネットにのった情報では、梅が不作のうえに、
梅どろぼうによる被害がずいぶんでたらしい。
アマゾンをみると、わけあり商品が1キロ 1000円くらいからあり、
手間をかんがえると 1キロ1280円の梅をかってきて
家で梅ぼしをつけていては、わりがあわない。
梅ぼしづくりは、なんとなく
勤勉な日常生活を象徴する行為におもえるので、
ひとつの儀式として ことしもつづけたかった。

エバーノートで「梅干し」を検索すると、
12個のノートがみつかった。
なかには糸井重里さんの「今日のダーリン」もひっかかっている。
梅ぼしのつくり方ではなく、意外にも
ブロクが「毎日なんとか続くコツ」についての記事だ。
ひとつは、「じぶん」が書くしかないとわかったこと。
もうひとつは、「いいこと」なんか書くなよと、
じぶんに教えてやれたこと。
たいしたことない人間だから、
たいしたことないことを書く。

梅は1280円とたかかったけど、
「たいしたことない人間だから」
たいしたことないことをかいたっていいと、
おもいだせてよかった。

検索されたほかのノートにも目をとおすと、
どうも梅ぼしは、平凡な日常生活を
比喩的に表現するときによく顔をだすようだ。
わたしが日常生活の象徴として、梅ぼしづくりをつづけるのは
あながち的はずれのとりくみではなく、
むしろ、梅ぼしがつくる世界観を
ただしく理解しているのかもしれない。
むかしの村上春樹さんだったら ここでアシカを登場させるところだ。
3キロの梅ぼしをつくることで、まともな社会人として
ことしもなんとか いきのびれた気がする。

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2017年06月23日

アーティチョークいりのタジンをつくる

しりあいのハーブショップでアーティチョークをいただいた。
なんねんかまえに、そのお店がだしているメルマガに、
アーティチョークの苗を発売中、とおしらせがのり、
日本でのアーティチョークを 話題にしたことがある。
たべるのだろうか、花をたのしむのだろうか。
おおきなアーティチョークが3つ手にはいったので、
さっそく夕ごはんにタジンをつくった。
アーティチョーク.jpg
モロッコでタジンをたべると、
このアーティチョークがよくはいっていた。
アーティチョークは おおきくてみばえがするけど、
じっさいにたべられるのは、茎のごくいちぶでしかない。
モロッコにいるときは、自分でタジンをつくったわけではないので、
どうやってアーティチョークの下ごしらえをするのかわからない。
花びらみたいなガクをぜんぶとりさり、テキトーに包丁をいれる。
茎だけをとりだすと、あんなにおおきかったアーティチョークから、
ほんのわずかな量しかのこらない。

タジン鍋にいれて弱火でにこむと、ほかの野菜にまぎれてしまい、
アーティチョークが ほとんどみあたらなくなってしまった。
いちばんおおきなかたまりを、なにもしらない母が、
しらないだけ大胆にサジにのせ、自分のお皿にとると、
あとにはごくちいさなかけらしかのこっていない。
たべても、いまのがいったいなんだったのかわからにほど
すごくささやかなアーティチョークいりタジンとなった。
タジン.jpg
モロッコ料理といえばタジンだけど、
これはごちそうというより煮こみ料理の総称であり、
なにをいれてもタジンとよばれる。
あの帽子みたいなタジン鍋で
スパイスといっしょに煮こめば それがタジンだ。
羊肉がおおいけど、イワシもよくはいっている。
日本でも、数年まえにタジン鍋がはやった。
きっと日本風にアレンジした
あっさり系の蒸し料理となっていることだろう。
モロッコ式タジンのコツは、ちょっとおおすぎるかな、とおもう量の
さらにたくさんのオリーブオイルを鍋にしくこと。
水はいれない。
もうひとつは、あくまでも弱火をたもつ。
弱火で時間をかけたほうが、肉と野菜がやわらかくなり、
ほっておくだけなのに なんとなくできあがる。
ギトギトとしつこくしあがったタジンを
かためのパンですくってたべる。
モロッコへいきたくなってきた。

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2017年06月12日

冷蔵庫にあるのこりものでお弁当をつくるとかんたんだ

お弁当をつくるとき、温度差のあるおかずをくっつけると
いたみやすいので よくないという。
夏はとくに食中毒が心配になるので、
かならず火をとおすようにいわれる。
でも、冷蔵庫にいれてあるものどおしだったら、
どれも低温なので、そのままお弁当箱にいれられる。
火をとおさなくてもお弁当ができあがるのは すごく楽だ。
ごはんだけは、朝たいたものを べつのいれものにいれる。
ごはんのうえにベーコンエッグをのせると、
つめたいおかずだけの味けない雰囲気がおさえられ、
ゆたかな食生活を演出できる(ような気がする)。

職場についたら、お弁当を冷蔵庫にすぐいれる。
わたしは通勤時間が10分なので、
ほぼ冷蔵庫から冷蔵庫へと、お弁当箱をリレーできる。
衛生面からみて 完璧だ。
職場にはレンジがなく、おひるには、つめたいままのお弁当をたべる。
ひんやりしたお弁当は、冬だとあまりたのしくないけど、
夏はそんなに気にならない。
わたしはもう、つめたいお弁当になれた。
おかずがつめたいのは致命傷ではなく、
大切なのはなにがお弁当箱につめられているかだ。

冷蔵庫にたよったお弁当の問題点は、
いかにも残飯ふうで、おいしくなさそうなみかけだ。
おかずをひとつずつ、しきりでわければ
もうすこしみた目がよくなるだろうけど、
めんどくさいので わたしはおかずぜんぶを いっしょくたにいれる。
ひえているので、たとえば野菜いためや煮物などはかたまっており、
しきりがなくてもあつかえる。
キャラ弁がはやる時代に、かなり残念なみかけではあるものの、
おなかにいれてしまえばいっしょと 昭和うまれはかんがえる。

夕ごはんがおわったとき、
テーブルにおかずがたくさんのこっているなら、
かたづけるついでに、はやばやとお弁当箱にいれてしまうのもいい。
これだと、朝のいそがしい時間に お弁当の準備をしなくてもいいので、
もっとも時間に余裕がもてるやりかただ。
朝ごはんのおわりに ゆっくりコーヒーがのめ、
その日の予定を確認したりと、いちにちを冷静にスタートできる。
朝をトータルでかんがえると、お弁当づくりに時間をとられるより、
できるだけ手間をかけず、そのぶん新聞をよんだり
コーヒーをいれたりにまわせるほうが ゆたかだとわたしはおもう。

お弁当づくりを、冷蔵庫にいれてあるおかずにたよるので、
冷蔵庫になにがあるのかをいつも気にかける。
したがって、おかずがいたむまえに ぜんぶたべきる。
いいことばかりだ。
冷蔵庫のなかで ものをくさらせるひとの気がしれない。

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2017年04月27日

ハックルベリー・フィンにでてきた「12リットルのウィスキー」をみてみたい

『ハックルベリー・フィンの冒険』には、
出発のまえに食糧を用意する場面がときどきあり、
たとえばボートにつみこむ食糧を、
ベーコンやコーヒーなど、ひとつひとつおしえてくれる。
こういうのは小説のたいせつなテクニックで、
たとえば「ごちそうをたべました」よりも、
具体的になにをたべたのかが かきだしてあるほうが、
よむほうは安心する。

「ハックルベリー」のなかに、
「12リットルいりのウィスキー」がでてきた。
日本にも、4リットルいりの焼酎やウィスキーがうれているけど、
12リットルはさすがにないのでは。
12リットルもはいったビンや樽がでまわっていたのだから、
ウィスキーは、男たちがただよっぱらうためにのむ、
雑な酒だったのだろうと推測する。
そんな大量のウィスキーが家にあれば、
酒をたしなむ程度ではおさまらず、
のみすぎて仕事にならないにきまっている。
12リットルのウィスキーが、
あたりまえに流通していた当時のアメリカは、
いったいどんな社会だったのだろう。

朝日新聞の島根版に、お弁当にいれるおかずの数が、
島根は全国でいちばんおおい、とのっていた。
全国平均が4.5品のところ、島根は5.8品らしい。
ニチレイフーズのアンケートの結果であり、
じっさいにうれた商品からわりだした数字ではなく、
5.8品といわれてもピンとこない。

・江戸時代の藩主は食通として知られており、
 県民にそのDNAが引き継がれている
・冬の寒さが厳しく、いつでも食べられるように、
 冷蔵庫につくだ煮や漬物などを常備する家庭がおおい。
・島根は米も魚介類も野菜も本当においしい。
・大家族が多く、食卓に並ぶおかずや作りおきが多いことが
 影響しているのかも

など、いくつかの憶測がかかれているけど、
どれもたいした根拠にはおもえない。
「島根は米も魚介類も野菜も本当においしい」なんて、
ただのおもいこみであり、
だれもが自分たちの県は「米も魚介類も野菜も本当においしい」
とおもっているのでは。

わたしは毎朝 自分のお弁当を自分でつくっている。
のこりものをいれるだけだったり、
タマゴやきでスペースをうめたりがおおく、
品かずをかぞえたことはない。
冷凍食品をつかったり、色どりをかんがえたりはせず、
おなじようなおかずが毎日くりかえされる。
島根県民のお弁当としては、ふさわしくない内容だ。
キャラ弁などからは、対極に位置するお弁当といえる。
といっても、コンビニ弁当を
お弁当箱にただうつしただけでは さすがにさみしい。
雑ななかにも、なにかひかるところのあるお弁当をめざしている。
お酒だって、いくらやすくても
4リットルいりのペットボトルウィスキーをかおうとはおもわない。
なんだかんだいっても、わたしには
島根県民のDNAがながれているのだろうか。

posted by カルピス at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

キャベツはえらい

きのうの朝日新聞に、クックパッドの分析をもとにした
「おうちごはん 毎日どうしてる?」がのった。
食材としては、キャベツがいちばん検索されているという。
もうひとつ キャベツがらみのはなしでは、
しばらくまえの「今日のダーリン」で、
糸井重里さんが、野菜とは、キャベツのことではないか、
と「発見」していた。
「野菜をいっぱい食べなさいね」
 というセリフがあるとき、その野菜とは、
 ほぼ80%くらいがキャベツのことを示しているだろう。

クックパッドで検索1位の実績は、
糸井さんの「野菜=キャベツ説」を裏づけしている。

わたしもキャベツにお世話になっている。
キャベツをいれた野菜いためを まいにちのようにつくるし、
ほかになにも食材がないときでも、
キャベツさえあれば バターでいため
ちょっとしょーゆをたらすだけで、立派な一品となる。
やいても むしても なまでもいいし、
お腹にたまる実力だって かなりたかい。

わかいころ島根の村で1年間の農業研修に参加していたとき、
冬のあいだ ずっと畑が雪におおわれ
なかなか野菜が手にはいらなかった。
そんなとき、豚の飼料用としてそだてられていたキャベツが
わたしたちの野菜不足をすくってくれた。
飼料用だからか やたらとおおきなキャベツで、
どんなにおおざっぱな味かと警戒していたけど、
たべてみると、ふつうのキャベツとまったくかわりがない。
キャベツはどんな料理にいれても それなりにおさまる。
キャベツのえらさをしった はじめての体験となった。

とはいえ、緑黄色野菜がえらいとか、
タマネギは血圧をさげるとかいわれるなかで、
キャベツは その実力のわりに ひくくみられている気がする。
糸井さんが「発見」してくれなかったら、
わたしだって 日本の野菜はキャベツであるという現実が
いつまでも目にはいらなかったにちがいない。
きょねんの秋に、野菜がねあがりしたとき、
キャベツと白菜がたかくてたいへんだった。
キャベツのありがたさが身にしみたので、
いかにも泥縄式だけど 畑にキャベツのタネをまいている。
例によって 無肥料・非耕起のせいか、
芽はでたものの あまりそだたず、
農業研修のときみたいな救世主には ならなかった。
スーパーでかうキャベツだって そこそこおいしいのだから、
畑でつくれば きっと味のこゆいキャベツがたべられるだろう。
タマネギと白菜は むつかしいのであきらめたけど、
失敗にこりず、キャベツはもうすこしねばってみよう。

キャベツのことをかいていたら、
コーンビーフのキャベツいためが きゅうにたべたくなってきた。
とにかくお腹にたまればいいだろうという
なりふりかまわない下品さがすきだ。

posted by カルピス at 21:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする