2020年07月11日

うごけなくなるまでたべる 朝倉かすみさんの食習慣がすごい

朝日新聞土曜日版beに、「作家の口福」というコラムがあり、
先週から朝倉かすみさんがうけもっている。
わたしがぜんぜんしらなかった小説家だけど、
ずいぶんかわったひととなりがすごくおかしい。
前回は、還暦をむかえるにあたり、快適にくらせるよう、
習慣をみなおす、というはなしだった。
・オンラインゲームをやめ、
・自宅での飲酒をやめ、
・たばこまでやめたのだという。
オンラインゲームには、そうとうなお金と時間をつぎこんだというし、
酒もすごい。
好きでも強くもないお酒をただ酔っ払うために毎日一生懸命飲み、しばしば嘔吐していた。いつも頭の中がボンヤリしていて、だのに飲み始めると一瞬クリアになるあたりが一番怖かった。やめられて本当によかった。

ほんとうに、やめてよかった酒だ。

これまでの習慣を3つやめたのだから、
くつろぎかたがわからなくなり、
このごろは、あまいものをたべるようになったという。
具体的にはあんバターサンドに夢中になった。それぞれお豆腐四分の一丁程度の量のあんことバターをパンケーキに挟み、1日に一度といわず食べていた。

ものすごい量のあんことバターだ。
それでふとらないわけがなく、じっさい7キロも体重がふえてしまい、
「食習慣の見直しを迫られている」、
というのが前回のはなしだった。

今週は、4つめの習慣のみなおしとして、
食習慣を改善したようすが紹介されている。
朝倉さんは、ルールを3つきめている。

1 「満腹かな?」と一瞬でも感じたら箸を置く
2 食べてすぐ横にならない
3 オヤツ(甘いもの)は親指と人差し指で作ったマルの大きさまで

朝倉さんには、このうちの「1」がいちばんむつかしいらしい。
なぜなら、わたしは一般的に「満腹」と呼ばれる状態が、どの程度のお腹いっぱいさ加減なのか分からないのだ。
 わたしの「満腹」の測り方は体が動くかどうかなのだった。「もう動けなくなるまで食べること」=「夕食」の血糖値上がり放題、肥満一直線の方程式がいつしか出来上がっていた。

完全にうごけなくなる、すこし手前でたべるのをやめても、
ベッドでやすんでるうちにお腹にすきまができる。
そうすると、「今夜のオヤツ」としてかっていたあまいもの、
それに例の「あんバターサンド」をたべてしまい、
けっきょく「正真正銘『動けなく』」してしまう。
毎晩「もう動けなくなるまで食べ」たら、
さすがにからだにわるそうだ。
次回がすごくたのしみとなる。

朝倉さんがどんなひとなのか気になり、
「Web本の雑誌」の「作家の読書道」をみると、
ここでもそうとうな かわりっぷりがはなされている。
http://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi096_asakura/index.html
朝倉さんの作品をよんでみたくなった。

posted by カルピス at 15:35 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月23日

学校給食のかわりに牛乳の消費をふやすには

新型コロナウイルスの影響で学校がやすみとなり、
給食用の牛乳があまっているそうだ。
朝日新聞の土曜日版beに牛乳を消費するよびかけがのっていた。
こまったときはおたがいさまなので、
できるだけ牛乳をつかうのに異存はないけど、
そもそも学校給食に牛乳を提供するのがおかしいと
まえからわたしはおもっている。
パンには牛乳でいいけど、ごはんのときの牛乳には無理がある。
記事には「牛乳有害・危険説への反論」も紹介されている。
Q 牛乳は米飯給食に合わない?
A 個人的な好みやイメージの問題。牛乳なしでは栄養量達成が難しく、献立が固定化しやすい

なんて無理やりな回答だろう。
「個人的な好みやイメージの問題」とはなんのことか。
個人的な好みやイメージの問題だからこそ、
牛乳にかたよった学校給食が問題になっている。
お米でも牛乳がのめる、というひともいるだろうけど、
お米に牛乳はぜんぜんだめ、というひともまたいるはずだ。
牛乳でもOKというひとの意見ばかりきいて、
牛乳はいやだというひとに牛乳を提供しつづけるのはおかしくないか。
また、「牛乳なしでは栄養量達成が難しく」もへんだ。
栄養の専門家が献立をたてるのだから、
牛乳にかわる食品をもってくればいい。
毎日かわらず献立を牛乳にしておいて、
牛乳がなければ「献立が固定化しやすい」も意味がわからない。

映画の「レオン」みたいに、牛乳がだいすきなおとなもいるけど、
マチルダみたいに苦手な子どもだってちゃんといる。
『レオン』では、 レオンがマチルダに牛乳をすすめ、
マチルダは「いらない」という。
レオンは「ノーディスカッション」といって とりあわない。
映画としてはおもしろいけど、
子どもの側からすれば、とんでもないおやじだ。

読売新聞によると(2015年7月1日)、新潟県三条市が
学校給食から牛乳をはずしたと紹介している。
妥当で健全な判断だ。
カルシウムのために、小魚やヨーグルトをとりいれているそうで、
そこでも献立の固定化が問題になるそうだ。
とはいえ、牛乳ばかりを提供するよりも、献立が多様化する。
新潟県三条市教育委員会は30日、計30の市立小中学校全校の給食で牛乳を提供しないことを決めた。
米飯と牛乳は合わないと判断したためで9月から実施する。一方、カルシウム不足を補うメニューが作りにくいなどとして、給食時間以外に牛乳を提供する方針も決めた。
 2008年から完全米飯給食を実施している同市は昨年12月〜今年3月、試験的に献立から牛乳を外した。市教委は期間中の栄養充足率などを検証し、牛乳がなくても栄養面で問題がないと判断した。しかし、牛乳の代用としてカルシウムの多い小魚やヨーグルトなどを給食に使うことで献立が固定化する傾向があったという。

beの記事では、牛乳を大量消費するために、
フライパンで牛乳を煮つめてつくる「蘇(そ)」をとりあげている。
20分ほどで、500ccの牛乳からひとかたまりの
カッテージチーズみたいなのができている。
でも、日常的につくるのはめんどくさそうだ。
牛乳をたくさんつかいたいのなら、ミルクティーをおすすめしたい。
日本では ミルクティーを注文しても、
コーヒー用のフレッシュをだす店がほとんどで、
これではおいしいミルクティーをたのしめない。
ちゃんとたっぷりの牛乳をだすお店がふえたら
日本にもミルクティーの文化が根づくのではないか。

posted by カルピス at 20:43 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

フランスより、モロッコのバゲットのほうがおいしかった

『アムリタ』(吉本ばなな)をよんでいたら、
バゲットのおいしいパン屋さんがでてきた。
あつかうパンはバゲットのみ。
日本にほんもののフランスパンを、と
フランス人がひらいたお店だ。
レジに立っていると、宵闇のなかをひとり、またひとりと主婦や学生や身なりのいい老人が店を訪れて並びはじめる。(中略)「明日の朝、おいしいパンを食べられる」という静かな喜びだけがそこにある。

やきたてのパンはたしかに魅力的だ。
そのなかでもフランスパンは独特のにおいがする。
そして、「明日の朝」ではなく、
できるだけはやくたべたほうがおいしい。
パンはもともと保存食としてつくられるようになったのだから、
やきたてをありがたがるのはルール違反かもしれない。
でも、そばやうどんが「うちたて」に価値をおくように、
パンもまたやきたてのほうがずっとおいしい。

わたしがこれまでにたべたバゲットのなかでは、
モロッコのものがいちばんおいしかった。
朝はやくお店にいって、やきたてをわけてもらったものは、
パンだけでたべても じゅうぶんおいしかった。
バターをぬれば それだけでごちそうだし、
チーズをはさめば りっぱなサンドイッチだ。
フランスでも もちろんバゲットをたべたけど、
あくまでもおかずといっしょにたべるパンであり、
パンだけをたべても満足、とはならなかった。
最近になって椎名誠さんの本でみかけ、ふかく納得したのは
ワインのつまみにバゲットがぴったり、という発見だ。
ワインというと、なにとあわせるのがいいか、あれこれいわれるけど、
シンプルにフランスパン、というのは、日本人らしい気づきといえる。

インドシナの国々、ベトナム・ラオス・カンボジアは、
フランスの植民地だったことから、いまでもパンがよくうられている。
そして、フランスの文化をうけつぎ、
フランスみたいなパンがたべられる、
とガイドブックにはかかれているけど、
じっさいはそれほどおいしいものではなかった。
やきたてをたべる機会がなかったからかもしれない。
ものすごくおおきな2つの袋にパンをぎっしりつめこみ、
バランスをとりながらバイクではこんでいる場面をよく目にした。
あんなにおおざっぱなあつかいをしていては、
パンの繊細な味はたもてないような気がする。
メンのおいしさにくらべたら、パンの味はぐっとおちる。

いずれにしても、コロナがおさまらなければ
どこの国へも気らくにはいけない。
自由に旅行できるのが、どんなにすてきなことだったかをおもう。

posted by カルピス at 21:47 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

NHKスペシャル「食の起源」日本人とご飯との関係

NHKスペシャル「食の起源」が5回シリーズで放映されている。
第1回目は「ご飯」について。
糖質制限ダイエットがもてはやされ、
このごろは評判のわるいごはんだけど、
番組によると、極端な糖質制限をながいあいだつづけると、
健康に害がでるという報告がいくつもあがっているという。
なんだか糖質制限に反対したい番組のようで、
ごはんがいかに日本人のからだにあっているかをしきりに強調する。

人類の祖先が700万年前になにをたべていたかをしらべると、
狩猟による肉だけでなく、
どんぐりや地下茎などの炭水化物もとりいれている。
研究では、全カロリーのうち、
5割が炭水化物によるものだという。
なまではたべにくい どんぐりや植物の地下茎も、
熱をくわえると、たべやすいし、おいしくなる。
火をつかっての料理で、脳は糖質からおおくのエネルギーをえる。
脳はおおきくなり、人類の進化が加速度ですすんだ。

日本人の祖先は、炭水化物をとりいれる方法として、米をえらんだ。
たくさんの米をたべることで、日本人の遺伝子が進化し、
糖を活用しやすいからだに適応させてきたという。
それでは、ごはんをあまりたべなくなっている現代の日本人は、
どれだけたくさんごはんをたべるようにしたらいいのだろう。
番組では、炭水化物をとらないと、
健康へのリスクがたかまるけど、
おおくとりすぎるのもまた、からだにわるいという。
現代の日本人に適切なお米の量は、
1食におちゃわん1杯なのだそうで、
外食すればすぐにごはんをたべすぎてしまう。
ごはんはすばらしい、というわりには、
なんだかとても常識的なはなしにおちついている。

きょうの朝日新聞に、家の味つけがこゆいと、
脳梗塞がおきやすい、という研究が紹介されていた。
「家族の健康を守るために、濃い味付けの家庭は、薄くしてほしい」
のだそうだ。
明治時代の研究ならわかるけど、いまさら
「塩分のとりすぎは脳梗塞に」、なんていわれても、
あたりまえすぎてちからがぬけそうだ。
「食の起源」も、そんなかんじ。
あまり目あたらしい情報はなく、
期待していただけに、肩すかしをくった。

「食の起源」は、これから塩・脂・酒・美食へと回をすすめていく。
1回目の「ご飯」は、進化や遺伝子のはなしがおおく、
研究の成果といわれると、はいそうですかというしかない。
わかったようで、ふかいところでは理解できず、
消化不良の気もちがのこされた。
研究の名において、いいくるめられたかんじ。
2回目以降が、わかりやすく刺激的な内容であるよう期待したい。

posted by カルピス at 20:13 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月22日

紅茶愛飲者にとって、日本はひどすぎる社会

しんざきさんの
「現代日本は純塩味ポップコーン派にとって生きにくすぎる社会なのではないだろうか」
http://mubou.seesaa.net/article/464674645.html
がおもしろかった。
わたしはとくに純塩味のポップコーンでなくてもいいけど、
しんざきさんの気もちはよくわかる。
この記事に便乗して、
「紅茶愛飲者は抗議の声をあげよう」といいたい。
日本における紅茶のあつかいが なんとかならないだろうか。

このまえ全国チェーンの喫茶店で紅茶を注文したら、
あきらかにティーバッグをつかった 紙くさい紅茶がでてきた。
おいしくない。それでいて440円もする。
スーパーでティーバッグをさがせば、 おなじ値段で50袋かえるのに、
にたようなティーバッグをつかっておきながら、
なんてめちゃくちゃな価格設定だろう。
よほどの紅茶専門店でなければ、
ほかの店でもおなじように残念な体験をする。
このチェーン店だけでなく、たいていの喫茶店は、
おいしい紅茶をサービスするつもりが はじめからない。
コーヒーは気をつかっていれるくせに、
紅茶はおなじお金をとりながら、手をぬき放題になるのはなんでだ。
紅茶はまずくてあたりまえ、と はじめから あきらめている。
そもそもおいしい紅茶をのんだことのないひとが紅茶をいれるから、
どうやってつくればいいのかわからない。
沸騰したお湯をつかう原則さえまもられない。

コンビニでは、セブンイレブンは紅茶をあつかってないし、
ローソンは、150円だったのに、すこしまえに180円に値あげした。
コーヒーは1杯100円でのめるのに、
紅茶は はじめから想定外の商品として位置づけられている。
紅茶をだすおおくの店では、レモンティー・ミルクティー、
ストレートからえらべるようになっているけど、
みかけだけ、もっともらしくかまえているにすぎない。
ここでいうミルクはコーヒーについている フレッシュのことだ。
フレッシュを紅茶にいれるひとって、 じっさいにいるのだろうか。
まずくてたかい紅茶があたりまえにほっておかれる状況が
日本ではずっとつづいている。
消費者であるわたしにできるのは、
ろくでもない紅茶を注文しないことだけど、
コーヒーがのめない人間には、紅茶くらいしか かわるものがない。
紅茶愛飲者にとって、紅茶をめぐる日本の状況はあまりにもひどい。

テレビのCMで、無糖の「午後の紅茶」をみた。
これまであまい紅茶しかえらべなかったから、
すこしだけ よろこばしい変化だ。

posted by カルピス at 22:10 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする