2021年12月02日

雨を心配しない服装でおでかけするとたのしい

つめたい雨がふる時期にはいった。
からだがぬれないよう、しっかりふせがないと、
すぐに体調をくずしてしまう。
冬の雨には、どんな雨具をつかえばいいだろうか。
雨がふれば、たいていのひとはカサをさすけど、
カサがふせぐのは、いいとこ上半身だけで、
くつやズボンはけっこうぬれてしまう。
風がふいたり、雨がつよくふれば、上半身だってまもってくれない。
なので、わたしはカサをさすとともに、防水のくつをはき
(できれば長ぐつ)、雨具のズボンもはくようにしている。
上下ともカッパをきて、カサはささない、
という手もあるけど、散歩や山あるきならまだしも、
通勤・通学という場面では ちょっと猛々しい。

デイリーポータルZにのった、
「ドイツ人が傘をささない理由を探ったら、ことわざにたどり着いた」
https://dailyportalz.jp/kiji/germans-proverbial-rain
が興味ぶかかった。
欧米人はすこしぐらいぬれたもカサをささないというけど、
その理由をさぐっていくと、2つのことわざにたどりついたという。

・天気が悪いわけじゃない、服装が不適切なだけだ
・別に(からだが)砂糖でできてるわけじゃないし

うえのことわざは、カサよりも適切な道具として
レインジャケットをつかうひとたちのことで、
たしかに ぬれても平気な服装にすれば、雨なんてこわくない。
したのことわざは、すこしぐらいぬれてもたいしたことない、
というひとたちのかんがえかただ。
それも一理あるけど、冬の雨にぬれるのはさけたいし、
そもそも わたしはぬれるのがきらいなので、
うえのことわざのほうに一票をとうじたい。
雨がふってもこまらない服装にするだけで、
気分は旅行者で、通勤もお手軽なアウトドアとなる。
天候に行動を左右されない服装でいると、
ただそれだけで すごく自由をかんじさせてくれる。

posted by カルピス at 21:31 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月21日

ヨシダプロ氏の「人生はデフォルトでは無観客」に共感する

ヨシダプロ氏が、デイリーポータルZに
毎年恒例の「夏休みおとなの絵日記」をのせていた。
https://dailyportalz.jp/kiji/otona-no-enikki-2021
さすがに東京五輪がらみの日記がおおい。
なかでもよかったのが
五輪で知らない国同士の試合が
無観客の会場で行われているのを見ると、
一体これは何なのか、部活の練習か、と思える。

と、もうひとつ。
五輪の競技で無観客なうえに
放送まで無しとなると、
一体何のためにやっているのか、と
モチベが難しそうだが、
人生というのはデフォルトでは
無観客で放送も無いものなのである。

このふたつをあわせると、
日本がらみではない試合が
無観客・放送なし、でおこなわれた場合、
選手たちは、わざわざ東京まできて
いったいなにをしているのかと、
モチベーションをたもちにくい、となる。

だれもきいてないところで森の木がたおれたら、
その現象は現実かどうか、という禅問答みたいなのがあるけど、
東京の体育館で、ひっそりと試合がおこなわれたら、
はたしてそれは五輪の試合とおもえるかどうか。
おおくのひとが注目してくれたり、
テレビで放送されるから、選手たちはやる気がでるのであり、
無観客の会場で、テレビカメラもなし、となれば、
わざわざ東京にくる必要があったのか、という気がしてくる。

五輪がおわり、あとから評価がたかまった競技に、
スケボーなどのマイナースポーツがある。
おおきな組織がバックにあるわけではなく、
ただすきでやっています、というかんじがこのましい。
いぜんからある競技だけでなく、
こんなふうに、あたらしい競技が五輪の種目にとりいれられたら、
わかいひとたちも、関心をもつかもしれない。

反対に、種目のなかにはおなじひとばかりが参加するものもある。
乗馬とか射撃は、いちぶのひとだけが独占しているようで
五輪の種目として適切かどうか疑問だ。
ほかの競技も、たとえば野球は人気がある国のほうがすくないし、
サッカーはU-23とかで、べつにやらなくてもいい大会だし、
バスケットボールは3人制とか、わけがわからなくなっているし、
ふるくからある陸上や水泳は、栄誉とかなんとか
いろんなものがくっつきすぎているし、
けっきょく五輪はたいして必要のない大会におもえてくる。
まだマイナーで、五輪に参加しなければ、
その競技をしってもらえない、というのなら しかたないけど、
そうでなければ、種目としてとりいれなくてもいいのでは。
誘致にまつわる不正や、IOCの偽善的な体質、たかすぎる運営費など、
五輪の本質がうきぼりになってきたのが今回の東京大会だ。
無観客・放送なしの開催は、いろいろなことをおしえてくれた。

posted by カルピス at 21:51 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月16日

オリンピックの本質をえぐりだす大北栄人さんの実験

デイリーポータルZにのった
「めちゃめちゃに運動して金属の円盤を首にかけられると嬉しいのか」
(大北栄人)がおもしろかった。
https://dailyportalz.jp/kiji/to-get-a-metal-medal
なんであんなに金、銀、銅、金、銀、銅、と金属種を言ってるのだろうか。もしかしたら運動して首に金属の円盤状のものをかけられる行為にはものすごい良さがあるのだろうか。
だとしたら一度やってみないといけないのではないだろうか。

ためすにあたり、なんの運動でもいいとはいえ、
野球やサッカーではこのみがでてしまうので、
ここではバスケットボールほどのおおきなダルマを
いろいろうごかす運動に大北さんがとりくむ。
時間は1分間。
気温34.8℃でのダルマまわし1分はきつそうだ。
服には日の丸をぬいつけてある。
応援をうけるとちからのはいり方がちがうのだという。
遠くからカメラマンである安藤さんから声が聞こえる。自分がオリンピック選手のようなイメージを抱く。故郷の人も応援しているのだろうなと。
するとこれは個人戦ではなく団体戦であるように思えてくる。自分の体ではなくみんなの体のような気がしてくるのである。
今だるまを持ち上げる力を抜くのは簡単だ、だがそれは個人の考えによるもので許されないだろう。この体は所属している集団のものなのだから。

そして、いよいよごほうびとして、首に金属の円盤をかけてもらう。
なんとなく、銅より銀、銀より金のほうが
ありがたくおもえてくる。でも、この気もちはほんものだろうか。
ためしに、蛍光ピンクの円盤をかけてもらう。
しかし、なんとなく納得いかない。
それではと、1万円札を首にかけてもらう。
「一分で一万円だからすごいよ!」と安藤さんは言う。たしかに総理大臣クラスの時給だろう。だが納得はいかない。お金に換算されている違和感がある
金じゃねえんだ…という思いがある。この競技がなんなのかはわからないのに

ほかにも鍋のふたをためしたあと、
こんどは花を首にかけられた。
花か〜!! これがなんでかはわからないがめちゃくちゃ膝に来た。もう体力が限界に近かったのだろう

花はたしかにうつくしいけど、
花ですまされると、やはり納得できない感情がわいてくる。
そしてつぎは、まるくてたべられるせんべい「雪の宿黒糖みるく味」。
大北さんがだいすきなおかしだけど、圧倒的に納得できない。
でもこれが雪の宿だからだめだと言ってるわけではない。王様しか食べられないキャビアの缶詰めであってもきっと納得いかなかっただろう。食べられるからダメなのだ。実利がともなってはいけないのである。
金属は食べられない無駄なものであり象徴であるからこそいいのだ。

なんだかんだあって、表彰が無事におわり、
大北さんは金メダルを胸にかけて事務所を表敬訪問する。
「かじるんですか!?」と鈴木さんは何も言わないでもわかってくれた。それほどに話題の一件だったのである。
そしてかじっていただいたところ、これが何の競技かもわからないし、真鍮の安い自作の金メダルではあるのにも関わらず、なんとなくげんなりするものがあった。
先程までその価値がどうとか、自分の身体は自分のものではない、みんなのものだとか色々ごたくを並べて葛藤してきたもの。それを知らないおっさんが噛む。ああ、こういうことか、と一瞬で理解をした。

オリンピックとはなにか。まとめてみると、
運動して1位になると金メダルがもらえる。
日の丸を背おうと、団体戦のような気がしてがんばれる。
メダルではなく、お札や花、ましてや おかしでは気もちがなえる。
ここはやはり、ありがたみのある、
比較的ちいさめの金属でできた円盤がのぞましい。
もらった金メダルをしらないおっさんにみせたら、
うっかりかじられてしまうかもしれない。
オリンピックの本質を、ダルマをうごかす運動によって
みごとにえぐりだす 会心の記事にしあがっている。
大北さんと安藤さんのコンビから目がはなせない。

posted by カルピス at 21:55 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月11日

5年まえのエバーノートに どんな記事をとりこんだか

デイリーポータルZをよんでいたら、みゆきさんによる
「10年前にアマゾンで買ったものを覚えているか」がのっていた。
https://dailyportalz.jp/kiji/10nen-mae-amazon-de-katta-mono
わたしがはじめてアマゾンをつかったのは、いつだったかな。
アマゾンの注文履歴をしらべるのはめんどくさいので、
かわりとして、5年間の8月に、エバーノートに
どんなノートをつくったか、をふりかえってみた。
8月11日だけにしぼるのは、検索をつかえばかんたんだけど、
8月11日ぜんご、と、しばりをゆるくすると、
エバーノートの検索機能では、さがすのがむつかしい。
ノートをいろいろなノートブック分類しているひとは、
それぞれのノートブックをのぞいてみなければならない。
ずぼらなわたしは、2016年の11月に分類をやめ、
それ以降つくったノートはすべて「inbox」にほうりこんである。
5年まえまでなら、8月にどんなノートをつくったかが
スクロールしていけば、すぐわかり便利だ(まけおしみ)。
8月にとりこんだ記事の全部を対象にすると、
まとまりがつかないので、
ここはデイリーポータルZの記事だけにしぼってみた。

・2015年
2015年には、デイリーポータルZの編集者である石川さんが、
「おもしろ記事は企画書を書くな」という
林雄司さんのことばを紹介している。
ウェブマスターの林がよく「おもしろ記事は企画書を書くな」と言っております。思いつきの企画なのに、きっちりした資料にするとその過程でちゃんとしてしまったり、逆に「この企画大丈夫かな…」と不安になったりするからです。

・2016年
2016年の8月を代表するのは、
「本を読む姿勢が良すぎると頭がわるそうに見えるのはなぜか」(大北栄人)
https://dailyportalz.jp/kiji/160802197097
いかにもデイリーポータルZらしい記事だ。

・2017年
「数学マニアと行く『素数ハンティングツアー』」(石原たきび)
小川洋子さんの『博士が愛した数式』をよんでから、
素数にしたしみをかんじるようになった。
https://dailyportalz.jp/kiji/170801200304

・2018年
「荒野で旗を持つとかっこよくなる」(興座ひかる)
https://dailyportalz.jp/kiji/180822203752
デイリーポータルZらしいひとつの方向性をしめしている。
ついでながら、アレサ=フランクリンさんがなくなったのは、
この年の8月だ。

・2019年
「別れの手紙ジェネレーター」(林雄司)
https://dailyportalz.jp/kiji/wakareno-tegami-generator
これをつかえば、だれにでもわかれの手紙がかける。

・2020年
「桃は好きですか?」(林雄司)
とりあげた記事は、デイリーポータルZのものではなく、
林雄司さんがかいている個人のブログ「やぎの目」からだ。
吉祥寺の駅ビルの食料品フロア、果物売り場で販売の女性が「桃はお好きですか?」と通り過ぎる人に声をかけていた。
ある男性が「ええ、まあ、はい」と答えたら、では買っていきませんかと勧めていた。
桃が好きであることと、今日買うかどうかは別の話である。
だけど、じゃあどれにする?と話をつなげているのが素晴らしい。セールストークのお手本のようだ。
いつのまにか買うことになっている。
(中略)
マッチ売りの少女も「マッチを買ってください」じゃなくて「マッチはお好きですか?」と聞けばよかったのだ。
大好き!って人がいたらそれはそれでやばい。

ふりかえってみると、わたしはかなり林雄司さんのことばによわい。

posted by カルピス at 22:28 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月30日

「爪を瓜にする」(とりもちうずら)がすばらしい

デイリーポータルZに、とりもちうずらさんの
「爪を瓜にする」がのった。
https://note.com/yorimichiuzura/n/nf91d336f2a67
自由ポータルZにおうぼされた記事なので、
とりもちさんは 専属ライターでないにもかかわらず、
洗練された文章とながれがすばらしい。
内容は、爪と瓜という字が、よくにてるだけ、というのを根拠に、
無理やり瓜をネイルチップにして爪にはる、というものだ。

わたしはこの手の「無理やり系」によわい。
デイリーポータルZをはじめてしったのは、
エンドケイプさんの「グフをフグにする」だった。
https://dailyportalz.jp/kiji/140610164336
グフとフグの字ずらがよくにている、を理由に、
プラモデルのグフを無理やりフグに にせてつくる、
というもので、
・削らない…余計なでっぱりがあるからと削ったりしない
・切らない…パーツが長いからと切断しない
・パテらない…穴を埋めたいからとパテで成形しない
・他パーツ使わない…欲しい形がないからと他の部品を使わない
・グフのパーツを使い切る…入っている全てのパーツを使用する

と、いろいろなしばりをつけて 作業をむつかしくしている。
そのおかげで、記事全体にリアリティと迫力がうまれ、
つくられたフグは、まさにフグとしかいいようのないできばえとなる。

グフをフグにしたからといって、
爪を瓜にしたからといって、
なにがどうなるわけではないけど、そのどーでもよさが
デイリーポータルZのおもしろさのひとつだ。

わたしがすきなヨシダプロさんも、
愛犬ももちゃんが、なにかにみえてしょうがない、と
無理やりコロッケだったりトーストだったりを
ももちゃん風にしあげている。
ヨシダプロさんのシリーズも、かくされた「無理やり系」といえる。

きょうの「折々のことば」(朝日新聞)は、
中島らもさんの
一人の人間の一日には、必ず一人、「その日の天使」がついている。

だった。
ひとは、いろんな偶然にすくわれて生きている、
と鷲田清一さんは説明をくわえている。
爪を瓜にするのをおもいついたとりもちうずらさんには、
その日の天使がおとずれてくれたのだろう。
どーでもよさそうにみえる天使のささやきは、
人生において、けしてどーでもよくないのだ。

posted by カルピス at 19:50 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする