2025年09月28日

「消えゆくブログサイト」

すこしまえの朝日新聞に、「消えゆくブログサイト」
という記事がのっていた。
アクセス数が最盛期の1/3となり、運営撤退があいつぐという。
「20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」そうだ。
ブログができたとき、よまれるかよまれないかはべつとして、
自分のかんがえを、自由にネットでのべられるのは
すばらしいことにおもえた。
職場でも、職員がリレーでブログをつづり、
それぞれのひととなりをしることができ、おもしろかった。
それが、いまではツイッター(現X)をはじめとするSNSに、
ネットの中心がうつってしまった。
ツイッターにまったく関心のないわたしは、
スマホをもっていても、通話とききのがし配信くらいしか用はない。

わたしはまえに10年のあいだ、毎日ブログをかきつづけたことがある。
たいへんだったけど、たのしい10年でもあった。
いまよみかえすと、かいたことをまったくおぼえてない記事もおおい。
バックアップをとっている記事は半分ほどしかないので、
お世話になっているシーサーブログが運営をやめたら、
わたしがかきつづけた歴史がうもれてしまう。
退職したら、頭をはたらかせるために、
またブログの習慣を復活させようかともおもっていた。
まさか、ブログがなくなる時代がくるとは。

posted by カルピス at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月13日

ブログにかいたことのおおくをわすれている

10年間つづけたブログのデーターを、
ぜんぶテキストで保存してある。
きょねんの記事を、なんとなくよみかえしてみたら、
内容をほとんどおぼえていないものがおおかった。
自分がこんなことをかいたなんて、とすごく新鮮だ。
5年くらいまえならわかるけど、
たったいちねんまえの記事なのに、
わずかいちねんでさえ、かいた自分はまるで他人だ。
よんだ本の感想にしても、よんだ事実さえわすれているのもある。
だからこそ、文章にしておく意味があるのか、
それとも、かいたことすらわすれるぐらいだから、
かかなくても、どーでもいいことばかりだったのか。

まいにち更新していたので、
よーくかんがえた内容よりも、
おもいつきをむりやりひきのばして、
くるしいまとめになっているのもおおい。
ほとんどよまれていないのも、
こういうときにはつよみとなる。
どうでもいいことを、テキトーにかく。
よく10年つづいたものだ。
いまとなっては いいおもいでになっている。
すこし形をかえて、再開する日がくるかもしれない。

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2021年11月16日

毎日の更新にこだわらないブログはすごく楽

10年間、ブログを毎日更新、という目標を達成してから、
月に数回だけしか記事をかかなくなった。
かきたいことができたときはかく、という方針は、
しばらくまえからきめていたことで、
ブログをかくたのしさは、もうじゅうぶん味わったので、
これからはもっと気らくにかまえようとおもった。
かきたいときだけブログをかくのはすごく楽だ。
いまはおおくの場合、エバーノートにメモしたノートを、
ほとんどそのままの形で さらっと記事にするていどになっている。
まえだったら、それなりの分量になるようこだわったけど、
いまはみじかくても気にせずアップしてしまう。
どうせ日記みたいなものだし、とひらきなおりながら。

毎日更新にこだわっていたときは、
むりやり記事にしたてていた日がすくなからずあったわけで、
無理にかかなくてもいい、というとりきめをおもいだすと、
まるで中間や期末テストがおわり、
もう勉強しなくてもいい、というときみたいにほっとする。
自分でかってに10年連続を目標にかかげ、
かってにくるしんでたのが ばかみたいだ。
かといって、後悔しているわけではもちろんなく、
目標をクリアーしたことで、ものすごい達成感にひたったし、
なんでも記事にできる自信もついた。
10年ブログをつづけるのは、なかなかえがたい経験だった。
あーおもしろかった、というのが率直な感想だ。

ブログをかかなくなったら、夜の時間がたっぷりふえるはずだけど、
予想していたように、ほとんど、というか、まったくかわらない。
ブログをかいていたときと、ほぼおなじ時間に
お風呂からあがり、いちにちのしめくくりである 寝酒をまえにする。
自由な時間が1時間くらいふえるはずだから、
いろいろはじめようとしていたことがあったのに、
そんなことをするまでもなく、時間はすぐにすぎてしまう。
これまでは、いったいどうやって
ブログをかく時間を確保していたのだろう。

posted by カルピス at 21:24 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月04日

ブログを10年つづけたものの

いちにちもやすまずブログをかこうと
この10年間、まいにち記事をかいてきた。
先月の9月4日がその10年目で、さいわい病気もケガもせず、
精神的にもひとまず安定した期間をすごし、
なんとかぶじにゴールしたことをよろこんでいる。

ゴールしたあと、ブログをどうするのか、自分でもきめかねていた。
10年つづけた日課をはなれるのがさみしくて、
いつまでもかきつづけるのでは、とおもっていたのに、
そんなにかきたいという気がわいてこない。
まだくぎりをつけてから1ヶ月なのだから、
そのうちかきたくなるだろうと、
いまはむりしてかかないことにしている。
ブログをかかないと、時間のやりくりがすごくらくだ。
のみ会があっても、記事をどうするか、
なんてかんがえなくていいし、
夜の自由時間もまえより1時間ちかくながくなった。
なによりも、かかないことをぜんぜんさみしいとおもわない。
意外とおわかれはあっさりしたものだった。
ブログを10年つづけた記念に、MacBook Airをかった。
せっかくの Airなのに、ブログをかかなければ、
パソコンをあまりつかわないのがわかった。
オーヘンリーの短編みたいに、すれちがいのかいものとなり、
せっかくのごほうびが からふりになったのは残念だ。

ブログを10年つづけたのは、いい経験だったとおもう。
10年つづけたのだから、その気になったら
いくらでも記事はかけるだろう。
ブログをかきはじめてしばらくすると、
10年つづけることが目標となり、
たいして内容のない記事がおおかったから、
ほかのひとにとれば、なんじゃらほいのブログでしかない。
おわってみれば、あーおもしろかった、
という気のながいあそびだった。

posted by カルピス at 21:32 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月26日

キングサイズのグラスでのむウイスキーがたのしみ

ブログをかきはじめたら、あんがいとぎれずにつづけられたので、
そのうち、10年間かきつづけのが目標になってきた。
まいばんシコシコと記事を更新し、ついにあと10日となった。
グレートレースなど、超長距離レースでは、
ウィニングランといって、最終日は はしる距離をみじかくして、
これまでのがんばりをたたえる日とするようだ。
ゴールテープまでを、達成感にひたりつつ、
いっしょにはしってきたランナーと、
健闘をたたえながらさいごの道をゆく。

ウィキペディアをみると、ウィニングランの本来の意味は、
ゴールした優勝者が、観客の声援にこたえるために、
ゆっくりスタンドをはしることらしい。
でもまあ、ゴールまでのあとすこしの距離だって、
ウィニングランとよんでもいいではないか。
100里の道をいくときは、99里をもってなかばとせよ、
なんておかたいことをいうようりも、
ちゃっかりいまのうちから
「おめでとう10年」企画をたのしむのも、
自分にあまいわたしらしくていい。

ブログ10年連続を おいわい日は、たまたま禁酒100日目にもあたる。
めったにない記念日として、ひさしぶりのお酒をたのしもうとおもう。
家にあるグラスは、形もおおきさも いまひとつなので、
お酒の解禁日にそなえて、
アマゾンでタンブラーとビールグラスを注文した。
おもいっきりおおきなタンブラーがほしかったので、
430ccのものをえらんだら、ほんとうに、
わらってしまうぐらいおおきい。
タンブラーはこうでなくっちゃ、というよい見本だ。
こんなおおきなグラスでつよい酒をのんでいたら、
あっという間に依存症になりそうだ。

わたしがすきなカーター=ブラウンの軽ハードボイルドでは、
主人公のアル=ウィーラー警部が
キングサイズのグラスを愛用している。
いきさきで「なにかのみものは?」とたずねられると、
「スコッチのオンザロック、ソーダをちょっぴりいれて」
と いつもこたえるのがすきだった。
自分の家でくつろぐとき、おおきなグラスにたっぷりいれたお酒、
そして音楽のセットは、なにものにもかえがたい。
映画をみていると、ばかでかいグラスに
ウィスキーをすこしだけそそぐ場面をよくみかける。
オンザロックでなくても、ストレートでたのしむのにも、
おおきなグラスは ゴージャスな雰囲気をつくってくれるだろう。

posted by カルピス at 21:35 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする