2016年08月30日

「ドコノコのべんりなぬの」がとどく

ほぼ日から「ドコノコのべんりなぬの」がおくられてきた。
6月15日までに「ドコノコ」をダウンロードしたので、
はやめのご利用ありがとうございます、
みたいなプレゼントらしい。
いくつものネコとイヌの絵がかかれた
50センチ四方のきいろい布で、
「べんりなぬの」といわれても
とりあえずは お弁当をくるむ ふろしきしかおもいつかない。
どんなおおきさのお弁当箱でもつつめるので、
べんりといえば、たしかにべんりかも。
ドコノコべんりなぬの.jpg
ドコノコは、うちのコも、そとのコも、
どこのコも気にとめて、いっしょにくらそう、
というコンセプトのもとに
ほぼ日が提供しているアプリだ。
https://www.dokonoko.jp/static/guide/
わたしはピピを登録しているし、
チラシをとりよせて(無料)、しりあいに紹介した。

ピピの写真をときどきアップするものの、
「よそのコ」のみかたがいまひとつわからない。
自宅から2キロのご近所さんはすぐにみられる。
こまるのは、とおくにすむしりあいが
「うちのコ」を登録したときで、
どれどれと写真をみてみたいのに、
地図からはさがせないし、検索もできない。
しらないコもかわいいけど、
まずはしってるコのようすがみたい。

ドコノコのトップページは、
「ひろば」といって、投稿されたすべての写真が
投稿された順にならんでいる。
でも、ものすごい数の写真なので、
そこからしりあいのコをさがすのは まずむりだ。

それにしても みんなかわいい。
とくにネコたち。
写真をみていると おもわず声がもれてしまう。
わかいネコがほとんどで、ピピみたいなとしよりは
ほとんどみかけない。
ドコノコがアプリとして成熟し、
たくさんのネコとイヌが登録されるにつれ、
だんだんとつかいがってのいい機能がふえていくのだろう。
そのうち「お達者クラブ」みたいなのもできるかも。
まずは、いいスタートがきれてよかった。

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2016年07月07日

「ドコノコ」のチラシがとどく

すこしでも「ドコノコ」を応援したいとおもい
https://www.dokonoko.jp/
チラシをもうしこんだ。
50枚と100枚のうちからえらべる。
無料だ。
https://www.1101.com/dokonokochirashi/index.html

チラシでは、
いずれは、だんだん世界中の犬や猫が、
「お知り合い」になっていくはずです。

と、「ドコノコ」がみとおす世界地図を説明している。
「ドコノコ」は、壮大な社会運動なのだ。
10年後の「ドコノコ」は、
世界をかえているかもしれない。

「ドコノコ」に6枚目の写真をアップしたときは、
「あたらしい仲間」としてピピが紹介された。
きょうとった写真は、
トップページともいうべき「ひろば」にのった。
となりでねているピピを、
たくさんの動物ずきなひとに みてもらえる
うれしさといったらない。

どの子よりもピピの毛はボサボサで、
いわゆるネコ的なかわいさを ほとんどアピールしてない。
口内炎でくちのなかが炎症をおこしており、
ピピが「手うめー」をくりかえすうちに
くちのなかのよごれが手にうつり、
もとは白かった手のひらが、茶色にそまっている。
そんなピピの写真にも、すぐにいくつもの
「いいね!」(のようなもの)の反応があるのが
「ドコノコ」のありがたいところだ。
ピピがたくさんのひとたちに応援してもらっている気がして、
ネコずきたちによる あつい連帯がうれしい。

このまえのブログに、島根の女性にくらべると
鳥取の女性は・・・みたいなことをかいて はげしく後悔した。
どういいわけしても、確実にだれかを不愉快にするので、
ぜったいにそんなはなしをしてはいけない。
でありながら、またおなじあやまちをおかしそうだけど、
「ドコノコ」の写真をみてると
イヌよりもネコのかわいさ・おもしろさに軍配があがる。

ネコは天才的な被写体であり、
どうカメラでうつしても 絵になってしまう。
こんなことを「ドコノコ」の感想として
いうべきではないとおもいつつ、
ネコのかわいさは どうしようもないレベルにたっしている。
わたしにこのようなおろかなラブレターをかかせるのも、
ネコの魅力にとらわれてしまったからだろう
(もちろんわたしはイヌもだいすきです。ほんとうです)。

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2016年02月29日

ほぼ日が提案する「2月29日はさぼる日」

2月29日。
ほぼ日は4年にいちどのこの日を「さぼる日」と位置づけ、
会社をあげて「さぼる」のだという。
http://www.1101.com/20160229/index.html
さぼれ、さぼれ、今日は気持ちよくさぼってみたまえ。
映画館に行け。脂っこいものを食え。人に迷惑をかけろ。
約束を破れ。変な服を着ろ。大事なものを捨ててしまえ。
帳尻合わせのような2月29日を、
いつもと違う何かでいっぱいにしよう。

なんてすてきな提案だろう。
糸井さんが、うえにあげた理念をかかげたのは2008年で、
3回目となる今回は、
すこしずつまわりにひろがっている手ごたえがあるそうだ。
さぼるのを 反対するひとなんか いないとおもうけど、
「会社をあげて」となると さしさわりがでてくるのかもしれない。
バレンタインやハロウィンみたいに、
自由な解釈をくわえながら
日本じゅうにひろまればうれしい。

・なまける
・ぐーたらする
・さぼる

これら3つは、にているようで、
ビミョーになにかがすこしずつちがう。
これらの本質を理解するには、3つのうちのどれでもいいから
とにかく実践してみるといい。
あたまでいじくりまわすだけではだめで、
ある程度かずをこなす必要がある。
糸井さんは、あそびとして「さぼる」を提案しながら、
おおくのひとが じっさいに「さぼる」機会を得た意味はおおきい。

さぼるのがじょうずなひとは 年をとるにつれて
ますますさぼるのがじょうずになり、
そうでないひとは、いつまでもうまくさぼれない。
この格差をすくなくするには、
無理をしてでもさぼる体験がどうしても必要となる。
社会全体がいっせいに「さぼる」のに
抵抗があるひともいるかもしれない。
そんなひとこそ、日常的なさぼりがもとめられている。

「4年にいちど」では すこしものたりない。
とはいえ、毎月ではありがたみがないので、
春・夏・秋・冬の季節にあわせて
いちねんに4回くらいがちょうどいいとおもう。
それくらい頻繁に「さぼる」を体験すれば、
さぼり方が自然と身についてゆき
日本独特といわれる仕事のスタイルが
すこしはかわっていくだろう。

わたしもこの日をたのしみにしてたけど、
なぜかいちにちずれてかぞえており、
きょうが2月28日だとかんちがいしていた。
あしたが本番だとおもっていたら、
あしたはもう3月1日だ。
4年にいちどしかない わたしの2月29日は、
しらない間に どこかへまぎれてしまった。
いつもあたりまえにさぼりすぎていると、
さぼる日をとりにがしたりするので油断ならない。

posted by カルピス at 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | ほぼ日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月30日

嬉々らんらん。なんてすばらしいことば!

すこしまえの「今日の言いまつがい」(ほぼ日)に、

私「せっかく、私が
  嬉々らんらんと
  買って来たのに!」
夫「‥‥そんな言葉、ない」
(ありそうじゃん!) 

というのがのっていた。
「嬉々らんらん」。
わたしはまったく違和感がなかった。
いかにもありそうで、ないのが不思議なくらいだ。
きいただけで雰囲気がつたわってくる。
すぐにつっこんだ「夫」もえらいけど、
ただしいか、ただしくないかはともかくとして、
「嬉々らんらん」はすごくいいことばだ。
どんどんつかっていけば、そのうち「まつがい」じゃなくなりそう。
本をよんでいると、ときどき「ママ」という表示にであう。
一般的はそういわないけど、原文のママ、という意味みたいだ。
「ママ」とだれかがかいてくれるから、
安心して「嬉々らんらん」をつかえばいいとおもった。

ラジオの英語番組で、クリームシチューのつくり方を説明していた。
「じゃがいもの芽をとりのぞく」を、
「じゃがいもの目を」といったような気がして
あとで辞書をみると、ほんとに「目」だった。
じゃがいもの「芽」は、英語で「目」というのをはじめてしった。
そういえば、じゃがいもの芽は目にみえなくもない。
機能的には芽なのに、目にみえるから「目」というのだろうか。

もうひとつ英語ネタでは、
1時間を an hour とかくことにいまさらながら気づいた。
次にくる単語が母音ではじまるときだけに「an」をつかうのとおもっていたのだ。
辞書をみると
a か 、anなのか は「綴字ではなく実際の発音できまる」とある。
「a と an の意味は同じですが、使い方に違いがあります。
上の例で言えば、次にくる単語の最初のアルファベットの発音が、
英語の母音の場合だけ an を使うということです。
※ a UFO は正しく、 an UFO はまちがいということになります」

つぎにくる語の発音によって「a」にするか「an」なのかがきまるというのでは、
はなしがややこしくなる。
規則によって理解するのではなく、
ちからずくでおぼえるしかない。

おぼえるといえば、ロシア語の講座で
「日本語の形容詞は動詞によってかわり、
 ロシア語は名詞に影響される」
というようなことを 黒田龍之助先生がはなしておられた。
なんでロシア語は形容詞さえも
ややこしく変化するのかとおもっていたけど、
ロシア語は名詞がややこしく変化するのだから、
それにともなって形容詞も性がかわるというのはよくわかる。
よくわかるけど、ややこしい変化なので
とても暗記などできそうにないことにかわりはない。

日本語も英語も、ロシア語も、
人工的につくられたことばではないので、
合理的でないきまりがたくさんある。
ひどいはなしだとおもうし、おもしろいとおもうこともある。
「嬉々らんらん」はぜひ生きのびてほしい。
じゃがいもの「目」よりもずっといいセンスだ。

posted by カルピス at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ほぼ日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月29日

ほぼ日「40歳は、惑う」かもしれないけど、50歳もやっぱり「惑う」

ほぼ日に「40歳は、惑う」として
糸井さんが40だったころをふりかえり、
いまの40歳へのアドバイスみたいなものをかかれている。
http://aera.1101.com/itoi.html
ゼロになってちゃんともがいたことが大切だったそうだ。

そういえば、40歳くらいのときに小説をよむと、
主人公のおおくがわたしとおなじ世代に設定されていて、
偶然なのか必然なであいなのか、不思議におもったものだ。
自分が40になったから、同世代のはなしに目がいくようになったことと、
40歳という年齢は、問題をかかえやすい時期なので ものがたりにしやすいという、
両方が原因では、と解釈している。
そうした本をよんでなにをかんじたのか、もうわすれてしまった。
たいした刺激はうけずに、かるくやりすごしたような気がする。

50代になったいまのわたしが なにをもとめているかというと、
50代の男がでてくるはなしがよみたい。
40代によんだ40代が主人公の本よりも、
もっと切実に彼らのなやみがひびいてくるのではないか。
自分の健康に自信がなくなるのは40歳でも、
ほんとうにガタがくるのは50くらいで、
もうのこり時間がたいしておおくないことを本気で意識するようになる。
親の高齢化もますます現実的な問題になるし、
自分についても、このまま年金をもらえるまではたらくのか、
べつのことをはじめるのか、
体力とのこり時間を判断材料に、なんだかんだと「惑う」のが50代だ。

糸井さんがかかれているように、
それぞれの年代が それぞれのなやみをかかえて生きるわけで、
簡単なときなんて、ない。
子どものころは、大人になったらすべてがわかりきったことになり、
あとはすいすいいけるのだときめつけていたけど、
まさかこんなにいつまでもたいへんな人生とはおもわなかった。
いろんなひとの意見や本を参考に、
できるだけ自分のやりたいことを、無理のない範囲でさがしてきたし、
いまもまだ それがつづいている。

もっとも、なやんでいるといっても、
わたしなんかのはそうたいしたものではなく、
もっとおもしろく生きるには、程度のことだ。
生きるか、死ぬかのギリギリのせとぎわにたってという
切実なものではない。
でも、あそびにこそ本質がやどる、という意味で、
「おもしろく生きる」こそ 究極で純粋な なやみなのかもしれない。

いつまでも「のらりくらり感」がきえないのは、
ゼロになって、ちゃんともがかなかったからだろうか。
しかし、わたしもまた、たしかにゼロになった。
問題があるとしたら、そのあとのもがき方だ。
真剣につきつめず、イージーにながした結果が いまのわたしというべきだろう。
それを後悔しているわけではない。
何回やっても、おなじことをくりかえしそうなので、
いまのわたしは なるべくしてなった必然であり、
おちつくべきところにおちついたのだろう。
もっと勤勉に、パワフルに生きているわたしなんか、想像できない。

それなのに、同世代の主人公のはなしがよみたいなんていいだすのは、
純粋にものがたりをたのしみたいからだ。
ありえたかもしれない もうひとりの自分は、なにをしていたか。
ためしに「50歳 男 小説」を検索してみたら、
『マディソン郡の橋』がアドバイスされていた。
そういえば、この本は典型的な50歳・男・小説だ。
日本的な感覚からすると、かっこよすぎて、ありえないけど、
たしかにこれもひとつのこたえではある。

すべての50歳はなやんでいる。
わたしのなやみも、もうしばらくつづく。

posted by カルピス at 13:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | ほぼ日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする