2018年06月14日

日本は食事がやすくておいしい国、というのはほんとうか

しりあいとの雑談で、
世界のなかで日本は、やすくておいしい食事ができる国らしい、
というはなしになった。
朝日新聞に、そんな内容の記事がのっていたのだそうだ。
きいていると、わたしもその記事をよんだような気がする。
ただ、はなしの大筋はあっているものの、
ところどころ会話がかみあわない。
しりあいがわたしにはなす内容は、
わたしがよんだ記事よりも、具体的な説明がおおい。
わたしのよみかたがあさかったのかと、すこしひっかかった。

家にもどって最近の新聞をひっぱりだし、たしかめてみる。
わたしたちがはなしていたのは、
べつのひとがかいた ふたつのコラムだった。
わたしがよんでいたのは、後藤正文さんによる連載のコラムで、
しりあいがはなしていた記事は、小熊英二さんの論壇時評だ。
どちらの記事にも、日本は
やすくておいしい外食ができるとかいてある。
後藤さんは、欧米の国とくらべ、
小熊さんは欧米の大都市、さらに香港やバンコクでさえ、
ランチが千円するのがあたりまえになっている、と紹介している。
ふたりの著述家が、ほぼおなじ時期に話題としてとりあげるほど、
日本の食事はやすくておいしいというのが、
いまや世界の常識になっているらしい。
香港やバンコクでもランチ千円が当然になりつつある。だが東京では、その3分の1で牛丼が食べられる。それでも味はおいしく、店はきれいでサービスはよい。(小熊英二・「安くておいしい国」の限界)

小熊氏の論旨は、
私は、もう「安くておいしい日本」はやめるべきだと思う。

にあるけれど、ここでは食事の値段だけにはなしをしぼる。

日本の食事がやすいといわれて、わたしは意外な気がした。
全国展開のチェーン店はともかくとして、
外食がやすくすむのは大都市にかぎったはなしではないか。
わたしがすんでいる町では、
ランチに千円ちかくかかるのがふつうだ。
需要がすくないので、価格競争がおきないのだろう。
そして、わたしがバンコクで食事をすると、
安食堂にしかはいらないので、500円もかからない。

でも、おそらくわたしの感覚がずれているのだろう。
こじゃれた「ランチ」を香港やバンコクでたべれば、
1000円ぐらいするのは よくわかる。
そういうお店が、旅行者だけでなく、
一般市民にも人気があるのだろう。
アジアの国々から日本にきた旅行者が、
値段を気にしながら食事やかいものをするのではなく、
あたりまえのようにお店にはいり、
ためらいなくお金をつかうのをみると、
世界はずいぶん均一になったものだとおもう。
アジアを旅行している日本人が、円のちからをたよりに、
やすいやすいといい気になっていた時代より、よほど健全な姿だ。

わたしがフィリピンではいった、
10代のわかものがよくいく喫茶店では、
コーヒー一杯をのんでも、日本よりすこしやすい程度の値段、
つまりかなりたかい価格設定だった。
ケンタッキーフライドチキンだって、それなりの値段がする。
そうしたお店に ふつうの感覚ではいれる市民層が
いまやぶあつく存在するようだ。
もちろんそんなお店にはいれない
まずしいひとたちもいるのだろうけど、
わたしがおもっている以上に
世界の同質化がすすんでいるのではないか。
日本が値段をあげないで我慢しているうちに、
アジアの国々がおいついてきたのかもしれない。
旅行していいると、日本よりすこしやすいくらいの物価の国が
気らくにすごせてちょうどいい。

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2018年03月13日

23歳のオイに、ワインのたのしみ方をおそわる

東京でくらす23歳のオイがあそびにきた。
就職がきまり、さいごの春やすみをたのしんでいる最中で、
あいさつをかねて、わざわざ島根まできてくれた。
4月から海運業の会社につとめるそうで、
何年かさきには外国にある支社ではたらきたいという。

わたしはまえからおおきな客船やタンカーなどに、
どんなシステムで燃料や水をつみこむのか、
計算や発注のだんどりがどうなっているのか、気になっていた。
豪華客船に、いったいどれだけの水や食糧を準備したらいいのか。
おびただしい量の日用品を、どこに発注し、
どうやってつみこみ作業をすすめるか、などが、
なぜかとても気になる。
オイにそんなはなしをすると、
まさにその仕事をぼくがするんです、といっていた。
彼が仕事になれ、海運事業の全体を把握したら、
わたしにわかりやすく説明してくれるだろう。

オイは、つい最近まで、東京駅にある
高級フランス料理店でアルバイトをしていた。
ソムリエがいて、いちばんやすいワインでも、8000円という店だ。
自然とオイもワインに興味をもつようになり、
わたしにカベルネ・ソーヴィニヨンと
ピノ・ノワールのちがいをおしえてくれた。
わたしは、おいしいか、おいしくないかで
ワインを評価することしかできないワインオンチなので、
オイがいう品種による特徴のはなしがおもしろかった。

夕ごはんをたべにいったあとでイオンへより、
わたしがいつものんでいる680円の安ワインを
オイにのんでもらって感想をきいた。
彼は、カベルネ・ソーヴィニヨンがいちばんすきだといい、
ピノ・ノワールもかるくておいしいとおしえてくれる。
せっかくの機会なので、両方をかって、のみくらべてみた。
わたしには、品種がちがうことはわかっても、
その特徴をうまくひきだしたできかどうかまではわからない。
ピノ・ノワールはかるいワインといわれているけど、
わたしには野性味のつよい、クセのある味におもえる。
個性的で、おいしいピノ・ノワールは、
カベルネよりもワインらしくておいしい。
けっきょくわたしの頭のなかは、
なにがなんだかわからなくなってきた。
おしいいワインはおいしいし、
おいしくないワインはおいしくない。

オイによると、ワインをたのしむコツとして、
品種のちがいによるワインの特徴をおぼえるといいそうだ。
1000円以下のやすいワインでいいから、
たくさんのワインをのみ、品種による特徴がわかるようになれば、
そのつぎのステップとして、地域や国によるちがいをたのしんでいく。
23歳のオイに、ワインとのつきあい方をおそわるとはおもわなかった。

島根にはわりとおおきなワイナリーがあるけれど、
ぜんぜんおいしいとおもわないので、
わたしはことあるごとにわるぐちをいっていた。
でもオイは、「まずいワインなんてのんだことがない」といい、
どんなワインにも、それなりのよさをみいだしてたのしんでいる。
わたしより、ずっとおとなの態度だ。

わたしが仕事にでかけているあいだに
オイはワイナリーへでかけ、
メルローをおみやげにのこしてくれていた。
ワイナリーのなかでもたかいワインだ。
さっそくのんでみると、不覚にもおいしい。
地元にすみながら、さんざんワイナリーのわるぐちをいうわたしに、
ちゃんとしっかりしたワインもつくっていると、
実物をもってオイはわたしにおしえてくれた。
なかなかよくできた23歳だ。

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2017年10月26日

MEC食を1ヶ月ためしてみて

那覇市「こくらクリニック」の渡辺信幸さんが提唱するMEC食
(いちにちに、肉200グラム・卵3個・チーズ120グラムを
よくかんでたべる食事法)
をためしてから1ヶ月になる。
低炭水化物食よりも、目標とする数字がはっきりしているので
なにをたべるのかが わかりやすい。
炭水化物をなるべくたべない、よりも、
たんぱく質をたくさんたべる、のほうが
かんがえ方として健全な気がする。

渡辺さんがMEC食をおもいついた出発点として、
欧米型だった沖縄の食生活が、本土型になるにつれ、
肥満と糖尿病がふえたことをあげている。
離島のおおい沖縄で、病気になると通院がたいへんなので、
大切なのは治療よりも予防と渡辺さんはかんがえた。
沖縄には肉食文化が根づいており、
抵抗なくうけいれられる食事としてMEC食にたどりついた。

やせ型のわたしは、低炭水化物食をこころみると、
たくわえている脂肪がすくないので、カロリー不足になりやすい。
MEC食は、まず必要な栄養素をとりいれてから、
余裕があればほかのたべものを、
という順序なので、わたしにむいている。
漠然とした低炭水化物食では、体重がおちてしまったけど、
MEC食にしてから体重が1キロふえ、
体力に余裕ができた気がする。

わたしはMEC食のかんがえ方がすごくふにおちたけど、
たとえば食のほそい老人にとっても、
MEC食は具体的なめやすとなるのではないか.。
なんとなく 肉や卵をたくさんたべましょう、では、
野菜や炭水化物でおなかがいっぱいになり、
結果として栄養不足になりやすい。
MEC食は、肉や卵をじゅうぶんにたべるので、
野菜を中心にした食事よりもコンパクトになる。
腹八分でも、必要なカロリーをとりいれられる。

卵3個とチーズ120グラムをたべるのは、なんとかなるけど、
肉の200グラムはあんがいハードルがたかい。
MEC食をつづけようとすると、食材にお金がかかるので、
やすい肉料理を工夫したいところだ。
鳥の胸肉がやすいけど、ふつうにやくだけではパサついていて、
そんなにつづけてたべられるものではない。
いまは、クックパッドが
いくつもの料理をおしえてくれるのでたすかる。
ひらきなおって、パサついた胸肉こそが肉食のだいごみ、
と自分にいいきかせるのも手だ。

こんなに肉をたべて、地球環境は大丈夫なのか。
よくいわれるように、穀物を1キロそだてるのよりも、
肉として牛をそだてるのは、はるかに水やエネルギーを必要とする。
倫理面からみた命の問題もある。
MEC食なんていいながら、
おおくの命を自分のためにうばって平気なのか。
食の安全も気になるだろう。
この肉や卵、それにチーズは、
農薬と化学肥料にまみれてそだったのではないか。
MEC食をこころみるのなら、これらの問題から目をそむけられない。
肉の値段ばかりをみて かいものをしていて いいわけがない。
MEC食は、いかに生きるかも といかけてくる。

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2017年10月11日

アルコール度でワインをえらぶ女性

しりあいの女性(50代)と、お酒についてはなしていた。
彼女は とりあえずなんでものむけれど、ワインは白がいいのだそうで、
肉だろうが魚だろうが、料理にかかわらずいつでも白らしい。
わたしもワインはすきだ。
といっても、ふだんは500円のやすいワインをのんでいるし、
かりに1本3000円のワインをのんでも、たぶんちがいはわからない。
ワインがすきだといっても そのていどだし、
その女性もにたようなレベルだ。
そんなふたりの会話なのでなかみはしょぼい。
500円でのめるチリの安ワイン、アルパカでじゅうぶん満足だ、
とわたしが貧乏派を代表してアルパカのすばらしさをたたえる。
アルパカの赤には、カベルネ・メルローと、
カルメネールの2種類がある。
わたしはいつもカベルネ・メルローをのんでいるけど、
たまたまカルメネールをのんだら、ちがいがまったくわからなかった。
「どちらもおいしい」のは、すばらしい。

その女性は、アルコール度でワインをえらぶという。
13%がおおいなかで、なかには14%のものもあるそうで、
アルコール度がたかいほうがおいしい、というよりも、
アルコール度がたかければ、
手っとりばやくよえるという意味での選択だ。
わたしは、ワインなんてどれも12%かとおもっていた。
女性がこういう視点でワインをえらぶのは、
なんだか男まえでいいなとおもった。
まるで体育会系の男子学生みたいだ。
ワインはどこそこのものにかぎる、よりも、
きっぱりと「ワインは度数でえらぶ」ほうがいさぎよい。

わたしはサッカーの試合をみるのがすきだけど、
そのをとき ふつうはお酒をのまない。
真剣しプレーしている選手に失礼だからだ。
それが基本方針なのに、ある試合をみているとき、
なんとなくワインをのんでしまった。
料理につかったのこりを、コルクのビンから
ペットボトルにうつしてとっておいた。
1000円くらいの、もともとやすいワインだし、
コルクをぬいて1週間たっているので、そうとう味がおちているだろう。
これぐらいのトホホワインなら、
試合ちゅうにのんでもゆるされるのでは、と
よくわかりにく理由をつけてのみはじめる。
でも、おいしかった。
なんだかんだと のこっていた500ccぜんぶをのんでしまう。
サッカーとワインがこんなにあうとはおもわなかった。
デイリーポータルZは、
「お酒にあうスポーツ」を特集してくれないだろうか。

posted by カルピス at 06:50 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

毎週のイオンフードコートはまずしくないか

イオンのフードコートへ つきそうで でかけたら、
ちかくのテーブルに先週もみかけた 親子づれがいるのに気づいた。
女の子ふたりにお父さん・お母さんの4人だ。
おなじ時間に、おなじ場所にすわっている。
こっちだって、おなじ時間、おなじ場所なのだから
にたようなものだけど、
わたしはおでかけの支援として、
そのつど別のひとときている。

この家族は、毎週日曜日のブランチを(10時半なので)
イオンのフードコートときめているのか。
はじめにみたときは、家族でのスペシャルな食事にみえ、
たのしくやってねと、応援をおくっていたけど、
もしかして毎週、となると、印象がちがってくる。
いちどめにみたときは、お父さんが
むすめさんの のこしたラーメンをすすっていた。
にどめはそれぞれが自分の注文したものをたべている。
そんな、ごくふつうの風景が、
いっぺんにさえない日常にみえてきた。

そんなことは、わたしが文句をいう筋あいではない。
毎週のイオンフードコートが団らんの象徴であってもいいわけで、
子どもたちがおおきくなれば、家族がまとまりをもっていた
しあわせな時間だったとなつかしくおもいだすだろう。
わたしは、さえない日常こそが人生だと、ひごろはいってるくせに、
イオンフードコート的な場所を、
気のきかないまずしい選択としてきめつけてしまう。
わたしの発想こそが固定観念にしばられ、偏見にまみれている。
あの家族は、平凡な日常をしゅくしゅくとすごす達人にちがいない。

フードコートをみわたしてみると、
この家族だけでなく、おなじみとなった顔にいくつもであう。
あんがいおおくのひとが、毎週のイオンフードコートをたのしみに
たいくつな一週間をやりすごしているのかもしれない。
いまやイオンフードコートは、すぐれた大衆文化へとそだち、
きわめて日本的で クールな場所になっている。
自分たちの家族だけが ほかのひととちがうところへいくのではなく、
とりあえずたいていのものがそろうイオンへ だれもがなびく。
平和でいい光景なのかもしれない。

posted by カルピス at 20:56 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする