2021年11月10日

健康診断の結果をまえにすると、だれもが意気地なし

朝日新聞に連載ちゅうのコラム、
「オトナになった女子たちへ」(伊藤理佐)をよんでいたら、
減塩ちゅうの「ヨシダさん」(理佐さんの夫)が ソバをたべるとき、
メンをツユにつけず、ただつけるふりをしてたべたとある。
ヨシダさんにかぎらず、奇想天外な発想で
よむものをおどろかす才能のもちぬしたちが、
健康診断の結果をまえにすると、
無条件に医者のいうことをききいれて
小市民的な生活をおくるのに すこしがっかりしてしまう。
ほかのジャンルでも、医者のいうことなんか ききそうにないひとが、
すぐに薬をのみはじめたり、なにかをひかえたりする。
健康診断の結果なんて気にしないで、
それまでどおりの生活をおくってほしいのに。
そういうひとは、はじめから健康診断をうけないのかもしれない。
ひとのことばかりはいってられない。
わたしだって、 健康診断の結果に異常があれば、
なんらかの方法で改善をはかろうとする。
薬をのまないまでも、基準をはずれた数値をみると、
あまりいい気もちはしない。
だれもかれも、なんで「健康」のまえでは
こんなに意気地がないんだろう。

posted by カルピス at 21:40 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月27日

3ヶ月後の治療が12月、におどろく

歯医者さんへ定期検診へ。
まえは1年にいちど、歯石をとってもらいに
歯医者さんにいく程度だったけど、
歯周病といわれてからは、3ヶ月ごとにかよっている。
そのつど歯茎の状態をしらべ、数値をタブレットにかきこみ、
前回の検診から どうかわったかを説明される。
そのあと歯石をとり、さいごに
男性の「先生」がチェックする、というながれだ。
いくらまじめに歯みがきをしても、
歯周病がいっこうによくならないので、
3ヶ月にいちどとはいえ、歯医者にいくのは気がおもい。
すこしずつ歯茎の状態がわるくなっているそうで、
親しらず歯が、ほかの歯にわるい影響をあたえるから、
はやくぬいたほうがいい、といつも先生にいわれる。

年をとれば、あるていど歯茎がおとろえるのは
しかたがないと、ひらきなおっていた。
老化にさからおうとすると、どこかにひずみがでる。
ジタバタせずに、親しらずはぬかず、
このままうやむやにすごせたら、とおもっている。

前回の治療のあと、歯茎がひきしまった気がする。
歯をみがいたとき、血がでることがなくなったし、
定期的に歯茎がはれて くるしむこともなくなった。
まじめに歯みがきをつづけた成果が、
ここにきて ようやくあらわれたのだろうか。
歯石をとると、歯をみがきやすくなり、
その結果として歯ぐきがしまってくるそうで、
まさにそんなかんじがしている。
わたしの実感を先生につたえると、
そうだとおもいます、いいサイクルになっているようです、
といわれた。
親しらず歯については、このままようすをみましょうと、
きょうは はじめてぬくはなしをされなかった。

しはらいのあと、3ヶ月後の予約をいれる。
11月の下旬かとおもっていたら、11月は予約でうまっているそうで、
12月3日はどうでしょう?といわれた。
次回の治療は、12月なのかとおどろく。
夏にしてはめずらしく雨もようの天気がつづいたあと、
またあつさがもどり、きょうはいつもの夏だった。
つぎに歯医者さんへいくときは、冬になっている、
というのが なんだかすごい。
夏から冬は、あっというまに季節がかわってしまう。
次回は、秋ではなく冬、というのが、きょうのおどろきだ。

posted by カルピス at 21:45 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月10日

コロナワクチンと「アナ雪」

職場が介護事業所のため、新型コロナウイルスのワクチンを
関連するいくつかの事業所があつまり 合同でうった。
ワクチンを うつかどうかのためらいはなかったけど、
どんな反応がでるかはすこし心配していた。
糸井重里さんがワクチン接種の体験を、
選挙とよくにていた、とかいている。
ながれにそって、粛々とすすんでいったという。
きょうは、職場のメンバーだけだったので、かんたんだった。
問診票をあらかじめ提出しておき、
時間になったらグループごとに会場へ移動する。
注射じたいはすぐおわるし、そのあと15分間、
ようすをたしかめる時間をおく。
あとは保護者のむかえをまつだけだ。
2回めは7月31日と すでにきまっており、
接種券と予診票のようなものは、とくになにもわたされない。

結果からいえば、注射したときも、そのあともいたくなかった。
2時間後に注射のあとをおしても なにもかんじない。
わたしは日常的にひだり側のうでや肩がいたいので、
注射したからといって、いつもとなにもかわらない。
夜になってうでがあがらなくなった、
というひともいるので まだ安心はできないけど、
とりあえず注射が無事におわったことをよろこぶ。

事業所を利用している人と職員がワクチンをうつため、
土曜日だけどきょうは開所日あつかいとなった。
午前はなんらかの活動をして、午後の注射をまつ、
というスケジュールだ。
ほかのグループは、工作などしていたけど、
わたしが所属するクッキー班は、DVDをみることにする。
作品はなんとなく『アナと雪の女王』にきまる。
評判になった作品なのに、わたしはまだみたことがなく、
仕事でみられるなんて まるもうけの気分だ。

でも、よくあることながら、プロジェクターにうつらない。
プロジェクターが問題なのではなく、
パソコンがDVDをひらいてくれず、どうにもならない状態だ。
ウィンドウズパソコンのことはよくわからないので、
担当職員にまかせていたけど、
3台のノートパソコンをためしても うまくいかなかった。
しかたないので、事務処理につかっている
わたしのふるいiMacをもちだした。
21.5インチの画面は、プロジェクターにくらべ かなりみにくいけど、
10人がiMacをかこみ、じっと「アナ雪」に目をこらす。
ワクチンとiMacでの『アナと雪の女王』。
これはこれで、記憶にのこるいちにちとなった。
映画の感想としては、ものすごく絵がきれいで、
声優さんもじょうずなのにおどろかされる。
ただ、あれだけリアルなうごきをかくなら、
なんで実写の作品にしなかったのか不思議におもえた。
アニメーションにする意味をかんがえさせられる作品だ。

posted by カルピス at 17:42 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月03日

『老いる意味』(森村誠一)老いるとは、どういうことなのだろう

『老いる意味』
(森村誠一・中公新書ラクレ)

老いるとはどういうことなのだろう。
断片的には情報がはいってくるものの、
老いを体験しつつあるひとりの老人として、
森村さんが自分の状況をかたってくれるのはありがたい。
わたしはもうすぐ60歳となり、
年をとったと自虐的にいうものの、さほど実感がともなわない。
わすれものはおおくなったし、
およぐタイムはだんだんとおそくなっているけど、
それでもまだ決定的に老いをダメおしされた気はしない。
年をとるとは、どういうことなのだろう。
これからのわたしに、なにがやってくるのだろう。
なにか参考になればと本書をひらいた。

森村さんは、老人性うつ病に3年間くるしんでいる。
食欲がなくなり、まわりの景色が色をうしない、
作家なのによごれきったことばしかかけなくなる。
認知症の症状もでて、腰痛にもなやまされ、
それでもいつかはたちなおれることをしんじて
いちにち いちにちを生きていく。
こういう情報が、わたしはしりたかった。
いつかわたしがどんよりとした朝をむかえたとき、
これが老人性うつというやつか、と
自分で診断がつけば、うろたえずにすむだろう。

いちど最低なときを経験した森村さんは、
仕事への意欲はもちつづけたものの、
あまりおおくをのぞまず、
ほどほどのところで生きていければいいと
達観したようにみえる。
病気にかかっても、病気といっしょに生きていけばいい。
第4章からは、老いをむかえるにあたり、
具体的なアドバイスがかかれている。
・「昼寝」の効用は大きい
・誰でも「一日三食」がいいとは限らない
・「量より質」で、おいしいものを求め続ける
めあたらしい項目はとくになく、
あたりまえのことがかかれているのすぎない。
老いとは、特別なことではなく、
だれにでもくるあたりまえの変化なのがわかる。

わたしが「老い」にイメージしているのは、
からだがおもうようにうごかなくなり、
社会とのかかわりがうすれる 孤独な老人だ。
わたしがそんな老いをむかえても、ひととのかかわりを、
あまりのぞまずに生きてきたツケだから、
いまさらどうしようもない。
こわいのは、病気やケガだだけど、
これもまた心配してもしょうがない。
老いをむかえる準備として、
なにかこころがまえができるかとおもったけど、
じっさいに自分が老いてみないと 切実な問題としてよめない。
けっきょく、これまで生きてきたようにしか
老いをむかえられないのだろう。

posted by カルピス at 22:05 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月15日

なぜ母(89歳)は有名人よりながいきなのか

せんじつは、ノーベル化学賞を受賞した根岸さんの死去がほうじられ、
きょうの新聞には、小林亜星さんの死がつたえられている。
根岸さんは85歳で、亜星さんは88歳。
日本人男性の平均寿命は81.4歳なので、
どちらもそれよりながいきされている。
わたしの母は89歳で、まだすぐにはいきそうにない。
日本人女性の平均寿命は87.4歳というので、
平均をようやくすこしうわまわったところだ。

最近なくなったおふたりが、母より年下だったのは、
日本人の平均寿命の男女差を、
そのままあわらしているだけかもしれない。
とはいえ、有名人や科学者は、健康についても
豊富な情報をもっているようなイメージがある。
亜星さんのような芸能人は、その手の話題が
いくらでも耳にはいってきそうだし、
根岸さんのように、ノーベル賞をうけた科学者なら、
科学的な知識で健康を維持されているようにおもってしまう。
母よりも年下の有名人がなくなると、
お金と情報を豊富にもっているひとたちより、
なぜ母のほうがながいきなのかと不思議におもう。

母の健康法は、ヨーグルトやヤクルトをのむくらいで、
とくにサプリメントをとっているわけではないし、
運動だって、むかしやっていたヨガを、
うんとかんたんにして、畳にねっころがるくらいだ。
ながくはあるけなくなり、200メートルはなれた
スーパーマーケットへ、発泡スチロールやアルミ缶の資源ゴミを
もっていくのがやっとな状態になっている。
7年まえに大腸ガンの手術をしたけど、
順調に回復し、いまではなんでもたべられる。
とくに夕ごはんは、わたしと配偶者とおなじ料理を、
量はすこしへらすとはいえ、ぜんぶたべている。
このごろは、老人が栄養失調にならないよう、
たんぱく質をたくさんとるようにいわれるけど、
母くらいたくさん肉や魚をたべている老人はそういないとおもう。
母がノーベル賞受賞者や、伝説的な作曲家よりもながいきなのは、
なんでもよくたべることと関係ありそうだ。

中年のころの母は、こまかなことも気にするような
いっしょにいてたのしい人物ではなかったけど、
60歳くらいから、きゅうにまるい性格になった。
いまは、どんなひとにもやさしいし、
なにごとにも感謝して生きている。
そんなこころのもち方が、ながいきについても
いいほうに影響しているのかもしれない。

ながいきするかどうかは、いくつもの要因がからみあい、
有名であることとながいきは、あまり関係がなさそうだ。
では、どんなひとがながいきしているのか、
そして、どんなことをすればながいきにつながるのか。
もうひとつ、ながいきをしたひとは、
自分の一生を、しあわせだったとおもえるかどうかもしりたい。
母にきけばよさそうだけど、おそろしくて、うっかりきけない。

posted by カルピス at 22:15 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする