2017年07月07日

老化

保育園の庭であそぶ子どもたちをみていると、
しゃがみこんでるか はしっているかで、
ゆっくりあるいたりはしない。
かけまわらずにおれない、生物的な衝動にみちているみたいだ。

わたしはジョギングのまえに、
ほとんどウォーミングアップなしではしりだす。
もう、はじめはほんとうにヘロヘロなはしりで、
脳のだす指令が からだのはしっこにいきとどかず、
からまわりするように手足をうごかす。
いったいこのヘロヘロ感はなんなのだと、
ながねんの疑問だったけど、
このまえようやくおもいついた。
これは、単純に老化現象なのではないか。
いまのところ、日常生活に支障はなく、
ふつうにあるけ、仕事もできるけど、
トレーニングなどのはげしい運動になると、
きゅうにギアをきりかえられるほど
からだはいつでも準備ができている状態ではない。

16歳になるネコのピピは、
いちにちのうち 22時間をねてすごしている。
たべる以外の時間は、ぜんぶまるくなっている。
ネコはもともとくつろぐ時間がながいとはいえ、
22時間はさすがにすごい。
これもまたあきらかに老化なのであり、
彼らのような晩年のすごし方こそ、生物的には自然な姿なのだろう。
ネコの16歳は、人間でいうと75歳になるので、
はしりまわらないのは あたりまえだ。

人間は、いまでこそ90ちかくまで生きるけど、
種の保存を目的に生きる生物としてとらえると、
50歳でそのやくめをおえている。
55になるわたしは、老化しながら 死にむかって
ゆるやかに坂道をくだっている。
いきなりのジョギングに、からだはとまどっているのだ。

なんておもっていたら、けさの朝日新聞に
一柳彗さんが さらっとすごいことをかいておられる。
 2012年に103歳で亡くなった前衛作曲家のエリオット・カーターも、90歳をこえてからがすごかった。晩年に挑戦する心が増してくるというのが本物ですよ。年をとってからの方が、社会からの束縛が少なくなるぶん、好奇心に純粋に従えるようになる。だから、古いものへの反発も逆に少なくなる。新しいか古いかは、実は面白いかどうかには関係ないんです。
 身体の方はそりゃあ、昔ほど元気ではないですが、若い頃にできなかった大変のことが軽々とできたりすることがあります。作曲でもピアノでも。こだわりも消えました。(「人生の贈り物」より)

動物と人間の老化はちがうのだろうか。

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2017年05月22日

ながいきするために生きているわけではない、が基本方針

鍼灸の先生がかいた健康法の本に、
ながいきするために生きているわけではないので、
みたいなことがかいてあった。
そのさきがどうつづくのか、正確にはおぼえていないけど、
たしか、たまには夜ふかししたり、
おそい時間に夕ごはんをたべる日があっても大丈夫と、
自分をゆるす例があげられていたとおもう。
なにごとも 原則は大切だけど、
あまり厳密にかんがえすぎると たのしくないですよ、というたとえだ。

「ながいきするために生きているわけではない」を、
なにかにつけてわたしはいいわけにつかい、
余計な寝酒のおかわりや、夜おそくまでの読書を ときどきたのしむ。
寝酒のほうは、ときどきよりも「しばしば」が適切なほど、
便利につかわせてもらっている。
つぎの日につらいおもいをするのがわかっていながら、
そのときのここちよさにまけるのは、
ただアルコールに脳が支配されているだけかもしれないけど、
おおげさにいえば、生きているよろこびをかみしめるひとときだ。
この一杯を我慢したり、ときどきの夜ふかしをやめれば、
すこしはながいきできるかもしれないけど、
そうまでして生きたところで なんの人生かとおもう。

「ながいきするために生きて」いるのでなければ、
わたしはなにを目的に生きているのか。
そこらへんはあまり深刻にかんがえず、
頭とからだがここちよければ それでよしとする。
もちろん ながいきはしたいけれど、
そのためにいろいろしばられるのは かなわない。
それに、ハメをはずすのは、ほんのときたまであり、
基本的にわたしの生活は、きわめて禁欲的だ。
これぐらいつつましく くらしながら、
ながいきできなかったとしても、
それはそれでしかたがないとわりきれる。

人生の目的については、梅棹忠夫さんの
『わたしの人生論』でしっかりまなばせてもらったので、
基本方針はさだまっている。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/394704571.html
人生の目的は、あったほうが生きやすいかもしれないけど、
なくてもどうということはない。
地球規模でとらえた場合、
目的がないほうがうまくいくかもしれない。
ながいきは、人生の目的に なりえない。

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2017年02月19日

歯間ブラシへの抵抗感

歯石をとってもらうために歯医者さんをたずねたら、
歯石のほかにもわるいところがみつかった。
つめものが歯にあわなくなっているのと、
歯のすきまにブラシがとどいていないので、
よごれがおちていないそうだ。
つめものは、あたらしく型をとってもらい、
歯石をぜんぶとってから つけかえましょう、といわれる。
歯のすきまにたまるカスについては、
ふつうの歯ブラシでは限界があるので、
歯間ブラシをすすめられた。
歯間ブラシは、エントツそうじのブラシを
歯のサイズにあうくらいちいさくしたもので
(これではかえってイメージできないか)、
歯医者さんでなくても ドラッグストアで手にはいる。

家でも歯間ブラシをつかいはじめると、
いかにもくまなく歯がきれいになるようで
あんがいおもしろくとりくめるし、
こころなしか 口のなかがすっきりする。
でも、ちょこちょこと、歯間ブラシで歯のすきまをせめていると、
こんな不自然な行為はないような気がしてきた。
ながい人類の歴史で、歯間ブラシをつかうようになったのは、
ほんのごく最近のできごとだろう。
歯みがきは、ちがう。
おおむかしから(いつからかはしらない)、
人類は木の枝をしゃぶったり かじったりして、
歯のそうじをこころみてきた。
虫歯予防というよりも、心理的な爽快感だったかもしれないし、
歯になにかがはさまったのをとるために、
必要な「歯みがき」だったかもしれない。
動物と人間とのおおきなちがいは、
歯をみがくか、みがかないかだ
(いまおもいついた格言)。

しかし、歯間ブラシとなると、
かなりこまかな技術がなければつくれないし、
そんなところのゴミをとろうなんて発想を、
むかしのひとはもたなかったとおもう。
そもそも歯にすきまができるのは、
老化にともないハグキがやせるのが原因であり、
50歳をこえてまで生きつづけようとするから
歯間ブラシなんてものが必要になる。
歯みがきのさいごに、しあげとして、
歯間ブラシをつかいながら、
こんなちょこざいな行為をしてまで
わたしはながいきしたいのかと、
なんだかさみしくなってきた。
歯にすきまができるまで生きたんだから、
すみやかに死ぬ時期をむかえているのではないか。

ゾウやネコが、死期をさっすると、
死に場所をもとめて むれからはなれたり、
家からでたり、というのはどうやら俗説らしいけど、
人間もまた、生物としてのやくわりをおえた50歳になれば、
ながいきばかりをもとめずに、
さいごの形づくり(まけをさとった棋士のように)を頭におき、
おだやかなさいごを演出したほうがいいのではないか。

わたしがいいたいのは、お化粧と整形の関係のように、
歯みがきまでは当然としても、歯間ブラシは整形、
つまりいきすぎた行為なのでは、という疑問だ。
たとえばローマ法王に歯間ブラシの是非をたずねたら、
どんな判断をくだされるのか興味がある。
ながいきをもとめ、人間には どこまでの行為がゆるされるのだろう。
臓器移植やガンの克服などとおなじ問題意識として、
歯間ブラシへの欲望は、はたして ときはなしてもいいものかどうか。

歯間ブラシは ブラシがおれるまでつかえるから、
8本いり300円で しばらくわたしの歯のすきまをきれいにしてくれる。
やってみると、ぜんぜんめんどくさくないので、
そのうち習慣になるかもしれない。
こざかしく歯間ブラシをうごかしながら、
悪魔に魂をうりわたしたようで、
しばらくモンモンとなる日がつづきそうだ。

posted by カルピス at 20:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

健康問題

職場の健康診断をうけないかわりに、
漢方薬を処方してもらっている病院で、
年にいちど血液検査をおねがいしている。
健康診断をうけないのは、
どこかわるいところがみつかって、
再検査なんていわれるのがいやだから。
再検査して、たとえばガンがみつかりました、となった場合、
わたしのよわいこころは のりこえられそうにない。
だったら、なにもしらずに、そのまま死のう、という
よわいんだか つよいんだか わからない論理にすがっている。
病名がわかっても なおしようがないのなら、
しらないほうがいいという論理武装だ。

でも、この武装はとてもよわく、
歳をとるにつれ、血液検査の数値に自信がもてなくなると、
検査の結果をきくたびに ものすごくストレスをうける。
死ぬときがきたら 死ねばいいという趣旨からはなれ、
数値に一喜一憂する自分がかなしい。
健康に自信がもてない心理につけこんで、
中年たちの不安をかきたてる ネットや雑誌にはらをたてる。

自分の健康が盤石でなくなると、
健康そうにみえるまわりのひとも、
あんがい いろいろな問題をかかえているのでは、
とおもうようになった。
元気そうなあのひとも、
じつはコレステロールの値を気にしているかもしれないし、
ほっそりとかっこいいあのひとは、ダイエット商品にたより、
必死の努力で維持しているのかもしれない。
健康そのもののにみえるおじさんだって、
動脈硬化におびえ、血液サラサラの薬を手ばなせないでいるのかも。
確率からいって、40歳をすぎたら、おおくのひとが
なんらかの健康問題をかかえているはずだ。
健康こそが、だれにもしられたくない
最大のプライバシーかもしれない。

ながいきしたところで、
いいことばかりでないのは よくわかっている。
いつまでも生きられるわけではないし、
ながいきするほど したしいひとがポツリポツリと死んでいく。
認知症になれば よほど達観したひとでなければ
かなしみから たちなおれないだろう。
歳をとるほどガンのリスクはたかくなる。
健康面でも経済的にも、
いまのくらしを いつまでつづけられるかはわからない。

それでも健康への不安からのがれられないのは、
こころのよわさが問題なのだろう。
もうじゅうぶん生きたとおもえたら、
そんなにジタバタしないで
からだの異常をうけいれられるだろうに、
つい もうすこしこのまま生きたいと、よくばってしまう。
つよい精神力の人物がでるはなし、
たとえばコーマック=マッカーシーの小説をよむと、
運命をうけいれ、あるがままに生きようと さとった気になるのに、
なにも症状がでないうちから、血液検査の数値ぐらいで
一喜一憂するのはなさけない。
自分がしあわせとおもえたら、それでいいわけで、
どんな病気になろうとも、これまでの人生に感謝して
ニッコリほほえみながら三途の川をわたりたい。

posted by カルピス at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

カゼをひいても けっきょく やすめない

このところカゼぎみで すっきりしなかったのが、
きのうの仕事(キャンドルナイト)でいっきにひどくなった。
さむいなか、ほとんどうごかずに じっとしていたので、
すっかりからだがひえきってしまった。
けさおきると、ノドと関節がいたい。

こりゃとても仕事にならないなと、
午後からいれているアルバイトをやすもうとおもった。
すこしまえの「今日のダーリン」で糸井重里さんが、
カゼをひいたときは もっとやすもう、みたいなことをかいていた。
しっかりしないからだでは 仕事にならないし、
ほかのひとにカゼがうつる心配もある。
なんでむりして仕事にでる風潮が 日本にはあるのだろう、みたいな。

わたしも、すこしぐらいのカゼなら
バファリンをのんでごまかしてしまうクチだ。
仕事をやすむうしろめたさが ぬけきれない。
でも、きょうは気がるにやすむ練習として
ちょうどいいシチュエーションではないだろうか。
アルバイトをたまにやすむからといって、
そんなに深刻にとらえなくてもいいし、
それこそ発送の仕事にミスがあってはならない。
もういい歳なのだから、本気でからだをいたわったほうがいい。
アルバイトをやすむのをおもいついたときから、
いっぺんで気がらくになった。

新聞をよみながら ゆっくり朝ごはんをたべる。
床そうじをすませて コーヒーをいれる。
時計をみると、もう10時になっていて、
いまから「カゼをひいたので 仕事をやすませてください」
といいだすのは、バイトさきにすごく迷惑だと気づいた。
10時にやすむといわれたら、
その穴うめはお店のひとがやらなければならない。
わたしが逆の立場なら、もっとはやく連絡しろよ、
とおもうにちがいない。

そうじでからだをうごかしたせいか、
あんがい気分はしっかりしている。
食欲も、いつもとかわらないだけあった。
いまから「やすませて」の連絡をいれるより、
3時間くらいなら がんばってみるか、という気になってきた。
なんだかんだいって、けっきょくやすめない。
日本的な なんやかやを、批判しがちなわたしだけど、
そんなわたしこそが 典型的な日本人だ。

せっかくいちどは「やすもう」ときめていたのだから、
アルバイトにでるのなら、なにかごほうびがほしくなった。
ひさしぶりにDVDでもかりてこようか。
そうやってニンジンをぶらさげたがるのも、
日本人の特徴だったりして。

posted by カルピス at 10:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする