『来ちゃった』(酒井順子・小学館)
高級女性誌『プレシャス』に連載されたものだという。
いってみたい場所を酒井さんがきめ、
日本じゅうのさまざまな場所をたずねる。
焼畑の村・広島市民球場・倉吉の投入堂、
それに島根県の隠岐などぜんぶで37箇所。
日本だけではなく、アイルランドのダブリンと、
青蔵鉄道にのってラサにでかける海外編もある。
はとバスにのる東京編、ネコで有名な田代島や、
出生率が日本でいちばんたかいという多々良島なんて
ふつうなかなかおもいつかない。
どこもそれなりに名前がしられているけど、
けしてメジャーではないような場所を
よくこんなにたずねたものだ。
鉄女である酒井さんは、
鉄道をつかうと満足してしまうのか、
なかにはあまりおもしろくない回もある。
ごちそうをまえにして
「夕食は、まるで盆と正月が
一緒に来たような食卓でした」
なんてかくのだ。
さすがにこれは手ぬきだろー
とつっこみたくなる。
掲載が『プレシャス』なので、
読者層を意識してあたりさわりのない表現がおおくなったのだろうか。
そうはいっても、基本的にはおもしろいわけで、
はじめはしっている場所についてかかれたはなしをさがしていたけど、
それぞれがめずらいい体験であり、
酒井さん流のスタイルにも共感できるので、
結局すぐにぜんぶよんでしまった。
こんぴら歌舞伎を見学したときの
「東を向いていた海老蔵が西を向けば、
西側の客達は、まるで海老蔵が金の粉でも撒いたかのように、
「キャーッ」と絶叫して破顔。
再び東を向けば、東側の客も絶叫して破顔」
なんて、さすがにうまい。酒井さんならではのものだろう。
こういうふうに、あまりしられていない場所を
(すくなくとも『プレシャス』読者には)、
なにげなく酒井さんがたずねると、
有名な観光地やイベントへむかわなくても、
旅行をたのしむことができることがわかる。
ただ、これは、「はじめに」で酒井さんがかいているように、
ある年齢以上にならないとみえてこない
旅行のおもしろさなのだろう。
どれもが1,2泊の旅行なのもいいかんじだ。
外国へでかけるときなど、
つい、「できるだけながく」
というふうにかんがえてしまうけど、
国内旅行ならこれくらいのみじかさが
ちょうどいいようにおもえてくる。
外国だって、グアムやソウルなんかだったら、
2泊3日でじゅうぶんという気にもなってきた。
気らくにでかけ、2,3日のちょっとした「非日常」をあじわって、
そしてまた家にもどる。
そうした旅行もおとなになったらありなんだ。
酒井さんのゆたかな好奇心と観察力のするどさには
日ごろから敬意をはらっていたけど、
挿絵をかいている「ほしよりこ」さんのあとがきによると、
酒井さんは移動ちゅう、電車でもバスでもフェリーでも
よくねているのだそうだ。
はっと目をさまし「絶景ポイント通過しました」
というのがおかしかった。