2016年06月26日

ののちゃんの「本能寺の変のなぞ」がわからない

6月21日の「ののちゃん」では、
ののちゃんの同級生であるキクチくんが
学級新聞に「本能寺の変のなぞ」を発表している。
これがまた ものすごく文字がおおく、
マンガなのか挿絵つきのコラムなのか
わからないほどだ。
とうぜん文字もちいさく、
わたしは老眼鏡をかけたうえに
虫めがねまでひっぱりだした。
4コママンガでありながら、
絵より文字のスペースが圧倒している。

本能寺の変で信長をたおした明智光秀は、
信長をたいした人物としてとらえていなかったらしい。
『当時の光秀にしてみりゃ暫定天下人三好長慶の後ガマを
ついやっちまった程度』説を根拠に、
「加害者の動機を特定したいなら
まず被害者の身元をよく調べてみろよ」が
この日の「ののちゃん」の骨子だ。

せんじつはアナグラムで
イチロー選手の新記録をたたえたように、
このセリフのどこかに、いしいひさいちさんは
メッセージをかくしているとみたほうがいい。
犯人が 証拠をあまりにものこしすぎると、
探偵はたいてい苦労する。
それとおなじで、これだけ文字がおおいと
どこに本音がかくれているのかわからない。

もしかすると放送ちゅうの『真田丸』と
なにか関係があるかもしれないけど、
歴史にくらいわたしには なんともいいようがない。
イギリスのEU離脱を 批判しているようにもとれるし、
舛添前都知事を皮肉ってる気もする。
アベノミクスの失敗とみたほうがいいのか、
あるいは めちゃくちゃな参院選のゆくえを
暗示しているのかもしれない。
4コママンガとしては、ありえないほどこまかい文字と、
さほど重要でさなそうな ながったらしい演説で
読者のよむ気をうばっておいて、
3年3組のキクチヒサヒコくんはなにをいいたかったのか。

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2016年06月19日

「ののちゃん」アナグラムによるイチロー選手のヒット数

朝日新聞に連載されている「ののちゃん」をたのしみにしている。
だけど、6月17日の「ののちゃん」は わらえなかった。
内容がよくなくて わらえない、というのではない。
意味がまったくわからなかったのだ。
「ののちゃん」をよんでも、よくわからずに
わらえないことが ときどきある。
マンガのオチがわからないのは ずいぶんさみしいもので、
朝からおちつかない気分になってしまう。
今回の「ののちゃん」には、なにがかくされているのだろう。

シチュエーションは こうだ。
ATMのまえで、
おじいさんがおばあさんに
暗証番号をたずねている。
おばあさんは4桁の数字(2754)をもろにつたえる。
のけぞるまわりのお客さん。
ののちゃんも、「やばいよね」と
おかあさんにはなしかけている。
4コマめは、おばあさんがおじいさんに
「アナグラムですよ」と
おおごえで念をおしており、
おじいさんは「わかっとるわい!」と、
さきほどきいた4つの数字をいれかえて
機械にうちこんでいる(5274)。

アナグラムがわからない。
アナグラムって、なんだ。
ウィキペディアによると、
単語または文の中の文字をいくつか入れ替えることによって全く別の意味にさせる遊び
とある。
なぜいしいひさいちさんは、
アナグラムをもちだしたのか。

いくらかんがえてもわからないので しばらくほっておいた。
ぜんぜんべつの記事をよんでいたとき、
はじめにおばあさんがおじいさんにつたえた
「2754」をいれかえたら、
イチロー選手がせんじつ達成した日米通算安打数、
4257になると気づいた。

すごい。いしいひさいちさんは、
ひとこともイチロー選手の名前をださずに
ピート=ローズ選手をうわまわったと おいわいしたのだ。
でも、もうひとつすっきりしない。
アナグラムによるヒット数には気づいたけど、
そのさきの意味がわからない。
なぜアナグラムというかたちを いしいさんはえらんだのか。
「ののちゃん」のなかでくちにされた「2754」と「5274」にも、
ほんとうは なにか意味があるような気がする。
イチロー選手が日本でうったヒット数は1278本。
これらの数字をたしたり ひいたりしたら、
もしかしたら だれも注意をはらわなかった
イチロー選手の偉業が姿をあらわすかもしれない。

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2016年02月10日

山田家のメンバーがでていない「ののちゃん」が気になる

2月4日の「ののちゃん」には、
山田家のメンバーがひとりもでてこなかった。
キクチくんが図書室へいき、本をかりるはなしで、
司書の猫久保さんとキクチくん ふたりだけの会話でなりたっている。
キクチくんがよみたい本を、猫久保さんはばっさりきりすてるので、
キクチはしかたなくそっちをかりる。
まえの日は山田家(ののちゃん・お母さん・おばあさん)がでたし、
つぎの日には、その3人にお父さんがくわわっている。
山田家のいない きわめて異例な「ののちゃん」は
なぜかかれなければならなかったのか。

山田家がでない「ののちゃん」といえば、
ファドをうたう、吉川ロカちゃんをおもいだす。
ロカちゃんがでる回は、ほとんど山田家ぬきだったような気がする。
ロカちゃんはキクチ食堂でバイトするストリート・ミュージシャンで、
ファド歌手としてのデビューをめざしている。
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-fb23.html
ロカちゃんが登場する回に、
むりに山田家のメンバーが顔をだせば、
ロカちゃんのはなし全体がくずれてしまう。
ロカちゃんにおもいいれがある いしいひさいち氏は、
「おち」をすててさえ ロカちゃんのものがたりを大切にした。

図書室のはなしは、キクチくんでなくて
ののちゃんでもよかったはずだ。
あえて山田家をはずしたのは どんな意味があるのだろう。
なんどよみかえしても、いしいひさいち氏の意図がよめない。
キクチくんと猫久保さんは、
おなじみのメンバーではありながら
このふたりだけのからみは記憶にない。
冒頭で、「きわめて異例」とかいたけれど、
山田家がでてこない「ののちゃん」はときどきある。
こんかいの図書館でのやりとりが
そのなかでもめずらしかったのは、
キクチくんと猫久保さん ふたりだけしか登場しないからだ。
ずっとまえからメインキャラクターだったみたいに。

いしいひさいち氏は、ときどきおもいがけない石をおく。
こんかいの図書室でのやりとりは、
これからの「ののちゃん」をちがう場所にみちびいてゆく
布石としてうたれたとみるのは うがちすぎだろうか。
第6591回目の「ののちゃん」をよくおぼえておこう。
おおきな変化の ささやかなはじまりかもしれない。

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2014年03月06日

いしいひさいち氏の挑戦にあつい拍手をおくる

3月2日の「ののちゃん」(いしいひさいち)は画期的だった。
のぼるが
「明日の試合が市民グラウンドになった。
早起きしないと間に合わない」
ときりだしたのが1コマ目だ。
そのあと2コマから4コマまで、お母さんとおばあさんが、
まったくおなじセリフを、おなじ表情でいうのだ。
マンガを文章で説明するほど
間のぬけた作業はないとおもいつつ、あえてかきうつすと、

まつ子「そらぜったいに起きなあかんな」
しげ 「そらぜったいに起きなあかんな」

まつ子「休日やからめざましいらん。かしてあげる」
しげ 「休日やからめざましいらん。かしてあげる」

のぼる「それは朝ごはんも弁当も
    自分でやれってこと?」

まつ子「おやすみ」(といってふすまを「ピシャっとしめる」)
しげ 「おやすみ」(といってふすまを「ピシャっとしめる」)


あすのはやおきには、ぜったいにかかわらんとこう、という
まつ子としげの真剣なかおつきがおかしい。
4コママンガのながい歴史のなかで、
おなじセリフ・おなじ表情というコマわりが、
これだけ効果的につかわれたことはない。
いしいひさいち氏の勇気ある挑戦に、
あつい拍手をおくる。

戸田奈津子さんが、
「日本人のわらいはダジャレかあげあしとりばかり」
となにかにかいておられた。
いしい氏のマンガは、このふたつが
注意ぶかくさけられている。
また、時事問題が「ののちゃん」であつかわれることはなく、
すべてが山田家のひとびと(とその関係者)についてのはなしだ。
ネタをえらぶのは、どれだけたいへんだろうか。
今回のように、おなじセリフ・おなじ表情という画期的なころろみは、
いしい氏にしかできない冒険である。
「ののちゃん」が朝日新聞にいてくれるのは、
わたしにとってとてもありがたい。

わたしはいしい氏のいわれた
「ラーメンは、やっぱりサッポロ一番みそラーメンでしょう」
というひとことにみちびかれて、
何種類ものラーメンをまえに、きょうはどれにしようと
まようことがなくなった。
そういわれると、ラーメンはサッポロ一番みそラーメンに
とどめをさすような気がするから
いしい氏のひとことは絶大の影響力をもつ。
きっといしい氏は、なんとか正麺みたいに、
生ラーメンに似せたメンには背をむけて、
いまもサッポロ一番みそラーメンをたべておられることだろう。

posted by カルピス at 13:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | いしいひさいち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月14日

『文藝別冊いしいひさいち 仁義なきお笑い』わたしがだいすきな いしいひさいちの世界

『文藝別冊いしいひさいち 仁義なきお笑い』(河出書房新社)

いきつけの本屋さんに、文藝別冊のコーナーがつくられていた。
超有名人にまじっていしいひさいち氏の別冊がおいてある。
きょねんの6月に出版されていたのに、かいそびれていたものだ。

わたしの家は以前から朝日新聞を購読しており、
『ののちゃん』と『地球防衛家のヒトビト』(しりあがり寿)を
毎朝たのしんでいる。
この2作の連載は、新聞の歴史において
どう客観的にみても最強であり、
いかにも朝日新聞らしい説教くささにあふれた
フジ三太郎の時代にくらべ、
どれだけ新聞をひらくたのしみがましたことか。
いちど、3ヶ月のあいだ、
いしい氏が病気療養のため休載した時期があり、
いしい氏のまんがのない朝が、どれだけ味けないものか身にしみた。

「でっちあげインタビュー」にあるとおり、
いしひひさいち氏は

「まんが家としてよりも取材に応じないことの方で有名」
なのだそうで、
そのいしい氏を対象によくこんな別冊がつくられたものだ。

記者 「アイデアにこまったということはありましたか?」
いしい「ほかにすることもないので常にストックしていて
    こまるということはありませんでした」
記者 「もう辞めたいと思ったことは?」
いしい「そのストックで描くとたいてい駄作で
    辞めたいと思いました」

「でっちあげ」と称しながら、
ほんとうにおこなわれたインタビューっぽいし、
ほかにも「仕事場&アイデアノート大公開」の企画など
資料的な価値もたかい。
わたしが大学生のころ、「タブチくん」や「バイトくん」に
どれだけわらったかをおもいだした。

特別寄稿マンガとして、とり・みき氏が
「ロカちゃん」をよせている。
ロカちゃんとは、ファド歌手をめざす高3の女の子で
ののちゃんにときどきでてくる。
とり・みき氏は「なんと彼女には首や関節がある!!サ骨もある」
と重大な指摘をしており、わたしはいしい氏のかくキャラクターに
首や関節がないことにはじめて気づいた。
とり・みき氏は、ほかにも藤原先生を例にあげ、
ふつう男性マンガ家がみのがしてしまう
リアル(すぎる)な髪の処理や線のつかい方にふれ、
アイデアだけでなく絵のたくみさにおいても
いしい氏の実力についておしえてくれる。
そういえば、いしい氏のかく似顔絵、たとえば「シノヅカ」などは、
失敗したふくわらいみたいに
目と鼻がテキトーに配置されている。
それがどうみても「シノヅカ」なのは
よほどたくみに線をとらえているのだろう。

ロカちゃんは、残念ながら

「朝日新聞のコアな読者には
たいへん評判がわるかった連載内連載、
いわゆる吉川ロカシリーズは
3月24日付朝刊の漫画をもって終了しました」

ということだ。
朝日新聞の、いかにもあたまのかたそうな読者を相手に
どの線がギリギリの許容範囲かを
さぐりながらの連載になるのだろう。
もっとも、わたしもひとのことをいえず、
「ののちゃん」をみても
そのおもしろさが理解できないことがまれにある。
むすこにきいてもだめなことがおおいので、
年代というよりはほかのなにかが
わたしの家族にはかけているみたいだ。

別の特別寄稿では西原理恵子氏が、

「はるか昔、30年も40年も前のころ
日本中の漫画家になりたい女の子が
みんなベルバラを描いていたころーーー。
私は地底人を写し描きしていた」

と告白している。
「ホッペと口のとこのバカ線が
とってもむつかしくて」ということだ。
西原氏はかねてよりいしい氏のタッチをパクっていたそうで
「四コマの起承転結のハズし方やら
キャラの憎らしかわいいのとか
ねっもうマネしまくりのそっくりさんでしょ ホラホラ」

「私もパクってんだよ。
誰か気づけよ」

気づかなかった。

いしい氏が、どれだけおおくの漫画家に
4コママンガの真髄をつたえたか、はかりしれない。
そして「ののちゃん」世界のひとびとによるトホホな思想は、
大上段にかまえた社説や特集よりも
はるかにつよい影響を読者にあたえてきた。
そうでなければ地球はもっとはやく地底人に征服され、
防衛家のヒトビトのたすけが必要だったはずだ。

posted by カルピス at 09:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | いしいひさいち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする