2016年06月20日

『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(高野秀行)納豆の常識を、ぜんぶひっくりかえす

『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』
(高野秀行・新潮社)

アジアの納豆といえば、照葉樹林文化論だろう。
日本の縄文時代には、中国の雲南省からヒマラヤにかけて、
お茶やツバキなど、表面がてかてかした
常緑の広葉樹林(照葉樹林)がひろがっていた。
その地域では、お茶・コウジ・納豆・モチなどをこのむ、
日本とおなじような文化がみられると、
植物学者の中尾佐助氏によって
発表されたのが照葉樹林文化論だ。
西日本もかつては照葉樹林がおいしげり、
ヒマラヤや雲南省にくらす民族と共通の文化がみられるという。
縄文時代における農耕の可能性とかさなり、
ロマンチックで壮大なイメージを刺激される。

アジア納豆と日本の納豆は、
おなじ照葉樹林文化にぞくするのだから、
アジアと日本におなじような納豆があったからといって、
なんの不思議もない。
高野さんは なにをいまさらアジアの納豆なんていいだしたのだろう。
でもまあだいすきな高野さんなので、つきあって本書をもとめた。

よみはじめても、照葉樹林文化の説明はみあたらない。
「照葉樹林文化」ということばをさがして
ざっと目をとおすけど、いつまでもでてこない。
350ページの本書にあって、323ページめでようやく
「照葉樹林文化」の語句が顔をみせた。
高野さんは、照葉樹林文化論では
納豆をよくたべる地域を説明できないとして、
否定的なかんがえ方をしめしている。
本書は、照葉樹林文化論とはべつな視点から、
じっさいに納豆をつくり・たべている
ひとたちへの取材をつうじて、
納豆の起源と発祥について仮説をたてている。

日本人は、納豆をたべるのは日本人だけだとおもっているし、
かりにほかの国に納豆とよくにた発酵食品があっても、
それは日本の納豆と根本的に別ものときめつけている。
糸をつよくひくのがよい納豆で、
納豆菌はワラのなかだけにすみ、
納豆特有のにおいがなければほんものの納豆ではなく・・・。
高野さんは、ミャンマー・ネパール・中国、
そして日本での取材により、
これまでおもいこんできた納豆の常識をぜんぶひっくりかえす。

納豆の起源について、納豆が基本的に
山の民によってつくられてきた歴史から、
醤油にかわるダシとしての役割をはたしてきたと 高野さんは指摘する。
醤油や魚醤(ナンプラーやニョクマム)があるところは
納豆のうまみを必要としない。
肉や油がかんたんに手にはいらないからこそ
納豆がもとめられたのだ。
日本でも、納豆をよくたべていた村では、
納豆といえば納豆汁であり、
納豆汁はダシをとらず納豆だけのうまみでつくっていた。

納豆発祥の地についても、
納豆は実に簡単にできる食べ物だ。(中略)いろいろな場所でいろいろは時期に作られるようになり、いったん作られると、近隣の民族にも「お、これ、なかなか美味いな」という調子で伝わっていったのではないか。

煮豆が発酵してしまい、たべてみたらうまかった、
というのが納豆の「おこり」であり、
そんな納豆にはっきりした「発祥の地」は特定できない、
というのが高野さんのかんがえ方だ。

わたしは、納豆について、しっているようで なにもしらなかった。
おおくの日本人もまた、わたしとおなじかんちがいをしている。
これだけポピュラーなたべものなのに、
なぜこんなに理解されてなかったのか ほんとうに不思議だ。
わたしがすきな照葉樹林文化論は否定してあるけれど、
現場での取材をつみあげて 納豆の核心にせまった
迫力のあるノンフィクションとなっている。
日本で納豆をよくたべるのが東北地方と、
照葉樹林文化帯でないだけが問題なのだから、
九州あたりでアジア納豆とおなじ納豆がつくられていたら、
照葉樹林文化論は否定できない。
高野さんによるこれからのさらなる調査をまちたい。

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2015年10月07日

『恋するソマリア』(高野秀行)

『恋するソマリア』(高野秀行・集英社)

『謎の秘密国家ソマリランド』につづく高野さんのソマリ本。
1冊目では、無法地帯とばかりおもっていたソマリアに、
平和で民主的な国があるとしりおどろいた。
2冊目であるこの本は、もはやソマリアを
世間のひとにしってほしくてかかれたものではない。
ソマリずきがこうじた高野さんのねがいは
なんとかソマリのひとに自分をみとめてもらいたいと
反対方向へかわってきた。

しかし、そのおもいは一方的であり、
かたおもいがむくわれるのは かんたんではない。
ソマリはふつうでないから高野さんのこころをとらえた。
非情にアグレッシブで、自分に関係ないことにたいしては
まったく関心をしめさず、ひとなつっこいところもない。
そのソマリ人の特徴が、こんどはブレーキとなって
高野さんのねがいをじゃましてしまう。
かくして『恋するソマリア』は、
高野さんのかたおもいをつづるレポートとなった。

かたおもいはたいへんだ。
ソマリのひとに自分の存在をわすれてほしくないから
高野さんはソマリ関係の仕事をさがし、ソマリをたずねる。
3回目と4回目のソマリ訪問である本書は、
これまでにかなえられなかったソマリランドの日常生活と、
モガディショ以外の南部ソマリアの取材を目的にしていた。
イスラム社会のおおくは、
男性が訪問さきの家で女性としたしくはなしたり、
家の男ぬきでは その家にあがれない。
ソマリランドはそれに輪をかけて
「ふつうの生活」をみるのがむつかしいのだという。
世界の秘境であるソマリの、そのまたいちばんの秘境は
ふつうのくらしだった。
はじめはお茶や食事にさえ まねいてもらえなかったところを、
高野さんはだんだんと料理をおしえてもらえるようになる。
やっと体験できたソマリの家庭料理は、ものすごくテキトーだ。
てきとうな量の油や具材をざざっと入れ、てきとうに鍋に火をかける。なかなか煮えず、汁気が足りなくなると水をつぎ足すだけ。途中で電話がかかってくると、野菜を切る手を止めてしゃべっているし、何かを忘れて家の中に取りに行き、5分ほど帰ってこなかったりもする。(中略)
いつ完成したのかもよくわからない。

南部ソマリアの取材では、念願だった「ふつうのくらし」を
訪問さきの村で体験する。
そこは電気もなく、井戸でもバケツから水をくみあげている。
絵にかいたように素朴な村のくらし。
そんな風景を目にした高野さんは、
アル・シャバーブなど、イスラムの厳格な過激派勢力は
「マオイズム」(農村主義)ではないかと分析する。
誰かに命令されることを何よりも嫌うソマリ人がなぜアル・シャバーブのいうことを聞いているのか。支持する人が多いのか。
それは田舎では別に「過激」でもなんでもないからだ。電気がないのだから、音楽や映画などあるわけがない。酒やタバコなどといった贅沢な商品など買える人はそうそういないだろう。(中略)
ーーこちらの生活のほうが正しいのではないか・・・。(中略)先進国の巨大資本が牛耳り、彼らの価値観がどこまでも押しつけられる世界。そんなゆがんだ世界よりも、伝統にのっとり自然環境に合わせたここの人たちの暮らしのほうがよほどまっとうではないのか、と。

だからといって高野さんが
アル・シャバーブを支持するわけではないけれど、
彼らがうけいれられる環境があり、
かんたんに異質な集団ときめつけられない状況を わたしはしる。

モガディショの治安がよくなったとはいえ、
すこし町をはなれると、
そこにはアル・シャバーブの勢力がおよんでいる。
高野さんたちは、コンボイをくんでの移動中に
アル・シャバーブの攻撃をうけた。
そうした襲撃からまもってくれるウガンダ軍の兵士にたいし、
あろうことか ソマリ人のジャーナリストたちは平気で暴言をはく。
悪気はない。ただおもったことを口にしただけだ。
ソマリ人に入れ込んでも、報われることはないのだろうなとしみじみ思った。
ソマリ人は誰にも助けを求めない。一方的な同情や愛情を必要としてもいない。言ってみれば、彼らは野性のライオンみたいなものだ。野性のライオンを愛するのは勝手だが、ライオンからも愛情を返してもらおうというのは間違っている。彼らの土地で、彼らの素の姿を眺め、一緒に生活をする。
それだけで幸せと思わなければとても一緒にやっていくことはできないのだ。

日本にもどった高野さんは、
ソマリ人の海賊にからんだ事件で
通訳として裁判所にむかう。
ほんのひとこと高野さんとソマリ語をかわしただけで、
そのソマリ人はかたかった表情をくずし、笑顔をみせた。
高野さんは、彼と交流したいとおもいはじめる。
「まだまだソマリへの恋は終わりそうにないのである」
と本書はむすばれている。

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2013年10月17日

『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行)2 全力をあげた取材ならではのすがすがしさ

『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行・本の雑誌社)

ソマリランドについて読者が関心をもつのは、
おなじソマリ人でありながら、
なぜソマリランドだけが武器を手ばなし、
平和な国をきずくことができたかだろう。

ソマリランドは長老たちのはなしあいによって
武装解除ができたということになっている。
しかし、長老たちがはなしあったからといって、
どこの国でも武装解除ができるわけではない。
なぜソマリランドだけがそれに成功できたかを、
高野さんはソマリ社会特有の、氏族制度にもとめている。
氏族とは、日本でいえば源氏や平家、または
徳川家や豊臣家のようなものなのだそうで、
ソマリ社会は民族ではなく、
おなじ氏族であるということを基準にむすびついている。
旧宗主国のイギリスは、間接統治によって
このしくみをのこしてのにひきかえ、
南部ソマリをおさめていたイタリアは
氏族制度をこわし、社会をかえてしまったので、
内戦をやめるための有効な手だてをうしなった。

ただ、その氏族の勢力分布を、ただソマリ語で羅列したところで
おおくの読者にとってたいくつなだけだ。
高野さんはそれぞれの氏族に戦国武将の名をわりふって、
日本人の読者が氏族制度という概念をイメージできるように工夫している。
本書のなかにしばしばでてくる「ラピュタ」や「リアル北斗」という表現も、
ふつうの感覚ではあまりにもありえないソマリ世界を
イメージとしてとらえるためのものだ
(宮崎駿ファンからすると、『天空の城ラピュタ』のあつかいは
あまりたのしいものではない)。

物価がやすく、安全で、サービスも迅速という、
おおくのアフリカ諸国にはない特色の国なのだから、
よんでいるうちにソマリランドへいってみたくなる。
ただ、だんだんとわかってくるのは
ソマリ人が非情にアグレッシブで、自分に関係ないことにたいしては
まったく関心をしめさず、ひとなつっこいところがないという特徴だ。
なにをするにもいくらもらえるか、をかんがえ、
自分に関係のない氏族なら、
よわいものからいくらしぼりとってもいいという社会。
わたしからみても、いっしょにいてたのしいひとたちではなさそうだし、
高野さんにしても、日本人からみるとあまりにも異質なソマリ人気質に
苦手意識をもつ。

きのうのブログに
「よみおえたあとのすがすがしさ」とかいたのは、
高野さんは2どにわたる取材で
はじめはあまりにも異質におもわれたソマリ社会に
完全にうけいれられるようになったからだ。
ご自身もまたソマリ人気質を身につけられ、
「『ソマリ』が私のアイデンティティみたいになってきた」

「彼らは本当に親しい間柄では契約を行なわない。
ワイヤッブが私にそうしたように、『お任せ』なのだ」

高野さんはおおくのソマリ人と「お任せ」の関係になる。
ワイヤッブ氏から「今月は苦しい。ちょっと助けてくれ」
というメールをうけると、「二つ返事」で送金する。
モガディショにいけば、取材でしりあった友人が
ぜんぶ面倒をみてくれる。
「彼らもカネは一切要求してこない」
2012年には2回「帰省」し、たくさんのおみやげをもって
友人知人をたずねている。

「カネはかかるし荷物は多いしで、決してラクではないのだが、
それは帰省のときに誰もが経験することだろう」

高野さんが2012年にソマリランドをたずねたとき、
ちょうど日本の衆議院選挙がおこなわれており、
「新党乱立で国民が混乱」というニュースがながれたという。
ソマリランドでは憲法で「政党は三つまで」とさだめられており、

「ソマリランドのほうがやはりシステム的には日本より上だ」

という感想をもつ。

「何より私がソマリランドの政治を評価するのは、
彼らはいつも自分たちで考えて
自分たちに合うシステムを作っていることだ。(中略)
国連や先進国のお仕着せではなく、安直な真似でもない。(中略)
西欧民主主義を超えたものがたしかにそこにある」(高野)

高野さんは、これまでの取材でかんじた興味・関心から、
ソマリランドとプントランドの国境地域の探検を
つぎの目標にあげている。
ソマリランドについてえた、膨大な知識と経験を、
「ソマリ専門家」としていかすつもりはなく、
あくまでも辺境作家としてソマリにかかわっていく、
という意思表明だ。
この距離感がまた高野さんらしくてすがすがしい。
高野さんならではの取材力をいかして、
本書のように完成度のたかい作品ができあがることを
たのしみにしている。

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2013年10月16日

『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行) web版だけでよんだ気になってはいけない

『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行・本の雑誌社)

わたしは「web本の雑誌」で、
この本にかかれているうちのいくらかはすでによんでおり、
あらためて本をかうまでもないだろうと、
これまでほったらかしてきた。
もし、おなじようなかんがえから、
この本を手にしておられない方がおられたら、
それはおおきなまちがいだ。
ネットでのためしよみと、本をとおしてよむのとでは
ぜんぜんおもしろさがちがう。

ものすごくおもしろかった。
これだけ独創的で中身がこゆく、
よんだあとにすがすがしい気もちにさせてくれる本はそうないだろう。
この本は高野さんの集大成であり、
高野さんでなければかけなかった。
高野さんの辺境への偏愛・語学力・カート
(覚醒作用のある植物)などへの好奇心・ゆるさ。
それらがぜんぶ相互に影響をあたえあい、
まわりまわってさいごにはいい目をだしている。
旅行記ではなく、第一級のルポでもある。
もともと高野さんの本は、探検記というよりも
ルポルタージュの要素がつよかった。
情報の空白地をたずね、そこの社会をえがこうとしている。
そうしたこれまでの経験が、本書ではみごとにいかさた。

ソマリア。
この国の名前にポジティブなイメージをもつひとは
あまりいないだろう。
失敗国家であり、町にでるには武装した民兵を何人もやとわなければ
すぐにころされたり拉致されるおそろしい国。
そんななかに、10年以上も平和を維持している国があるという。
民主主義で、町をゆくひとはだれも武器をもっておらず、
自国の貨幣が流通し、両替商がお金をむきだしにしているほど治安がいいという。
高野さんとしたら、いってみないわけにいかないが、
はじめはどうやっていけばいいのか、
ビザはどこでとればいいのかさえわからなかった。
そんな、まったく情報のない国を2回にわたってたずね、
しだいにソマリランドだけが平和をきずけた謎をときほぐしていく。
それを可能にしたのが高野さんならではの経験であり、
たかい取材力だ。
そこでえた情報を、おもしろく料理する。
今年のベスト1はこの本にきまった。

posted by カルピス at 13:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野秀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

公安のとりしらべがおかしい『西南シルクロードは密林に消える』(高野秀行)

NHK特集でミャンマーにおけるカチン独立運動について
「潜入・カチン戦闘地域」をやっていた。
番組じたいはあまりよく整理されていない内容で、
たいしておもしろくない。
ただ、カチンつながりで、高野秀行さんがこの地域について
本をだしていたことをおもいだした。

中国からカチンをとおってインド領までぬける
『西南シルクロードは密林に消える』(高野秀行・講談社)だ。
ビルマ北部では少数民族のゲリラと政府軍による
紛争がながくつづいていた。
高野さんはゲリラのしりあいをつてに
カチン独立軍を紹介してもらい、
このルートを陸路で走破するための協力をとりつける。

高野さんは日本人カメラマンとともに、
カチン軍兵士2人と運転手という編成で出発する。
ふたりの日本人とも、もちろんカチン人になりすましての密行だ。

それなのに、しばらくいくと、
あっけなく中国の公安につかまってしまう。
カメラマンの荷物にあった大量のカメラ機材と
高野さんがもっていた手紙に「日本の友人へ」
とかかれた手紙がみつかり、

「こいつらはカチン人じゃないぞ」
「日本から来たみたいだ」

と身元がばれて、高野さんははやばやと観念する。

しかし、ばれなかった。
カチン軍兵士は徹底的にしらばっくれる。

「『彼とは話ができません。カチン語をしらないんです』
『は?カチン人がカチン語を知らない?そんなわけないだろう』
ここの時点でおとぼけも限界だと私は思った。
公安の連中もそう思ったはずだ。
しかし、カチン人のゲリラはしぶとい。
「いや、長いこと日本に行ってたんで忘れちゃったんですよ』
と中尉がとんでもないことを言い出した。
『旅行じゃないのか?』
『留学してたんです』運転手が答えた。
『留学?何年間?』
『5年か6年』
『何を習ってたんだ?』
『写真の撮影です』
『それで、カチン語を忘れたって?5年か6年でか?』
『いや、子どものときに行ったんですよ』と急に中尉が口をはさんだ。
『子どもって、何歳くらいのときだ?』
『う〜ん、10歳くらいかな』
『今、彼らは何歳なんだ?』
『30歳です』
『てことは20年間、日本へ行ってたのか?』
『そう、そう。20年も行ってればふつう忘れますよね』(中略)

『彼らはカチン軍が幼少のときに日本へ送り込んだ人間です。
大学を卒業し、一人前のカメラマンになった今、
祖国の独立のため、撮影兵士として帰還したんです!』
私を含め、全員が呆気にとられているなか、
中尉と運転手の合作アドリブはどんどんエスカレートしていった」

らちがあかないので、そのあと高野さんたちは
おおきな町にある警察署へつれていかれる。
こんどはさらにきびしい尋問にあうのだが、
それさえもウソをならべてのらりくらりとはぐらかす。

「『おまえたちはあいつらと何語で話してるんだ?
まさか言葉が通じないで一緒に行動しているわけもないだろう』
これまで公安側の誰も気づかなかった盲点である。
カチン人たちはまたヒソヒソと相談している。
きっとろくな相談じゃない。
『英語ですよ、英語』と中尉が当たり前のような顔をして言った」

けっきょく証拠不十分ということで、
高野さんたちはおとがめなしで釈放される。
中尉がメチャクチャをいってねばったのは、
中国はまがりなにりも「民主国家」だから、
決定的な証拠がなければ処罰されない、という確信をもっていたからだ。
中国を「民主国家」と評価するカチン人もすごいが、
ほんとうにそのとおりになったのだから、
国と国(カチン国としてみとめられていないが)のちから関係やバランスは
国境の最前線にいる彼らのようなひとが
いちばんよくしっているのかもしれない。

高野さんたちの一行は、その後もインドをめざしての密航をつづけ、
とうとうゴールであるインド領の町にたどりつく。
高野さんのルポものでは、
わたしはこの『西南シルクロードは密林に消える』と、
アヘン栽培をじっさいに体験し、
自分もアヘン中毒になってしまうという
『アヘン王国潜入記』(高野秀行・集英社文庫)
がわたしはすきだ。
だれもいかないところへいき、
だれもやらないことをするという、
高野さんのよさがよくいかされている。
そして高野さんの語学力も。
『西南シルクロードは密林に消える』には、
高野さんがビルマ語をはなしてきりぬける場面がある。
たしかにビルマ語ではあるけれど、
ぜんぜん関係のないことを高野さんがいうと、
例の中尉がしっかり中国語に翻訳してくれる。
とはいえ、それでもビルマ語っぽくはなせるなんてすごい。
「そう、そう。20年も行ってればふつう忘れますよね」という
調子のいい中尉のいいわけとともに、
なんどよんでもわらわせられる。

高野さんのブログをよんでいたら、
「高野本の未知なる領域」として、
あたらしい「間違う力」のつかい方がかかれていた。
精神をやみ、会社をやすんでいるひと10人に
高野さんの著書『間違う力』をおくったら、
8人のひとが仕事にもどれたという。
「オンリーワンの10ヶ条」のなかの
「長期スパンで物事を考えない」が
いちばんうけいれられたそうだ。
高野さんの本の魅力はまだまだ奥がふかそうだ。

posted by カルピス at 13:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野秀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする