『日本観光ガイド』(酒井順子・光文社)
日本をおとずれた外国人にむけてかかれた観光ガイド、
とおもわせておいて、
じつは日本人もほんとうはよくわかっていない 日本の文化と風俗を
日本人に説明するのを目的としている。
とはいいながら、本来の目的どおり、外国人がもしよめば、
絶好の日本入門書ともなるという、非常にいりくんだ構造をとっている。
もちろん、無理やりややこしいことをいわなくても、
外国人がよんでも、日本人がよんでも、
新鮮な情報を わかりやすく説明してくれる たのしい本なのだけど、
日本語でかかれているし、「小説宝石」の連載がまとめられたものなので、
外国人の旅行者が目にする機会は あまりおおくなかったかもしれない。
よんでいるうちに、外国人観光客になって日本を旅行している気分になる、
たいへんおとくな本にしあがっている。
酒井さんは大学で観光学をまなんでおり、
あまりにもおそすぎた専門分野でのデビューといえるかもしれない。
その後、作家としてのゆたかな経験をつみ、
するどい観察眼と 適度なかるさを身につけた酒井さんにとって、
本書の企画は 上品にあそべる絶好の舞台となったようだ。
・成田空港
・お辞儀
・秋葉原
・スシ
など、25の項目について、
外国人(そして日本人も)が日本をたずねるときに、
しっていたらたのしい情報がたくみに解説されている。
外国人むけにかかれた ちょっとへんな日本語(もちろんわざと)がおかしい。
「私達はいったん工夫とか改良とかを始めてしまったら、
行き着く所まで行かないと、納得できない性質。
便器も肛門も内蔵も、全てクリーンに除菌した未来の私達の姿を、
いつかまた、見にきてくださいね」(トイレ)
「多くの日本人女性は、お洒落や化粧、そしてダイエットが大好きなので、
とてつもないデブとかブスといった
規格から大きく外れた外見をしている人が少ないことに、
まず気付くのではないでしょうか」(美人)
「よさこいソーランはつまり、日本の世の中が
グッドセンス化してしまったが故にくすぶっていたバッドセンスを、
一気に放出させる役割を果たしたのでした。
日本にはまだまだヤンキーセンスを隠し持つ人が大量に棲息していたからこそ、
新しいお祭りであるにもかかわらず、
よさこいソーランはここまで急激に広まったのです」(ヤンキー)
「日本古来の城かと思ったら、個人宅。
西洋の城かと思ったら、ラブホ。
教会があったと思ったら、結婚式場。・・・となったら、
ああ、日本人の考えってわからない!と、
あなたの頭の中は混乱してくるかもしれません。
そんな混乱した頭で歩いていたら、おお、目の前にあるのは、
いかにも伝統ある寺院という感じの建物。
「これでこそ日本!こんな時はお寺を見学して、
気持ちを落ち着けなくては」と思ったあなたは、
建物の中に入っていきます。
すると、何だか様子がおかしいのです。(中略)
そう、あなたが寺院かと思って入った建物は、銭湯です」(城)
「だから日本の女性達は、
『私は心身ともに成熟していませんよ』
ということを異性にアピールするため、
カン高い声で舌足らずに話したり、
口をとがらせて首をかしげてみたり、
内股に立ったりと、つまりは幼女の真似をするのです」(カワイイ)
「こうしてみると、やはりテレビというのは日本社会の縮図なのです。
キャメロン・ディアスがCM画面の中をいくら闊歩していようと、
女子アナの扱い方と彼女達の意識を見れば、
やはり日本の人々が心の中では今もちょんまげを切っていないことが、
よくわかることでしょう」(テレビ)
北海道の紹介では、財政が破綻した夕張をとりあげ、『夕張夫妻』という
いかにもまずしそうな夫婦がキャラクター化されているという。
「つまり夕張は今、『あれも駄目、これも駄目。であるならば・・・』と、
自虐の道を歩こうとしているのです」とあり、
きのうのブログにわたしがかいた、
島根の自虐ネタが最初という主張があやしくなってくる。
この本によると、日本は2003年より
「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を展開しており、
2010年までに1000万人の外国人を誘致する目標をかかげていたそうだ。
2002年には520万人だった外国からの観光客が、
2008年に835万人とおおきくのびているので、
うまくいくかとおもわれたこのキャンペーンは、
リーマン・ブラザーズなどの世界的な不況によって
ブレーキがかかることになる。
しかし、日本の魅力は、景気とか円高に左右されるのではなく、
もっとうちにひめた恥部にこそあるのでは、
というのが酒井さんの指摘である。
「日本における国際化は、諸外国の皆さんが驚くほど進んでいないと思った方がいいでしょう。
しかし日本における最もおおきな観光資源は、実はその部分なのではないかと、筆者は考えます。(中略)
少し前の日本人は、『ガイジンさんから見られても恥ずかしくないように』と、
何事も頑張ってきました。(中略)
しかし今、私達は『ガイジンさんには、恥ずかしいところを見ていただいた方がいいのではないか』
という気持ちになりつつあります」
ここに気づいた酒井さんはさすがにするどい。
自分の短所は、ほかのひとからみれば長所にうつるように、
これまで「恥ずかしい」とおもっていた日本の後進性が、
いまの時代ではクールジャパンにばけた。
「観光立国を進める日本においてこれから必要となってくるのは、
開かれている部分と閉ざされている部分の、
強いコントラストなのだと思います。
交通機関や宿泊施設などは世界の誰もが使用しやすいように整備しつつも、
最も日本らしいねっとりとした部分は、
無理に風通しを良くして国際化など図らずに、そっと残しておく。
日本観光の未来は、そのコントラストの妙にかかってくるのではないかと思うのです」
日本の将来にむけた、すばらしいまとめといえるだろう。
文章をかくときに、「だれにむけてかくのか」「対象はだれなのか」を
はっきりさせるようにと、よくいわれるけれど、
それらの鉄則を酒井さんはじょうずにスルーするのに成功した。
だれかにむけてかかれたおもしろい文章は、
だれがよんでもおもしろいのだ。
外国人むけにかかれたかたちをとる本書の文体によって、
酒井さんの魅力が絶妙にいかされている。
外国人にもわかるやさしいことばをえらびながら、
そのリズムは独特であり、自由自在にあそびまわる。
上品でありながらビミョーにちからのぬけた文章に感心し、
何枚のフセンをはったことか。
また酒井さんの文体は、お金をかけてあそんできた
ゆたかな体験があってこそいきてくる。
ファッションや芸能界、歌舞伎からメイドカフェまで、
なんでもしっている酒井さんは、
外国人に日本を紹介するときだけでなく、
日本人に日本のクールさをつたえるときにおいても、最高のガイドだ。