2017年10月18日

『本の雑誌 11月号』の特集は「書庫を建てよう!」

『本の雑誌 11月号』の特集は「書庫を建てよう!」。
自宅の庭に、10万冊もはいる書庫をたてた
水鏡子さんが紹介されている。
10万冊というと、ちょっとした図書館といっていい。
水鏡子さんは、結婚せず、自動車ももたず、
ひたすら本に時間とお金をかけてきた。
庭にたてた書庫は、3番めの書庫であり、
自宅にある第1書庫と第3書庫をあわせると、3万冊もはいるのに、
それが、予想よりはやくいっぱいになり、第3書庫が必要になった。
水鏡子さんは、とくに親から財産をひきついだわけではなく、
自分ではたらいたお金を、本をかうのにあててきた。
車を持たんだけでも年に2,30万ずつゆとりが出るんですよ。それだけで30年で1千万。
嫁さん持たなかったら1千万。子どもを持たなかったら2千万。合わせて4千万くらいできるわけです。

おもしろかった企画は、
「蔵書家の家族の声をきけ!」で、
目黒考二さんの次男である謙二さんが
目黒家の事情を紹介している。
さきほどとりあげた水鏡子さんは、
家族がいないから問題はないけど、
家族のある蔵書家は、家でどうふるまっているのか。

目黒さんは、まあ、だいたいは予想どおりというか、
まったく家族の迷惑をかえりみない態度をつらぬぬいている。
目黒さんというと、家族小説がだいすきで、
こまやかな感情だって当然ながら理解しているのに、
自分の家族となると、またはなしはべつらしい。
べつというよりも、ひとに迷惑かもしれないという
ふつうの感覚がすっかりぬけているのが不思議なほどだ。

わたしは、それほど本をもっているわけではないけど、
台所に自分用の本棚をもちこんでいるし、
わたしの部屋においてある配偶者のタンスが非情に邪魔なので、
これさえなければ理想の書斎が完成するのにと、
非情にネガティブな感情にとらわれがちだ。
どんな理由をつけたら ほかの部屋へ移動できるのか、
延々とかんがえつづけるけど、いいアイデアがうかばない。
けっきょく わかれるしかないのかと、はやまりそうになる。
基本的に、本をためこみがちな人間は、
自分の欲望だけに忠実であり、
まわりが迷惑かどうかまで気がまわらない。
書庫をたてたら、本の整理がいっきょにすすむので、
家族のためにもいいことなのだろう。

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2017年08月14日

宮田珠己さんの「たのしい47都道府県正直観光案内」に島根が登場

宮田珠己さんが『本の雑誌』で連載ちゅうの
「たのしい47都道府県正直観光案内」は、
毎回どこかの都道府県をとりあげて、
その土地ならではの観光スポットを紹介している。
こういう企画は、とかく耳ざわりのいいことばが ならびやすく、
おおくの観光案内がにたような内容になりがちだ。
そうならないために、宮田さんが担当しているわけで、
この連載では、宮田さんぐらいしか関心をもたないのでは、という
きいたことのない地名やたのしみかたが紹介されている。
各都道府県のかくされた特徴をあぶりだし、
実用性はあまりないけど、よみものとして興味ぶかい
「正直」な観光案内が特徴となっている。

その連載に、ようやく島根と鳥取がとりあげられた。
毎回ふたつの都道府県が紹介されており、よくにた県として、
島根と鳥取がセットであつかわれるのは、
いたしかたのないところだろう。
でも、ますますよむひとの誤解をまねかないだろうか。

島根と鳥取は、ほかの都道府県にすむひとからみると、
地理的な関係がおぼえにくいそうで、
どっちが島根でどっちが鳥取なのかがわからないという。
それを逆手にとって「島根は鳥取の左側です」と
鷹の爪団の吉田くんが自虐的にいうのだけど、
こうやってひとくくりにあつかわれると、
ますます「どっちが左側だっけ?」となりそうだ。
どっちがどっちでも、世界情勢にはたいして影響がないので、
いつまでたっても、あいかわらず「島根はどっち?」となる。
おなじような人口で、おなじように地味な県が
たまたまふたつならんでるのだから、
まちがわれてもしかたがないと、
地元の人間はほとんどあきらめている。

かんじんの記事のほうは、島根・鳥取とも
いまひとつきれあじがよくない。
宮田さんらしさがあまりかんじられず、
したがって、どこかの観光案内とたいしてかわりがない。
宮田さんをもってしても、島根と鳥取は
にたような印象しかのこせなかった。

島根と北朝鮮の財政規模はいっしょ、と
だれかがいっていたけど、ほんとうだろうか。
島根みたいな小規模の予算でまわしている国が、
あんなにたくさんのロケットをうちあげても大丈夫なのか。
やってることの是非はともかくとして、
島根とおなじような貧弱な財政規模の国が
一生懸命わるあがきをしているようで、いたましくおもえてくる。

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2017年06月16日

もうひとつだった『本の雑誌 7月号』の特集「本好きのための旅行ガイド」

『本の雑誌 7月号』の特集は、「本好きのための旅行ガイド」。
活字中毒者は、どのような旅行をすればいいかを
座談会で提案してくれるという。
いかにもおもしろそうな企画だけど、残念ながらすべってしまった。
あまりにも漠然としたテーマすぎるのか、特集の焦点がさだまらない。
「本好き」と「旅行」をからめた
活字中毒者ならではの企画とならず、もったいなかった。

黒田信一氏による「旅のガイドブックガイド」がおもしろかった。
いくつもでているガイドブックについて「ガイド」したもので、
よくしられている「地球の歩き方」もでてくる。
黒田氏は、『地球の歩き方・中国自由旅行』の表紙に、
「一日1500円以内で旅ができる」とかかれていたのにひかれ、
現金2万円をもって中国へと旅だった。
1987年、黒田氏が32歳のときだ。
広州、上海、桂林、マカオと弾丸のように回って10日後、香港経由で東京に戻って来た。手元に残っていたのは、1万2000円であった。中国本土での交通費、宿泊代、飲食費、物価の嵩む香港での滞在費を差し引いてのこの残額。おおっ!と声をあげた。『地球の歩き方』は正しかったのである。

黒田氏によると、『地球の歩き方』のよさは、
紹介されている安宿の数がおおいことで、
弱点は、
「とにかく安あがりを主題としているために、
 お土産や食事の情報が貧弱な点だ」
としている。
これは、わたしの感想とまったく逆で、
以前はともかく 最近の「歩き方」は
たかいホテルと高級レストランの紹介がおおく、
やすく旅行をしようとするものにとって あまり役だたない。
なによりも、かなりかさばるし、おもたいしで、
このごろは必要な情報だけをコピーし、
メインのガイドブックは
ほかの出版社からえらぶようになった。
ネット時代となり、それ以前のガイドブックから
方針をかえていこうとするのは当然で、
これからますます なにかの情報に特化していくだろう。

黒田氏が中国をまわった1987年は、
くしくもわたしが中国を旅行した時期とかさなっている。
わたしも香港から広州にはいり、桂林をかすめて
雲南省にはいった。
「一日1500円」での旅行はほんとうに可能で、
もっとケチれば500円でも滞在できた。
正確な金額はおぼえていないけど、
田舎にいけば宿代が200円、食事は一食が100円あればたりるし、
バスでの移動はものすごくやすかった。
30年まえの中国は、まだ開放されていない地域がおおく、
広州でさえあかぬけない町におもえたのに、
2ヶ月ほど雲南省をまわって広州にもどると、
どれだけほかの町とちがう都会なのかにおどろいたものだ。
たとえば、広州以外の町では冷蔵庫をほとんどみかけず、
ぬるいビールがあたりまえだった。
冷蔵庫があっても、嗜好品をひやす場所ではなく、
あくまでも食品をくさらせずに保存するいれものだった。
中国は、あれから急激な発展をつづけ、
ニュースでながれる町の映像をみると、日本よりも都会にみえる。
1987年に中国を旅行しておいてよかった。

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2017年05月23日

『本の雑誌 6月号』での「山の本ベスト30」

『本の雑誌 6月号』は山の本を特集しており、
「山の本ベスト30」がえらばれている。
3人による座談会で、それぞれが5冊ずつ推薦するほかに、
3人が合意する15冊をはなしあう。それで合計30冊。
ひろく・ふかく目をくばられるので、
ベスト30をえらぶのに いいやり方だ。
山についての本にくわしくないわたしには
おすすめ本として ありがたいリストになっている。
この30作をおさえれば、日本と世界における、
それぞれの「山」がつかめるのではないか。

わたしとしては、本多勝一さんの『山を考える』をいれてほしかった。
この本におさめられている「パイオニア=ワークとはなにか」は、
なぜ山をのぼるかについて、ひとつのこたえとなっている。
山であれば なんでもいいわけではなく、
世界でいちばんたかく、だれものぼってないからこそ とうとい。
ヘリコプターをつかってでも山頂をめざせ。
酸素ボンベだろうがなんだろうが、
役にたつならなんでもつかえ、に
わかいころのわたしはしびれた。
「パイオニア=ワークとはなにか」が議論された1955年当時、
世界最高峰のチョモランマは
すでにイギリス隊によってのぼられていた。
そんな状況だからこそ「パイオニア=ワークとはなにか」を
論理的におさえる必要があった。
最高の目標が制覇されたあとで、登山家たちは
いったいなにをめざせばいいのか。

「山の本ベスト30」には、
純粋な登山をあつかった小説だけではなく、
旅行記や探検記もランクインしているので、
冒険論である『山を考える』がはいってもおかしくない。
おかしくはないけど、探検や冒険のベスト30は、
別の企画としてとりくんだほうが
それぞれがめざす目標を、よりはっきりさせられる。
「山の本ベスト30」に『山を考える』が顔をださなかったことで、
探検や冒険のベスト30企画が必要におもえてきた。

探検・冒険、それに旅行は、
どれもがおおきなかたまりを形づくっている。
そのなかでさらに海もの・山もの・空ものと
いくつかのジャンルにわかれているので、
全体をとらえるのはかなりむつかしそうだ。
ベスト30などのこころみは、ひとつのあそびとはいえ、
やるからには全力をかたむけて状況を整理してほしい。
冒険と探検を対象にした それぞれのベスト30を たのしみにしている。

posted by カルピス at 22:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本の雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

『本の雑誌 5月号』国語の教科書を作ろう

今月号の特集は、国語の教科書。
「国語の教科書を作ろう!」の座談会がおもしろかった。
国語の教科書のせいで、本がきらいになる生徒がおおいらしく、
それなら自分たちでつくったら、という企画だ。
「前後ぶった切ってここだけ読んだって、面白いわけ」ないので、

・短編で読みきれるものを載せる
・基本的には全編読ませる

という提案がでている。
途中までがおもしろければ、
そのさきは自分でさがしてよめばいいので、
かならずしも全編まるごと とはおもわないけど、
ショートショートや短編だったら、たしかにできる。

わたしの記憶にのこっているのは、
中学の教科書にのっていた
『野生のエルザ』と『一切れのパン』だ。
エルザは、シリーズをとうじ夢中でよんでおり、
自分のすきな本が、教科書にのっているという、
それだけでうれしかった。
『一切れのパン』は、ナチスにとらえられたユダヤ人が、
収容所につれていかれるまえに にげだし、
家までもどるはなしだ。
ある老人から、布きれにつつんだひときれのパンをわたされ、
どうしても我慢できなくなるまで、
このパンに手をつけてはいけない、とおしえられる。
ポケットにいれた そのパンをささえに 男は冷静さをたもちつづけ、
無事に家にもどる。
布にくるんだパンをとりだしてみると、
それはパンではなく、板きれだった。

パソコンで検索すると、わたしの記憶はだいたいあっている。
たくさんの感想がよせられているので、わたしとおなじように、
つよく印象にのこっているひとがおおいのだろう。
ただ、高校の教科書にのっていたとおもっていたけど、
じっさいは中学のときによんだみたいだ。
高校の教科書に、なんの記憶もないのはなぜだろう。
本ずきだったわたしにはものたりなかったのか、
あるいは純文学的すぎたのか。

教科書で生徒が本をすきになるだろうか。
村上龍さんの『69』は、
単純に 本のおもしろさをわかってもらえるとおもう。
斎藤美奈子さんの『妊娠小説』をとりいれたら、
小説だけでなく評論にふれるきっかけになるし、
妊娠をめぐる男たちのテキトーさは、社会科の教材としてもつかえる。
村上春樹さんの初期のエッセイは、
ノーベル賞候補のえらい小説家、みたいな、
あやまったイメージをとりさってくれるはずだ。
教科書は、きびしい検査にとおらなければならないので、
教科書らしくない教科書は、なかなかつくれないのかもしれない。
それにしても、まったくおぼえていないというのは ひどい。
じっさいに高校で国語をおしえている先生のはなしをききたい。

posted by カルピス at 10:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本の雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする